襲撃
「お前は家の金を盗もうとしたんだってな。天虎から聞いたぞ」
渋い顔をした太った中年男が、正座している天馬を睨みつけている。天馬の父、天竜である
食事から帰ってきた彼は、天馬を呼び出して詰問していた。
「べ、別に盗んだわけじゃない。仕方ないだろ。食べ物もなかったんだから」
「ほんと、口だけは一人前よね。どうしてこんな子になったのかしら」
母である洋子も冷たい目で天馬を見つめている。
「あと、弥勒のお坊ちゃまが勧誘している日向ちゃんに迷惑をかけているそうだな」
「べ、別に迷惑なんて……」
「ばかもん!お坊ちゃまから直々に聞いたんだ。いいか、彼女は将来お坊ちゃまの妻になられるかもしれないんだ。お前ごときが話し掛けていい存在ではない」
天竜は天馬の言い分を聞かずに、一方的に責め立てる。
「そんな態度だと、高校を辞めさせるぞ」
「……」
いくら天馬が反抗したくても、親に扶養去れている身では何もできず、ひたすら黙ることしかできなかった。
天竜はそんな息子を軽蔑の視線で見ると、吐き捨てるように言った。
「もういい。高校だけは通わせてやる。卒業したら家から出ていけ」
「あんたは家の恥よ。私たちに迷惑だけはかけないでね」
そう言って天馬を追い払う。
「なんだよみんな……俺をのけ者にして」
天馬は空しく部屋に籠って、ベッドに顔を伏せていた。
「クラスメイトたちといい家族といい、皆俺を相手にしない。俺の居場所は……ここにしかないな」
そういってパソコンを起動し、ネットの世界に没頭する。
暫くネットサーフィンをしていると、ある情報を見つけた。
「なんだって?東京69の野外ライブが明日行われるんだって?」
それは、妹の天虎が参加しているアイドルグループだった。
「……一応見に行ってやるか。嫌われていても兄妹だし」
そう決めると、明日のライブに参加するために準備をするのだった。
野外ライブは、何百人ものファンでにぎわっていた。
「テンコちゃんー!」
「かなでー!」
ファンたちは、それぞれの推し面を叫んで、ライブが開かれるのを今か今かと待ち望んでいる。
「すごい熱気だな……」
ライブに訪れた天馬は、あまりの熱気に引き気味だった。
「一応、あいさつしておこうか」
そう思って控室に行こうとするが、スタッフに止められる。
「ここは立ち入り禁止だぞ」
「あの、天津天虎の兄なんですけど、一言応援しようと思いまして」
学生証を出すと、そのマネージャーは胡散臭そうな目で見つめてきた。
「あんたみたいなデブで不細工が、テンコちゃんの兄だって」
そう言いながら、学生証を何度も確認する。その時、奥から一人の美少女が出て来た。
「天馬兄ちゃん。来てくれたんだ。嬉しいな」
そう言って、ペコリとお辞儀してくる。
「あ、奏ちゃんか。久しぶりだね」
天馬の顔も思わずほころぶ。彼女の名前は大樹奏。幼い頃から天馬の父である天竜が経営している芸能事務所に所属しており、昔は天馬のことを実の兄のように慕ってくれていた幼馴染だった。
「天馬兄ちゃん。中に入って。天虎ちゃんも緊張しているみたいだし、応援してあげて」
彼女に招かれて、天馬は楽屋に入って行った。
「……何しに来たのよ。このデブ不細工」
天虎は天馬の顔を見るなり、不機嫌な顔をして罵声を浴びせてくる。
「い、いや、一応応援に……」
「あんたみたいなキモい奴がきたら、気分が悪くなるのよ。ただでさえオタクが集まっているのに」
天虎はそういうと、プイッと顔を背ける。
「テンコちゃん、そんな言い方……」
奏が諫めようとするが、天虎はますます不機嫌な顔になった。
「あんたは黙ってて!幼馴染とは言え今は立場が違うんだから。東京69のセンターは私なんだからね。あんたみたいなモブ、いつでも切れるのよ!」
そういわれ、奏は気弱そうに視線をそらした。
その時、楽屋のドアがノックされ、花束を抱えた翔太が入ってくる。
「天虎ちゃん。ご機嫌いかがかな?」
「王子!」
天虎は満面の笑顔を浮かべて、翔太に抱き着いた。
「今日もがんばってね」
「はい!王子の為に歌います」
頭をなでられて、くすぐったそうな顔をする。
「いつも応援ありがとうございます」
「あはは。天虎ちゃんは僕にとって妹みたいな存在だからね」
「嬉しい……お兄ちゃんて言っていいですか?」
天虎はそう言いながら、翔太に抱き着く。そして立ち尽くす天馬に冷たい目を向けた。
「あんた、何みてんのよ」
「いや……」
口ごもる天馬を見て、天虎は心底いやそうな顔をする。
「まったく……実の兄がこんなデブでオタクだなんて、私って不幸」
不機嫌な顔をして、出口を指さす。
「とにかくでてって!あんたみたいな不細工相手にしている暇はないの!」
そういって追い出そうとする。天馬は仕方なく楽屋を出た。
「天馬兄ちゃん。ごめん。せっかく来てくれたのに……」
「い、いや。いいよ。あいつに嫌われてるのはわかっていたし」
天馬が申し訳なさそうに言うと、奏はにっこりと笑いかけてきた。
「私たちのライブ、楽しんでいってね」
「ああ、頑張って。応援しているよ」
天馬はそういうと、客席に向かった。
「みんなー!楽しんでねー!」
振り振りの衣装を着た少女たちが、ステージで手を振ると、客席からは熱狂的な歓声が上がった。
「テンコちゃーーん!」
「愛しているよ!」
その中でも、やはり一番人気はセンターを務める天虎である。彼女は客席を見渡し、天馬の姿を見つけると一瞬不機嫌な顔になったが、すぐに笑顔を作って歌いだした。
「……あいつ、大したものだな」
自分に対する態度はともかく、プロとして客を熱狂させるカリスマ性は本物である。
天馬は客に混ざって、声をあげ腕を振り回した。
客たちの熱狂が最高潮に高まった時、不意にステージの照明が落ちる。
「あれ?演出かな?」
客たちがざわめき始めたとき、不意にステージに巨大なカラス天狗のような生物が降りて来た。
「なんだあれ?」
カラス天狗が一声鳴くと、アイドルたちを無視して客に呼びかけた。
「お前たちからは生体エナジーをもらおう」
それを聞いた観客たちは一瞬あっけにとられ。次の瞬間爆笑した。
「ははは、ヒーローショーかよ」
「勘違いしているぞ。ひっこめよ!」
ライブを邪魔された観客たちから物が飛んでくる。もちろん邪魔された東京69のメンバーも怒っていた。
「ちょっと!あんた、邪魔しないでよ!」
センターの天虎が近付いた時、不意にその怪鳥の嘴から稲光が発せられ、天虎を包む。
「きゃぁぁぁぁぁ!痛い!なにこれ!」
天虎は一瞬で電流に包まれ、ステージに倒れ伏した。
思いがけない展開に、客たちも沈黙する。
「は、ははは……演出だよな」
「これから正義のヒーローが出てきて、ショーが始まるんだろ?な?」
そう言い合って安心するが、怪鳥は次は観客たちに向かって大きく嘴を広げた。
「クェェェェェ!」
その嘴から高らかな鳴き声が響き渡った瞬間、観客たちの身体から薄く輝く靄のようなものが出て、くちばしに吸い込まれていく。
「な、なんだこれ!」
「ち、力が抜けていく……」
生気を奪われた観客たちは、次々と倒れていく。
「に、にげろ!」
たちまち、ライブ会場は阿鼻叫喚の喧騒に包まれた。
「やばいぞ……逃げないと」
天馬も出口に進もうとするが、押し寄せる観客たちのせいで思うように進めない。
やむを得ずステージの方に向かうと、怪鳥が東京69のメンバーを襲っている場面に出くわした。
「く、苦しい……力が抜けていく」
「助けて!」
怪鳥はアイドルたちにも容赦なく襲い掛かっていく。メンバーたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
「た、助けてくれ!化け物だ!」
その中には、ステージ脇で鑑賞していた翔太も含まれている。彼は血走った目で周囲を見渡すと、メンバーの中で一番人気がない少女に目を付けた。
「えいっ!」
その少女、奏を突き飛ばして怪人のほうに押しやる。
「な、何を?」
「うるさい!人気がない奴は生贄になっていろ!」
そういうと、翔太は一目散に逃げ出していった。
倒れた奏に、怪人が迫ってくる。
「何者なの?なんでこんなことをするの?」
奏は震えながら聞き返すが、天狗が答える。
「すまないな。世界を救うためには、人間のエナジーが必要なのだ」
「え?」
奏の言葉に、カラス天狗は頷き返す。
「そうだ。だからお前たちは犠牲になってもらわなければならない」
怪鳥はそういうと、奏に嘴を向けた。
「君たちアイドルは、並みの人間よりはるかに強いエナジーを持つ。それをいただこう」
そう言われて、奏がギュッと目をつぶった時、誰かが割り込んできた。
「やめろ!」
「天馬兄ちゃん……」
奏は割り込んできた人物を見て驚く。幼馴染の天津天馬だった。
「奏ちゃん!!逃げろ!」
「でも……」
「早く!」
天馬は奏を逃がそうと、カラス天狗の前に立ちはだかる。
「その勇気は認めるが、無謀だな」
天狗のくちばしが天馬に向けられた瞬間、天馬の身体から力が抜ける。。
「な、なんだこれは……」
体の中から何か大切なものが抜けていく感覚に、天馬は叫び声をあげた。
その時、天狗は戸惑ったような声を上げる。
「このエナジーは……。もしして君は。試してみよう」
天狗が再び叫び声をあげると。天馬の脳の中が火箸でかき回されるような痛みが走った。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
何かが強制的に頭に流れ込んできて、あまりの激痛に意識を失ってしまった。