仕返し
次の日
「いてて……体中が痛い」
目が覚めた天馬は、体中を襲う筋肉痛に悲鳴を上げる。
『確かに痛いな。痛覚をカットしよう』
頭の中にアダムの声か響き渡り、徐々に痛みが消えていた。
「アダムか?どこにいるんだ?」
『君の頭の中にいる。『電脳意識』を通じて憑依したんだ』
天馬の意識に関わらず体が動き、学校に行く用意をした。
『私は学校というものに興味があるんだ。ちょっとついていっていいかい?』
「別にいいけど……いけねえ。学校に遅れてしまう」
慌てて部屋を出る天馬だった。
学校への通り道、天馬の身体にとりついたアダムはひたすらはしゃいでいた。
『学校に行くのは初めてだ。楽しみだな』
「え?学校にいったことがないのか?」
天馬が聞くと、アダムは口ごもった。
『ま、まあ色々私にもあってね。さて、学生生活ってどんなものなんだろう』
喜ぶアダムだったが、すぐに困惑する。
てきなり複数の男子生徒に取り囲まれたからである。
「よう。ザコデブ」
「今日は金持って来たんだろうな」
「まあ、金出してもサンドバッグにするけどな」
その中で一番大きな少年、大賀はそういうと、いきなり殴りかかってきた。
「ぐはっ!」
天馬はよけきれず、鳩尾を抑えてうずくまる。
「はっ。今日も放課後、いつもの場所でな」
「待ってるぜ」
うずくまった天馬に蹴りを入れて、大賀たちは去って行った。
『な、なんなんだあいつらは!何もしてないのに殴りかかってくるって。頭がおかしいのか?』
「……あいつらにとっては日常だよ。俺のことは、自分の強さを確認するためるのサンドバッグにしか思ってないんだ」
天馬は胃液を吐きながらつぶやく。
『許せん……。天馬、安心しろ。奴らを懲らしめてやる』
天馬の頭の中で、アダムはひたすら義憤に震えていた。
「でも、どうやって?」
『心配するな。我らが『絆人類』の戦い方を見せてやろう」
アダムはそういって、邪悪な笑みを浮かべるのだった。
教室に入ると、天馬に生徒たちの視線が集まる。天馬の服がゲロで汚れているのを見ると、彼らはクスクスと笑った。
「きったなーい」
「またあいつか、臭えんだよ」
いつものことなので、天馬は黙って席に着く。
『……なんというか、同情するよ。君の周りにはろくな人間がいないな』
「もう慣れたよ」
天馬はそう返し、肩を竦めるのだった。
その時、教師が入ってきて、汚れた格好の天馬を見て顔をしかめた。
「なんだ。天津、また汚い格好をしているのか。少しはちゃんとしたらどうだ」
それを聞いた生徒たちは、一斉に笑い出した。
「静かに。それでは今から小テストを始める」
教師がテストを配る。それを見た天馬は難しい顔をした。
「……わからない」
『任せろ』
アダムからテストの回答が伝わってくる。あっというまに全ての問題を解く事が出来た。
「……これっていいのかな。カンニングじゃないのか」
『何言っているんだ。私たち『絆人類』は意識を共有するっていったろ。私の知識は君のものでもある』
アダムの自慢そうな声が伝わってくる。
『ここが我々が旧人類より優れた点なのだ。我々の間で個体の優劣など殆ど意味がない。『電脳意識』を使えば、仲間が手に入れた知識を一瞬で全て共有できるからだ』
「そうか。ならこれからも頼むよ。これからテストが楽になるな」
天馬は苦笑するのだった。
放課後、天馬は大賀たち不良生徒に呼び出される。
「おい、金もってきたか?」
大賀たちはニヤニヤしながら聞いてきた。
「……金はないよ」
天馬がそういうと、大賀たちは嬉しそうにニヤニヤ笑った。
「あんま調子のってんじゃねえぞ。てめえみたいなクソ雑魚は俺たちのいう事を聞いて入ればいいんだよ」
そういって、肩をいからせて威嚇してくる。
「そうだな……だったら全裸になって土下座しろよ。そうしたら許してやるよ」
「お、面白いな。ほら、どーげーざ!」
「どーげーざー」
周囲の不良たちもそういって煽ってくる。
「それ面白いね。マイチューブにアップしたら、バズってお金になるかも」
見物していたギャルの一人、葛城あづさがそうあおりながらスマホを構えて映像を取る。大賀の彼女であるあづさは、いつも天馬がいじめられている様子をSNSに流して、笑いものにしていた。
周囲に脅されて、思わず服を脱ぎかける天馬だったが、その手がピタリとする。
「アダム?」
『いいから、ここは私に任せろ。君の体のコントロール、つまり主導権を委ねるんだ』
そう言われて、天馬は力を抜く。気が付けば、アダムの意識が天馬の身体を支配していた。
「まったく……現人類が劣った種だというのは、君たちを見れば実感するな。まるで理性がないチンパンジーそのものだ」
今までの怯えた表情から一転、冷たい顔になった天馬=アダムがつぶやく。
「なっ!」
バカにしていた天馬から見下されて、大賀の頭に血が昇る。
「ふざけんじゃねえぞ。俺たちのサンドバッグ風情がぁ!」
大賀は素早い動きで殴り掛かってきた。
『危ない!』
天馬の意識は脳内で身をすくませるが、アダムは素早い動きでひらりと身をかわした。
「てめえよけてんじゃねえぞ!」
大賀は必死になってパンチを繰り出すが、かすらせることもできなかった。
「なんでだ!俺はボクシングやっているのに!こんなデブに!」
息を切らしながら喚く大賀に、アダムは冷たく言い放つ。
「当然だ。私たち絆人類は、より高度な神経伝達プログラムを持って肉体をコントロールしている。つまり、反射神経に優れているんだ」
「何わけの分からないことをいってやがるんだ!おい!全員でかかれ!」
大賀が取り巻きの不良たちに命令する。複数の人間に取り囲まれては逃げることもできず、天馬の身体は羽交い絞めにされてしまった。
「調子にのりやがって。これから楽しいサンドバッグの時間だぜ」
舌なめずりして近寄ってくる大賀に、アダムは片足を挙げて蹴りを放つ。ポスっという音がして、足裏が胴体に当たった。
「はっ。なんだその蹴りは。痛くもかゆくもねえぜ!」
そう粋がる大賀だったが、すぐに異変に気付く。足が当たった部分が、光を放ち始めた。
「な、なんだこれは?何しやがった」
次の瞬間、大賀の身体に今まで経験したことがないような激痛が走りぬけた。
「いてえぇぇぇ!」
腹を抑えて転がり回る大賀に、取り巻き達は驚く。
「お、おい、どうしたんだ!お前、何をしたんだ!」
「奴の神経に、直接『痛み』の電気信号を叩き込んだのさ。お前たちも私に触れていると……」
アダムがニヤリと笑った瞬間、羽交い絞めにしていた不良が絶叫しながら手を離した。
「かゆい!かゆいかゆい!」
必死になってうずくまって体を掻きむしる。他の不良や葛城あづさ等のギャルたちは、あまりの異常事態に声を発することもできずに立ちすくんでいた。
アダムは首をコキコキ鳴らしながら、脳内にいる天馬に話し掛ける。
「痛みも痒みも熱さも寒さも、すべて神経が感じる電気信号にすぎない。私たち『絆人類』は、『電脳意識』を使って他者に直接感覚を叩き込めるのさ」
『つまり、触れるだけで相手を倒す事ができるのか』
脳内にいる天馬は感心している。
「そうだ。脳内にいる君にもやり方はわかっただろう。それじゃ、こいつらを人体実験に使って、試してみようか」
アダムはニヤリと笑って、恐怖に震える不良やギャルたちを見まわした。
「いたい、いたいいたい!」
「寒い寒い……」
「ゲロゲロゲロ……」
校舎の裏には、複数の生徒が地面に倒れて呻いている。痛みに苦しみ、寒さに震え、口から嘔吐物をたれながしていた。
「ひ、ひいっ!体が動かない!あっ」
葛城あづさは無様に失禁している。
「よし。『痛み』『温度感覚』『排泄感覚』の電気信号をマスターしたな」
『ああ。こんなに簡単に学べるなんてな』
脳内の天馬は喜んでいる。相手に電気信号を叩き込む技『電脳拳』を、苦も無くアダムから習得することができていた。
「当然だ。私たち『絆人類』は情報を共有している。一人が習得した知識や技術は、一瞬で種族全体が使いこなすことができるのだ」
アダムはそういって、胸をそらす。ヤンキーたちは、やがて苦しみのあまり意識を失っていった。
「よし、体の主導権を君に戻すぞ」
脳内で意識が切り替わり、天馬が体の主導権を握るようになる。
『さっきの応用だ。こいつらの脳に干渉して、この数時間の記憶を消してみろ』
「なぜだ?」
天馬が聞き返すと、アダムはその訳を話し始めた。
『我々「絆人類」は、今のところ私と君しかいないんだ。トラブルを起こして問題になるのは避けたい』
「せっかくこいつらに仕返しできたと思ったのに」
天馬が残念そうにつぶやくと、脳内のアダムは苦笑した。
『人類全体を相手にしようとする私たちにとっては、こんな奴らなんて雑魚にすぎない。記憶を消せば、またこいつらは突っかかってくるだろう?君の修行の練習台にすることができる』
「練習台かぁ。それもいいかもな」
天馬は苦笑しながら、倒れているヤンキーたちの頭に手を触れていった。
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