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ただの泡ですが、……心臓が私にもあったみたいです。

 数日かけて俺はダンスの講師と踊りについて、どうしていくか話し合った。

 というのも社交ダンスは基本二人で踊るものだ。そして、庶民が踊るフォークダンスもやはりペアとなって踊るもので、男性が一人で踊るというものはあまりないらしい。

 異国の踊りであるバレエにそういったものはあるが、俺はバレエ初心者な上、そこまで柔軟に自信がない。

 そこで色々な踊りを参考にし、創作ダンスを作ってみる事にした。

 さらに、ただの泡と二人っきりで発表をしたかった為、音楽隊を入れる事もできない。ただの泡に変身薬を飲んでもらうという事も出来るだろうが、彼女の体に負担をかけたくないので、こんなことで使いたくなかったし、他人を告白場面に入れる趣味はない。

 他人の視線を入れる事で断りにくくすると言った告白方法もあるそうだが、それはしたくない。別に断られても俺はいいのだ。ただ俺の気持ちがどういうものなのかを、ただの泡に知ってもらえれば。例え今は俺をそういう意味で好きではなくても、知ってもらえばいつかそういう目で見てもらえるようになるかもしれない。

 そんなわけで俺は、歌を歌いながら踊る事にした。


 仕事と練習をする為、ただの泡と一緒に居る時間が減るのでそこだけが不満だったが、彼女は彼女で魔女のところに通っていたので、俺がいなくて寂しいという事はなさそうだ。どうやら献泡は一回だけではなく数回必要だったらしい。そんなのに付き合う義理はないと言えばいいのに、彼女はお人よしだ。そしてそんなお人よしだから、俺は彼女に助けられたのだろう。


「シャボン、今から一緒に来てもらえないか?」

『大丈夫ですよ。どうしました?』

 金魚鉢の中でゆったりとくつろいでいたただの泡は、不思議そうにふわふわとゆれた。俺は一度自室に戻ると、次の日の仕事時間まで部屋から出る事があまりないからだ。

「……見せたいものがあるんだ」

『いいですよ。じゃあ、一部だけついて行きますね』

 俺は少し緊張していたが、ただの泡は特に変わった様子もなく、いつものように分泡をすると俺の肩にのった。ちなみに誰か人とすれ違う時はさささと背中に移動したりして視界に入らないようにしているらしい。俺も気が付いていないことがあるので、本当にただの泡は諜報向きだ。最近俺よりも、この城の噂話に詳しい気がする。


 俺は夕日が差す廊下を歩き、ダンスホールへと向かう。

 誰にも邪魔されぬよう、この日の為に仕事もきっちり早めに終わらせ、ダンスホールには誰も近づくなと通達をしておいた。

 多分ただの泡は俺に恋愛感情はない。だから俺の気持ちは一方通行で、今回はフラれるだろうなと思っている。それでも、かつてないほど緊張していた。

 

『王子、どうしました? 怖い顔してますけど』

「いや……ちょっと、緊張しているんだ」

『緊張ですか?』

「ああ……」

 フラれても、ちゃんと想いだけは届いて欲しい。こんな風に、必死に誰かに手を伸ばすのは初めてだ。俺はずっと誰も心の内に入れなかったから。

 でもお人よしで、優しくて、マメで、可愛い、可愛い、ただの泡は俺の宝のような存在で、もう手放せない。


 ダンスホールは窓から夕陽が差し込み、赤く染まっていた。

「ちょっと降りて、ここで俺を見ていてもらえるか?」

『わかりました!』

 ただの泡はススススッと俺から降りた。


 俺はただの泡を踏んでしまわないよう、距離を取ると歌った。

 歌いながら踊るというのは、かなり難しい。振動で音程が外れそうになるし、動きが多い所為で息切れしそうになる。それでも俺の想いが届くように。

 どうか、どうか、それだけは届くように。

 種が違うけれど。

 生きて来た時間も違うけれど。

 常識とか、姿とか、何もかも違うけれど。

 それでも君が好きで、君と一緒に未来を生きたいんだ。


 ダンと足音を鳴らして、俺は踊り終えた。

 正直動き過ぎて、洒落にならないぐらい苦しい。カッコ悪いが、膝に手を当てて、呼吸だけを繰り返す。

 人魚は踊って求愛行動を示すと言うが、地上の踊りでも彼女に想いは届くだろうか?

 服の袖で汗をぬぐいながら、ただの泡を見ると、ただの泡がうにょうにょと変な動きをしていた。


「えっと……シャボンも踊っているのか?」

『いえ。違います。……えっと、その。あの……。王子は、知らなかったと思いますが、人魚は踊りで求愛をするんです。それで、その……』

「知ってる」

『えっ?』

 良かった。ちゃんと伝わったみたいだ。だとしたら、この奇妙な動きは恥ずかしさからだろうか?

 だとしたら大成功だ。俺の粘り勝ちだ。


「だから、踊ったんだ。俺は、シャボンが好きなんだ。愛してるんだ」

『えっ? え? いや。前も言われたけど……えっ? 待って下さい。あの、あのですね! 人魚の求愛と言うのは、その、ペット愛とは違ってですね、君の卵が欲しいとか、君との子供が欲しいとかそういう意味でして。その……あの……』

「合ってる。別に、今の姿で卵を産んだり子供を産んだりすることはできないのは分かっているし、無理をさせたいわけではない。ただ、俺の好きは、性欲も伴うものだと思って欲しい」

『せ、性欲っ?!』

 ただの泡が、グルグルと床を這いまわっている。あれだろうか。恥ずかしくて人間がゴロゴロとのたうち回っているのと同じ感じだろうか。

 実を言えば、堂々と性欲とか言っている俺も恥ずかしい。多分顔は真っ赤だ。夕日で誤魔化せているかもしれないけれど。


『に、人間は、同じ姿の人間しか好きにならないんじゃないですか? それに、結婚は別に好きではなくてもできるそうですし』

「……どこから集めて来るんだ、そういう情報を。確かに、人間は人間同士の結婚しか周りは認めないだろうな。結婚というのは、結局のところ、周りに相手が自分のものだと分からせるための制度だ。愛がなくてもできる。そしてただの泡のままでは結婚はできないだろう。でも、俺が一生一緒に居て欲しいのは君なんだ。君以外とは結婚する気はない」

 すると、ただの泡が爆ぜた。

 異常行動に、俺は目を瞬かせる。

「お、おい。大丈夫か?」

『だ、大丈夫です……大丈夫なんですけど!! あの。その』

「いや。ただの泡の気持ちがそこに行きついていないのは知っているから、君の気持ちを強制させたいとかは思っていない。ただ、俺がどういう気持ちなのかだけを知って欲しかっただけなんだ」

 そういうと、再び泡は一つに集まり、グルグルとまわった。凄くせわしないが、それだけ混乱しているという事だろうか?


『うう。あの、あのですね。ただの泡なのに、心臓がないのに、凄くドキドキするんです』

「お、おう。そう思ってもらえたなら、嬉しい」

 伝わっているという事なんだもんな。確かに心臓、何処にあるんだという外見だけど。

『そ、それでですね。あの、えっと。その……。王子のダンスを見て、産めないけど、産みたいと思ってしまったんです……』

「産みたい?」

『あの。初めてで、どういえばいいのか分からないんですけどっ!! えっと。人魚風に言いますと、……貴方の為に卵を産みたいと思ったんです』

 そう消え入りそうな声が俺の耳に届いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 思いが通じた! 求愛ダンス成功ですね(´▽`) しゅぞくかんの違いはおいおい王子様が頑張って! テレる泡がかわいい。きっとぷるんぷるんはねてるんだろうな(´▽`) 王子様よかったね(´▽`…
[良い点] あらあらあらー。これは月光や真夜中行き、ですかねー(にやにやにや) [気になる点] ただの泡よ……人間(の男)の業の深さをなめるでないぞ……。 性癖というもの、持っている人は持っているのだ…
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