ただの泡ですが、最推しと一緒に推しに会いに行きます5
とりあえず、公爵子息に連れられて錦鯉を見て回ったが、濃い。
公爵子息はそれはもう、沢山話してくれた。俺が聞かなくても、シャボンが何も話さず鯉に集中していても、ひたすら鯉について語っていた。正直、俺じゃなくてお前が鯉が好きなんだよなと言いたくなったけれど……何でそんな期待した目で俺を見ているのだろう。
いや。今の俺じゃあ、そのディープな鯉話にはついていけないから。
「――と、ここまでが、今日のご参加されている錦鯉様方です」
「……そうか。ご苦労だった。あー、その。……とても鯉について学んでいるんだな」
「はい!」
だから、何でキラキラした目で俺を見ているのだろう。求められているものがいまいちわかりにくい。
「アクセルお兄様はミケルが好きなのですね」
「勿論です。殿下は素晴らしい人格者であらせられ、次期国王になるお方。私が好きなどというのは、正直おこがましくもありますが、敬愛させていただいております」
キラキラキラキラ。
とにかく眼差しが痛い。いや。俺はそこまで敬愛されるようなことをやった記憶がないぞ?
シャボンに対してのアピールだろうか? 俺と仲がいいならば、シャボンからの警戒も低くなりそうだし……。いや、でも、うーん。
「やはりそうでしたか! なら、私とは同志で——」
「ストップ。待て、止まれ」
シャボンが何やら不穏な事を言いかけたので、俺は口を手で塞いだ。お前の好きはライクじゃなくてラブだよな?
「いいか。人魚はどうか知らないが、人間は男と女しか結婚はしない」
小声で伝えれば、俺の言葉に不思議そうな顔をする。待て。ちょっと待て。まさか、そこも人魚と人間は違うのか?
「……人魚は男同士で結婚をするのか?」
ツンツンと手を突っ突かれたので口から放すと、シャボンは首を振った。
「いえ。そもそも、結婚という概念がないので……。子供は男女でしかできませんが」
そうだった。
そもそも、ただの泡は結婚と婚約の違いも理解してない状態からのスタートだった。……なあ、本当に、俺の気持ちとシャボンの気持ちは同じだよな?
「どうかされましたか?」
「いや。大丈夫だ」
シャボンの気持ちに一抹の不安を覚えつつも、ここで問いただすわけにはいかない。俺がこそこそとシャボンに話しかけていたので、公爵子息が訝し気な顔をしていた。
「ところで、シャボン様は、どちらの出身なのでしょうか?」
どちらの出身……。
貴族ではないことは既に彼は気が付いているだろう。
しまった。その辺りの打ち合わせをしていなかった。こうなったら失礼だといい、質問自体を突っぱねよう。
「そういう話は——」
「海から来ました」
あああああ。何で、馬鹿正直に言ってしまうんだ。
俺はなんと取り繕えばいいのか分からず固まる。
「ああ。もしや、外国出身なのですか?」
「……そうですね。この国の生まれではありません」
俺が取り繕う前に、勝手に違う解釈をされた。何も嘘は言っていないけれど、彼はシャボンが何処の国出身なのか考えているだろう。
実際シャボンの見た目は、ここよりもう少し南下した国の者に似ている。
「母国語ではないのに、シャボン様は言葉が上手ですね」
「ここに来る前に沢山、この国の人間の話を聞いて覚えました」
シャボンが普通に話しているので気にした事もなかったが、人魚の言葉はこの国の言葉とは違う。彼女の名前すら、俺が発音しにくいものだったので全く違うのだろう。
それでも、ただの泡として俺と出会った時には既に彼女はこの国の言葉をちゃんと話していた。
「時折、この国の物が私の住んでいた場所に流れてきます。それがとても綺麗で、不思議で、ずっと行ってみたいと思っていたんです」
海で船が難破する事はよくある。俺もそれに巻き込まれて、死にかけ、彼女に助けられた。
そして難破船からは沢山の物が海に流れて行く。好奇心の塊のような彼女は、それを見て、興味を持ったのだろう。
「なあ、もしかして、この国に来たのは……」
俺に会いに来たんじゃなくて、人間の世界に来たかったからなのか?
いつもただの泡は献身的に俺を助けてくれて、俺の肉体が好きだと言ってくれて、俺は額面通り俺のことが好きなのだと受け取っていた。
でも人間の恋と人魚の恋はどこか違う気がしてならない。
彼女は間違いなく俺が好きだろう。でもそれは本当にラブの方だろうか?
不意に浮かんだ疑問は、俺に冷や水を浴びせた。
「あっ。すみません」
俺が戸惑っていると、不意にシャボンがハッとした顔をして、走り出した。
あっけにとられて、出遅れるが、俺も慌てて彼女の後を追う。一体どうしたのだろう。
「殿下?!」
「すまない。失礼させていただく」
挨拶もそこそこに、俺は追いかける事だけに専念するが――早いな、足!!
ついこの間まで足がなかった者の走りとは思えない。しかし、人魚はずっと海の中で泳いでいるのだ。足の筋肉が発達していそうだ。
「おい。どうしたん——っ?!」
シャボンが生垣の後ろで屈んで身を隠した瞬間だった。唐突に俺の前で霧が発生した。
まさか、このタイミングでか?!
魔女から貰った薬はまだ試行錯誤しているものなので、薬の分量に対して正確な変身時間が分かっていない。予測よりも早く元の戻る可能性はあった。
そして霧がなくなったところで、慌てて覗けば、ワンピースとただの泡がそこに落ちていた。
うおおおい!! マジか。
一応薬は持ってきているので、一滴ぐらいなら飲ませられる。急いで人間にしなければ——。
「あっ。殿下、大丈夫でしたか?」
公爵子息が心配したらしく、ここまで追いかけて来たので、俺は慌てて小瓶をポケットに戻し、生垣から離れた。
こんな場面、絶対見せられない。
「あ、ああ。大丈夫だ。問題ない」
「あれ? シャボン様は?」
「いや、その。彼女は急に体調が悪くなったらしくてな……」
明らかに体調が悪くなった人の走りじゃなかったけどな。俺が全力で走っても追いつけないって、どれだけ早いんだよ。
とはいえ、他の言い訳が見つからない。
トイレに行ったと言って、探されても困る。
「おや? 王子の後ろに泡が……。もしかして、シャボン様が残されたのですか?」
俺の背後には、ガラスの靴ならぬ、ただの泡が居た。




