絆人類(オンライン)への参加
天馬は長い夢を見ていた。
その夢の中で、ある巨大な意識が生物を操って無数の試行錯誤を繰り返し、進化させようとしているのを感じた。
その目的はただ一つ、自らの繁殖のため。
無数の試行錯誤の結果、知恵を持つ人類という種が生まれ、月にまで到達することに成功した。
しかし、今人類の進歩は行き詰っている。人口だけ無駄に増加し、フロンティアスピリッツを失い、資源を、生物を、そして自分の同胞たちをむさぼり食おうとしていた。
その事態に、ついに巨大意識はある決断を下す事になるのだった。
「うわぁぁぁぁ!……はっ。今のは?」
目が覚めた天馬は、辺りを見渡す。そこは病院だった。
「天馬兄ちゃん。目が覚めたんだね。大丈夫?気分悪くない?
ドアが開いて、奏が入ってきた。
「奏ちゃん。無事だったのか?」
「うん。あの後すぐに警察が来て、あの怪人は逃げていったの。他の人たちも無事だよ」
そこまで言った所で、天虎が入ってきた。
「……ふん。あんた、生きていたのね。死んでいればせいせいしたのに」
天馬を見ると、そんな罵声を浴びせてくる。
「お前も無事だったんだな。よかった」
「あんたなんかに関係ないわよ。それより奏、ついてきなさい。これから記者会見があるんだからね」
そう言って奏の手を引いて去って行く。残された天馬は、さっき見た夢のことを考えていた。
「あれはただの夢なのか?もしそうじゃなかったら、これから恐ろしい事が起こるかもしれない……」
そう思って、恐怖に震えるのだった。
天馬は一日入院して、自宅に戻っていた。
「これから何が起こるんだろうか?」
病院で見た夢の最後のイメージは、人類に大災害が起こって、多くの人間が死んでいくといったものだった。
「地球温暖化?疫病?小惑星追突?」
慌ててネットで情報を探ろうとしたが、差し迫った危機は今のところない。
「やっぱり……ただの夢だったのかな」
天馬がそう思った時、いきなり自分の指が勝手に動き出し、あるURLを打ち込んだ。
「な、なんだ……」
天馬が戸惑っていると、勝手にあるサイトが開かれる。そこには「ようこそ。悪の組織『絆人類』へ」と題名が書かれていた。
「悪の組織って……うっ!」
そのサイトの画面を見ていると、朦朧としていき、周囲の光景が変わって行った。
「ここは?」
気が付けば、辺り一面灼熱のマグマで覆われている地獄のような場所にいた。
そのマグマに、上空から無数の人間や動物が降り注ぎ、溶けていく。
一方、マグマからは清らかな光の玉が生まれ、上空目指して浮き上がっている様子も見れた。
「これは、『巨大な意思』の姿を電脳空間上に再現したものだ。この光景をみた人間が、『地獄』という概念を生み出した」
突然重々しい声が響き渡る。溶岩の柱がそびえたち、その中から天馬と同じくらいの年頃の少年が現れた。
「君は?」
「地獄から来た新人類。『絆人類』の首領アダム。よろしく。新たなる同志よ」
アダムと名乗った少年は、親し気に笑いかけてきた。
「同志?」
「そう。上司でも部下でもなく、同志だ。私は一応首領ということになっているが、君と私の差など全くない」
アダムはにやりと笑う。すると、その姿が変わっていき、ライブ会場で天馬たちを襲った怪人の姿になった。
「いったい君は何者なんだ!なぜ人を襲ったんだ」
「人類を破滅から救うために、人間のエナジーを集めているのさ」
アダムは肩を竦めると、元の少年の姿に戻った。
「君も俺に協力してくれ」
「断る。なんで俺が悪の組織なんかに!」
拒否する天馬に、アダムは更に語り掛けた。
「悪か……たしかに。だが、悪でないと人類を滅亡から救えないんだ」
アダムの顔は真剣だった。
「どういうことだ」
「口で説明するより、我々『絆人類』にふさわしいやり方がある。私の手を取るがいい」
アダムはそういうと、手を差し伸べてくる。しぶしぶ天馬がその手を握ると、相手の情報が頭に流れ込んできた。
「君は……あの巨大な存在に作られた、次の世代の人類なのか」
「いかにも。私が次の人類として新たに与えられた能力は『電脳意識』だ」
それは脳内電流を通じて、相手と直接思念でコミニュケーションを取る能力だった。インターネットのように、種族全体で情報の共有、伝達が可能になる。それだけではなく、他者の脳に干渉して記憶や神経を操ることもできる。さらには、巨大な意識にアクセスしてその情報を引き出すこともできた。
「君には私と同じ素質があると思った。だから私の『電脳意識』のプログラムを人間に感染させたんだ。新人類へと進化させるために。そしてそれは成功した。君も私と同じ『絆人類』だ」
アダムは嬉しそうな顔になった。
「それはいい。だけど、なぜ今の人類が滅びないといけないんだ」
その問いに、アダムは答える。
「それは、自然の摂理なのだ。老いた種族は若い種族にとってかわられ、駆逐される」
その言葉とともに、周囲の光景がかわる。地獄のような光景が一変して、野生動物が闊歩する広大なサバンナになる。
そこでは、筋骨たくましい原人とひ弱な人間が戦争を起こしていた。
徐々に戦いの趨勢が決まってくる。明らかに個体で見れば原人のほうが強そうなのに、人間の集団は互いに声を掛け合う事で巧なネットワークを使って狩りたてていく。やがて人間は原人の集団を打ち破り、男を皆殺しにして女を連れ去って行った。
「これは?」
「三万年前に行われた、人類の世代交代の記憶だ」
やがて人間は原人の女と交配し、世界中に広がって行く。それにつれて原人の数は減少し、穏やかに滅んでいった。
「かつて現人類は、『言葉』という能力を得る事で情報を共有することが可能になり、集団の力で旧人類を駆逐した。それと同じ事が繰り返されるだろう。いずれ現人類を滅び、世界は我ら『絆人類』のものになるのだ」
高笑いするアダム。天馬は言っている事が事実だと理解してしまった。
「しかし、今回の世代交代には、このような穏やかな方法はとられないだろう」
「なぜだ?」
「人間は増えすぎた。そして力を持ち過ぎた。それに現人間を支配している『天国』の連中は、我々に地球の旗手の座を譲り渡すくらいなら、自分ごと地球を滅ぼそうとするだろう」
また映像が切りかわり、青い地球が映りだす。すると、複数の場所で核爆発の閃光がきらめき、都市が徹底的に破壊され尽くす。そして最後には、巨大な銀色の塊が地球めがけて衝突し、あらゆる生物が滅ぶ様子が映し出された。
「これはあくまでシミュレーションだ。だが、これが実現してしまうと、人類のみならず今まで築き上げられた生態系まで崩れることになる」
アダムの言葉に、天馬も頷く。人類の巻き添えになって、多くの動植物が滅んでいくのを確認できた。
「だから、今回の滅亡はこのようになるのだ」
また新しい映像が浮かび上がる、その地獄絵図に、天馬は絶句した。
「そんな……なんとかならないのか?」
「残念だが私にもどうにもならない。これが『巨大な意思』の計画なのだ」
そうつぶやくアダムの声は、限りなく冷たかった。
「ただし、1つだけ回避する方法がある」
また映像が切り替わる。それには、『絆人類』が世界を支配し、圧倒的な力をもって『天国』を打ち破り人類を管理する未来が映し出されていた。人々は争いをやめ、ある目的のために協力している。
人類が一致協力したおかげで、その崇高な使命が達成され、世界のさらなる発展に繋がるのだった。
「どうだ。人類への大量虐殺を避けるために私に協力してくれないか?穏やかなる世代交代を成功させるために」
そう誘われ、天馬は複雑な気分になる。
「でも、結局は現在の人類は滅びるんだろう?大量虐殺が起きるか起きないかだけで」
「不満か?だが、考えてみるがいい。君のほうが現人類に愛着を持っていても、彼らはどうだったかな?」
そう言われて、今まで自分が受けていた仕打ちを思い出す。
「なぜ周囲の人間が君を疎み排除しようとしたか、分かるか?」
「いや、分からない。彼らに対して迷惑をかけたわけでもないのに、なぜ一方的にいじめられてきたんだろう」
天馬は今まで疑問に思っていたことを口にする。
「それは、現人類に他人と意識を共有する能力がないからだ。君がいくら苦しみ傷付こうとも、彼らは何も痛まない。だから、君が苦しむ姿を見て笑っていられるわけだ」
周囲に映像が浮かぶ。それは、天馬が大賀を始めとする不良に殴られる画面だったり、家族から見下されバカにされているシーンだった。
「そう。たとえ親兄弟といえども、君と彼らは別人だ。痛みも苦しみも怒りも共有することはできない。だから醜い者、劣る者と判断されると容赦なく切り捨てられ、排除される。自分の身は痛まないからだ」
自分の両親が、妹である天虎だけをかわいがり、自分を無視す映像を見せつけられ、天馬の心は痛む。
「俺はいったいどうすればいいんだ……」
「心配するな。君の仲間はここにいる」
再びアダムが天馬の手を触れると、彼の意識が伝わってくる。アダムは天馬の受けた仕打ちを自分のことのように悲しみ、怒りを感じていた。
「私に協力してくれないか?君を受け入れなかった人間など征服して、我々の世界を創るんだ」
その言葉は、まるで甘い毒のように天馬の心にしみ込んでいった。
「わかった。協力しよう」
「ようこそ『絆人類』の世界へ。我が同志、兄弟よ」
アダムと天馬は、がっちりと握手を交わすのだった。
「それで、俺は何をしたらいいんだ?」
「そうだな……」
アダムは天馬の太った体を見ながら、少し考え込む。
「とりあえず、君の身体をリフォームしよう」
アダムが指を鳴らすと、いきなり周囲の光景が変わる。いきなり最新鋭の器具が揃ったフィットネスジムのようになった。
「ここの器具を使って筋トレしてくれ」
「筋トレって……この体は実体じゃないだろ」
意識を共有している天馬にもわかる。今は意識だけで電脳空間に入り込んでいる状態で、いわばゲームをやっているようなものだった。
「心配するな、電脳空間インフェルノでトレーニングすれば、体内電流か発生して実体にも負荷がフィードバックされるから」
ジムの空間に現実世界の映像が映し出される。そこに映った天馬の実体は、電脳世界と同じように動き汗をかいていた。
「がんばれ!トレーニングによる苦痛や疲労は設定をカットしておくから、ぶっ倒れるまで動けるぞ」
「やれやれ……俺はこんなことやったことないんだがな」
天馬はぼやきながらも、器具を使ってトレーニングを始める。
それから体感時間で数時間たったとき、いきなり周囲が暗くなってきた
「これは……どうしたんだ?」
「肉体が疲労の限界を迎えたようだな。体が強制的にシャットダウンされたんだろう。お休み」
その声を聴きながら、天馬の意識は闇に落ちていった。
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