ただの泡なので、本日はお留守番です
ただの泡との好意の差にもやもやするが、俺は人魚という生き物をほとんど知らないし、ただの泡以外会ったこともない。
言語を持つ異種族を捕食の為に積極的に害すのは法律で禁止しているが、だからと言って交流があるかと言われたら微妙だ。特に海の中という、人間とは完璧に住み分けができているタイプだと交流はほぼない。
人魚は歌を歌い、船を沈没させるという噂が昔はまことしやかに流れたこともあった。しかし今ではそれは誤解で、船の沈没理由は普通に座礁しただけだと分かっている。人魚はとても美しい歌声を持っているがそれを聞いた事により眠って沈没したのではなく、暗い中の走行な為、居眠りしてしまい操縦を誤っただけだ。船長が責任を取りたくないが為についた嘘だと知られている。そもそも人魚が人間の船を沈めた所でいい事などない。
でも人外の言い分より、人間は人間の言い分の方を信じてしまいやすい。言語が通じないのだからなおさらだ。
そして人魚を飼おうとする金持ちの為に、密漁者もいるので、どちらかと言うと人魚の方が人間には近寄らない。その為、お互いの交流はあまり進んでいない。
「そう思えばシャボンが俺を助けられたのは、あいつが人間に興味を持っていたからか」
普通は人魚が人間の船に近づく事がない。だから本来なら俺は船が沈没して振り落とされた瞬間に、この命を終えていた。しかし好奇心旺盛なシャボンだったから、彼女は船の近くにおり、振り落とされた俺を岸まで運べたのだ。
そう思うと俺が仮説として立てた、俺が好きだから人間の足を魔女に貰いに行ったのではなく、人間の世界に興味があったから足を貰いに行ったという方がしっくりくる。勿論、俺のことが気になったのも嘘ではないだろう。
嘘ではないが、ただの一目惚れによる思いつきで人間になったのだとしたら、まったく生活習慣の違う人間に、多少変な言動があったとしても紛れ込めるだけの知識があるはずがない。
俺はもっとシャボンの事や人魚の事を知る為に魔女に会いに行く事にした。シャボンはどうしようかと思ったが、どうやら今日は王宮の厨房の見学をするそうで、留守番すると本人から言われた。毎日色んな所に行っては、色々人間の生活について学んでいるようで、暇なようでせわしない泡生を送っている。
その為、洗剤と勘違いされて、誤って水に流されるなよと注意をして、王宮を出た。
馬を走らせながら、俺は何を聞くべきか考える。もしかしたら知らなければよかったと思う事もあるかもしれない。例えば、シャボンの気持ちが俺が思っているものと違うとか……。それでも俺はそれを受け入れた上で愛したいと思う。最初からシャボンと俺が違う常識で生きていることは分かっていたのだ。だからシャボンが人間を学ぶように、俺もちゃんと学びたい。
ついでに魔女にはこの間の変身薬へのクレームも入れておこう。シャボンが変身するのは疲れると言っていたのも気になるし、何より唐突に変身が解けてしまうのも心臓に悪い。
変身できていた時間も、俺が予測していた時間より結構短かかった。薬は最初に飲ませた量よりはるかに多かったはずなのに。
魔女の家は、背面が海に面した小屋に住んでいる。道路側だけでなく、海に面した方にも入口があり、こちらから海に住む生き物は声をかけるそうだ。高潮などが来たらひとたまりもない気がする立地だが、押し流されず中に水が入り込まない作りになっているらしい。
これも魔女特有の技法だ。魔女というのは、薬だけでなく様々な分野で呪いを組み合わせた人間の国にはない技法を持っている。
「おい、魔女。ちょっといいか?」
店の入り口のドアを開け声をかけると、奥で何やらもめている様な声が聞こえた。もめている雰囲気ではあるが言葉として認識できないので、違う国の者か、異種族だろう。
外で待つのもあれなので、勝手に中に入らせてもらい、そっと奥を覗いた。
「えっ? シャボン?」
俺の声に魔女と魔女と話していた女がこちらを見る。
魔女と対峙していた女は胸から上だけが外に出た状態で、下半身は水に浸かっていた。海側のドアの前にいるので、風呂ではなく人魚かそれに準ずる生き物なのだろう。お腹のあたりは人間のような皮膚だが、胸には青緑色の鱗が生えており、女性体だが乳房が見えて恥ずかしいという気持ちにはならなかった。
髪はこの国のものとしては異質なぐらい短く、肩に届くか届かないかぐらいだ。髪色と瞳は青緑色で人間とは違う生き物だと分かる色をしている。
そしてそんな彼女は髪型と色以外は人間の時のシャボンとまったく同じだった。
女は俺に気が付いた瞬間、顔面を歪め、バンバンと床を叩き、何やらよく分からない言葉を叫んだ。全く理解できない言語というか音だったが、怒り興奮しているのだけは分かる。這ってでも陸に上がり、今にも俺の胸倉をつかみそうだ。
憎悪に歪んだ顔がシャボンとまったく同じだった為、俺は怯み一歩後ろに下がった。
「……タイミングが悪いわね。いや、ある意味、いいタイミングかしら。まあ、いいわ。当事者が丁度来たのだし。紹介するわね。彼女は貴方の人魚姫ちゃんのお姉さんよ」
やっぱりそうか。
紹介されたものの、シャボンの姉は俺に対して鋭い眼光を向け、さらに白い歯をむき出し、恐ろしい形相をしていた。




