ただの泡ですが、話しを聞くことぐらいはできますよ?
『王子、大丈夫ですか?』
「何がだ?」
『最近怖い顔をする事が多いので』
ただの泡に指摘されて、俺は王と話した日の事を引きずっているのに気が付いた。
あの男との話など今すぐ記憶から抹消してしまいたいが、あえて結婚の話をしてくるという事は、用心しなければ足元をすくわれるという事なので、忘れるわけにはいかない。王位に未練はないが、この命には未練ができた。やすやすと殺されるつもりはない。
「悪かったな。気を付ける」
『違います。怖い顔はしてもいいんです。そうではなくて、どうしてそういう顔をしているのかが知りたいんです』
怖がらせてしまったかと思い、笑みを浮かべたが、ただの泡はびたんびたんと飛び跳ね抗議した。どうやらただの泡もご立腹のようだ。
「あまり面白い話じゃないぞ?」
『構いません。オチとかつかなくても大丈夫です。人間の親父ギャグもマスターしました』
……どこで親父ギャグなんて学んできたんだろう。
逆に話の度にオチを求められたら、別の意味で話しにくい。
「俺は父親が嫌いなんだ。正直、存在自体嫌悪している」
『見事な反抗期ですね』
「……まあ、そうだな。多分一生続く反抗期なんだろうな。俺はあの男と血の繋がりがある事が心底嫌なんだ」
……ああ。だから、俺は自分の子が欲しいと思えないのか。
口に出してみて、納得した。俺は俺の血が嫌いだから、自分の子を作って王位を継がせたいと思えないのだろう。最近子を作ってもいいなと少し思えたのは、俺の子ではなくシャボンの子だからだ。
これまでどれだけあの男を嫌悪し軽蔑し続けても、誰にも心の内を話す事はなかった。あの男はどれだけ父親として、また夫として最低でも、この国では賢王なのだ。諸外国との仲も良好に保ち、国内も荒れる事なく平和に保っている。誰が王になっても問題ないだろうと思えるぐらい落ち着いた状態なのは、あの男の成果に他ならない。
『どうしてそこまで嫌っているのですか? でも、ずっと気になっていた事がありました。王子だけ、食事を自室で摂りますよね? 食事中、誰も部屋に入れずに。庭も王子以外の家族が来る事のない、王子だけの庭になっていて、そこ以外足を踏み入れません。浴室も王子専用で、供もつけていないですが、本来ならおかしいですよね?』
どうしてか。
ただの泡と二人きりでいたいからなど、耳触りの良い言葉で誤魔化してもバレるだろう。
ただの泡に気を許す前から、俺は誰かと食事を共にしたり、特定の誰かと仲良くなどしていなかった。おかげでコイツが勝手に食事に混ざった時も、普通に話しかけられたんだけどな。
「俺の母の話を聞いてくれるか?」
『はい。お願いします』
どうでもいいあの男に色んな想いをぶつけるのとは違う。ただの泡に八つ当たりをしてしまわないよう、できるだけ俺の知る事実を語るように気を付けないといけない。母の事を思い出すと、俺の感情は酷く揺さぶられるのだ。
「俺の母は隣国の姫だった——」
母は隣国と和平を結ぶためにこの国へきた、人質だった。
俺の国は海に面している半島だが、その周りを三国と隣接している。今は友好関係にあるが、昔は戦争もした。戦争をしない方が国益も上がるが、隣り合う国というものは、どうしても相手に対して疑心暗鬼になる。
だから母は戦争が起きぬよう、嫁いできた。
そしてだからこそ、その母と結婚したあの男は王となった。
感情を無視すれば、国にとってはとても望ましい結婚だっただろう。
「――この国の唯一の王妃となったが、結局王に愛される事なく、最期は奈落の底へ落ちて行方不明だ。王としての判断は間違えていないと思う。母の出身の国では妾の制度がないからな」
母の国は宗教が関わる一夫一妻制だった。だから妾を作っては、母の国ともめる。
ちゃんと他国の事を理解していなければ、普通に男爵令嬢を妾にして、国同士の仲を微妙にしただろう。
分かっている。冷静に、どの方法が一番国益を損ねないか考えれば、あの男の行動は、王としては間違っていなかった。
俺もそれが選べるよう教育されてきているから。
どの行動が、どう国に損益をもたらすか考えられる。
「それでも、息子としては、どうしてもあの男が許せないんだよ。そして国として正しいことを選ばなければと思えば思うほど……俺は、上手く人と関われなくなってな。表面的にはちゃんとやれてると思う。仕事と割り切れば会話もできる。でも人と深く関わるのは、正直しんどいんだ。仲良くなってから、国の為に切り捨てなければいけなくなったらと思うと……俺には無理だ」
俺はあの男を、母も男爵令嬢も不幸にしたクソだと思っている。
同時に、俺は国の為には正しい王だと分かっている。でも愛したものを……俺を愛そうとする者を切り捨てるのは、俺には無理だ。だから最初から踏み込まないし、踏み込ませない。
前の婚約も、周りが認めて、誰かの権力に振り回される事もないから婚約した。……愛すのは無理だった。そう思えば、俺も父親と同じ最低な人間だ。
そう……結局俺も、あの男と同じ最低な人間なんだ。
「愛してしまって……ごめんな。でも、絶対、お前だけは守るから」
どれだけ誤魔化しても、俺には最低の男の血が流れ、俺自身も最低な人間だ。それでも、あの男のようにだけはならない。何があっても、絶対。
『私は、貴方が好きです』
「……シャボン?」
『いいですか。私は貴方が好きです。大好きです。最初は筋肉が好きでしたけれど、そうではなくて、貴方が好きです』
そういえば、俺の認識はただの白いパンツだったな。
色々聞いて、人魚と人間の感覚の違いに衝撃を受けた。
『謝らないで下さい。いいですか? 何度でも言います。貴方が好きです。そして、私は守られなければならないほど弱くないです。どういう形でも生きられます。だって、人魚からただの泡になっても、生きてるでしょう?』
「……確かに」
普通なら死んでしまうところを生きている。
そして間違いなく強い。鯉に一部食べられても復活している。
『色々王様とか、貴方のお母様とか、思うところはありますけど……ものすごく、ありますけど。でも王子の想いが一番なのでそんなのはどうでもいいです。だから私は貴方に愛されて嬉しいんです。幸せです。既に王子は私を幸せにしています』
「……幸せ……」
『はい。幸せです。王子は、人魚の常識にとらわれないじゃないですか。まあ、人魚じゃないですけど。でも同じように私も人間の常識なんて気にしません。なんせ、ただの泡なので。そして王子は王子で、親とは違う生き物です。親がどれだけクソでも、王子のいい面は損なわれません』
ぴょこぴょこただの泡が飛び跳ねるのを見ると……何故か笑えた。
いつの間にか冷たくなっていた手に、血が通い始める。
『それでなんですが、折角なんで、ムカつく王様の腹いせに仕事をボイコットして、お母様が行方不明になった場所を一緒に見に行ってみませんか?』
色々ため込んだものを吐き出した俺に、ただの泡はそんな提案をした。




