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ただの泡ですが、何とか流されず留守番してます

「それで、生きていることは言うの? 言わないの?」

 魔女の言葉に俺は少し悩む。

 言うのは簡単だ。普通なら、家族には伝えるべき事だろう。でも――。


「それは、シャボンに聞いてからにする」

「そう」

 魔女は俺の意見を特に否定する事も肯定する事もなかった。

 シャボンは前にチラッと、姉に会いたくなさそうな話をしていたはずだ。それは俺を心配してかもしれないが、もしかしたらシャボン自身が会いたくないからかもしれない。シャボンに対しての姉の気持ちが妹を想ってと言うのとは違うのが引っかかる。

 それに家族だから仲がいいというのは幻想だ。ましてや兄弟など、偶然同じ場所に生まれた他人だと思った方が気が楽だと思う。歴史を紐解けば、王家の兄弟同士が争い、殺し殺されたなんて過去が何度起こったことか。

 だから血の繋がりを理由に仲良くできるという発想は俺にはない。


「じゃあ伝えないけど、今はこんな感じで取り込み中なのよね。急ぎではないなら、話は後日にしてもらいたいんだけど」

「……なあ。人魚だった頃のシャボンの話を聞く事はできないか?」

 シャボンはこの姉の子育てを手伝い、多くの生き物を飼っていたというが、他はどんな生活をしていたのだろう。俺はまだほとんど彼女を知らない。彼女と出会ったのも、ただの泡になってからだ。

 そしてシャボンは人生のほとんどを人魚として暮らしていた。

「うーん。そうね。シャボンちゃんの体の一部をくれるというなら、お姉さんから聞き出してあげるわ」

「それこそ俺が判断できる話じゃないだろ」

「ケチね」

「ケチじゃなくて、あいつの体はあいつのものだろ」

 シャボンは体の一部を失っても一日で元に戻るようなことを言っていた。だから問題はなさそうだが、それを俺が強制させるのは違うと思うし、したくない。


「ふーん。なら、魔女が欲しがっていると伝えてくれるだけでもいいわ。シャボンちゃんは中々ここまで来ないし」

「……もらえなくても、俺との取引があったと言って、無理をいう事はないんだな?」

「名前にかけても、それはしないわ。私はちゃんともらった分だけの対価は渡す。それが魔女の決まりだから。あの子が嫌がったら絶対取らないわ」

「なら伝えるだけ伝えてやる」

 気が進まないならやらなくていいという助言付きでになるが。俺の為にシャボンが身を削る事だけは避けたい。


「交渉成立ね。ちょっと待って」

 そう言って、魔女はシャボン姉と何やら会話をした。最初こそシャボン姉はヒートアップしていたが、徐々に落ち着きを取り戻していく。一体、どんな話をしているのだろう。

「お待たせ。どういうことが知りたいか分からないけれど、ざっくりと今聞いた話をするわ。他に質問があったら言って。聞いてあげるから」

「おお」

 どうやって聞き出したか分からないが、魔女は交渉に成功したようだ。シャボン姉も落ち着いた様子である。もしかしたら、髪を返すか、それに準ずる何かを渡す事になったのかもしれない。


「シャボンちゃんは、人魚の世界で、相当モテたそうよ」

「も、もて? えっ?」

「まあ、そうよね。彼女綺麗な色をしているし。子育て上手なら、引く手あまたでしょうよ」

 言われてみると、確かに人魚にとって好ましい条件がそろっていそうだ。それに青紫が綺麗なのは俺も彼女の瞳の色で知っている。

「でもご安心を。彼女は一人も子供を作っていないわ。良かったわね。沢山の義理の息子や娘が居なくて。彼女のお姉さん、シャボンちゃんとは同じ年齢よ。だから順当だったら三回ぐらい子供を作っていてもおかしくなかったんだから」

 魔女の言葉に俺の顔が引きつる。

 何処の雄の子供か分からないシャボンの子供……。しかも種族は言葉の通じない人魚。俺はいい父親になれる自信がない。幸いいないようだが。


「シャボンちゃんはモテてはいたけど、人魚の世界では変わり者扱いだったみたいよ。人間にも空を飛びたいと研究している人がいるでしょ? そういう人って変わり者って言われない? シャボンちゃんはその空の部分が地上に変わったタイプね。人間にも興味があって、周りの人魚に止められても船や海岸近くによく行って観察していたみたいよ」

「やっぱり俺を助けられたのは、そういう理由だったんだな」

 好奇心から人間の船に近寄り、シャボンは溺れた俺を助けたのだ。


「お姉さん的には、シャボンちゃんに育児を手伝わせるのは、シャボンちゃんが今以上に異端児扱いされないようにしていたという意味でもあったみたいね。そのわりには、いいように使っていたみたいだけれど」

「異端児扱い?」

「卵を産める年齢なのに、どの男の求愛ダンスにもなびかず、地上に恋をしている様な人魚、異端児扱いされて当然よ。でもちゃんと人魚を育てているなら一応役目は果たしているからね。その代り、子育ての多くを手伝わされているから、あの子の時間というのは凄く限られてしまうし、外敵の鮫とも戦ったりして危険もあったみたいだけど」

 子供を作らないだけで異端児扱い。いや、地上にばかり目を向けているから異端児扱いだったのか。分からないが、シャボンにとって人魚の常識で作られた世界は決して暮らしやすい世界ではなかっただろう。

 しかもお前の為だと言われて、姉の子供の世話に追われ、労働力を搾取される日々。人間だって普通は嫌になる。

 それでもそれをしなければ、つまはじきにされるのだ。


「求愛ダンスというのは何だ?」

「うーん。人魚の男は、雌に求婚する時に踊るのよ。実際結婚するわけではないんだけど、その踊りが気に入れば、雌は卵を産むの。だから各シーズン必ず卵を産むとは限らないわ。気に入らなければ仕方ないしね。でも子供を作って一人前というところがあるから、一度も卵を産まなかったシャボンちゃんは異端扱いだったのよ」

「踊る……」

 そうか。人魚は踊りで恋愛、もしくは性愛的な好意を伝えるのか。

 俺はその言葉を反芻し、ふと妙案が思い浮かんだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 踊り( ´-`) どうかズレていませんように。
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