ただの泡ですが、今だけ人間です5
「あの。もしかして変ですか?」
胸あたりまである長い髪をいじりながら首を傾げる美女は、ついさっきまで【ただの泡】でその後俺の顔をした女性だったはずだ。目鼻立ちはくっきりとした感じではなく、俺達より少し平たい顔な気がするが、瞳の大きさの関係か、幼げな顔立ちに見える。可愛い。その時は感じなかったときめきを覚えるのは、外見の美しさだけでなく、これがシャボンの本当の姿だからだろう。……いや待て。
本当の姿は人魚だから、これは本当の姿ではないのか? 元々は青紫の髪と言っていたしな。でも青紫でも美しく可憐だ。
「魔女さん、王子が喋れなくなるぐらい外見に問題があるようなので、ただの泡かさっきの姿に戻った方がいい気がするんですけど」
「やめて!」
「やめろ!!」
困った顔で魔女にとんでもないことを言いだしたたシャボンに、俺と魔女は叫んだ。ただの泡までは許すが、何でさっきの悪夢の方がいいと思うんだ!! ……あれか。顔が分からないからか。
どう考えても俺の顔をした悪夢の女より、今の姿の方がいいはずなのに、それが分からないのが種の違いなのか。
「王子、ほら。早く褒めるのよ。悪夢に戻りたくなければ」
「分かってる。勿論俺はどんな姿のシャボンでも愛しているが、今は、綺麗すぎて言葉を失ったんだ。本当に可愛い。その瞳も髪も、口も鼻も……全て愛おしく思う」
「えっと……ありがとうございます。私も王子の腹筋も背筋も大腿四頭筋も素敵だと思います」
……ちゃんと訓練を怠らなくて良かった。
見目で人を好きになるのは顰蹙を買う事もあるが、見目は大切だ。人間の姿であり、俺と同じ顔でないだけで、凄く愛おしい。勿論、それは中身がシャボンであるからこそだ。
たとえこの国一番の美女を目の前に連れて来られても俺はただの泡を選ぶ。もう俺の心はただの泡に奪われているので目移りする事はない。
「王子は、この状態をその流されやすい恋愛脳にインプットしなさいよ。この最高に可愛らしい人魚姫ちゃんがいるんだから、泡でいいとか自分の顔でも頑張って愛そうとか、妥協しない!! いいわね!!」
魔女が半ギレ状態で叫んだが、確かに妥協は良くないな。
うん。
「……ただの泡の姿はそんなにお嫌いですか?」
「そんな事ない! 俺はどんな姿でも君を愛してる!」
「流されるなって言ってるでしょうが!!」
いや。だって。
シャボンが悲しそうな顔をしているんだぞ? ここで見目に騙される男だと思われたら幻滅されるだろ。
そもそも俺はただの泡でも愛せたんだ。周りには理解されないだろうが。
「シャボンだっけ? 貴方もこれを期に、人間の姿でもたまには生活して、人間の常識を少しずつ学びなさい。王子と一緒に居たくて、人魚の姿を捨てたんでしょ? ただの泡のままじゃ、リスクが多すぎるのよ。もちろん、ただの泡にだって戻れる薬の研究は進めるから」
「魔女さん……」
シャボンが感激したように目を潤ませている。
……魔女が彼女に同調していい事言った風になっているけれど、そもそもこんな事になっているのは魔女の所為だし、魔女が本気でシャボンの事を思っているとは思えない。
多分、俺がシャボンの意見を聞き過ぎて、ただの泡で妥協にならないようにしてるんだろうな。シャボンがただの泡生を選んだら、俺とただの泡の辺境スローライフが始まる。俺達はそれでもハッピーエンドになれるが、魔女は交渉人から色々責められる事になるのだろう。
「さてと、後は薬の分量でどれぐらいの時間変身できるかだけど……」
「それで結局、この後彼女の姿は何になるんだ?」
「普通なら人魚のはずなんだけど……」
言葉を濁しつつ魔女はシャボンを見る。王宮に人魚の姿のまま住まうのは大変そうだが、でも今度こそ本来の姿を見る事ができるかもしれないのか。
一時間後、再び霧が発生し現れたのは【ただの泡】だった。
ただの泡は嬉しそうに揺れている。この姿の方が今は便利だし、……可愛いけど、可愛いけどさ!!
頭を抱えている魔女の隣で、俺は辺境スローライフ編が始まらないよう、人間の姿のシャボンを脳裏で反芻するのだった。




