ただの泡ですが、最推しと一緒に推しに会いに行きます3
馬車に揺られる事数十分。
とりあえず、シャボンは馬車酔いはしないらしく、元気に窓の外の景色を楽しんでいる。
ただの泡の時は三半規管があるのかないのか分からない状態だったが、現在も似たような状態なのだろうか? そもそもこの変身薬は、内臓なども変化しているのだろうか?
皮膚に傷がついたら中からただの泡が出てくるという事はないよな? 赤い血が出てくるんだよな?
よく分からないが、色々細心の注意が必要だ。シャボンが化け物扱いされて傷つく事だけはないようにしなければ。……シャボンは俺が思っている以上に鋼の心を持っているので案外化け物と言われても大丈夫かもしれない。でもだからと言って傷つけたくないし、俺もそんなシャボンを見たくない。
「わー。この辺りは初めて見ます。カラフルな建物が多いですね!」
「そうか。あそこに見える屋敷で今日は品評会を行うそうだ」
今回の錦鯉の品評会の主催は公爵家だ。
貴族間で錦鯉の人気が高まっているからでもあるそうだが、どうやら俺を励ます為に行われようとしているらしい。……俺はいったいどれだけ鯉好きだと思われているのだろう。というか、何を励まされようとしているのか。よく分からないが、シャボンが嬉しそうなので、まあ結果オーライだ。
とりあえず、あまりにも錦鯉について無知では失礼かと思い、付け焼刃でも知識を得てから向かおうと思ったが異国の魚だった為あまり情報が得られなかった。異国に準ずれば、錦鯉の品評会は、体型や色彩、模様を比べ合い評価するものらしいが……正直あまりよく分からない。まあ、俺が審査するわけでもないので、なるようになるだろう。
「王子の所のコイドルは品評会に出るのですか?」
「ああ。数が必要だからな、事前に貸し出した。錦鯉の人気は出ているとはいえ、異国の魚だからまだそれほど多くの者が飼っているわけではない。ただし、どの錦鯉を誰が持ち込んだのかは隠すそうだ」
俺が持ち込んだ錦鯉が分かってしまえば、おべっかを使われ、本来の品評会の意味を失ってしまう。そもそも俺は勝ちたいという気がさらさらないので、正直優勝しても困る。
こういうのは好きな者同士で盛り上がるべきだ。
「やっぱりそうだったんですね! 昨日からタマサブロウとハナコを池で見かけなかったんですよ。コイドルの中心的存在なのにいないので、猫の餌食になってしまったのかと心配していましたのですが、もしかしたら品評会に行ったのではないかとも思っていたんです。二人共素晴らしい鱗の持ち主ですから」
「……鯉には名前があるんだな」
「はい。勿論全員ありますよ。彼らの母国の名前を採用しているそうです」
俺は雌雄でさえ見分けがついていないのに、シャボンは一匹一匹見分けがついているのか。それなのに、人間の顔の見分けがつかないのは何故だろう。本当に不思議だ。
「タマサブロウは、珍しい黄色の鯉で、ヒレが雪のように白い美肌の子です。ハナコは白と赤が特徴で、背中の模様がまるで牡丹の花のように美しいんですよ。きわもくっきりしていて、素敵なうろこです」
「そ、そうか」
そういえば黄色い鯉もいた気がするが、二匹ぐらい居たのでどちらかが分からない。ハナコにいたっては、さっぱりだ。ほとんどの鯉が白と赤と黒の模様だ。俺には全く見分けがつかない。
「王子のコイドルが一番になるといいですね! でも、もっと美しい鯉が見れてもラッキーですよね」
「やはり自分の一番好きなものが勝つのは嬉しいんだな」
嫉妬はしない。断じてしない。
今のシャボンはただの泡でも人魚でもなく、人間だ。どう考えても俺に軍配が上がる。それでも、こんな風にちゃんと認識されていて、ちょっとだけ、そう、ちょっとだけ鯉が羨ましい。俺なんてしばらく白いパンツとしか認識されていなかったというのに。
「私の最推しは王子ですよ? あっ、今日はミケルと呼んだ方がいいんでしたね」
「あ、ああ。頼む」
折角のデートなのに王子呼びでは格好がつかないし、そもそも正式な場で呼ぶなら殿下になるだろう。それならば親密さを周りにも見せつける為にも、名前呼びがいいと伝えてあった。
「私はミケルが一番好きです。本当は鯉よりミケルに食べてもらいたいんですよ」
「だが、断る。さりげなく食べさせようとするな。そして鯉にも食べさせるな」
好きだと言ってくるのにまぎれさせて話すのででついつい頷きたくなるが、例え栄養価が高くても、断固拒否させてもらう。
もしも食糧難が起きて死にかけても、彼女を食べて生き延びるとか地獄だ。絶対食料だけは確保できるようにこの国の食料自給率を安定させておこう。
公爵家へ入り馬車から降りれば、庭の方へ案内された。どうやら木の樽に水をはり、鯉を入れている為、室内では難しかったらしい。ただし猫などが入り込まないよう厳重体制が敷かれているとか。
……魚の為だけにご苦労な話だ。ここに居る人間より錦鯉は貴賓扱いらしい。
「殿下、ようこそおいで下さりました」
「ああ。招待、感謝する」
庭の方に顔を出せば、すぐに主催者である公爵子息が声をかけて来た。彼は王宮でも役人として働いてくれている大変優秀人材であり、俺の従兄だ。
「殿下からお預かりした、タマサブロウ様とハナコ様は、丁重に扱わせていただいております」
「あ、ああ……。貴殿も名前を知っていたのだな」
「勿論です。殿下の憩いである錦鯉様達の体調管理はいつでも万端にしなければいけないので、一個体ごとに名前をつけ確認するのは至極当然でございます」
そうか。名前は知っていて当然なのか。
シレっと言われたが、飼い主である俺が一番俺の庭の池の状況を知らないのかもしれない。
……このままでは、シャボンの事を一番理解している人間の座が危ないのでは?
人は趣味を通して仲良くなると聞いた事がある。共通の話題で盛り上がれば、相手の警戒心を低くできるのだ。マズイ。このままでは、この公爵子息に負けてしまう。
ただの泡の恋心が俺から移ってしまわないように、俺は今一度鯉を学ぼうと思った。




