ただの泡なので、再びただの泡に戻りました
まさかの、ただの泡を見られた状態に、俺はプチパニックを起こす。衣服だけは急いで茂みに隠したが、できたのはそこまでだけだ。
何故出てきたんだ、ただの泡!! いや、でもこれは彼女の所為だけでもないから、叱るのは違うな。
とにかく、まずは誤魔化すのが先決だ。
「いや。その……」
「まさかシャボン様は、吐かれるほど、体調が思わしくなかったのですか?!」
は、吐く?
俺は勝手に解釈をした公爵子息を前に、どうしようと悩む。吐くというか……こっちが本体だ。だがしかし、こっちが本体だなんて言っても理解できるとは思えない。
見た目が知的生命体に思えないから勘違いしているわけだし。
「吐く……吐く……そんな……まさか?」
「えっと、まあ、そういう事だ。というわけで、失礼させていただく。アクセルはすぐに会場に戻って品評会を滞りなく進めてくれ」
とにかくここから彼が離れてくれなければ、ただの泡と服と靴を回収して帰る事ができない。
「わ、分かりました。錦鯉の事は私にお任せください」
公爵子息は顔色を白くしながらフラフラと会場へ戻っていった。……大丈夫か? ただの泡を吐瀉物と勘違いしたので、気分が悪くなったのだろうか。
人の吐瀉物を見るだけで、気分が悪くなる繊細な人間も世の中にはいると聞く。
「シャボン……帰ろう」
『ご迷惑をかけてすみません』
ただの泡が、シュンとへこんだ。
俺も動揺したが、シャボンの方がより動揺しただろう。突然体がただの泡に戻ってしまったのだから。ただの泡の姿では、下手をすれば魔物と勘違いされてしまう。
「一度人間の姿に戻るか?」
『いえ。できればこのままで帰りたいです。人間の姿と泡の姿を行き来するのは、それなりに疲れるので。人間の姿の方がいいなら変身しますが』
「いや。いい。この薬に害がないとは言いきれないからな」
これ以上は飲んでは駄目という目分量があるだけで、細かくどれぐらいの量で、どれぐらいの時間変身ができ、副作用がどう起こるかが分かっていない薬なのだ。
人間姿の方が俺の感性的には素敵に思える。それでも無理をさせてまであの姿になってほしいわけではない。大切なのは彼女自身だ。
『王子……もしかして落ち込んでいます?』
服や靴も回収し馬車に乗った俺を気づかうように、ただの泡が声をかけてきた。そんなに暗い顔をしていただろうか。
「大丈夫だ」
ただの泡は確かに俺を好いてくれている。
こうやって気を使ってくれるのが証拠だ。
でも俺は人間で、彼女は人魚。似た部分を探さなければいけないぐらい、色々違い過ぎて、好きの種類が同じなのか、自信が持てなくなってきた。
『もしかして、もっと錦鯉を見たかったですか? すみません、私の所為で早々に切り上げる羽目になってしまって。折角連れてきてくれたのに』
「いや。鯉はいいんだ。鯉は」
問題は鯉ではなく恋であり愛だ。
しかしただの泡に言ったところで、彼女もまた分からないだろう。彼女は錦鯉より俺の方が好きだと言っていた。だからこそ俺も、なんと言えば上手く伝わるのか分からない。
『そうですか。えっと、お腹が空いたなら、私を食べますか?』
「食べない」
『そうですか』
残念そうに泡が揺れた。
これも、人魚らしい愛情表現なんだよな……。
人間なら結婚して子供を産んで育てて、愛を表現する。違う事もあるが、それが一般的だ。
でも結婚の先に子供を産み育てるがない状態は……友愛なのだろうか。考え出したらきりのない話な気がしてくる。
きりがないのなら、考えなければいい。ずっと一緒にいられればそれでいいじゃないか。そう思うのに、どうしてももやもやとしてしまい……俺はため息をつくのだった。




