ただの泡ですが、そういう人だから好きなんですよね。
情けなくも、色々心の内を吐露した俺に、ただの泡は仕事を投げ出して、母が死んだ場所へ行ってみないかと提案してきた。
「いや。駄目だろ」
『えっ。お母様が死んだ場所だと行きたくないかもしれませんが、一度調べた方がいいと思うんです。ちょっと引っかかる所がありまして』
「そうではなくて、仕事をほうりだしたら」
ただの泡が力説してくれるところ悪いが、今すぐは無理だ。
母が死んだ事故現場は、実を言えば一度も足を運んだことがない。母が死んですぐに療養という名で王都から離れた地域に送られてしまったのと、母の遺骨はなくとも建てられた墓が王都にある為だ。だから
だからそこまで足を延ばした事はない。ただの泡が気になると言うのならば、実際に一度行ってみるのはいいが、それとこれとは話が違う。
「あの男の事は心底嫌いだが、それと俺の仕事は別の話だ。今現在、王子としての身分と衣食住を保証してもらっているのは俺が仕事をしているからだろ? 俺の仕事は誰だってできると思うが、その為には分かりやすくマニュアルをつくるか、教えてから抜けないと困るじゃないか。俺という歯車は替えはきくが、替えがなければ、国に色々な不備が出るからな」
そして俺という歯車がいきなりなくなった事により止まった動きは、民の不利益となる。民の税金で様々な補償を受けているならば、筋は通さねばならないだろう。
『……王子って、真面目ですね』
「真面目ではなく、当たり前だと思うが? 人魚はもっと個人主義な部分が多そうだから、違うかもしれないが……」
人魚は農耕的な生き方ではなく、狩猟的な生き方な上に、それぞれバラバラに生活をしている。農耕的ならば、それぞれに役割を作り、より多くの収穫物を作るのが普通だ。
『ただ思うんですけど、自分の代わりは誰だってできるって王子は思っているようですけど、色々人間たちの仕事を見て回っていたかぎり、王子と同等の仕事をできる人っていない気がしました。代わりの歯車がそもそも見つからなくないですか?』
「ああ。それこそ、個人主義な考え方だな。別に俺が一人でやっていた仕事だからと言って、一人でやらなければいけないわけではない。一人で出来なければ二人、二人で出来なければ三人でやればいい。最終的にその仕事の穴が埋まれば、それで問題ないはずだ」
俺ができたからお前もできるだろと言われてもできないのは当たり前だ。
体が大きな人物と小さな人物が、一度に同じだけの荷物が運べないのと同じである。でもだったら小さな人物が二人いれば、同じだけの仕事がこなせるはずだ。
「もちろん仕事を分ける為には、ちゃんとしたマニュアルが必要だ。俺という歯車を外すなら、準備がいる。まあ一時的に穴をあける程度なら、前もってやっておけば問題ないが」
仕事に関して説明をすると、ただの泡はなんだか斜めに傾いていた。……首を傾げているという事でいいのだろうか? 首はないが。
人魚とは生活様式が違うから、理解するのにも時間がかかるだろう。
「とりあえず、二泊ぐらいできるように仕事を調整するから、それまで待ってほしい」
ただの泡の希望はできるだけ叶えたいが、筋はちゃんと通さなければいけない。
『……待ちますよ。待ちますけど……。あの、やっぱり、私、王子の代わりっていない気がするんです』
「王子の代わりは誰でもできるが、俺の代わりはいないと言ってくれるのなら嬉しい。俺もシャボンの代わりはいないからな」
役割としての代わりならいくらだっている。
でもシャボンが俺の代わりはいないと、熱烈な愛の言葉を言ってくれるのは嬉しい。俺は最近気分が沈みがちだったが、嬉しさで高揚する。
今なら、いつも以上のスピードで仕事ができそうだ。
俺は鼻歌交じりに、さっそく机の上にある書類処理を始めた。




