ただの泡から見ても、王子がとても不機嫌そうです。
ただの泡と平和な日々を送っていたが、ある日王に呼び出された。
王から直接声をかけられるのはいつぶりだろうか。正直、かけてきてほしくない。文句を言われぬ程度には、王子としての役目は果たしているはずだ。
人払いがされた部屋に入れば、偉そうにしている男がごてごてとした玉座に座っていた。上等な布を使ったマントを羽織り、大粒の宝石が付いた指輪を付け、見目だけは尊大に見せようとしている男だ。
「どのような用事でしょうか? 申し訳ないですが、仕事が押していますので手短にお願いします」
本来なら王から先に話すものだが、人払いをされているという事は個人的な話をする気でいるのだろう。なので、俺はさっさと話し合いを終える為にあえて要件をこちらから聞く。
この男と、長々と話す事など何もない。
「最近の噂を知っているか?」
「どのようなものでしょうか?」
わざわざ聞いてくるという事は、俺に関する噂だろうが……はて。鯉好き王子とか呼ばれているのなら、まあ半分は事実のようなものだが、そんな事でわざわざこの男が俺を呼び出すとは思えない。
「お前が身分のない者を溺愛し、子を成したという噂だ」
「はて。聞いた事もありませんが、私に子は一人もおりません」
シャボンを溺愛はしているが、子はいない。一体、どうしてそんな噂が流れているのかは知らないが、ただの泡と子を成す方法があるというのなら聞いてみたいものだ。
今のところ、俺とただの泡はとても清い関係である。
「事実ではないと?」
「子をという話ならば。私はまだ一度も女人と寝たことがございませんから。コウノトリが子を運んで来るか、キャベツ畑で捕まえて来るかしなければ、無理でしょう」
もしも俺の子を身ごもったというのならば、それは別の男の子であり、似た子供がいるというならば、似た特徴の子を攫ってきたという事だ。
「話がそれだけでしたら、仕事に戻らせていただきます」
「待て。話は終わっていない。お前もいい歳だ。そろそろ身を固めろ」
踵を返そうとした俺に、面倒なことを言ってきた男を、俺は冷めた目で見すえた。
「別に年齢で身を固めなければならぬ法などないでしょう。仕事はしているのですから、これまで通り、私の人生には口を挟まないでいただきたい」
「最近お前を推す貴族が多い。このままいけば、王となるのはお前だ。ならば、それ相応の姫君をもらい受けなければ、国が混乱するだろう」
「前の時は、私の婚約に何も言わなかったではないですか。ああ、あの女が、私の寝首をかこうとしていることを知っていたからですか?」
俺の言葉に王は答えない。
そうかもしれないし、まだあの時点では、俺を王にという声はそこまで大きくなかったからかもしれない。……順当に行けば、次の王は俺で間違いはないけどな。
「私は、貴方の生き方を心底侮蔑しております。それと同じ生き方をせよと言われるなら、王位継承権を放棄しましょう。貴方の愛する息子か、貴方の兄君に次の王となっていただけばいい。幸い、兄君のところには、しっかりとした息子がいらっしゃるではないですか」
現在は公爵と名乗ってはいるが、俺と弟が継がないと決まれば、彼の方に継承権は移行する。そして年齢が高過ぎて公務ができないというのならば、彼の息子だって正当なる血筋だ。
「それは駄目だ。ヘンリックでは後ろ盾の力が弱すぎる。もしも王位継承権第一位となれば、兄に殺されてしまう」
弟の名前を出し、慌てたように喚く男を、俺は冷めた目で見た。
「ならヘンリックも放棄すればいい。好きな女一人守らず、私の母を犠牲にして得た地位でしょう。そんなもの貴方の代で終わらせればいいんだ」
俺は王位などいらないと初めて口にした。
でもずっと思っていた。
「お前の母には……悪いことをしたとは思っている。しかし、それが普通だった。この国では常識なんだ」
「ええ。そうですね。身分の低い母を持つ兄が公爵家の令嬢と結婚したならば、王になるには貴方もそれ相応の女性と結婚しなければならなかった」
年齢順ならば兄には負けるが、母親の地位だけは弟であったこの男の方が上だった。能力は互角でそれほどの優劣はない。しかし彼が愛した者は身分の低い男爵令嬢だった。男爵などその代限りの爵位な上、男爵令嬢には貴族をまとめるような能力もなかった。
だからこの男は愛してもいない、俺の母親と結婚した。王になる為に。
優劣のつかない能力の王子達だったからこそ、国を下手に分断させない為にもその方法が一番だったのだ。
しかしこの男は卑怯だった。王位も国の安定も欲したが、同時に愛する女も手放せなかった。
だから彼は俺の乳母として、男爵令嬢を付けた。別に彼女に乳を与えさせようとしたわけではない。ただ自分の子の面倒を自分の愛する女に任せたのだ。
そしてその女に会う為に、俺の存在をダシにした。もしかしたら疑似家族を満喫したかったのかもしれない。それがどれほど俺の母に屈辱を感じさせたか分からないはずもないだろうに。
ならば男爵令嬢を妾にしまえばよかったのだ。
王が妾を作ってはならないという法などない。昔は子の生存率も低かったので、子を多く残す為に認められていた。
それでも王は、俺の母の実家の顔を立てる為に、妾を作らなかった。
それは同時に男爵令嬢の心も踏みにじっていた。
だからある日、男爵令嬢は俺の母を殺してしまった。……いや、あれは事故だったのだろう。しかし事故だったが、男爵令嬢は俺の母を助けようとはせず見殺しにした。崖から転がり落ちた母は、そのまま行方知れずで、死亡したという事になった。
男爵令嬢は王妃を助けられなかった罪で罰せられなければならなかった。しかしこの男はそれができなかった。まあ、できるはずないよな。この男がすべての原因なのだから。
しかしここで俺まで死んだら、それこそ問題が起こる。母の実家も黙っていないだろう。
男爵令嬢に俺がとても懐いているからという理由をつけ、男爵令嬢の罪をもみ消した男は、同時に彼女が俺までも殺してしまわないように、俺を療養と名づけ別の場所に移動させた。
そして時期を見て、王は男爵令嬢と子を作り、彼女を妃にした。世間は皆、俺の実母のような存在である心優しい乳母が、その優しさで王妃を失ったことで傷ついている王を癒し、愛されたのだと思っている。反吐がでるめでたし、めでたしだ。
「確かに愛のない政略結婚など、普通でしょう。私も結婚などどうでもいいと思っていました」
世間が納得するならば。
政務に煩わしさがない者であれば、身分もどうでもいい。
そもそも俺は王になりたいとも思っていない。誰もなれないなら、このままレールに乗っておくかと思っていただけだ。誰かなりたいと言うのなら譲ってしまおうと思うぐらい思い入れのない立場だ。
「でも私は愛する者ができました。彼女以外と結婚する気はないです。許されないというならば、どうぞ私の身分を剥奪するなり、異国の地に送るなりして下さい。今まで通り力だけはかせというのならば、爵位を与えて下さい。臣下としての仕事はしましょう。だから貴方のような生き方だけはしない」
誰も幸せにしないような生き方など、俺は絶対したくない。
俺はそう言い残し、部屋を出た。




