5骨! 冥府を望む者
――永遠0年、広野
俺は北に向けて旅を続けた。
たまにベレパタに来るような旅人は大抵、召喚したり購入したりで乗り物を持っていた。
しかし俺は乗り物のイメージが苦手で、そうした召喚はせいぜいスケボー程度が限界。
スケボーというのはスケート・ボードだ。
昭和好きの友だちがいる俺だから知ってるだけだろうか。スケボーはスノボに車輪が四つ付いたみたいなモノ。
一応、乗り物だ。
「それにしても、歩きだと距離が進まねえな」
ジリジリと地熱が気力を奪う。
存在値が一万を超えているから厳しい気候でも死にはしないと思う。
でもやっぱり、ツラいもんはツラい。
だが嘆いても仕方ないので再び地図を広げてみた。
「道らしい道がないな」
『そうです、カズキ。冥界では居住区域以外の道は自らで自由を広げるように取り決められています』
「取り決めだって?」
「ニョニョ~」
今、俺が歩いているのはそれなりに視野が開けた石まみれの野原だ。
出発した時は砂利だったのに、今は河原を歩いているかのような状態というわけ。
そうなのだ。足もとを構成する物質すら均質になってない。
まず乗り物の有無こそあるが、オフロードにも強い乗り物かそもそもホバークラフトにするなど工夫も求められそうだ。
そしてそれこそが自由を広げる取り決めなのだとレイブは言う。
冥界でのバロメーターは行動圏、そして行動効率。
どちらかだけを改善するのは難しいだけに、広いマシカク大陸――行動圏が最大に近づくほどほぼ冥界そのもの――を平らげんとする人々は四苦八苦するらしかった。
(となると、相当に乗り物召喚を極めるかカネで良い乗り物を買わない限りは徒歩も選択肢か)
そんな俺を網が包んだ。
「網。網……だよな、これ」
「おーう。こいつァ大物ゲッティの予感!」
「アイミー。はしゃぎすぎだってば」
若い男女の声が背後から聞こえてきた。
(流石に恨みもない人を殺めたくはないな)
こんな世界だし、イタズラで人を網で生け捕るわんぱくアベックもいるんだろう。
俺はそこまで予期し、敢えてのんびりしていた。
「『精霊の加護において命ず。光は光。光は光の光、以下省略』。ライトライト《光陰私の如し》!」
げっ、いきなり存在値が爆発的に高まるサイヤ人パターンか。
声からして女のほうだ。
人生オワタ。俺は死ぬ。
さよなら、変な世界。
「ま、待ってようアイミー」
「うん♪」
振り返るとアベックは熱い抱擁に夢中になっていた。
(推定でしかないけど、本気での存在値およそ2000万。俺より強いどころか世界で通用するよ、この姉ちゃん)
網は召喚したのかはともかく、普通に取り払えそうだった。
だけどアホ臭くなり、俺は棒立ちしていた。
「じゃあこのヒトは、我々《白きチロリロのキャラバン》に引き入れるね。そして念願の冥府に向かって、このヒトは徹底的に使い倒す」
「もう少し、中間を取ってあげなよぉ~」
更にアホ臭くなり、俺は更に棒立ちしていた。
「あれ、おっかしいなあ。とんでもなく強いヒトのはずなんだけど、あの、すみません」
なんか聞いてきたので、いわゆる睨みを利かせるとした。
「え?」
我ながら上出来だ。
しかしメルヘンなポージングで、女もまた「え?」とうざく返してきた。
「ニョニョ?」
ヴリトラは割とどうでもいい。
会話が噛み合わないのは、おもに俺が彼ら、というか彼女らのテンションに合わせる気がないからだ。
「しょうがないなあ、もう。だったら私のとっておき《情けは私のためばかり》で邪悪を封じた完全なる操り人形に……」
「やめろっ。分かった分かった。話だけなら聞いてやる」
師匠がいなくなる時とは別種の嫌な予感がして、俺は無駄に凛とする羽目になった。
男の名はトリゴ・ラナエム。
享年16歳で、冥界だから永遠に16歳。
何かをたすき掛けしていると思ったら鞭だ。つまりムチ使いなんだと思う。
女の名はアイミー・テラ。
彼女も16歳らしい。
武器は持たず、もっぱら魔法で戦うようだ。
「俺は甲斐野カズキ。甲斐野が名字、カズキが名前だ」
「へえ。じゃあ珍しいわね」
珍しいというアイミーにトリゴが間髪入れずに「だよね」と合いの手を入れた。
「日本って言っても有名じゃないのは知ってる。お前らとは元から異世界同士だったんだろう」
元から、で通じる場合が少なくないのは冥界で学んだ。
元、つまり俺で言えば日本がある世界。
つまりそれぞれにとって、ここに来る前の現世だ。
「そうね~、ニホンなんて知らないわ。あなたの生前世界、なんて名前?」
「いや、無い」
「カズキ。無いとは?」
「トリゴとか言ったな。無いモンは無い。世界に名前がないのも珍しくないんだろ?」
すると、アベックは二人してくすくす笑い出した。
失笑、あるいは冷笑。
そんな感じの笑い方だ。
「世界に名前がないなら、それは世界に名前を付ける価値を知らない野蛮で愚かな世界よ。ねえ、トリゴ?」
「そうともアイミー。ねえカズキ、本当にそんな世界から来たのなら悪いことは言わない。せめてそのまま方向転換してベレパタに帰ったほうが安全だよ」
モーレ民までウソつきかと疑った。
世界に名前なんてなくてもいい、珍しいことなんかじゃないと口を揃えてモーレの住人は言っていた。
(ん、待てよ。おおらかではなく……まさか同情だったってのか?)
もしそうならモーレ民はやはり、おおらかで優しかったのだろう。
今になりその優しさの裏返しが網かけアベックをもって、ぶっかけられただけだ。
それに、モーレの町はどうやら俺が思っていた以上に小さかった。
一方で広野での道中、目に止まる町並みはどれも立派で豪華だった。
(まあ漆黒とかピンクとか色彩感覚は狂ってるけど)
建物ひとつとっても冥界とは思えないほど壮大。
どんなにしょっぱい雰囲気でも、モーレの町の数倍から数十倍あった。
仙台に来た田舎の人がカルチャーショックを受けるのに似ているのだろう。
初めて東京行った中2の頃の俺も死にたくなったしな。
「悪かった。あるいはその通りだな。だからせめてお前らが死ぬ前の世界、名前を教えてくれ」
ようやく網を取り去りながら俺は、そう尋ねた。
全く、死ぬ前から優劣が決していたなら文句はないというものだ。
「無い」
「あ?」
「実は私たちも名無し世界から来たんだよね~♪」
「うん、アイミー。そうだね♪」
「ニョニョ~♪」
ヴリトラが混じっていても別段驚かないのも含めてイラッとしてしまった。
これから厳しく修行し冷静さを身に付けねばならないということだろう。
「ならば聞こう、アイミー・テラ。その存在値はどうやって鍛え上げた?」
「私の存在値は二百~♪」
「うん、アイミー。そうだね♪」
「ニョニョ~♪」
無理かもしれない。
修行しても冷静さに手が届かないかもしれない。
(だが確かに今は二百くらいだ……)
隣にいるトリゴのほうが、五百程度とまだ高い。
『カズキ。冥府について情報を得てみては?』
「ん、そうだな」
『カズキ。あなた様がそうだね~をなさらないのは、なぜですか?』
「うぜえと思われたくないからだよ?」
だがまだ会話したがっているアベックの様子からも、冥府の話題くらいは掘り下げても良さそうだ。
「ひとつ聞く。冥府とはなんだ?」
「え~。答えてあげたほうがいいかな、トリゴ」
「うん、アイミー。そうだね♪」
「ニョ……」
「ヴリトラは黙ってろ」
地図を広げる。
すると冥界にただひとつの大陸マシカクの中央部だけは地名が載っていないことが分かる。
そこは安息地。
誰が決めたわけでもなく、永遠にただ安らぐための楽園のような場所だそうな。
「で、冥府とは?」
「カズキ。安息地の平和は今、致命的に乱されている。だから安息地じゃダメだ、冥府という中央政府国家を樹立しないとねって話さ」
俺がいた現世でも宗教上で安息地とやらはあった気がする。
だけど現世のそれとの役割の違いにまでは詳しくないが、冥界の安息地はとりあえずピンチみたいだ。
「それで、さっき言ってたお前らのキャラバンに参加したら、お前らは俺の味方になる気がある、と」
「えっ。違うよお、奴隷だよねえ。トリゴ♪」
「うん♪」
「ニョ♪」
よし、帰ろう。
俺は自らの意思で踵を返した。
「逃げるの?」
「うわっ、えっ、ウソだよね?」
「ニョニョ、ニョニョニョニョニョ?」
返した踵を戻す筋合いはない。
俺は元来た道を歩き出した。
(別に東に行ってもいいしな)
網が降ってきた。
「今度はネバネバクリーム付きだよ♪」
「最高、アイミー♪」
「く、くそったれ。動けねえ」
むしろ動くと全身にネバネバが行き渡って余計にネバネバした。
「ちっ、入りゃ良いんだろ。入りゃ」
「まいどあり♪」
「まいどありだと!?」
「会員制。月額料金で大丈夫だよ♪」
恫喝交じりの詐欺じゃん。
俺はそう訴えたかったが、冥界には警察なんていないと思うので諦めた。
しかし諦めは若干のメリットを生んだ。
アイミーは乗り物を召喚出来るのだ。
「パイナッポ、おいでやす♪」
アイミーが唱えると、なんか現れた。
うん、パイナップルの形をしている以外はキャンピングカーだ。
「よし、自動運転だ」
ちなみに日本では自動車免許は18歳から。
あくまでここが冥界だから出来る荒業であることはここにお断りしておく。
「ルンルン♪ はっ、そうだ。ねえトリゴ、下僕に私たちのキャラバンの新しい名前、考えてもらお♪」
「それは素晴らしいアイデアだね♪」
「おい、まさかとは思うが……」
下僕。
それは勝手に決まった俺の呼び名だ。
同い年、しかも存在値が基本的に低い格下に完全なる奴隷扱いをされる屈辱。
「さあ、一個目は?」
「アホ女が。無茶ぶりなんだよ!」
「《むちゃぶり》かあ。アイミー、どう?」
「それに決めちゃう♪」
「決めんなよ!」
大体、《白きチロリロのキャラバン》のセンスで決定権を持ってるのがおかしい。
チロリロってなんだよ。
困り果てた大道芸人みたいなセンスでよく冥界を渡って来られたものだ。
「よし、じゃあ《ミラーリング》だ」
俺は出任せに提案した。
ミラーリング。
キタラに来る前、現世でたまたまネット検索して知った言葉だ。
IT用語か何かだった気がするけど意味はよく知らない。
まあ、格好が付けば俺はなんでも良い。
「《ミラーリング》」
「《ミラーリング》?」
「《ミラーリング》ニョニョ……」
「不満かよ。じゃあ、もう《白きチロリロ》でもなんでも……」
すると「それだ!」と満場一致で可決し(ただしヴリトラは「それニョニョ」)、俺たちのキャラバンは《ミラーリング》という名前になった。
『カズキ。あなた様はキャラバンに属されたのですね』
「みたいだな」
『では私が簡単にキャラバンについて説明しましょうか?』
「ヘルプじゃダメか?」
するとレイブは『カズキ。情緒です』とやけに簡潔にして高等な説教をしてきた。
キャラバン。
その概念は現世にあるキャラバンとは微妙に違う。
現世のキャラバンは、元は砂漠にいるラクダ乗りの隊商で今は宣伝販売のための遠征チームという意味がメインらしい。
『私はあなた様の世界における言葉の言語学的な定義を網羅しておりますので、その手のトピックはなんでもご相談くださいね』
そして冥界でのキャラバンは、一口に定義するなら「人それぞれ」だ。
律儀に隊商で商才を磨く人たちがいる。
魔神を超える暴れん坊として名を馳せる人たちがいる。
なんにもしないことを正当化したいだけの人たちもいる。
本当に人それぞれだ。
――だってここは冥界なのだから。
「面白くなってきた」
俺はパイナップル型キャンピングカーの窓の外に向けてニイッと、ひとり不敵な笑みを浮かべた。
「冥界、面白い所だ」
パイナッポはそこで運転を停止した。
どうやら目的地に着いたようだ。
――永遠0年、コナンチャム国ヒューズ関所町
「さあ、ライバルは山の数。安息地に安息などない。我らこそ冥府を成し、牛耳り、搾取の極みで平和をもたらす鬼畜キャラバン《ミラーリング》。えい、えい、フワー♪」
「フワー♪」
「ニョニョー♪」
『フワー♪』
レイブまでおかしくなったの段。
円陣まで組んで何やってんだコイツらと俺は、ひとりそっとバックステップした。
「おっ、と。失礼」
「……」
うっかりぶつかった通行人の目が殺し屋。
そして俺はいそいそと円陣に戻った。
悲しいかな、コイツらのほうがまだ安全だ。
(ちくしょー。いつか絶対にまともな友だち作る!)
俺自身、旅の目的を見失ってそんな事を考えて始めていた。
けれどもその時、まだ俺は気付いていなかった。
この旅が途方もなく長く、壮絶な旅になることを。
作者による元ネタ解説
・スケボー
『バック・トゥ・ザ・フューチャ○』☆
・地熱
未来を支える発電方式☆
・厳しい気候でも死にはしない
砂漠気候☆
・オフロードにも強い乗り物
4WDとかオフロードバイクがあるみたいだよ☆
・ホバークラフト
かっこいいよね☆
・網
網の用途は本当にさまざま。
ミカンを包む赤い網から虫取り網、果ては地引き網まで☆
・光陰私の如し
光陰矢のごとしっていうことわざ。
日が登り光、日が沈み陰。
ことわざの意味は「時間が過ぎるのは、あっという間だよ」だよ☆
・いきなり存在値が爆発的に高まるパターン
某ドラゴンボー○Zなんだけど、具体的にどこだったか覚えてない☆
・チロリロ
検索すると、なぜだか結構ヒットする。
つまりきっと元ネタがあって広まったんだね☆
・○○してあげなよぉ~
お笑いコンビのクールポ○さんの芸風から着想を得たよ。
クールポ○さんの場合は「○○してるヤツがいたんですよぉ~」☆
・漆黒
お笑いコンビ、ココリ○の遠○さんの持ちギャグに「しっこ○!○っこく!」ってあってそこからかもしれない☆
・安息地
旧約聖書でボクは思い出したけど、たとえば社会の教科書などにも載ってるかな☆
・カルチャーショック
ボクは流行語になったことあるかなってググったけど、ないみたい。
ちなみに意外なあの言葉が流行語だったりするから、調べてみると面白いかも☆
・今度はネバネバクリーム付きだよ♪
テレビ恒例のドッキリが最近進出し始めた新ジャンルに、トリモチを使うパターンがある。ぶっちゃけ参考になったよ☆
・月額料金
そもそもパソコンやスマホなどもそうだし、水道、ガス、電気、新聞……あらゆる生活必需インフラは月額という傾向にある☆
・パイナッポ
お笑い芸人のピコ太○さんの「ペンパイナッポーアッポーペ○」からだよ☆
・無茶ぶり
この言葉はお笑いタレントさんを中心によく使う雰囲気がある☆
・暴れん坊
『暴れん坊将○』っていう時代劇からだよ。
マツケンサ○バでおなじみの人が主役をしてうよ☆