ただの泡ですが、最推しと一緒に推しに会いに行きます1
ただの泡こと、シャボンが人間に変身する為の薬。
とうとうこれを使う時がやってきた。
『この間ちゃんと成功したけれど、ドキドキしますね。これ、私がついうっかり、鮭とか鯉とかイメージしたらそれになってしまうという事ですもんね』
「絶対するなよ。絶対するなよ。フリじゃなく、本気で止めてくれ。万が一誤ってお前が食卓の上に上がっていたら泣くからな。大泣きして後追いするからな!!」
たぶん厨房でまぎれたら見分けがつかない。愛があっても無理なものは無理だ。
『後追いは困ります。命は大事ですよ?』
「お前が言うな!!」
泡が可愛くふにょんと右に傾いた。たぶん小首を傾げたような動作なのだろう。可愛いけれど、鯉に一部とはいえ体を食べられていたり、毒キノコを積極的に食べたりした奴の言葉ではない。
『分かりました。人間の姿をちゃんと想像します』
「そうだ。ただし俺を思い浮かべるのも禁止だからな」
俺の顔が付いた女という悪夢が再び起こる事になる。しかも今回はデートしている間ずっと人間の姿でいてもらう為、一度に飲む薬の量が増える。魔女的には小さな小瓶が一日の上限で、これ以上は安全が保障できないから止めろと言われていた。
前回は一滴だったので再び薬を飲むことができたが、今回はそういうわけにもいかない。
女版の俺は、何というか……うん。絶対色んな混乱が起きるとしか思えない。落ち着いて考えれば、俺が近親相姦のナルシスト野郎という噂が立つ前に、父親の庶子が見つかった騒ぎやら、俺が実は女だったけれど性別を偽っていたのではないかという噂が出る可能性が高い。
考え出すと頭が痛くなりそうだ。
『姉の顔で髪の色が金色、瞳は青紫、尾びれも背びれも鱗もなく、足があるですね!』
「そうだ。そして変身したら、すぐそこに用意してある服を着るんだ」
『王子は私の筋肉を触って確認しなくてもいいんですか?』
「……誘惑するな!! 大事にすると決めているんだ。結婚するまでは我慢する。我慢するのが俺の愛なんだ」
『人間の愛って変わっていますね。人魚は互いの体を見せ合って、好みの相手を探すんですけど』
生まれた時から全裸で生活している人魚と、生まれてすぐに服を着る人間では感覚の隔たりが大きすぎる。
そして人魚は海藻に雌が卵を産みつけ、雄が後から体液をかけるという子作りな為、裸で触れ合うという行為にそういう意味がないのだ。
純粋無垢な目で不思議そうにされると、自分がものすごく汚れた生き物に思えてくる。ううう。心が痛い。
『じゃあ変身しますね』
シャボンがそう言ったので、俺は泡に背を向け目を閉じる。
絶対のぞき見はしない。後からシャボンが人間について学んだ後に、『王子って変態なんですね』、『気持ち悪いです』、『近寄らないで下さい』と三コンボで言われたら、泣いてしまう。だからこそ、ちゃんと理解していない間は、より理性的に振るまわなければいけない。
俺は邪念を追い払うため、心の中で素数を数え続ける。
無だ。無になるのだ。
「王子、もう大丈夫ですよ?」
「ちゃんと、服も来ているか?」
「はい。用意していただいたものを着ました」
俺はシャボンの言葉を信じてそっと目を開け、振り返った。
「王子、どうですか? 変ではないですか?」
「か……」
「か? えーと。かめ?」
「めだか——って違う。しりとりをしたいんじゃなくて、その……可憐で美しいと思う。服もよく似合っている」
前と同様に、俺は言葉を失いかけたが、また不安にさせてはいけないと、彼女の姿を褒めた。
この間と同様に、何処かあどけなさを残す容姿だ。身長がもっと低ければ、手を出してはいけない年齢だと思われてしまいそうだ。
手足はすらりと長く、肌の色は少しバター色をしている。この国より少し南に住む人種に近い気もするが、以前会った異国人よりは白くきめの細かい肌をしている気がする。
「やっぱり、王子も私と同じで観察するんですね」
「あ、その。すまない。不躾に見てしまって」
「いいですよ。私もいつも見させていただいてますし。同じですね」
「……そうだな。同じだな」
あまりの美しさに見惚れてしまったが、シャボンが同じだと嬉しそうに笑うから、同じでいいかと思う。そうだな……。俺もシャボンの事ならいつまでも見つめられそうだ。
「私、今日をすっごく楽しみにしていたんですよ」
「お、俺もだ」
「カッコイイ錦鯉がいるといいですね! 誰が一番になるんだろうなぁ」
「……そっちか。まあ、シャボンが楽しいならいい」
人間になった事だし、コイドルにキャーキャーするのも寛大な心で許してやろう。そもそも行先が錦鯉の品評会なのだ。
今日という特別な日を嫉妬なんかで台無しにする気はない。俺はそう覚悟できるぐらい、初デートを楽しみにしていた。




