16骨! 非
――永遠0年、コナンチャム国ルエップ城下町、アイミーたちの屋敷
数日が過ぎた。
普通、少年マンガとかなら数日が過ぎてたらダメな展開で、数日が過ぎた。
(最強決定ロワイヤルは……!)
俺は心の中では一時間おきくらいに、そう叫んでる。
だけど冥府会が毎日マジメに開催されるくらいが今の《ミラーリング》の空気となっていた。
理由、そんなものはない。
どいつもこいつも、やる気がないだけなんだよ!
(無人島に1人で行ってくるぞ、この野郎)
俺は俺で、たまにそうやってちょっとおかしなテンションだ。
だって本当、ガチ奴隷じゃないにしても俺って使用人みたいな仕事ばっかりしてるからね?
「カズキ様、お花の水やりを頼みますじゃ」
「えっ、お、おう。あいよ」
「お坊っちゃん。倉庫の整頓、また出来ればお願いしたいですの」
「はあ。まあ、やるやる」
「うっす、ブラザー。午後からお客様来訪が三件だから適当に頼むっす」
「うん。えっと、なんとかする」
使用人たちの頼みをイマイチ断れない俺は、こんな感じで様々な内容の雑用を請け負っていた。
アイミーたちの屋敷に勤める、個性豊かな使用人たち。
彼らが全部で何人いるか、それは不確定要素だ。
というのも、どうやら屋敷では不定期に人事決定をするため使用人の人数は一定にならないのだ。
人気の仕事なのか、人の入れ替わりが激しい使用人という労働。
そこに、なぜか俺は当たり前のように加わっているというわけだ。
「おい。アイミー、トリゴ!」
限界。
当たり前だ。
だって俺はキャラとして奴隷って設定くらいなら許せるけど、元・普通の高校生。
だからコレでキレてなかったら、むしろ気違いというものだ。
「奴隷、何か♪」
「奴隷くん。お疲れ♪」
やれやれ、いつものアイミーとトリゴだ。
2人は普段、執務室とかいう専用部屋でイチャイチャしてる。
お茶を運ぶたびにそうだ。間違いない。
それもあり、俺は声を荒くした。
「うるさいうるさい、うるさいんだよ。なんで最強決定ロワイヤルにさっさと参加しないんだ。なんで安息地を手に入れる話し合いを一向に始めないんだ。なんで俺をガチ奴隷みたいに扱うんだ。なんでなんでなんで。こちとら、ずっと、なんでだけで毎日を過ごしてんだよ!」
執務室のデッカい事務机を、俺はバーンと両手で叩いた。
ちょっと大げさ過ぎる気がしたけど、俺はこんな所で人生を見失ってる場合じゃないのだ。
「奴隷♪」
「大体な、お前らの頭はタガが外れてる。師匠を見たのに、よくそんな口が利けるよな。俺が師匠を超えたくて強くなりたいなんて、言わなくても分かるだろ?」
「奴隷くん、それは知らないけど♪」
「じゃあ、どっちでもいいよ。それなら言わせてもらうけど、お前らに本当にやる気があるのか疑わしいチンタラ冥府作りなんざ、俺は今日限りで降りさせてもらう。キャラバンも本日付けで脱退だ」
俺は言いたいことを全部言うと、執務室を飛び出し屋敷を飛び出した。
「スッキリしたぜえ。これで自由だあ!」
俺は叫んだ。
今度は心ででなく、本当に声に出してだ。
まともっぽいセバスチンやヘネには悪いけど、俺は心から解放感を覚えた。
乗り物はまだロクに召喚出来ないけど、しばらく安全そうな地域で魔物相手にコツコツ修行して、地道に存在値を高めていけばいい。
そう考えて、俺はルエップの町をも出ることにした。
(荷物、置き忘れた……でもまあ、どうでもいいや)
モーレの町で荷造りしたのは、せいぜい水筒とか虫除けスプレーとかハンドタオルとか細かい生活品だ。
だから別に置き忘れても何にも問題はなかった。
「おい、貴様。そこで止まれ!」
クライスの声が背後から聞こえた。
でも俺は立ち止まらなかった。
理屈だけなら、ヘネやクライスさえいれば安息地なんて手に入らなくてもキャラバンはやっていけるんだろう。
それにヴリトラの兄がクライスだと言うなら、俺はヴリトラやクライスに認めてもらえるくらい強くならなくちゃならないんだろう。
「止まれ。存在値9の今の俺でも、それなりの事は出来るぜ」
クライスの声。
俺は立ち止まらなかった。
「ケッ、そうかよ。あばよ」
クライスはそれきり、何か言うのをやめたようだ。
俺は立ち止まらなかった。
「外だ」
俺は再び叫んだ。
ルエップの町から出ると、そこは峡谷。
広野とはまた違う、自然味のある光景。
一方で通路は整備されていて、乗り物での移動はかなり快適になっているようだ。
「これでいい」
俺は自分に言い聞かせた。
いや、言い聞かせたなんて発想なのがもう、アイミーたちに毒されていた証拠だ。
そもそも実際にこれでいい。
あんなに変で頑固で聞き耳を持たないヤツらと仲良くするなんて、俺じゃなくても無理だったのだ。
「ヴリはみんなと一緒がいいニョニョ」
「それは出来ない」
「ニョニョ!」
珍しくヴリトラが抗議してきた。
みんな、とは言うけどクライスなんだとすぐに分かる。
「クライスから自立しろよ。あと俺が弱いからっていちいち、やかましい」
「分からず屋ニョニョ。話にならないニョニョ」
コイツは魔神だから、どうせ兄弟で結託して俺に意趣返しでもしたいに決まっているのだ。
するとそこで、いつも手持ち無沙汰そうにふわふわ宙を舞ってる疑似人形が口を開いた。
つまりレイブだ。
『カズキ。あなた様のストレス値を表示しますか。100が最大値となっております』
「ああ、もちろんお願いする」
『受理。ストレスチェッカーを起動します』
目の前に画面が表示された。
カラオケの得点表示みたいな演出がかかり、ドラムロールが鳴る。
(最初にこれ考えたの誰なんだろう?)
程なくしてドラムロールが終わり、俺のストレス値が出た。
「えっ。たったの3」
『カズキ。あなた様はご自分が正しいと信じる力が強い。強固な精神力に満ちた性格ではありますが、一方で他者に対して過剰に厳しくなりすぎる傾向にありそうです』
「あっ、やっぱりレイブまでか」
冥界がホーム。
そんなレイブもまたどこかで俺を見下していると思っていたのだ。
「会話機能をオフ」
レイブは感情らしきモノを持ってる。
でも俺がこうしてしまえば、もう何も言えない。
俺は歩き出した。
「ビシュウゥウ」
しばらく歩き、峡谷に渡る一本の橋に近くなった辺りで鋭い奇声と共に、木々の合間を縫って大型の魔物が現れた。
熊っぽい胴体だが、顔はフクロウ。
俺は魔物を呼ぶ時、見た目で分かる生き物の名前で呼んできたのだがコイツは新種かもしれない。
(フクロウ熊の魔物。そんな感じかな)
俺は蛇印術を使おうと、左腕を構えた。
「イヤだニョニョ」
「えっ」
その瞬間、俺の脇腹に魔物からの鮮やかな蹴りが飛んで来た。
直撃し、バキバキと7、8本の木が折れても止まらないほど俺は吹き飛んだのだ。
「いってえ。おい、ヴリトラ。何様だ、お前」
「ニョニョ」
「答えになってね……」
俺が「なってねえ」と言い切らない内に、軽々と走り寄って来たフクロウ熊は俺の頭を掴もうと両腕を伸ばしてきた。
「ビシュビシュシュウゥッ」
「こんちくちょう」
俺はレイグザークとの戦いの時のように、存在値を爆上げしようと集中した。
「んげぶっ」
嗚咽。
まず、魔物により腹部に真正面から強烈な蹴りを入れられたからだ。
なぜなら、なぜか200万どころか俺の存在値は少しも上がらないままだから。
なおかつ俺は魔物に頭を掴まれ、更に林の奥に向かって、ぶん投げられた。
「うわあ」
我ながら間抜けな声を出しながら、俺の体はまたしてもバキバキと何本も木を折っていった。
「ぬう。くっそう。……チッ、分かるぞヴリトラ。俺を殺して封印を抜ける気だな?」
「それは最初から、そうニョニョ」
起きがけに、俺はヴリトラとそんなやり取りをした。
最初から。ヴリトラはやはり魔神として復活するためなら、蛇印術を使わせないことに迷いがないのだ。
「だけど、あるじはとんでもない愚か者ニョニョよ?」
「ふん、今さら何を言っても……あっ」
フクロウ熊の魔物。
更に別方向から、何頭かジャッカルの魔物も来ていた。
ヤツにばかり気を取られていたけど、ここはそもそも町の外。
人の生活空間には、魔神はともかく魔物はなかなか入れないように雇われ用心棒やお抱え兵士が隙なく配備されている。
だけど野生の魔物は元気だから、一歩でも野外に踏み込むと容赦ない。
(合わせても、せいぜい存在値は5000)
ジャッカルが存在値300程度。
フクロウ熊だけは異常で、コイツだけで存在値は10倍の3000ほど。
しかも野生の勘からか、特にフクロウ熊はどうも攻撃の瞬間に無意識に存在値を高めているらしい。
やけに俺が攻撃によるダメージを食らってしまっていたのは、そのためらしかった。
「ハァッ」
俺は《熱牙》を放った。
いや、放とうと意識を左腕に向けた。
いつもならそれだけで蛇印術が使えるからだ。
だがどんなに意識を向けても、念じても左腕からは何も出なかった。
『カズキ。あなた様のスキル【蛇印術】は不正な操作により消去されました』
蛇印術が消えた。
幸い、まだ幾らか気を抜いている魔物たちに今はたまたま襲われなかっただけだ。
「おい、ヴリトラ。お前!」
「愚か者のあるじに力を貸さない。その程度の力なら、実はまだあるんニョニョ」
さっき、フクロウ熊が出た直後については単なる俺の甘さだった。
ヴリトラがちょっかいを出してきて、集中に欠けた俺が攻撃されただけだった。
だけど今は、ヴリトラ自身が認めたようにヴリトラの意思で蛇印術が封じられた。
(そんなのアリかよ……)
絶望。
これでフクロウ熊より強い変種の魔物か、それこそ魔神が来たら場合によっては俺は死ぬ。
レイグザークが言っていた存在値の足し算は俺には、分からずじまいだった。
だけど、魔神や魔物に限らず一般的に存在値が強いヤツらが協力して攻撃してきたら、単独での攻撃より強いに決まっている。
存在値3000万近くの魔神が来て、コイツらと結託して俺をボコボコにして来たらギリギリで俺は生き残れないってことだ。
(そして俺は魔神と戦ったことは無い。下手すりゃ詰む)
レイグザークに油断などと豪語していた俺なのに、なんなるザマだろう。
モーレの町にいた頃、町に攻め入る魔神を倒してきたのは師匠。
つまり存在値8千億だからこそ出来たことだ。
魔神はその多くが存在値5千万オーバー。
思えばヴリトラは、もっと酷かった。
(存在値が振り切れてた。こんなヤツがよくもまあ俺に収まってるものだ)
たとえば兆とか、もっと上。
俺が煌魔ヴリトラと、――つまり封印前の魔神と対峙した時に感じた存在値の大きさは「計測不能」だったのだ。
それでもあの日レゾの丘で俺が即死しなかったことが俺自身、理解出来てない。
今でもだ。
「よこせ」
「ニョニョ?」
「いいから俺に力を寄越せ」
無我夢中だった。
またバカのひとつ覚えで、左腕をかざした。
「開け。マントラ、開け。念力回路、開け。セントラル・ドグマ、開けってば」
アカシックレコードとか邪気眼とか、そんなノリ。
焦りが原因かもと気を取り直して、俺はそうやっていれば蛇印術が復活すると考えた。
「ブギィイブッギィイイ。無様だなテメエのアホづら」
「!」
目の前に、いるはずのないレイグザークがいた気がして俺は後ずさった。
(幻覚。どんだけ焦ってんだ俺は)
それか、ヴリトラがまやかしの魔法でも唱えたかだ。
今の状況なら有り得ただけに、この戦いを生き残ったらしっかり問い詰めねばなるまい。
「奴隷~♪」
「奴隷くん♪」
アイミーとトリゴだ。
かなり遠方だが、駆け足気味に走ってきていた。
だから、いい加減にしろという気持ちで俺はヴリトラを叱咤した。
「魔法を使ってまで俺が憎いかよ。幻を見せて苦しめたいなら、とっとと出て行きやがれ!」
「奴隷~♪」
「奴隷くん♪」
「あの子たちは正真正銘の本物ニョニョ。ヴリは幻覚魔法なんて使えないニョニョからね」
半信半疑。
だけどフクロウ熊やジャッカルの狙いはアイミーたちに変わった。
フクロウ熊に存在値を高められたら、最悪、2人とも死ぬだろう。
「ヴリトラ。何が気に入らない。アイツら死んじまう」
「ニョニョ?」
「おい、ニョニョじゃねえよ。一体何を……」
「ヴリが悪いニョニョか?」
「なんだと!」
フクロウ熊は、両手をぐるぐる上下に回すという今までになかった予備動作で一気に存在値を高めてきた。
存在値、3万、30万と高まっていくフクロウ熊は、今にも2人に引導を渡そうとしていたのだ。
「責任論なら後だ。力を寄越しやがれ、この大バカ野郎が!」
俺は自分の左腕を思いっきり噛んだ。
それが功を奏したのか《眠り熱牙》が飛び出し、魔物たちはすやすや眠り始めたのだった。
作者による元ネタ解説
・少年マンガとかなら数日が過ぎてたらダメな展開
明日、世界が破壊されるときなど☆
・無人島に1人で行ってくるぞ
とったどー!☆
・人の入れ替わりが激しい
外資系は割とそうらしい☆
・間違いない。
長○秀和☆
・デッカい事務机を、俺はバーンと両手で叩いた
なんか知らんけど、ベタな展開☆
・虫除けスプレー
ム○にもスプレータイプがあるよ☆
・あばよ
「いい夢、見させてもらったぜ」の後なら柳○慎吾☆
・ヴリ
今さらですが鰤は実在の魚です。このラノベ発のドッキリではありません☆
・ドラムロール
「ダラララララララ……ジャンっ!」の「ダラララララララ」☆
・ニョニョ
『となり○トトロ』に出てくるのは、ニョロ○ョロ☆
・バキバキと7、8本の木が折れても止まらないほど俺は吹き飛んだ
ドラゴ○ボール。ただし本家だから岩山7、8山ほど☆
・こんちくちょう
「憎いあんちくちょう」だと『明○のジョー』。……と思いきや、世代によっては典○三部作とした映画の第一作らしい☆
・愚か者
歌のタイトルなら、マ○チ☆
・そんなのアリかよ……
織田○二が主演していたドラマ『お金がない!』で「そんなのアリ……」なら、ユニバーサル・インシュアランスの社員たちがコンピューターのロックをパスワードで解除するシーン辺りで一度は言ってたと思う☆
・いいから俺に力を寄越せ
なろうラノベの最近の傾向。時期的に多分『鉄血のオルフェ○ズ』発だと思う☆
・マントラ
中学生の頃、とある体育の先生が一回だけ力説していたリアル思い出。いや、それは曼陀羅だった。
マントラは『○ンピース』の空島編。あと『真・女神○生3』など☆
・念力回路
まだネットには無いっぽい。時代錯誤を狙った感はあるがオリジナリティ出た☆
・セントラル・ドグマ
中二病っぽいから言葉だけは覚えてたけど、大学で習った遺伝学の用語だった☆
・アカシックレコードとか邪気眼とか
ネットにおける中二病気味のチラ裏あるある☆
・トリゴ
今さらだけど実は、○ャンプで連載してた『○リコ』から☆
・あの子たちは正真正銘の本物
なんかのドラマかマンガかで、こんな展開あったが覚えてない☆
・「ヴリが悪いニョニョか?」「なんだと!」
『仮面ライダー○ーズ』のノリを意識☆
・両手をぐるぐる上下に回す
リアル知り合いが小学生の頃、怒って他の子にやってた☆