15骨! 内政を考察せよ
――永遠0年、コナンチャム国ルエップ城下町、アイミーたちの屋敷
ある日のこと。
冥界には雲はないから、雨が降る日は永遠に来ない。
「そういえば、ロワイヤルどうなったんだろ」
最強決定ロワイヤル。
レイグザークの件があり、ヘネとクライスが《ミラーリング》に参加し、とバタバタしていて忘れていた。
「かーっ、廊下を掃除してる場合じゃないぜ」
『カズキ。西洋館における清掃作業は衛生上……』
「パス、パスだパス。そんなん俺に言わねえで、そこらの使用人に言いやがれってんだ!」
とは言うものの、俺はしばらくの屋敷生活で、伝統ある清掃作業を学ばせてもらった。
ま、洋間に絨毯を敷いているときの掃除のやり方だけだけどな。
布団たたきと同じような形状の絨毯たたきで表面をたたいてホコリを浮かせる。
(マスク必須。だが、電気なしでホコリ浮かせたきゃ、これしかないわな)
次に、専用につくられた絨毯ぼうきでホコリを集める。
(専用ってあたりが金持ちの発想だ)
仕上げに掃除機ならぬ掃除器――電気仕掛けじゃなく、こちらも専用のツール――でゴシゴシ吸いとる。
クリーニングかってくらい綿密にやるのが、お屋敷の掃除らしい。
(まあ、魔法を工夫すりゃ、もっとラク出来そうだがな)
そこはきっと、手間こそ命なのか、使用人だから存在値が低すぎるのかなんだろう。
「チリンチリ~ン。みんな、会議の時間だよ♪」
チリンチリ~ンと鐘の音を口で言うアイミー。
そして無駄に完備された館内アナウンスで、アイミーに呼び出された「みんな」。
みんなとは十中八九、《ミラーリング》の面々のことだ。
たまにセバスチンもいるけど、とんでもなくナチュラルに溶け込んでいるので気にならない。
「ミーティングか……」
俺はぼそりと愚痴っぽく言った。
冥府をしゃかりきに作り込む、この上ないチロリロ・ミーティング。
長ったらしいが、それがこの会議の正式名称だ。
「冥府会、始めま~す。フワ~♪」
「フワ~♪」
アイミーたちが勝手に決めた長ったらしい正式名称のミーティングの癖に、冥府会という危ない系の組織名みたいな略称が今日、さりげなくアイミーの口から出た。
あと、フワ~はもうトリゴくらいしか言ってなかった。
愛ってスゴいのな。
「じゃあ、意見ある人♪」
いっつも始まり、アイミーのコレ。
ザックリした意見の募集で始まり、ダラダラっと時間が過ぎていく。
今までに議論したことなんて、せいぜい「お菓子屋さんは必要か」くらいのモンだ。
(「お菓子はおいしい。よって採用♪」。これが最大の議論の成果って……)
クライスは脳筋だからか理屈がほぼ完全に破綻。
ヘネは、ほぼ寝てる。
アイミーとトリゴはイチャイチャしてる。
よって会議崩壊、待ったなし。
「な、なあ。お前ら、とりあえず冥府に必要そうなモンをリストアップしないか?」
だんだん俺が最終的に、こうやって司会してく面倒なパターンが完成してきた。
「わーい♪」
「奴隷くん♪」
「筋トレしながらで構わんのだな?」
「すう……」
司会すら著しく困難なんだけど。
もうやだ、こんなキャラバン。
「うん。俺が覚えてる限りホワイトボードに書いてくから、追加あったら適当に書き足すことにしよう」
言い出しっぺの俺は自分でキャスター付きのホワイトボード、そして水性ペンなどの筆記具を召喚した。
ロワイヤルの事は、後回し。
最悪、《中つ扉》が手に入らないだけだ。
ヘネを頑張って師匠にすれば師匠探しも、ほぼ完了してる。
俺としては、しばらくは何も文句がない。
「魔法を教える学校、存在値を高める学習塾、それから、召喚物で作る工場。とりあえず俺は、これくらいを思い出したぞ」
自分でホワイトボードに書き込んでいく。
以前、屋敷にいる時にアイミーやトリゴが話してくれたことがあったアイデアだ。
「他に何か、意見ある人いるか?」
自分で言ってて、なんだか県立M高校のホームルームの時間を思い出した。
(普通を満喫してただけに、どう進めてくかまでは分からんけどな)
学級委員をやるような、積極的な学生じゃなかったから進行役は気が進まない。
どこかスリル満点のゲームみたいだから戦いは好きだ。
アドレナリンという脳汁が止まらない俺はいるけど、つまり俺の脳からはアルファ波だけはそんなに出てないらしい。
「ぬいぐるみパーティーの館♪」
「冥府だぞ?」
「えーん、トリゴ♪」
「うん、アイミー。そうだね♪」
そろそろ、このくだりで「ズコーッ」してやろうかと本当に考えてる。
(内政なんだよな。いずれ、ぶち当たる壁は)
内政。
つまり冥府を仮に国として成り立たせるまでは出来ても、その先に様々な内的拡充がなければ人は集まらない。
またその反対に、人を集めるために冥府住民に対する待遇を決めていく必要があるというわけだ。
「なあ、お前ら。ここらで少し、俺がいた世界の歴史について話をしていいか?」
俺は内政の取っ掛かりを示すために、さりげなく歴史上での内政話に持ち込むことにした。
「うん。今日は奴隷、頑張ってるから許可するよ♪」
「奴隷くん、ファイト♪」
「236、237、……。んっ。ああ、俺はこうしてリバース・プッシュアップをしているから勝手に続けやがれ」
「むにゃむにゃ。く、くひ……」
なんだ、この何かと濃いリアクションは。
濃いにしても、せめて国作りに対して濃くあって欲しかったぜ?
「まあ、じゃあ話をしていくぞ。俺がいた世界では、政治が歴史を動かすほど重要だった」
歴史と政治の関連性。
本当は外交にも突っ込みたかったが、現代社会でも言われるように外交はそもそも「担当の予定が会うかの運試し」でしかないらしい。
まあ普通の高校生ごときだった俺が、それを真実かなんて知らないのも確かだ。
だけど地盤という政治用語が表すように内政のほうが本来は難しく、携わる人材の選び方から取り組む内容に至るまで、こと細かに定めて行かないとならないようだ。
「確かにな……内政が甘っちょろい地域は冥界でさえ治安が悪い。民が労働に励む意欲は当然、施政者の資質や実際の事業内容に極めて大きく関連している。中々、出だしから好調じゃないか。252、253、……」
なんか、クライスに褒められた。
「おっほん。さて、内政がどう歴史に関わってきたか。とりあえず、俺がいた世界のことについてざっと取り上げてみるか」
内政に注目する時間だから、それぞれの国で起きた国内情勢を振り返っていく作業だ。
最も分かりやすく明るいトピックで言うなら、俺たちの世界ならイギリスの産業革命だろうか。
「大量生産の体制が、そんな島国で出来たのかい♪」
「そうさ、トリゴ。でも俺がいた日本はもっと小さい島国だけど、今じゃ各種産業が発達した先進国に属してる」
家内制手工業から工場制手工業へ。
綿織物に関する発明が蒸気機関と絡んでやがては大量生産への道のりを歩み出すさま。
それはまさに男のロマンって感じがあり、熱い話だ。
そしておもに世界大戦後に大きく発展した日本の各種産業。
そうした産業は、欧米が培ってきたそうした技術のノウハウを学ぶ形を中心として発展してきた。
つまりは「欧米的産業普及」とでも言うべき理屈がおもな方針となり現代日本があるってわけだ。
「一昔前の世間ではバブルや高度経済成長といった大義名分だったみたいだ。だけど、俺が生きてきた実感としては狙いは、その頃から既に産業発展にあったっぽいぞってこと」
「テレビにパソコン、スマートフォンかあ。私たちにはイメージ出来ないモノばかりだね。トリゴ♪」
「うん、アイミー。そうだね♪」
「ちなみに奈落システムをもっと一般事務やネットワーク処理に特化させるとパソコンな」
ところで俺は、宗教も内政に深く絡んでいると考えてる。
日本ではまだまだ政教分離とか言ってたけど、たとえばドイツの某首相などは明らかにキリスト教色がある政党に入ってたりした。
キリスト教と言えば、俺は旧約聖書だけなら友人に読ませてもらったことがある。
現世では、今どきはああ言ったバイブルに位置付けられる書物でさえ歴史的資料だと見る向きがあるようだ。
そのためQ資料だの死海文書だの、いるんだかいらないんだかワケが分からないモノまで伝わってきているという現代ならではの厄介があるとか……。
いや、まあそれはいい。
というか俺程度じゃ、そういったゴタゴタに何か出来たとも思えないしな。
「で、聖書の何が歴史かっていうとだな……」
出エジプト記など、明らかに実在の地名がタイトルにすらなっている。
また、読み込んでいくと人口調査だの刑罰だの、単なる宗教書とは思えない程度には具体的な記述が書かれているのだ。
それを求めた古来の人々が、ヘブライ語から次第にギリシア語や英語に訳して歴史上でも、まさに宗教の動向に関わってきた。
俺がいた頃の日本じゃ、ネット社会なのもあいまって仏教徒じゃなくても南無妙法蓮華経が読めたし、キリスト教徒じゃなくても聖書が買えた。
宗教。
少なくとも、歴史に密接に関わるのは確かなんだと俺は考えてる。
「そこんとこは、人によっちゃダイバーシティの流れの一貫って言ってたかな」
「ダイバーシティ。色んな環境の者が集まって新たな自由社会を構築していく、か。なるほど、興味深い」
「うおっ、ヘネ。起きてたのかよ!」
まあ、ダイバーシティは具体性が伴わないとただ仲間割れしか起きない不毛とも言われるし俺は、ここらでそろそろ内政という論点に戻した。
冥府が成立したら、宗教も考えていく。
俺は大胆にもそうした方針を打ち立ててみた。
「奴隷。宗教を考えてるって無理♪」
「いや、冥界にも宗教は必要だ。だって見ただろ。レイグザークみたいな悪者はきっと今日も、どこにでもいる。だから弱い人たちの心の支えとして宗教は無視しちゃいけないと俺は思うんだ」
「奴隷くん。宗教を軽々しく始めると命が危ないよ♪」
俺がいた世界でも、トリゴの言う通りのことは何度もあった。
海外ではキング牧師が暗殺されたし、日本は幾つものカルト教団が現代ですらメディアを通じて世間を騒がせた。
(ただ、それにしても意外とちゃんと考えてんだな。コイツら……)
それか話を振られないと頭が起きない永遠の居眠り野郎どもか、どっちかだろうなと俺は肩をすくめた。
「じゃあ、まずは地道に電気、ガス、水道など各種インフラの普及および維持だな」
「それは普通にあり♪」
「奴隷くん、最初からそれだけでオッケー♪」
「ちょっと待った!」
リバース・プッシュアップからパームカールにトレーニングを移行しようとしていたクライスが、不意に声を張り上げた。
「な、なんだよクライス」
「農業、工業、サービス業のバランスはどうするんだ」
「ずず……ぴー……」
またしても寝てるヘネは放置。
日本では第一次、第二次、第三次と分かれている産業構造。それもまた、なるほど内政が関わる話に違いない。
もちろん、それぞれに対して外交とか経済とか複雑なベクトルが絡み合うのが現実なんだとは思う。
でも、より完成された、よく出来た内政の基盤を後継者たちに引き継ぐことは、やはり重要だ。
「あるいは成功も失敗も包み隠さず、あらゆる世間に発信するという積極的反省の構え。それこそが、あるいは冥府なのであろうな。33、34……」
「なるべく失敗なんてしたくはないけど、何が起きるか分からないのが世の中だ。だから、まあ俺はクライスの言うことは筋が通ってるような気がする」
というか内政の話になった途端にクライスのヤツ、だいぶ張り切り出したぞ。
思ったより博識な雰囲気あるし、これはそろそろ本格的に安息地に進出する構想に入ってもいいかもしれない。
「都市計画を立てよう♪」
「都市計画、かあ」
アイミーにザックリとした無茶振りをされ、俺は答えに困った。
もちろん今までの話でそれなりには、内政の大きなイメージの形は作り始めていけそうな気はしてきてる。
だけど、具体的に「じゃあ何から始める?」となると……さっぱり分からない。
「都市計画は無謀だ」
「く、クライス。それは、なぜに?」
「なぜいきなり都市を目指す。欲張るにしても、せめて町作りでノウハウを積んでから合理的に進めるべきだ。87、88……」
ここに来て俺、迷い始める。
入り口どころか、とりあえずのゴールすら、まとまらない。
それに、考えてみれば人材がどこまで確保出来るかで内政の中身はどうしても選択肢が決まってくる。
そんな本音もあった。
「内政は生き物。天才が介入して革命を起こすのも可能性ではある以上、結局、本当はある程度の出たとこ勝負でしかないの」
「ヘネ。アンタは、たまに起きてくるタイプなのな」
でもまあ、そう考えてるなら安息地が手に入るか、それもまた出たとこ勝負ということになるはず。
「結論。みんな、頑張ってみよう♪」
「「「フワー」」」
急にまったりと、その日の冥府会は幕を閉じた。
作者による元ネタ解説
・布団たたきと同じような形状の……
落合学(落合道人Ochiai-Dojin)というブログの2014年12月19日付の記事を参考にさせていただきました☆
・チロリロ
ピロピロなら松○邦洋さん☆
・フワー♪
最近の若者たちの無軌道な高音を逆手に取った☆
・もうやだ、こんなキャラバン
基本的な言い回し「もうやだ、こんな~~」は某匿名掲示板群☆
・キャスター付きのホワイトボード
欲しい☆
・ホームルーム
一応、母校ではこれくらいのスマートな言い方だった気がする☆
・脳汁
某匿名掲示板群☆
・アルファ波
昔、テレビなどで将棋の羽○善治さんを持ち上げるため、ひたすらコレを特集していた☆
・リバース・プッシュアップ
自重トレーニング☆
・地盤
今回の話で政治用語のほうを取り沙汰しただけで、ちゃんと地下にプレートなど地質学上の地盤もあるはず☆
・バブル
お立ち台の音楽は、なんとなくならシーケンサーで音符打てるくらいには衝撃だった☆
・Q資料だの死海文書だの
意外ッ!実在するらしい!!☆
・ダイバーシティ
お台場はお台場☆
・パームカール
自重トレーニング☆