ただの泡ですが、最推しと一緒に推しに会いに行きます4
錦鯉には負けないが、シャボンと話が合う公爵子息というライバルを前に、俺は自分を今一度磨こうと思う。そうだ。知らないのならば知ればいい。
ただの泡だって、人間の顔の見分けがつかなくても、俺を探し出してくれたのだ。俺だって鯉の名前ぐらい覚えてみせよう。とりあえずは、えっと……黄色の鯉とハナ……だ。くそ。何故、聞きなれない名前を付けたんだ。いや、異国の品種だからなんだろうが、余計に難易度が上がっている気がする。
「ところで殿下。そちらの可愛らしい女性は、もしや以前お話しいただけた、殿下の大切な女性でしょうか?」
「あ。ああ。そうだ。彼女の名前はシャボン。彼女が海でおぼれた俺を助けてくれた女性で……俺の最愛だ」
そう言い、俺はシャボンの腰に手をまわした。
だから色目を使うなよという牽制だったが……何だろう。何故か、公爵子息が目を潤ませてシャボンを見ている。確かにシャボンは感動するぐらい美しく、可愛らしいかもしれないが……泣くほどか?
「よく……よくぞ来て下さいました。私の名は、アクセル・マイヤーと申します。アクセルお兄様と呼んで下さい」
「分かりました。アクセルお兄様」
「何でだよ!」
何で突然初対面で、大切な人と伝えているにも関わらず、名前呼びでかつ兄呼びなのか。意味が分からない。シャボンはこれが人間の文化なのだろうと思って素直に受け入れるだろうけど、人間代表の俺からしたら、明らかに公爵子息の行動は可笑しい。
「すみません。出過ぎた真似を。しかし王子の最愛ならば、彼女は妹も同然。私も兄として気軽に頼って頂きたいのです。なので、まずは呼び方からかと」
「いや……えっ?」
妹も同然?
いや、お前の家系に人魚もただの泡もいないよな。
困惑する俺に対して、アイコンタクトのように分かってますという顔でウインクをされた。しかし俺にその肝心のアイコンタクトの意味が伝わってこない。
「あの。私、今日の品評会、とても楽しみにしてきたんです。ミケルの錦鯉のタマサブロウとハナコはどちらにいますか?」
「ご案内させていただきますね。タマサブロウ様とハナコ様は隣同士の生け簀で泳いでいただいています」
シャボンの適応能力の高さがこの時ばかりは憎い。
俺は混乱の極みにいるというのに、シャボンが早く錦鯉に会いたいが為に、俺の困惑を解決する間もなく移動してしまう。勿論置いて行かれるのは嫌なのでついて行くが……。とりあえず、タマサブロウとハナコだな。この名前だけはちゃんと覚えておこう。
公爵子息が迷いのない足取りで案内してくれた生け簀には、黄色の鯉と白と赤の二色の鯉がいた。これがタマサブロウとハナコなのだろう。俺の庭にいたかどうかはまったく記憶にないが、シャボンが言っていた二匹と特徴が似ている。
「タマサブロウ様、ハナコ様共にとても体格がよく、この品評会でもとりわけ優美です」
「池では栄養価の高い、いい餌を食べていますから」
……ああ。そうだな。ただの泡は栄養価が高いんだったな。
何だかシャボンが誇らしげにしている。正しく私が育てただろうか。
「髭も四本揃っておりますし、左右のバランスもいい。タマサブロウ様の色は珍しく今日の会場では彼一匹だけのようですが、まるで黄金のような色合いに目の肥えた者達も喜ばれております。ハナコ様は雪のような白地に赤い花が咲いたような美しい色合いで、まさに名前の通りお美しいです」
「そうですよね。ハナコは、左右のバランスもいいですし、赤色が大きいので、もっと体が大きくなっても安定して美しいと思うんです。ぼやけることなく赤い模様がくっきりしているのも素晴らしいですよね!」
「流石はシャボン様。よく錦鯉について知っていらっしゃる。やはり殿下の想い人ですね」
いや、錦鯉を知っているのと俺の想い人である所の繋がりがさっぱり分からない。
もしや、あれか。俺が錦鯉が好きだから、彼女が俺の為に勉強したと思っているのか? 逆だ、逆。彼女が好きだから、俺が必死に勉強しようと思っている所なんだ。
そうは思うが、シャボンと俺が同棲していることは内緒である。シャボンの正体がただの泡であるという事は極秘なので、シャボンが王宮に住んでいることは話せないのだ。
そして錦鯉が一番いるのは王宮。貴族で飼うものが増えてきたそうだが、一般庶民にはまだ普及していない。だとしたらシャボンの方が錦鯉に詳しいというのは変だという事になる。
「……よければ他の鯉についても誰か詳しいものに案内してもらえないだろうか?」
こうなったら詳しい奴から知識を吸収するしかないな。
変な事を言って俺が鯉についてにわかだと相手に悟られるわけにはいかないので、色々先に説明を入れてもらい頷くだけですむ方がありがたい。
「それでしたら、私がご案内します! 任せて下さい。この庭にいる鯉の情報は全て頭に入れてありますから」
キラキラした笑顔で言われるが、そんなに公爵子息は錦鯉が好きだったのか。
「お、おう」
やはり公爵子息が一番のライバルのようだ。
シャボンと話があってしまいそうな公爵子息にやきもきしつつも、俺は必死に錦鯉について覚える努力ををするのだった。




