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今はただの泡なので、自由に生きたいのです

 ただの泡が作った手作り料理を食べながら、俺は魔女の所に彼女の姉がいたことを伝えた。

「――というわけで、俺はシャボンが生きていることを、お姉さんに伝えなかったが、シャボンはどうしたい?」

 俺とシャボンは違うのだから、肉親に関する考え方も違うはずだ。前に会いたくない的な事は言っていたが、実際に会える状態になるとまた考え方が変わるかもしれない。ただの泡では会いたくても会えないだろうし、だから困らせない為の言葉だった可能性もある。

 でも今なら、人魚に変身する選択肢もある。


『えっ。どうかそのまま、私は死んだという事にしてもらえませんか?』

「それは俺に危害が加えられる可能性があるからか? それとも、シャボン自身が会いたくないからか?」

 シャボンの姉はシャボンに俺の心臓をナイフで刺して人魚に戻るように言っていた。つまりはシャボンが今もまだ泡として生きていると分かれば、元に戻す為に俺の命を狙うかもしれない。

 それが理由なら、俺が気を付ければいいだけの話だが、海での生活を聞く限り、もしかしたらシャボンはそもそも海に戻りたくないのかもしれないと思えてきた。


『どちらもです。私は王子が好きなので、心臓の血を貰うのは嫌です。それに、海の生活に戻ったところで、また姉の子供の世話をすることになると思うと……嫌ですね。姉にどうにもならないことをぐちぐち言われるのも面倒ですし』

「やはり無理やり育児をさせられていたのか」

 シャボンはマメな性格なので、子育ても上手かったと魔女は言っていた。しかし育てるというのは大変な事だ。彼女の姉がシャボンをこきつかっていたという話を聞くと、面白くない。

 俺はシャボンの味方なので、たとえ人魚の常識と違っても、嫌がる事はさせたくない。


『無理やりという事はないですよ。私も生き物を育てるというのは嫌いではないですし、死にかけた甥っ子、姪っ子をみて、自分から最初は手伝いに入っていますし』

「死にかけ? 自分の子を虐待をするような姉なのか?」

『虐待ではないですね。人魚なら普通の範囲です。親は子を外敵から守り、狩りが上手くなるまで餌を与えるのが仕事で、姉はちゃんとやっていたと思います。子をわざと殺すようなこともしていません』

「なら、何で死にかけるんだ?」

 いや待て。人魚の子供の生存率が低いようなことを魔女は言ってなかったか?

 つまり、死ぬのが普通なのか?


『衛生問題ですかね。人間と違って、人魚は特にトイレの概念がありません』

「……海だもんな」

『そういう事です。そして、体を洗ったりという事もありません』

「常に水に浸かっているからか」

 確かに言われてみると、人魚が体を洗ったり、トイレを作ったりしている姿が思い浮かばない。やれて珊瑚に体をこすりつけるとかだろうか?


『人魚は元々目が悪いのですが、赤子の頃はさらに良く見えていないと思って下さい。つまり、糞尿と餌の違いが赤子は分からないことが多いです。そしてこの誤食をすると病気になる事が多いです。さらに体を洗わないので、微生物や食べかすが体に付着します。波の揺れで洗い流される事も多いですが、赤子を育てる場所はできるだけ水流のない場所を選びます。つまり洗い流されません。そしてまだ免疫もなく皮膚も弱い赤子は雑菌の増えた水に浸かり続ける事で病気になりやすくなるのです』

「ならどうするといいんだ?」

『まず、水を清潔に保つ努力をします。排泄は赤子がいる場所から離れたところでし、赤子たちのも可能限り取り除きます。そして体の汚れだけを食べてくれる魚を飼います。ただし、この汚れを食べてくれる魚の生きる水温が少々人魚の好む水温と違うので、保温珊瑚という特殊な珊瑚を利用し、基本的にはそこで飼って、必要時に放つという方法を取ります。大人なら、珊瑚に体を擦りつけ、多少うろこがはがれても問題ないですが、子供の場合はその傷口から、別の感染につながる事があるので』

 なるほど。

 言われてみると理にかなっている。

 

 人間だって、衛生環境が悪いと、乳児の死亡率は高くなる。貧民の子の方が育ちにくいというのも、一度病気が流行ると止められなくなるからだ。乳さえ足りていればいいというわけではない。

「なら、その方法を姉に教える事はできないのか?」

『無理です。これは普通の人魚がやる事ではないので』

 泡はどこか諦めたかのように揺らめいた。

『人間の世界も、普通って大切にされていますよね? 人魚も同じなんです。みんなと違う行動をとるのはおかしな奴なんです。私は元々変わり者なので指を指されても気にしませんが、姉は普通の人魚でいたい人なんです。それで子が死んでも、皆そうだから仕方がないんです。弱い個体が死ぬのは当たり前の事で強い個体が生きるのが、自然の摂理なので。私のように過保護に育てるのは、いい顔をされません』

「それがより良くなる事でもなのか?」

 子が死ぬ可能性が低くなるのはいいことじゃないのか?

 だから彼女の姉もシャボンの力を求めるのではないだろうか?


『人間だって、そうじゃないですか。前例にならった様々な習慣を優先させますし、皆同じように行動したがりますよね?』

 確かにその通りだ。

 無駄なことでも伝統だと言って変わらない事など山ほどある。

『別に私が変人扱いされるのは気にならないんですけど、それの所為で自分の自由が侵害されるのが嫌だったんですよ。人魚の理想の生き方をすると、私がしたいことが何もできないので』

「……そうか。今は……自由に生きられてるか?」

『はい!』

 元気のいい返事に、それがシャボンの偽らざる答えなのだと分かる。

 

「それなら、シャボンは自由にしてくれ。姉君には君が生きていることは伏せておこう」

 俺はシャボンの自由を阻害する存在にはならないだろうか? もしもそうなった時、俺は切り捨てられてしまうのだろうか? 

 そんな不安がよぎったが、今はシャボンの幸せを守ってやりたいと俺は思った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ていうか、シャボン並みに過保護で子供の生存率上がると人魚の個体数が増えすぎると思う 一度の産卵でかなり産む上に姉がすでに3回めの出産となると生涯出産数は相当な回数になるだろうし、寿命が人間並…
[良い点] なるほど、確かによいことでも保守的な場所では受け入れられないですよね。 理にかなっているけど、普通はやらないことだと普通を押しつけてきますし( ´-`) たいへんだったのね。 王子様は泡フ…
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