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ただの泡ですが、今だけ人間です2

「ここまでの失敗は想定内だけど、ちゃんと褒めてもらってもいいぐらいなのよ。確実に女体化するという条件を付けるだけでも難しかったんだから」

 魔女は腕を組み、失敗だと思われる状況を前にしても堂々としていた。

 確かにただの泡は、見た目は俺だが、女性の体をしている。

 ……それが逆に悪夢のような気もするが、性別が男でも愛する事ができるかを試されなかっただけマシなのか。同じ顔の同性との恋愛……色々試されすぎて辛い。中身がただの泡でも辛い。

 そう思えば、これはまだアリなのかもしれない。女体という事は俺そのものというわけではない。そう。従妹ならば、似る事だってあるし、他人の空似というものも実在する。


「確かに。……女性なら、頑張れる気がする」

「いや。妥協はしなくていいから、そこは頑張らないで。私の成果は褒められたいけれど、この状況に適応されると、交渉人になんと言われるか……」

 俺が自分の顔の女性との恋愛に前向きになると、逆に魔女がストップをかけた。結果を自慢したくせに、何故止める。

「でも彼女は例え俺の顔でも、ただの泡だ。俺が愛する泡なんだ」

 俺は顔で恋したわけではない。それに泡の顔はどこにあるのかまだわからないのだ。

「そもそも、泡じゃなくて人魚だからね」

「もう人魚である事は捨てたので、泡でいいです」

「本当に、そういうの止めて。無駄な適応力付けないで」

 無駄とは失礼な。

 俺もただの泡も前向きに目の前の問題に取り組んでいるだけだ。


「とにかくもう一度変化させるわよ。人魚姫は、今度は自分の姉の顔を思い浮かべなさい。そこに人間の足をつけるの」

「姉ですか?」

「だって、貴方、鏡で自分の顔を見たこともないでしょ」

 ……はっ?!

 そうか。言われてみれば海の中に鏡があるとは考えにくい。そう思えば、ただの泡が自分の姿というものを認知していなかった可能性は高い。

「……もしかして、前に両想いになってただの泡が光ったのに、人の姿でも人魚の姿でもなく、ただの泡の姿になったのは、かつての自分の姿が分からなかったからか?」

「そういう事でしょうね。ただの泡になってからは鏡も見ただろうし、水面に映る姿も見てると思うわ。だからただの泡の状態の完璧な姿は理解していたけれど、人間の姿や人魚の姿は知らなかったのよ。人間になったころだって、裕福な暮らしができなければ、鏡を手に入れる事なんてできないもの」

 海で魚や貝を捕って食べていたという話なので、裕福な人間らしい生活をしていたとは思えない。その上魔女の所為で言葉が話せなかったのに、人間の文字も知らなかった状況……よく生き残れたなと思う。

 でも生き残ってくれてよかった。そうでなければ俺は泡に出会えなかったのだから。


「大変な生活をしていたんだな。……それよりも、魔女。お前、絶対俺とただの泡が結ばれる事なんてないって思っていたな」

 野性的な生活をするしかなかったただの泡と王子である俺が繋がる道があると思えない。それ以前にただの泡が人間の顔を識別できていなくて、俺が誰なのかすら不明だったという予想外な部分もあるが。

「……まあ、過ぎたことはいいじゃない。それに、今は協力させられているわけだし」

「私も別に気にしてません。人間の姿での狩猟は大変だと知りましたけど、色々楽しかったです。海の中では火おこしなんてできなかったんですけど、人間になって初めて火を使ったりもできるようになりましたし」

 どうしよう。思った以上にただの泡が野生化している。

 いや。まて。この間も料理をするという概念がなかったただの泡だぞ。つまりは、火をおこしても全て生食だったという事だ。教えてくれる相手もいなかったのか。

「おい。魔女」

「わ、私もまさか、そこまでだったとは思わなかったのよ。それより、今は彼女の姿をどうにかするのが先でしょ? このまま王子の顔というわけにもいかないんだから。それでね、話を戻すけれど、人魚姫とお姉さんは良く似た顔立ちをしていたわ。髪色はお姉さんは青緑色で、貴方は青紫色だったけれど、これは人間にはない色だから止めた方がいいわね。前の時は私と同じ黒色になってもらったけれど、折角だから今回は王子と同じ色で想像しなさい。その方がやりやすいでしょ」

 

 確かにここで魔女を責めても終わった話だ。

 それに今は魔女の邪魔をしない方がいいだろう。俺もただの泡が人間になった姿を見たい。

「金髪ですね、たぶん大丈夫です。目は何色ですか?」

「髪の色と同じ色よ。だからあなたは青紫色の瞳だったわ。珍しくはあるけど、ない色ではないから、その色を想像しなさい。足は人間の足よ。エラや鱗はないわ」

「鱗のない足……」

「人間は水かきも鱗もエラもない。お姉さんの顔で想像して。そして髪は金色、瞳は青紫。復唱して」

 魔女の言葉を素直にただの泡は復唱した。


 青紫の髪に青紫の瞳の人魚……。

 人外を愛でる趣味は持っていないつもりだった。ただの泡は例外中の例外で……今も可愛いとは思うし愛しているけれど、これが恋愛なのかどうかをたずねられるとよく分からないと答えるしかない。

 でも俺はその人魚に会ってみたいなと思った。もしかしなくても、いつもの如く愛が試される事態になるのだろうけれど、それが彼女の本当の姿なのだというのなら、ありのままを受け入れたい。


「王子は余計な事を言わないでちょうだい。考えていることは何となく想像できるけど、現実的に考えて貴方が人魚になる選択肢はないわ。だから彼女が人間になるしかないの」

 俺の心の声を聞いたわけでもないのに、魔女がぴしゃりと俺に言い放った。

「……知ってる」

 俺が人間をやめた所で、ただの泡が幸せになれるわけではない。俺というお荷物ができるだけだ。

 俺には人魚の生活は難しいだろう。それに俺の身分がそれを許させないはずだ。魔女もきっとその取引はしない。

 でも俺はただの泡に甘えてばかりでいいのだろうか。


「王子。私は本当に人魚である事に未練はないので、王子が人魚になる必要はないですよ?」

「……故郷を捨てさせる事になるんだぞ」

「私は人魚の世界より、王子の近くにいたいです」

 俺はただの泡を抱きしめた。

 絶対彼女を幸せにしたいと思いながら。

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