表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥府建国記  作者: 桐谷瑞浪
死神編
15/46

14骨! 師匠

 ――永遠0年、コナンチャム国ルエップ城下町、アイミーたちの屋敷


 あくる日の昼下がり。

 いきなりだが、ヘネとクライスは、しばらく俺たちのキャラバン《ミラーリング》で活動することになった。


「甲斐野カズキ。貴様に会うより前から、弟との思念交信で聞いているぜ、貴様の素質をな」


 今、俺はクライスと会話していた。

 場所はアイミーたちがいる屋敷の書斎。

 何やら大切な話をしたいと言うから来たってわけだ。

 書斎と言っても、アイミーやトリゴの趣味らしきメルヘンな本ばかり。

 たとえば、それこそ神話。なんなら絵本や童話まで取り揃えてある。


「素質?」

「ああ。類いまれなる戦いの才能。流石はアシュタルムが見出だしただけはある……とな」


 アシュタルム?

 俺には耳馴染みのない名前だ。

 だけどヴリトラとの思念交信――たぶん、テレパシーみたいなモンだ――で俺がスゴいと聞いて駆けつけたとは。

 クライス、ちょっと子どもみたいなヤツだ。


「なあ。そんなことより、アンタの師匠は存在値8千億くらいあるんだよな?」


 俺はクライスに、そう尋ねた。

 さっきメルヘンな書斎に似つかわしい会話じゃないけど、しょうがない。

 メルヘンな性格をそもそもしてない。

 ――少なくとも、その事実に関してだけは俺はクライスと同じはずだ。


「そうだが」

「だよな。あのさ俺、あのヘネって子に弟子入りしたいんだ。クライス、アンタがなんとか話を付けてくれないか。この通りだ」


 俺は単刀直入に、そう申し入れて頭を下げた。

 おそらく少し年下の、あの銀髪の少女は年齢に反して桁違いに強い。

 それに存在値8千億は師匠(どっか行ったガイコツ)に匹敵する。


「まず顔を上げやがれ。たかが弟子入り志願で情けない」

「んがッ!」


 ブチギレたくなるクライスの挑発的な言葉だ。存在値9とは思えない。

 俺はそれでも、ヘネに弟子入りをと強く自分に言い聞かせて頭を下げ続けた。

 こんなふうに簡単に情けないとか抜かすヤツ、師匠(どっか行ったガイコツ)が聞いたら間違いなく「傲岸ですね」と言うはずだ。


(だけど、こんなヤツでもレイグザークを黒焦げにしてるし)


 全身を雷に包んで自分ごと落下したクライスの姿を俺は記憶から呼び起こした。

 あの時、ヤツの存在値は指数関数的に増大していったことは今でも鮮明に覚えていた。


(俺やアイミーみたいに、集中して存在値を爆発させるタイプ)


 俺がそんな事を考えてるなんて知りもしないクライスは、唐突に俺にこう質問した。


「ヴリトラの干物。俺の本気の存在値を当ててみやがれ。それが最初の試練だ」


 ヴリトラの干物とは会話の流れからして、どう考えても俺だろう。

 だけど、それはそれ。

 俺は心の中でほくそ笑みを浮かべた。


「そうだな。普段は9だけどレイグザークをやっつけた時は、――900億」

「ほう、素晴らしい。まさか本当に甲斐野カズキこそがアシュタルムの高位なる弟子だというのか」


 素晴らしいとは、俺が他者の存在値を概算するだけの力量を持つことに対してだろう。

 だけどそれにしても、俺に対して、そうやってキャラにない褒めを入れてきたクライス。

 気持ち悪くて気色悪い。


「そりゃどうも。だけどアンタら、そんな強いのに俺たちのキャラバンで本当に大丈夫なのか?」


 俺はここに来て、そんな素朴な質問をクライスにぶつけてみた。

 アイミー、トリゴ、そして俺。

 仮に俺に何らかの素質とやらがあったとしても、現段階ではヘッポコ・キャラバンのメンバーはそれで全員だ。

 ヘネやクライスが付いてくれるのは、ありがたい。

 だけどこんな俺たちヘッポコにずっと味方してくれるなんて、何か裏がある。

 クライスがヴリトラの兄だとしても、――いや、クライスもまたヴリトラと同じく魔神というのが本当なら、だからこそ怪しむしかない。

 なぜなら、魔神は基本的に人間を襲うと決まってるからだ。


「俺は別に……」

「甲斐野、あと緑マン。ちょっと来い」


 ノックも無しにドアを開けたヘネ。

 しゃべりかけたのに水を差されたが特に怒らない、あるいは怒れないクライス。

 とにもかくにも、ヘネに呼び出された俺とクライスは、屋敷の中庭に向かうことになった。


(また奴隷の予感……)


 まず、緑マンとはクライスだろう。

 クライスがそんな呼び名な時点で、バカップル並みの理不尽はいつ始まっても不思議じゃあない。

 さて、俺たちが足を踏み入れた中庭は実によく手入れされていた。

 アイミーやトリゴも意外と庭の手入れは上手い。

 だけどそれ以上に、この屋敷に無闇なまでにたくさんいる使用人たちが軒並み働き者なのだ。


「まず緑マン。アシュタルムのことは話したか?」


 背を見せたまま、回れ右もせず首だけをクライスに向けヘネは尋ねた。


「いや、まだあまり。こっ、これからじっくりとだな……」


 目にも止まらぬ速さでヘネはクライスに接近。

 そのまま掌底をアゴ下へ。

 裏拳を頬へ。

 そして再び掌底を今度は右頬へ。

 最後に少し跳躍しつつのカカト落としを登頂部へと立て続けに決めたヘネ。

 もちろん、全てクライスに対しての攻撃だ。


「愛のムチだ」


 もちろん、全てクライスに対しての愛のムチだになった。

 クライスは完全に仰向けでダウンしている。

 存在値9なのに即死しないのは謎だ。


「甲斐野。アシュタルムは、あなたの師匠。緑バンダナのガイコツ剣士を覚えている?」

「えっ。まあ、おうとも」


 ヴリトラを封印したきり、どこかに消えた俺の師匠。

 アシュタルムとは、そんな我が師匠の名前だとヘネは言っているのだろう。


「会いたい?」

「もちろん。だって今、俺が死なずに冥界にいられるのは師匠のおかげだ」

「なるほど。じゃあ……」


 フレミングの法則みたいに開いた左手を自らのおでこに当て、ヘネは何か詠唱を始めた。

 会う、というのが冥界から消されることを意味するなら、俺はヘネに消されてジ・エンド。


「……。メメセル・ハトセル・リンセロル。今ここに天の定めを覆す掟を仮に置く。しばしの間、因果に逆らいし鎖から、かの者アシュタルムを解き放て!」


 ヘネの締めの詠唱が終わるなり、ただの中庭からうち上がるべきでない、ぶっとい光の柱が俺から放たれた。


「うわあああーーーッ」


 俺は死を覚悟して、ありったけ叫んだ。

 そして心の中で、こんな死にかたでゴメンと師匠に詫びた。


「ホウ、ホッホウ。今日も傲岸かね少年」


 そのガイコツは翡翠色のバンダナを頭に巻いていた。

 海賊みたいにボーダー、つまりシマシマの服を着ていた。

 かと思えば、ボロボロでぎのスラックスを身に付けていた。

 フルーレを普段は左腰に帯びながら。


 目の前にいたのは見間違えようのない師匠、――俺の師匠だった。


 だから俺は、冥界の向こう側に来てしまったと思った。

 俺はとうとう冥界でも死んで、師匠のいる究極のあの世に来てしまったと思ったのだ。


「師匠。俺は、俺は……」


 ひざまずき、俺は情けなくもポロポロと涙をこぼした。

 まだそこが先ほどの中庭だと気付いたのは、そのすぐ後だっただろうか。


「くすくす」

「あれ、ヘネ……?」

「やれやれ、涙の再会とは泣かせやがる」

「クライス」


 俺は代わる代わるクライスとヘネの顔を見ながら、しれっと涙を拭いた。

 ふと、視線を屋敷に移す。

 すると二階建ての屋敷の二階の窓からは、トリゴやアイミー、なぜかセバスチンまで顔を覗かせていた。


「少年、強くなりましたね。傲岸です」

「師匠だって。アシュタルムなんてカッコいい名前、どうして俺やモーレの町のみんなに黙ってたんです?」

「えっと、その、……ベーコン召喚!」


 師匠は食物召喚をしたけど、ベーコンは出てこなかった。


「すまんな、アシュタルム。仮召喚という特殊な魔法だから、あなたに魔法は使えない」

「とほっほほーん」


 悲しみに暮れる師匠だったけど、仮召喚とやらをしてくれたヘネは師匠の古い知り合いらしかった。


「アシュタルム。あなたには彼に果たすべき説明があるはず。だから私はあなたを仮召喚した」

「ホッホウ。確かにワガハイも傲岸でしたからね」


 ヘネに促されて、師匠は俺に向かってポツリ、ポツリと語り始めた。

 あの日。煌魔ヴリトラと戦った、あの日に何が起きたのか、その全てを。


「ワガハイはかつて、とある戦いで一度に十七もの魔神を一手に引き受けました。傲岸の極みだったワガハイは、その時に戦った魔神の一体、少年もよく知るヴリトラに力の大半を奪われたのです」


 冥界では名も無き大きな戦が勃発する。

 俺がいた、この1年近くは幸いなことにそれが起きなかっただけらしい。

 けど、今から300年も前から冥界にいた師匠は当時始まっていた大戦、――第313次人魔大戦において、煌魔ヴリトラに自らの存在値の大半を奪われたのだという。


「それからワガハイは各地を転々としながら、自らの生きざますら見つめ直しました。冥界神アシュタルム。かつてはそれほどに名を馳せたワガハイは、もうどこにもいなかったからです」

「冥界神。――師匠は神様だったってのか?」

「ホッホウ。神の字を持てば神ならば魔神とて神です。が、確かにワガハイは少年が思い描くような神に近い存在だったことはあります」


 師匠が何千年も身にまとってきた、冥界神アシュタルムたるための特注の装備。

 それらでさえ俺が師匠に会う頃には擦りきれて繕われてを繰り返し、並みの衣類未満に成り下がっていた。


「翡翠布の叡冠、トバライ・チュニック、絶刀鬼具足。それらは少年に会う頃には、数々の魔神との戦いや激しい修行のためにすっかりこんな見た目にまで劣化していたということです」


 俺はまじまじと師匠を見つめた。

 仮召喚とかいう特別な召喚だからか、師匠の全身は装備も含めて半透明だった。

 だけどそれを考慮に入れても、また、記憶の中にある師匠の装備と比べてみても確かに冥界神という風格までは、師匠からは一貫して漂わないような気がした。


「そしてワガハイのもとに、何の偶然か煌魔ヴリトラは再びやって来た。少年、オヌシも知る、あの時の戦いがそれです」

「そっか、師匠。だから師匠は、復讐と……!」


 俺が師匠を探してレゾの丘に着いた時の師匠の言葉。


こうヴリトラ。これは我が輩の、――復讐です」


 この言葉の意味が、ようやく分かったのだ。

 何か、すっと胸のつかえが取れるような気持ちだ。

 腑に落ちた。――こんな時に頭に浮かべるべき言葉は、多分そんな言葉なんだと思う。


「それと、逆召喚のこともお話ししましょうか」


 師匠は俺が知りたかったことを話し始めた。

 どうして師匠がいなくなってしまったのか、その理由を。


「ワガハイはヴリトラと再び戦う日に備えて、幾つかの手段を講じていました。千手万足の呪箱。霊廊ダールカの窓もどき。そして残るひとつが逆召喚だったのです」


 しかしあの日、突如として来襲したヴリトラにレゾの丘で、かなりのダメージを負ってしまった師匠。

 だから逆召喚以外の手段をやり遂げるだけの存在値が、師匠には残っていなかったのだ。

 師匠が最も望まない、誰かを犠牲にする手段。

 それが逆召喚だったのに師匠はもう他に打つ手がなかったのだ。


「少年よ。巻き込んでしまって、すまなかった。しばしの別れ、あれは真っ赤なウソ。逆召喚の生け贄としてヴリトラと共にオヌシに封印されたワガハイは、オヌシに会える日など来ないと知りながら、ただオヌシを励ますため、ウソを吐いた……ッ」

「師匠……」


 ヴリトラが魔神としてモーレの町に近づいてきた日。

 あの日の光景のひとつひとつを俺は今ここで、洗いざらい見せつけられたような気分になった。

 何もかも許せるかと言ったらウソになる。

 だけど。

 いや、だからこそウソについては、おあいこだ。


「俺、今、幸せです。そりゃ戦ってばかりの時まで幸せとは思えないけど、安息地に冥府を作るって目標が出来ました。キャラバンに参加して仲間も出来ました。だから師匠、出来れば師匠が、また俺の師匠に……」

「時間だ、甲斐野」


 ヘネのその言葉を皮切りにか、キラキラと輝き出した師匠は、その一方でいよいよ透明になり始めた。


「ヘネ、ありがとう。ワガハイ、これで心おきなく休むことが出来る。そしてありがとう、少年。ワガハイ、やっと、これで……」

「し、師匠。死んじゃダメだ。師匠ぉーーー!!」


 ヘネが、叫ぶ俺の肩にそっと手を置いた。

 そして囁いた。


「安心しろ。仮召喚は100回の1日を経れば再び同一対象に使用可能となる。それにいずれアシュタルムの兄、地獄神ゲンダイルと会う暁にはイヤでもコイツには出てきてもらう」


 恐る恐る、俺はヘネの顔を見た。

 むしろ、この子こそ冥界神。

 今にも世界消滅爆弾を投げそうな暗い微笑みを湛えるヘネから目を反らす。

 そして俺は色々知った結果、適当に師匠に手を振り、しばしの別れを、なんとな~く惜しんだ。

作者による元ネタ解説

・ヘネ

ヘネシーとかではなく、フ○イナルファンタジー12に出てくる、裏面並みに人によっては気付きもしない地名☆

・クライス

なんと「暗いっす」をモジっただけ。

もしくはク○イスラーという自動車ブランド☆

・ミラーリング

今さらだけど現実に存在してるIT用語。存在値8千億ほどの技術です(作者比)☆

・書斎

憧れるけど、地味に美的センスを要求される部屋☆

・アシュタルム

アスタロト(アシュタロト、アスタロス、アシュタロスなども同一)という、ヨーロッパに伝わるらしい悪魔☆

・この通りだ

たまにドラマで、カッコいい上司役がこんなことを謂いながら頭を下げる。カッコいいので絵になる☆

・指数関数的に増大

元ネタがありそうだが見つからないランキングに食い込んでいた年があったかも。

もしそんなランキングがあれば、だけどね。

ググるとなんとな~く統計学が元らしいけど、統計学らしからぬ曖昧さが回避出来てない☆

・ヴリトラの干物

蛇の干物、ググると出てきます。

うーん、食べたくはない☆

・高位なる弟子

高弟というコトバはあるけど、難しいと判断して分解してみた。

あと皇帝とか後々に出てきたら、発音上で紛らわしいという無駄な先読み☆

・緑マン

元ネタは、緑色で末尾がマンのヒーロー全般。ロック○ンで言うと……思い浮かぶほど遊んだことが無い☆

・愛のムチ

ググると、既存の言葉かのように出てくるが元ネタありそうだがなあ☆

・フレミングの法則

フレミングの左手の法則のつもりだが、実はフレミングの右手の法則もある☆

・メメセル・ハトセル・リンセロル

元ネタはない。作者は長めの呪文を作るとき、今までの作品では適当だったが今回は各語の末尾をなんとな~く揃えてみた。

ただ、ハトセルはハトホルという女神に名前が酷似☆

・人魔大戦

このシリアスな場面なのに元ネタはフリーゲーム☆

・冥界神

『ド○ゴンボール』シリーズの界王神☆

・翡翠布の叡冠、トバライ・チュニック、絶刀鬼具足

チュニックという言葉は『ロマ○シング・サ・ガ3』で学習。

具足は当世具足から。ゲームで見たんだが何のゲームだったか忘れた。ちなみに当世具足は実在する甲冑の一種らしい☆

・千手万足の呪箱。霊廊ダールカの窓もどき。

千手万足の呪箱は千手観音から。ゆえに罰当たりです。ダールカは沖縄方言らしいですね。ハーヤと混ぜて使い、意味は「そうですね」だそう☆

・世界消滅爆弾

かの『ドラえも○』には「地球破壊爆弾」という、ひみつ道具がある☆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ