ただの臣下ですが、王子の恋を応援したい
王子の部下視点です。
最近、殿下の様子がおかしい。
私は長年臣下として殿下の事を見守り続けている。その為小さな違和感に気が付いた。そこで臣下として、殿下が何かに憂いている事はないか周りのものに確認をとる事にした。
【メイドその1の証言】
「最近部屋の中で魚を飼っているようで……それはいいのですが、ところどころ部屋が濡れていることがあるんです。海からの水も直々に持ってこられるようでして。水槽の水の入れ替えなど下々にお任せくださいと申し上げているのですが、相当大切な魚なのかご自分で全ての世話をされていらっしゃいまして……」
殿下が魚好きであるというのは有名だ。王宮にある殿下用の庭の池でも、異国の魚である錦鯉を沢山飼っていらっしゃる。
だから部屋でご自分で魚を世話し飼っているのもおかしくないだろう。しかし、昔から魚好きであらせたかと言われると疑問だ。生き物が嫌いということはなく、私が家で猫を飼っている話もあまり変わらない表情ながらも興味深げに聞いていた。ただそこまで魚好きという印象は全くない。
本当に最近になってからなのだ。殿下が魚好きになられたのは。
生き物は疲れた心を癒すという。もしかしたら殿下は悩みを抱えているのではないだろうかと私は気が付いた。
勿論そう思うのは、この話だけではなく、別の証言もあっての事だが。
【メイドその2の証言】
「殿下は一人で部屋にいるはずなのに、時折殿下の大きな独り言というか、叫び声が聞こえます。ええ。もちろん、このような話を他に言いふらしたりはしません。ただ、最近特に多い気がします」
もしかしたら、殿下は悪夢を見て、独り言を口にしてしまっているのではないだろうか。心に大きな傷を負い、大きなストレスを感じていると、寝ている最中に怒鳴るなどの行動をとる者がいると、以前知り合いの医者が言っていた。ただし怒鳴った者は普段は温厚で、夢の中で怒鳴っていることも覚えていないそうだ。日中は変わらず執務にあたられているので、やはり寝ている時ではないかと思うのだ。
そして医者が例として挙げた人物のように、王子も部下に声を荒げたりするタイプではない。多少のミスならば笑って許す懐の深いお方だ。殿下の優しさに救われた者は多い。
でもだからこそ、人にはなかなか弱さを吐き出せず苦しんでいらっしゃるのかもしれない。その上で、最近更に不穏な行動をしたという話が話題になっている。
【護衛その1の証言】
「あの日の王太子殿下はいつも通りだったと思います。そうですね。今思うと、眉間に皺を寄せ、何か思いつめたような表情で池の方を見ていました。でもそれは最近よく見られる行動なので、それほど可笑しいとは思わなかったんですよ。まさかその後、池に身投げをされるなんて……。しかも、あの殿下が、号泣されていたんです。きっとよっぽど辛い事があったに違いありません」
この情報を聞いた時、私の心臓は止まるかと思ったものだ。まさか、殿下が突然思い立ったかのように入水自殺を図るなんて、誰が想像するだろう。しかも引き上げられるのを嫌がり、号泣していたという。
一体殿下の身に何があったというのだろう。
最近何かあったと言えば、既に婚約破棄が完了している殿下の元婚約者が、実は殿下を救ったという嘘をつき、更に国家転覆を狙っている者だったというとんでもない出来事はあった。しかし王子は特に婚約者に執着している様子はなかったし、婚約破棄に対しての調べ物も意気揚々と行っていたぐらいだ。だからその件で心に傷を負ったなんて考えてもいなかった。だが、それすら殿下が周りに気を使わせないための行動の可能性もある。
殿下はおいそれと、自分を出されない。
ただし婚約破棄から今日まで、そこそこ期間が空いていて、今更な感じもするし、何がというわけではなく様々な物事の積み重ねが引き起こしたのだろうか。
……原因究明は難しそうだ。
しかし殿下は川に流した工業廃水が毒であると気が付き、多くの国民の命を救った慧眼の持ち主だ。この国になくてはならないお方である。
「何が殿下の憂いなのだろう……」
「やっぱり恋煩いじゃないですか?」
「鯉? 錦鯉か?」
「いやいや。なんで魚なんですか。鯉じゃなくて、恋ですって。殿下に春が来たんですって」
同僚はそういうが……そうだろうか。
しかし、確かに恋は人を変えるという。これまで初恋もした事がなく王になる勉強一色だった殿下ならば……。
「しかし、だったら結婚すればいいんじゃないか?」
殿下に求婚されればこの国の貴族子女は進んで結婚したがると思うのだが……。既婚者ならそうはいかないだろうが、王子が特定の既婚の女性と親密になっているという噂は聞かない。
「例えば相手が身分を理由に嫌がったとしたらどうです? 王太子殿下と結婚するということは後の国母になるということですからね。貴族でなく、思慮深い女性なら嫌だと思いますよ。そして恋しているからこそ、殿下は相手の意向を優先したい。でも本当は一生を添い遂げたい。しかし国民を裏切る事もできないというジレンマにかられているとしたらどうです? 前回婚約した女性は大商人の娘だから何とかなりましたが、更に身分の差が開き過ぎて周りが絶対許さないような相手という可能性だってあります」
そう言われると、全てが思い通りに行きそうで、上手くいかないかもしれない。
そういえば、少し前に魔女とのやり取りを専門としている者を連れて、王子が外出をした日があった。……もしや、その者と添い遂げる為の知恵を授かりに行ったのではないだろうか?
「殿下も水臭い……だったら、一言言って下されば、私は殿下の恋を応援したというのに」
上手くいかない為に死のうとするなんて……。死ぬぐらいなら、許されぬ恋でも恋を応援する。
身分ぐらい何とかなるものだ。
「いやー。でも、コレ、俺らが勝手にそう思っているだけで、本当にそうかは分からないですからね。そんなに気になるなら直接殿下に伺った方が早いんじゃないですか?」
確かにその通りだ。
私は早速殿下の元に向かった。
「殿下、もしや、悩みごとがあるのでは?」
私の率直な質問に、殿下は迷った顔をしたが、頷いて下さった。
「よく分かったな」
「私ではその悩み聞く事は叶わないでしょうか。私は殿下の力になりたいです」
入水自殺をされたのだから、悩みがあるぐらいは誰だって分かる。
問題は一体王子が何に悩んでいるかだ。
「……実は好きな相手ができたんだが……今のままでは結婚できそうになくてな。だが俺は……彼女を愛してしまった。彼女こそが、本当に溺れた俺を助けた者だったんだ」
ほ、本当に、恋煩いだった。
しかも身分差がある所まで想像した通りだ。そんな身分差のある相手とどこで知り合ったのかと思うが、難破した船から助けた者だと言われれば分かる。並の女性が荒波を泳いだり、人命救助ができるとは思えないので、きっと漁師あたりの娘なのだろう。確かに漁師の娘では、色々周りも五月蠅そうだ。
「私は例え皆が反対しようとも、殿下が好きな女性と結ばれるのがいいと思います。私の父は公爵位です。もしも何かありましたら、養女とできるよう説得しますので、一人で悩まないで下さい」
「そうか……。ありがとう。もしもの時は、頼む。俺は俺の方で出来る限りのことをしているんだ」
殿下はまだ恋をあきらめていない。
その言葉で分かった。
良かった。
殿下はきっと相手の女性の心を尊重していらっしゃるのだ。その為により多く心を砕こうと覚悟を決めていらっしゃる。
私は殿下に協力を求められた時、必ずや助けとなれるよう根回しをしようと心に決めた。




