4骨! ウルトラ左腕
――永遠0年、ベレパタ国モーレの町
永遠0年。
この世界キタラでの元号は永遠という。
年月までは持ってないこの世界の個性の象徴だ。
そして0年から先には進まない。
素直に、永遠に0年という暦なわけだ。
「ふあ~あ。よく寝た」
俺は寝床から、もそもそと這い出た。
いつものことだ。
「師匠。今日は朝飯どうしま、……」
近頃じゃ、これもいつものことだ。
師匠は消えた。煌魔ヴリトラごと消えた。
「ヴリは師匠じゃないが、エビチリを頼むニョニョ」
「お前は黙ってろ」
近頃じゃ、これもいつものことだ。
煌魔ヴリトラ。
消えたのに、ヤツだけは言葉を発する。
どうもヤツはなぜだか俺に服従していた。
そしてニョニョの語尾でしゃべる何かに変化したらしかった。
にしても、一人称ヴリって何なんだよ?
「ニョニョ」
「どういう感情なんだよ。ニョニョでごまかそうたってな、お前は俺の大切な師匠を……この!」
ボカッ。
俺は右手でヴリトラをぶん殴った。
「痛っ」
俺の左腕がズキズキ痛む。
ヴリトラをぶん殴ることは、謎の紋章が刻印された俺の左腕をぶん殴ることだからだ。
つまりヴリトラはあの日、――師匠が逆召喚して消えたあの日に俺の左腕と一体化した。
どうも、そういうことみたいだ。
(逆召喚。きっとそのまま召喚の逆ってことだ)
召喚魔法は存在値を消費して、何かを作り出す。
だから本当なら錬成魔法だ。
ただ、錬成にしては生物まで作れてしまうからとりあえず召喚としている。
説明下手な俺が言うとなんだか胡散臭いが、事実だ。
そして逆召喚は、俺の知らない召喚だ。
師匠が消えてから数日、俺はこのモーレの町で聞き込みをした。
でも逆召喚なんて誰も知らない。
だから想像するしかないんだが、左腕にいるのが本当にヴリトラなら逆召喚とは「対象を召喚存在かのように扱い、かつ召喚存在としての個性を保ったまま別の対象に還元する」ということになるのだろう。
「向こう見ずな若者ニョニョ」
「クソが……!」
口調が変わっている手前、個性が保たれているという仮定は若干、怪しいかも。
でもまあヴリトラはこうして今、俺の左腕にいるのは間違いない。
ちなみに逆召喚で左腕に刻まれたと思われる紋章は、八手の蛇を模している。まんまヴリトラだ。
「とりあえず朝飯にすっか」
俺は改めて、食物召喚する献立を考え始めた。
と言っても冥界では食事なんて必要ない。
存在値がほぼ満腹具合も兼ねている。
だからよっぽど、いかつい技を使いまくり存在値を大量消費しない限りはそもそも空腹にならない。
よって冥界における食事とは、念のために食物召喚が出来るか確認すること。
いわば魔法を使うストレッチ程度の感覚だ。
「存在値は変わってない。だけど……」
俺はレイブを呼び出し、ステータスを確認した。
「「「
甲斐野カズキ
存在値 3万2000
スキル 【転生の呪い】【蛇印術】
」」」
蛇印術……現世ではもちろん、冥界であっても聞きなれない言葉だ。
『カズキ。【蛇印術】のヘルプを表示しますか?』
「ん、ああ。何度も見たけど、お願い出来るかい」
ステータス窓が閉じ、ヘルプ窓が表示された。
「ふむ。《ヴリトラという名の魔神が封じられた蛇印から強力なパワーを発揮して、襲い来る敵を消し飛ばす荒々しい術》か。何度も見たけど、やっぱり大ざっぱ過ぎる」
なんとなくのイメージは伝わる。
ただ、いまいちどう使うのか。
そしてどんなことが出来るのか。
具体的な説明は、本当に一切ない。
これじゃあ【転生の呪い】と一緒だ。
「ちぇ、まあいいけど。さてと、ベーコン召喚!」
つい癖で、師匠の好物を食物召喚してしまった。
「…………はむっ」
もったいないので師匠みたいに食べてみた。
師匠を思い出すから悲しいけど、涙は流さない。
だって師匠は「しばしのお別れ」と言った。
だからいつか絶対にまた会える。
その日まで俺は、師匠のためには泣かないと決めたんだ。
「ニョニョ」
「はいはい。意味不明」
「ヴリにもベーコン寄越すニョニョ」
「お前なあ!」
本当にイライラしてしまう。
師匠も師匠だ。
泣かないとは決めたけど、よりにもよって師匠のカタキと一心同体は酷すぎる。
「これからどうすっかな」
『カズキ。地図を表示しますか?』
「頼むニョニョ」
『……』
「レイブ、よろしく」
レイブ、というか奈落システムの音声アナウンスは使用するユーザーにしか聞こえない。
だけどヴリトラは俺の一部となったからか、レイブの声が聞こえるようだ。
ま、俺の言葉以外レイブが受け付けないようになっていたから助かったけどな。
地図が画面に表示された。
俺が意識を集中したり指示を言葉に出したりすれば拡大縮小も描画中心移動も可能。
しっかり縮尺や方角、長さ辺り距離も出る、まともな地図機能である。
「へえ。モーレって結構、小さな国にあるんだな」
ベレパタ国。
俺が住んでるモーレの町がある国だ。
大陸最南西にありリュウ・ブラッドという名の赤い海に面しているのが、この国。
そこは地図で見ると、最も小さな国レレロよりは大きいが他の全ての国より小さい。
村みたいな国、それが俺の印象だ。
そもそもここ冥界にある大陸が、たった1つなのも驚きである。
マシカク大陸。
笑っちゃうけど実際に大陸名を示す赤い文字で「マシカク」とそう印字されているのだ。
そしてマシカクという名前なだけはあり真四角、つまりほぼ正方形の大陸。
ほぼ、というのは、角が丸いとかイビツな海岸があるとか些細な話だ。
『カズキ。私の疑似人形を表示しますか?』
「な、なんだ急に。レイブ、故障しても俺には直せんぞ」
『そうです、カズキ。残念ながら、あなた様は奈落システムに関する専門知識に関しては総合的に欠落しています』
急に話を振ってきながら、たまにレイブはこのように無礼な所がある。
いかにもコンピューターらしいけど、時と場合によってはやっぱり会話機能ごとオフしてしまう。
「余計なお世話だ。だが疑似人形ってのがお前のよく言う見かけのなんちゃらなら、試してやる。要はバーチャルなお前が俺には見えるのな?」
『そうです、カズキ。私の疑似人形はあなた様にのみ視認されます。ついでに疑似人形の使用命令を受理しました』
ついでに、という言い回しをコイツがするのは珍しい。
レイブは高度な機能がありそうだし、もしかして言葉を多少は学習するんだろうか?
『ディメンション・レイヤー起動。……コンプリート』
コミカルな煙と共に、レイブの疑似人形が現れた。某OSのデスクトップ・マスコットみたいな登場だ。
『いかがでしたか。よろしければ感想と評価をお願いします』
スマホアプリにありがちな評価画面が出てきた。
本当たまに、このタイミングで何を考えてるんだコイツ……。
「知らん。評価はパスだ!」
『受理。評価画面は以下の操作でいつでも表示出来ます。~、~……』
ついでにパソコンにありがちなセリフ出た。
全く、どうもレイブというヤツは存在自体が現世のITのメタみたいなところがあるな。
「で、その見た目が気に入ってんのか?」
『カズキ。無効な質問です」
「大事な質問が無効はおかしいニョニョ」
「不本意だがそれには同意だ」
三角帽子の魔法使いのコスプレをしていて、ケモ耳が生えた萌えキャラっぽい女性。
それがレイブの疑似人形、つまり見た目イメージなようだ。
(なんでケモ耳?)
開発者の趣味だろうか。
ここは冥界だが、他人に見えなくて良かったとそこはほっと安心出来た。
「さて、目的地を決めるんだった」
俺は再び地図をまじまじと見つめた。
「ヴリはミギスに行きたいニョニョ~」
ミギスはベレパタの東隣にある国だ。
「じゃあコナンチャムにする」
「ニョニョ!」
「さ、そうと決まれば旅の準備だ」
コナンチャムはベレパタの北隣にある国。
ミギスとこの国はそこそこ広大で、これら2国だけがベレパタと隣り合っている。
また国土の大小の差はこのようにあるものの、全ての国家はマシカク大陸のように正方形だ。
国境なんぞで縄張り争いしたくない。
それが極まったがための不文律なようだ。
確かに一周回って冥界らしい気もする。
「兵糧召喚!」
ぽんっと幾つかの団子が出てきて俺が差し出した右手に乗った。俺はそれを食べる。う、うまい。
旅気分を出すために考えてきた食物召喚を俺は使ってみたのだ。
兵糧っていうのは食料という意味らしい。
だけど兵と付くだけあって、なんとなく戦場らしさがそこに付随する気がする。
ちなみに兵糧は兵糧でも、忍者に憧れてたガキの頃の俺がネットで見つけたヤツ。
いわゆる「兵糧丸」っていう名前のそば粉団子だ。
イメージさえあれば食物召喚は行使出来る。
前にも言ったがそれほど食物召喚はカンタン。
だから存在値が伸びないってだけだ。
現世みたいに客人をもてなすためとか、味で売り物にするとか冥界でも使い道はある。
「ヴリトラ。ちょっと付き合え」
「ヴリはホモじゃないニョニョ」
「二度と使ってやらんぞ」
「ニョニョ……」
サンドバッグ用に土嚢を召喚。
左手をその袋に向けて俺は狙いを定め、そして「ハァッ!」と叫んだ。
バシュウウウ……。
土嚢は凄まじい熱で急激に気化して消えた。
俺がヴリトラの力で土嚢に向けて高熱の球を放ったのだ。
「よし。これは蛇印術《熱牙》と名付けよう」
「ダッサいニョニョ」
「ふっふっふ、黙れ毒舌虫」
『カズキ。自動命名アプリケーションを起動しますか?』
「毒舌コンピューターも、うっさいわ!」
まだまだ俺には分からないことだらけだ。
奈落システムは結局、何のためにあるのか。
師匠はいつ帰るのか。
ヴリトラは信用出来る仲間なのか。
中途半端な俺が旅なんてやりおおせるのか。
「いつか何もかも分かる。俺が強くなった、その時に。そうですよね、師匠……」
「うんうん、そうニョニョ」
「っせえわ。お前のどこが師匠なんだ!」
「ニョニョ?」
色々と召喚して旅支度を済ませた俺は、ついにモーレの町の門に立った。
「ようこそ、モーレの町へ。って、なんだカズキか」
このヒトの名はモンバン。
名前がそうだからか、毎日のように町にただ1つの出入り口に立っているオッサンだ。
しかもなぜか出会うたびにこのセリフを吐かれる。
やれやれ、RPGじゃあるまいしどうせなら数段ユニークな案内も身につけて欲しいモンだ。
「俺、旅に出ます。しばらく戻らないつもりです」
「そう、か。ま、ガイコツさんが言っていたがとうとう今日なんだな」
「師匠が?」
「ああ。どうしても少年の大志は止められそうにない、……ってな」
師匠が言いそうなことだった。
ところで、モンバンさんは師匠が行方知れずなのを知らない。
モーレには気の良い人ばかり住んでる。
だから俺はモンバンさんだけにでなく町のみんなに、師匠は「気まぐれで長い旅に出た」ことにしている。
「傲岸ですからね、でしょ」
「ふふっ、よく分かったなカズキ。って、そりゃ当たり前か。兄弟か親子みたいだもんな」
「……じゃあ、お元気で」
「カズキもな。でも死にそうになったら、いつでも帰ってきな」
俺は門を抜けた。
別に冥界に来て初めて外出したわけではない。
でもこの国から出るのは初めてだ。
そしてそのために高揚した気持ちが、今までに何度も見た景色を新鮮に見せていた。
町へと流れが続く赤い川。
大陸の川は平均的にデカいからか、地図を見ても名前がないその川には今日も船はひとつとしてない。
灰褐色の砂利で出来た広野を俺は、真っ直ぐ北に進み始めた。
魔神が出るかもしれないとは思う。
でも、今なら俺にだって魔神を宿してる。
それにいつかは出なければならない旅だ。
モーレの町は住むには良いけど、生きるためにも強くなるためにも俺には決め手に欠けていた。
(もっと遠くに。俺が生きていける何かを見つけるまで遠くへ……)
ちらりと左右に注意を払う。
早速のお出ましだ。
「出番だぜヴリトラ。《熱牙》!」
ドォッ、ドォッと立て続けに二発の熱球を左右に放った。
左手には狼の魔物、右手には山羊の魔物。
どちらも魔物。
魔物は全身が黒いから、すぐにそうでない生物と見分けが付く。
魔物とは魔神の下位種だ。
そして魔物は幾らでもいる。
「最近は物騒だな。存在値300程度がうじゃうじゃいやがる」
普通は他者の存在値を合意なしに知ることは出来ない。
仮にも師匠が稽古を付けてくれた俺だから見当が付く。
「ヴリが間引いてあげてたニョニョ」
「マジで?」
「余計なことをしてくれたニョニョ~!」
魔神の言い分なので話し半分の俺。
だけどせいぜい百が存在値の限度と師匠から聞いていた冥界とは勝手が違うことに俺は戸惑いを隠せなかった。
(師匠が俺にウソを? いや、まさかそんなはずは……)
北にも変わらぬ緑色の空が広がっている。
冥界にしては何の変哲もない空なのに、こんなに頼りないなんて。
俺は溜め息を吐きたいのを堪えて今は前に進んだ。
作者による元ネタ解説
・ウルトラ左腕
ウルトラにマンを付けた偉大な先人に感謝☆
・ニョニョ
ジョジョの奇妙な○険のジョジョ☆
・紋章
幻想水滸○☆
・封印されて口調が変わる
ありそうなだけに元ネタないというと、正直なのにウソくさくなる現実☆
・蛇印術
~行術は『アンリミテッド・○ガ』。
印術は『○ガ・フロンティア』。
足した☆
・師匠のカタキと一心同体
ありそうなだけに元ネタないというと、正直なのにウソくさくなる現実、パ~ト2☆
・拡大縮小や中心移動出来る地図
禁欲な人々は知らないかもしれないから説明しておくけど、地図のソフトとかGoogleマッ○とかカーナビとか☆
・リュウ・ブラッド
龍の血と見せかけて、フランス語で「水」を意味する単語にリュウっぽい発音のがあった(l'eau)よ。ただブラッドは英語のbloodだから適当語だよ☆
・マシカク
どっかの国では歴史上の人物とかだったら国際問題になりそうで恐怖☆
・ディメンション・レイヤー
Dimension Layer。実在するかは不明☆
・三角帽子の魔法使い
ドラ○エに昔いた気がする。あとは霧雨魔理○☆
・兵糧
本当はelonaっていうフリーゲームに出てくる旅糧にしたかったけど旅糧は常用されないオリジナル熟語っぽいため断念。
ちなみに兵糧丸はググったら出て、まるっとパクった☆
・熱牙
三○流……鬼!斬り!みたいなノリ。
熱い牙を略したら熱い球になったよ☆
・自動命名アプリケーション
まだパソコン持てる程度の成金だった頃にプログラミングして自作したよ。
乱数と文字列変数を中心に頑張ってみて☆