ただの泡ですが、色々考えてみた結果——
ただの泡が【魔物】?
言われた言葉理解できないわけではないのに、上手く呑み込めない。
「でも……、ただの泡は喋るし。それに、俺を殺そうとしなかったじゃないか」
『【魔物】だと、愛せませんか?』
「愛せる!! 愛してる!!」
俺は弾かれたように叫んだ。
【魔物】は人間の敵のような存在で、その単語を聞いただけで拒絶感がでる。でも、だからなんだ。ただの泡は、ただの泡に変わりがなくて、俺の愛する泡だ。その正体が魔物だろうと俺の気持ちは変わらない。
『すみません。試すような言葉選びをしてしまいました。えっと。分かってます。王子が愛してくれているのは』
「ならいいが……。本当に、【魔物】なのか? いや。そもそも、魔物とは、何だ? シャボンが魔物という事は、人魚が魔物という意味ではないんだよな?」
『そうですね……。魔物の中には、元人魚もいるかもしれませんし、元人間もいると思います。元動物も、そして元魔女も。魔女さんの予測では、【魔物】とは薬により姿を変えた者達だと言っていました』
「元人間……」
これまで、魔物はためらいなく殺されてきた。
それが元人間だと言われると、襲われたのだから仕方がないとはいえ、嫌な気持ちになる。確かに彼女が言った通り……正当防衛だ。
「元人間なら、何故人間を襲うんだ? シャボンは襲わないじゃないか」
『魔物は元人間とは限らないそうです。元動物ならば、普通の野生の動物と同じで襲う事もあると思います。そして、元人間なら何かを訴えかけようとしたのかもしれません。でも声が出なかった場合、襲っていると勘違いされる可能性はあります。そして元人魚なら、言葉が人間とは違いますので通じず、言葉を持たぬ魔物と勘違いされても仕方がないです。人間の言葉を好んで学んだ私は、人魚の中では変わり者ですから』
ぞわぞわと背筋に冷たいものが走る。
本当に襲ってきたならば、それは正当防衛だ。でもそうではなかったら——。
「何故、魔物などになっているんだ」
『変身薬を作るには、それなりの治験が必要だったはずだと魔女さんは言っていました。治験は、まず小さな動物を使います。そしてどんどん大きな、人間に近い生き物を使います。最終的には、人間や人魚など、実際に使いたい者達が使います』
「……過去に薬を作ろうとした結果だという事か」
『そうです。そしてその薬を使って、消したい人物を魔物に変えるなどしたのだろうと……。動物から魔物に変わった者はそれまでに人間を襲っていました。だから、人間から魔物になったものが何かを伝えようとしても、襲いに来たと思われたでしょう』
気分の悪くなる話に、俺は何も言えなかった。何かを伝えようとした相手は、愛する家族だった可能性もある。そしてそれを知らずに、人は【魔物】を殺してきた。
ただの憶測なので違うかもしれない。でも俺はそれを否定するだけの情報も持っていない。
ただの泡が喋れたから、俺は彼女を殺さずに済んだだけだ。もしも彼女が声も失っていたら……。想像するだけで背筋が凍る。
『魔女は、使ったのは王族又は貴族の可能性が高いと言ってました。薬をつくる為の資金等考えると、平民では無理だろうと。そして、魔女は口封じに殺されたと。昔、人間の国では大規模な魔女狩りがあったそうですね』
「……ああ。その話は聞いている」
何がきっかけなのかは分からないが、お互いがお互いを疑い、魔女が殺されたそうだ。ただし魔女ではないものも殺され、最終的に魔女狩りは各国が禁止した。
『魔女達は研究成果を暗号化させたりして、彼女達は自ら【魔物】となったそうです。その前に殺されてしまった者もいたでしょうが。だから魔女の文献はとぎれとぎれになっていると話していました』
だから魔物の中に、元魔女がいると言ったのか。
殺される前に、逃げるために……。
「何であの魔女はそんなおぞましいものの研究をしているんだ?」
『魔女さんは、元は違う姿だったそうです。それが飼い主の魔女によって、今の姿にされたと。そして飼い主であった魔女は魔物となって逃げたと言っていました。魔女さんは、飼い主を探し出して、人間に戻したくて、研究を進めているそうです。私の事を思って、【魔物】の話を王子にしないようにしていたみたいですが、もう話してしまいましたし、いいですよね?』
どうだろう。プライドが高そうだからな。
勝手に同情をされるのは嫌いそうだ。
「……黙っておくこともできたのに、何でそんな話をしたんだ」
『うーん。私が王子に嘘はつきたくないからです。それから、私が【魔物】でも王子はいいのか確認がしたかった感じですかね』
「拒絶したらどうするつもりだったんだ?」
『そもそも、この話をちゃんとしなければと思った時は、王子から離れた方がいいかなと思っていたんです』
「は?」
離れた方がいい?
ふざけるな。
想像するだけで心臓に氷の矢を射られたような痛みがはしり、体がわなわなと震える。
「俺は例え魔物だとしても、ただの泡である限り離れないからな!!」
『はい。今は、私も離れるつもりはないです。拒絶されたら、一生懸命役立つ点を上げようかと思っていました』
「離れるつもりがない……本当だな?」
『はい。だって王子には私が必要です。私が一番王子を愛してますから!』
ふわふわとゆれる泡を見て、俺は力を抜いた。本当は抱きしめたいけれど、ただの泡なので潰してしまいかねない。
『私が離れた方がいいかと思ったのは、王子に告白される前の話です。王子はあんまりわかってないみたいですけど、王子はすっごく大勢の人に好かれているんです』
「ん? 何の話だ?」
『分かってます。そういうの、無意識に見ないふりしてますよね? なので聞き流してくれていいです。でも本当に、本当に多くの人が王子に救われたりして、尊敬したり、愛したりしてるんです。だから、王子の近くに【魔物】がいるのはマイナス要素かなと思ったんです』
「あまりピンとこないが、君を切り捨てるぐらいなら、俺はその他を切り捨てる」
俺なんかを愛しているという奇特な者達には悪いが、俺が愛を向けているのは彼女だけだ。
『はい。多分、私は王子の近くにいた方がいいと思います。そして王子はあの国で、必要な人なんです。だから、私があの城に堂々といられるようになろうと思います』
「身分が高いという事は、自由な面と不自由な面があるぞ?」
王子も姫も童話のような綺麗なだけの存在ではない。
『大丈夫です。私、順応力高いので』
確かに。
ただの泡生活を満喫できるのは、彼女ぐらいのものだろう。
『それに、王子がいれば絶対大丈夫だと思うんです』
そういうただの泡が可愛すぎて、俺はただの泡を抱きしめずに我慢するのが大変だった。




