3骨! 封印と別れ
――永遠0年、ベレパタ国モーレの町
あれから1ヶ月ほど。
俺の存在値は相変わらず3万2000だ。
スキルも手に入らない。
えっ、冥界では時間が経たないんじゃないかって?
まあ、そうなんだけどそうじゃあない。
上手く説明出来てないだろうけど朝とか夜とか加齢とかがないだけ。現世と同じように時間は数えられる。
強いていうなら、冥界では1日が最大の単位なのを俺が無理やりカウントして1ヶ月とか1年を把握してるんだ。
時計は普通に、あちこちにある。
何時何分何秒と仮決めされた標準時に合わせて、なんとなくみんなが朝昼晩のように過ごす。
昼夜逆転して体調を崩しても現世ほど厳しくはない。――時間感覚なんてバカらしくなるからだ。
さていきなりだが、ここで魔神について話したいと思う。
オーバーロードと呼ばれていた、ああいったとんでもない強敵の多くは魔神だ。
えっ、魔神が強敵かどうか分からなかったって?
ま、まあ、それは師匠に言ってくれ。はっきり言って師匠は戦闘狂なんだ。
「ベーコン召喚。はむっ」
ちなみに師匠ほどの実力者だと、食物召喚でも存在値の最大値――本当は最大値じゃないけど、説明したので以後は分かりやすさを優先しそう呼ぶ――はぐんぐん上がるらしい。
つまり、ふざけてベーコンを召喚しているのではないってわけだ。
話を戻そう。魔神についての話に。
魔神とは、一般に「死が存在しない冥界に死をもたらす存在」のことを指す。
たとえばオーバーロード。
たまたま俺は死ななかっただけで、コイツは過去に何百万人もの命を奪ってきた。
冥界で死んだら、もう転生はない。
それはレイブから聞いた話だ。
あれで中々、気が利く人工知能な彼女はことあるごとに自律的に知識を与えてくれた。
「時にオヌシ、本当に稽古は良いのか?」
「ええ。無気力症候群かもしれません」
「かァ、ダメ人間め!」
師匠が不意にフルーレを抜いた。
するんっ。
変な音がして、頭が涼しくなった。
「ほれ、手鏡」
「えっ。――なっ!?」
西遊記でいうところの沙悟浄。
つまりはカッパの頭になっていた俺の登頂部だ。
まあ、冥界の住人らしくなったから良いけど。
「まあ、冥界の住人らしくなったから大丈夫です」
「ホッホウ、今日も傲岸かね、少年?」
「あ、はい」
およそ、千倍。
冥界で誰かの命を完全に消し去るのに必要な、存在値の倍率だ。
殺す対象の千倍以上の存在値があれば、確実に相手を魂まで消滅させることが出来る。
そう聞くと待てよ、と思うかもしれない。
だったら冥界でも普通に死ぬじゃないか、と。
だけど普通、存在値はせいぜい百程度が最大値だ。
俺は師匠相手に、これでも1年ほど冥界で地獄を見た。
だから俺には、今の存在値3万2000がある。
せいぜい百が普通なら、存在値がほぼ1のアリすら冥界では殺せないのが普通ってわけ。
「時に少年」
凛、と師匠の雰囲気が変わった。
こういう時、師匠は決まって大切な話をしてくれた。
たとえば、強すぎる存在値は制御しないと大切な人を傷付けること。
たとえば、魔法は強力だけど使い道次第では自分の身を滅ぼすこと。
たとえば、ここはどこまで行っても何が起きるか分からない奈落であること。
「なんでしょうか」
俺も最近では、こうして凛と見えるように居ずまいを正す。
すると不思議と気持ちが整い、師匠が見ている大切なモノが俺にも見える気がしてくる。
俺と師匠は、古びた遺跡の崩れきった壁に腰かけて空を見ていた。
どこまでも緑色の空に夜は来ない。
冥界には時間という仕組みがないのだ。
全部で7つあるらしい緑色の恒星。
それが太陽のように俺たちの暮らす冥界を満遍なく照らしていた。
「もし我が輩がいなくなったらの話をしよう」
「師匠が……ははっ、まさか師匠に限って」
俺は笑い飛ばそうとしたが、師匠は凛を崩さなかった。
あくまでも凛、とした雰囲気。
「我が輩がいなくなったら、自由にどこにでも行きなさい。少年、オヌシはもう十分に強い」
凛とした雰囲気。
それだけに、俺はもうすぐそれが現実になりそうな予感がした。
いつも予言めいてると思うわけじゃなく、むしろ今回が初めてだ。
それほどに凛とした雰囲気。
どうしてだか、俺は本当にどこに向かおうか考え始めていた。
「師匠、俺は……」
「ホッホウ。――奈落システムは永遠の命を保証する秘宝ではありません」
「えっ」
「考えてもみなさい。魔神に砕かれた命は無くなる。ですからヒトが死んだらシステムもまた無に帰る」
言われてみれば、確かにそうだった。
基本的にヒトが魔法で物質から動物に至るまで召喚するこの冥界では、ヒトは特別な存在だ。
見た目がガイコツな師匠ですら、人間である以上は奈落システムを宿している。
ヒトが特別であるように奈落システムは特別。
だけど特別イコール無敵ではない。
「無に帰るのは悪いことばかりじゃありません。魔神とはそもそも……」
師匠が何か言いかけた、その時だった。
ズゥン、ズゥンと来る大振動。
地震なんて滅多にない冥界で、それは概して巨大である魔神が接近しつつあることを意味していた。
「ホッホホッホウ。これはこれは……ようやくお会い出来ましたねェ」
隣にいたハズの師匠はいなくなっていた。
いつだって師匠はそうだ。
オーバーロードの後にも月に一回は魔神が町にやって来る。
そしてそのたびに師匠はこうして超人的に動き出すのだ。
「探さないと」
俺は崩れた壁から飛び降り、師匠を求めて神経を研ぎ澄ませた。
目で見て、耳で聞いて、時には異臭を嗅ぎ分ける。
今回は殊更に振動が強い。よって振動音の発生源を探せば自ずと魔神の居場所は見当が付いた。
そしてそれは、師匠もそこにいるということだった。
「師匠。……なんだろう。凄く心配だ」
おぞましい予感を風が運んできた。
どうしても師匠がいつものようにカタカタ笑う気がしなかった。
レゾの丘。
小高く、そこは幾つもの見張り台が建てられていた。
魔神だけでなく命を脅かすあらゆる敵に対する、人間たちのちょっとした軍事基地。
だけど俺が来た時には、丘はすっかり谷になっていた。
「煌魔ヴリトラ。これは我が輩の、――復讐です」
師匠は谷底にいた。
マグマが少し吹き出し、師匠の足が溶けていたけど師匠は存在値がスゴいので再生回復が出来る。
「コォオオオ……。汝、我に歯向かいし不届き者。厳しく罰する、即ち、――永久なる死」
戦慄。
俺が出会ってきた魔神は、言葉なんて話したことがなかった。
なのに今、俺からはやや離れた所にいる魔神はそれをやっていた。
「そこなるワッパも同罪」
巨大なヘビ。それがヴリトラだった。
しかし八本の腕をヤツは持っていた。
「死で崇めたまえ!」
魔神ヴリトラは右腕を飛ばしきた。
ロケットパンチ。
昭和好きの友だちに毒されたのをこんな時に思い出すとは、なんて悠長でもいられなかった。
(余裕で回避不能。これは……即死)
だけど、とも俺は思う。
なにせ巻き込まれた俺はいつだって師匠に九死に一生を与えてもらっていた。
だから今回も大丈夫とある程度は信じられた。
「お待ちかね……だったかね、少年」
空中で何度も重力を無視し、ギザギザに飛んで来た師匠のお出ましだ。
重力を無視。
魔神に対して師匠が本気な証だ。
そして、やっぱり俺は初めて出会った時のオーバーロードをこんな時はいつも思い出す。
あれほどサクッと倒せるのは師匠と言えども難しい。
けれど、それでも今まで来た魔神に師匠は負けた試しがなかった。
フルーレの世界一間違った使い方。
「剣弩術ノ三・《エンバーミング》ッ!」
存在値の一部を無理やり固めて矢にし、横向きにしたフルーレで弩のように高速で弾いて押し出す師匠の独自の技術。
それが剣弩術だ。
三番目に編み出したというこの技はミイラ化を目指した弓術。
存在値で存在値を干からびさせる謎の発想。
思い付いても普通なら回りくどくてやらない面倒で複雑な存在値制御。
無駄にプロフェッショナルなポージング。
「究極的には、我が輩は全生物最強」
そして師匠のこのドヤ顔である。
ガイコツだから顔、常にガイコツだけどな。
『警告、警告。カズキ。全方向に脅威を感知。直ちに安全な場所に避難してください』
「な、なにッ」
風雲急を告ぐ。
ドヤ顔の師匠などお構い無しの魔神様はどうやらとっくに皆殺しの構えのようだ。
しかし全方向がヤバいなんて、そんなの今までなかっただけに俺は軽くパニックになった。
「師匠、離脱します」
「傲岸だが、今回は……それで良し」
そして奈落システムの機能が作動。
視界の端で赤っぽい光が明滅し、まさに非常事態だと分かるように切り替わった。
でも身体強化とか、ご都合主義にはありがちな便利な機能はない。
ただ危険を知らせてくれる程度の安い演出だ。
「んぎッ!」
頬を何かが勢いよく擦った。
ごりごり肌が切れ、血がツーと流れていく。
何なのかは見えないまま、俺はただがむしゃらに走った。
赤いチカチカが消えるまで。システムが安全を告げるまで。
それまでは俺はただ戦力外のチキン野郎に甘んじるしかなかったのだ。
「師匠。ごめんなさい」
まだ振り向けない俺は無に向かって呟いた。
無は師匠じゃない。
厳密にしてもたかが空気。
だからやはり何にも無は返事を持たなかった。
『カズキ。あなた様への警告は解除されました。ここは安全地帯です』
「あっ、そう」
別にレイブが悪いわけじゅないのに、俺は忌々しげに吐き捨ててしまった。
『カズキ。リラクゼーション用の音楽を自動作曲し演奏しますか?』
「いや、大丈夫。……大丈夫だよ」
『カズキ。あなた様の現在の精神状態は』
「レイブ。悪いけどしばらく会話機能をオフだ」
システムだから、レイブは俺がどんなに身勝手でも指示に従うしかなかった。
「師匠……」
今頃、もう師匠は死んでしまっているかもしれなかった。
でも応援も呼びようがなかった。
モーレの町はくたびれていて、師匠のような物好きしか助けに来ないからだ。
「どっちみち、このままじゃ死ぬ」
魔神はバカじゃない。
だからただ真っ直ぐ逃げただけの俺をしぶとく追いかけてきていたら、いずれ俺もまた殺されるだろう。
変に複雑なルートを取っても逆効果。
なぜなら最短距離で障害物を破壊しながら来れる魔神はそれだけで有利だからだ。
「それに、アイツは言葉を話す。賢い以外にも何かあるとしたら。ど、どうすりゃいいんだ」
俺は【転生の呪い】しかスキルを持ってないが、魔神など人でない存在もまれにスキルを持っているらしかった。
ましてヴリトラという名前らしいあの魔神なら、そうであっても不自然じゃないはず。
「レイブ。応答を有効」
『カズキ。おはようございます』
「うん。おはよう」
時間は実質的に冥界には流れないから、挨拶はいつもコレだ。
「行こう。負け戦だからって逃げ恥より死に恥だ」
『カズキ。リラクゼーション用の音楽を自動作曲し演奏しますか?』
「そうだな。やっぱり頼む」
クラシックとレゲエを足して2で割ったような音楽がごく自然に聞こえてきた。
本当にレイブは、つまり彼女を動かす奈落システムはよく作り込まれたシステムだ。
ここまで丁寧に設計されていて、なぜ死ぬ前提という危険な発想なのか。
「父さん、母さん。戦場に行って来ます」
俺はもう会えないであろう両親に、声に出して挨拶した。
慣れたつもりでいたけど、ここは現世じゃない。
県立M高校のみんなとか、ネットで出来たブログ仲間とかに会えない悲しみはもう癒えることはなかった。
もちろん家族に会えない、そのつらさも。
「冥界なんて、もううんざりなんだよぉおお」
誰にでもなく俺は叫んだ。
意味もなくただ叫んだ。
「えっ」
ロケットパンチが目の前に来ていた。
なんだよ。
避けようがないほど速いの見てたじゃん、ダメじゃん俺。
「少年~ッ。いや、甲斐野、カズキ。冥界の未来を……オヌシに……託す!」
ロケットパンチと同じかそれ以上の速さで師匠は魔神ごとこちらに走って来た。
「詠唱破棄。逆召喚・煌魔ヴリトラぁ!」
カッ、と稲光が落ちて来た。
稲光にしては赤かったけれど、空は緑だし俺は放心していて涙とヨダレが垂れてしょうがなく何もかも、どうでも良かった。
「カズキ……しばしの別れ……だ……」
師匠は寂しそうにそう言った。
そしてそれが俺と師匠との長い長いお別れだった。
「……し、師匠。師匠。師匠!」
何もいなかった。
師匠もヴリトラも、ヴリトラから切り離された腕もそこには何もいなかった。
作者による元ネタ解説
・加齢がない
そうだね。
サザエ○んとかドラえ○んとか、あるいはちびま○子ちゃんだね☆
・1日が時間の単位の最大
元ネタはないし、栽培とか考えたら破綻しまくりなのですがなんとか繕っていくよ☆
・師匠は戦闘狂
某ドラゴンボー○の「神○神」でピ○コロが言ってたかな、確か。師匠じゃなくカカロッ○だけど。
違ったら普通にすまぬ☆
・食物召喚だけで強くなれる
これ以上にうまい描写のライトノベルとかあったら逆に教えてくり☆
・冥界で死んだら転生はない
ジャネン○が出てくる某ドラゴンボー○の劇場版が元ネタ。
ベジー○☆
・かァ、ダメ人間め!
適当なようにみえるけど、実はNーSTARで人気のダンジョン経営モノを読んでなかったら作者の脳ミソでは一生出てこなかった。
ぼっちだからだよ☆
・存在値は百程度が最大
もしかしたらセンエースのどっかの世界線かもしんねえけど、最近はとんと読んでなくて知らねえ。
先生、スマフランシスコ☆
・強すぎる存在値は大切な人を
そうだね。ほぼスパイダーマ○だね☆
・月に一度、魔神が来る
定期っていう発想を本質的に辿ると、まあ月刊誌だね☆
・レゾの丘
元ネタはないけど、作者が他サイトで描いたデンドロの二次創作では「レゾナンス」って名前のクランを作ろうとする獣戦士たちが活躍していたよ。
ちなみにレゾナンスは『ファイナルファンタジーエクスプロー○ー』っていうゲームにあった単語を丸パクっていたんだ☆
・ヴリトラ
色んなゲームとかライトノベルとかにいるね。ググったら神話が元ネタっぽい。ヘビなのもググって知りました。
ちなみに煌魔は適当と見せかけて、デンドロの煌玉馬から一文字パクった☆
・ロケットパンチ
マジンガ○Z☆
・エンバーミング
るろう○剣心の人のマンガ☆
・安全地帯
玉置浩二さんは関係ないけど、果たして本当に関係ないかは内緒だよ☆
・ブログ仲間
リアルに作者にも少しは出来ると信じてる☆