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ただの泡ですが、そんなに変わったものは食べていません

 ただの泡との生活も慣れてきた今日この頃。

 ……いい加減早くただの泡が人間にならないだろうかと思う。普通なら慣れる事のないはずの状況に、ものすごく馴染んでしまっているのが怖い。

 海水の入れ替えや、日当たりのいい場所への移動が苦になる事はないのだけれど、個人的には普通にいちゃつきたい。俺が望む関係は決して、ペットと主人ではないのだ。


『そういえば、このパンという実は、何処で実っているのですか?』

「……パンは実ではないな」

 正確に言えば、小麦という実をすりつぶしてから加工しているので、実ではあるのかもしれないけれど、ただの泡は文字通り、パンがなる木があるのかとたずねているのだと思う。

 よく考えればただの泡は元々は海の中で生活をしていたのだ。だとしたら、小麦に熱を加えて食べるという事を知らないのかもしれない。そもそも、人魚は何を食べるんだろう?

 ただの泡は食事をしない。しかしただの泡が人間になったら食事もするだろう。その時に食がまったく合わないと、実家に帰ってしまうかもしれない。そんな事になったら、俺が泣く。もう俺はただの泡を手放せない域に来ているのだ。


『だとすると、パンというのは生き物ですか? 陸上の生物なのに足がないので、私みたいな感じで這いずっているのでしょうか? まだ出会ったで事がありませんが、特殊な環境下にいるのでしょうか? 魔女に相談すれば狩猟方法を教えてもらえ——』

「違う。パンは小麦という植物を加工して作ったものだ」

 止めてくれ。ある日突然パンがうごめいていたら悲鳴を上げるわ。

 魔女には無理を言って薬を作ってもらっているから、変な事を言えば、嫌がらせでパンをうごめかせたり鳴き声を上げさせるかもしれない。

『加工して作る? ああ。そういえば動物の肉や植物を何やら切ったり焼いたりしている部屋がありましたね』

「そうだ。パンというのは小麦を粉にして、塩とイーストと砂糖を混ぜて発酵させて——いや。料理をした事がないなら、実際に見た方が早いかもしれないな。ちなみに人魚はどんな食事をしているんだ?」

『どんなと言われても、普通ですけど。海藻を食べたり、魚やエビ、貝などを食べますね。泡になってから鯉にあげるパンを試食してみましたが、人間の食事も食べる事はできそうです』

 ……どこが口なのだろう。

 鯉のようにパクパクと開く場所が見当たらないので、いまいちただの泡の食事が思い浮かばない。


『たぶん、魚が食べるものは食べられるかと思います。人間がよくミミズで釣りをしているのを見かけ——』

「まて。皆まで言うな。分かった。ただの泡が人間の食べ物が食べられると知れたら、もうそれだけでいいんだ」

 うにょうにょとしたアレを餌にしているのは知っているし、実際それで釣りをした事はある。だからこそ、想像したくないけど……実際食べたのだろうか?

 想像したくないのに、聞きたくなってしまうのが辛い。そして聞いた後に、俺はまた自分の愛を試されそうだ。

 愛するという事は障害が多いらしい。


「……そういえば、ちょっと気になったんだが、一度は人間の姿になったんだよな」

『そうですね。足はちゃんと生えてました』

「その時の食事はどうしていたんだ?」

『海に潜って魚を採ったり、エビや貝をとったりして食べてました。人間の食べ物も覚えようかと、キノコにも挑戦したんですが、山でとっている最中に毒があるから止めなさいと親切な方が教えて下さり、代わりに果物を貰いました』

 キノコはヤバい。収穫慣れている人でも毒があるか間違える事があるものだ。親切な人がいてくれてよかった。

『泡になってからキノコは色々確認してますが、ダメなものの方が多いですね。結構な確率で毒で、ぺっぺしてます』

「……人間になったら、絶対やるなよ」

 どうやら、この泡、かなり好奇心が強いらしい。人間の生活が物珍しいからかもしれないけれど。

 人間になったら、まずは料理……いや、人間が食べるものから教えた方がいいかもしれないと思うのだった。

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