13骨! 魔神の兄
――永遠0年、コナンチャム国ルエップ城下町、アイミーたちの屋敷
翌日の朝、俺はなぜかお茶汲みをさせられていた。
(だから、これじゃガチ奴隷じゃねえかッ!)
だが昨日、俺を余裕で殺せた剣士と、その剣士を余裕で殺せた少女が今この屋敷にいる。
だから今日ばかりは、こき使われるのは仕方ないのかもしれなかった。
「気に入らないけどな」
『カズキ。収集した個人情報を表示しますか?』
「おっ、たまには気が利くじゃん。レイブ、頼むぜ」
レイブは空気を読んでいた。
実際、俺が望んでいた情報だ。
剣士と少女に関するデータが俺の視野前方にある表示窓にパッ、パッと映し出された。
「うん、……なんだこの文字化けの嵐は」
どちらも読めず、何が起きたのか。
レイブが故障したのか気になり、俺は湯飲みや茶菓子を載せたトレイを適当に置いた。
そして手を空けて落ち着いてから、レイブの安否を確かめるべく俺は質問した。
「もしもし、レイブさん。意識がちゃんとあるなら、俺の個人情報を正確に言ってみてくれるかな?」
『受理。カズキ、あなた様の個人情報は全て収集し登録済みです。甲斐野カズキ、16歳独身、男性。青森県仙台市○○町△△在住。本籍は東京都目黒区☆☆。血液型A型、Rhプラス。身長168センチ、体重55キロ。そして、……』
まあ体重は確かに少し落ちたかも。
だけどコレはレイブと最初に出会い、冥界でユーザー登録した時とまるっきり同じとしか思えない、俺の正確な個人情報に間違いない。
「レイブ。コイツらの個人情報はもしかして、バグじゃなく異世界の言語か?」
『違います、カズキ。校正機能を適用したところ、どちらもどんな言語にも照合しないランダムな文字列である可能性が極めて高いです』
ランダムな文字列。
なんとなく俺には思い当たる所があった。
「レイブ。もしかしてそれって文字化け?」
『カズキ。その質問への答えは、本システムには用意されていません。ですが可能性としては次のケースが考えられます』
レイブが提示した可能性は次の3つだ。
まず、俺が言ったように文字化けの可能性。
次に、文字化けでもなければ異国の言語でもない暗号の可能性。
そして、結局はレイブに何らかのエラーが起きた可能性。
「なるほどな。で、詳しく知りたきゃ管理者に連絡してください……だろ?」
『そうです、カズキ。お力になれず、大変申し訳ありません』
俺は「まあ、いいさ」と疑似人形の頭を優しく撫でた。
実際に手を置いた感覚があるわけではない。
所詮、レイブの見た目はコンピューター・グラフィックの疑似人形。
だから俺でなくても誰にも、さわれやしないのだ。
『カズキ。私の疑似人形には接触判定が存在しません。無効なアクションです』
「いいんだ。時々つらくあたったし、俺のせいで壊れてたら本当にすまない」
『受理』
「はは。やるじゃねえか、高度な応答だな」
『カズキ。奈落システムのマクロについてヘルプを表示しますか?』
俺は久々のレイブのユーモアに笑いながら、お茶のトレイを手にした。
あの客人たちは俺の即席な食物召喚のお茶では満足しなかった。
屋敷に常備されたそこそこ高価な茶葉を望んだから今、俺は、こうしていたのだ。
「よっ、お待ちどおさま」
俺はニコリと爽やかに微笑みながら、まずはセバスチンにお茶を出した。
「あららのら。思ったより丁寧に淹れてある」
そして剣士と少女、2人に次々とお茶を出した。
「ふん、堅苦しい手間が好きなんだな」
「よせ、余計な毒を吐くべきではない。折角の茶が台無しになる」
ほぼ単なるクレーマーの剣士を少女が素晴らしい対応で制御していた。
ババアと剣士が呼んでいたのが気になったが改めて見てみても、少女にしか見えない見た目だ。
「奴隷、私たちにも早く♪」
「奴隷くん。さあ、お茶を早く♪」
いつものコイツらには、かな~り適当にガチャリと茶を置いた。
少々こぼれたが、存在値をないがしろにした報いというものだ。
「奴隷、早くテーブルを綺麗にしなさい♪」
「奴隷くん。さあ、テーブルを早く♪」
こ、コイツら、存在値とは別のパラメーターがどうにも高い。
間髪いれず、を的確に使いこなしてくるために俺は奴隷みたいにテーブルを拭く羽目になった。
(いつか塵も残さず殺す。冥府完成の瞬間に最強の蛇印術を叩き込んでくれる……!)
冥府を作るという目的、それもまたオモシロいと俺は考えている。
そもそもコイツら、安息地が手に入る前提さえあるならば相当に注意深く綿密な計画を立てているのだ。
(魔法を教える学校。存在値を高める学習塾。召喚物で作る工場。……どれもが画期的だ)
実現可能かは別にして、アイミーたちはアイデアならかなりのモノを持っていた。
それに実現可能とするべく具体的な設計図を幾つか描いており、やる気が感じられた。
論理に多少の破綻はありそうな気もしたが、優秀なブレインさえ見つかれば軌道に乗せたいと思えるレベルだ。
肝心の安息地入手の算段がないのは残念だが、それを差し引いてもお釣りが来るほどコイツらの計画に乗る価値はある。
「アイミー、トリゴ。俺を奴隷と呼ぶのは、いい。だけど、この人たちまで奴隷扱いは本当にやめとけよ」
ふう。
俺もこれでなかなかオトナになったものだ。
どうしても扱いを変えないアイミーたちに譲りつつ、だったらお任せとばかりに剣士と少女は押し付ける。
くっくっく。
さあ、お手並み拝見と行こうか。
さあ、手懐けてみせろ。
相手は個人情報すら改ざんしてるかもしれない真のツワモノ。
しょんぼり存在値で冥府を作ると言い張るなら、これしきは勝手に乗り越えやがれ。
「ごきげんよう。クライスさん、それにヘネさん♪」
なにィーっ。
もしかして俺がお茶を汲んでる間に、まさか既に名前を聞き出したとでも言うのか。
アイミー・テラ。
やはり光の大精霊たる者、社交性は並大抵ではなさそうだ。
「アイミー・テラだったか。城主に代わり俺たちを接待するなんざ、ちょっと勇み足なんじゃないか?」
「ふんーーッ!」
剣士の話に引き続いた少女の声と共に、なんかゴリっと音がした。
だから俺はしゃがみ、音が発生したテーブルの下に思わず目をやった。
(うわ、剣士さんザコじゃん)
少女に足を踏まれていた剣士。
ついでに剣士は少女に膝をつねられすぎて、皮膚が練りケシみたいに伸びていた。
「舎弟のクライスが失礼した。コイツに代わり私、ヘネ・マコーが陳謝する」
ガタリと椅子を引いて立ち上がり、優雅に一礼した少女、ヘネ・マコー。
肩から羽織る襟付きのマントがまず目に付く。ファッション性は俺には分からないがアイミーやトリゴいわく「すごくおしゃれ」らしい。
俺からすれば軽装でも戦える自信の表れなのかと戦いの観点で見てしまう。
だが、そんなヘネの見てくれが一般的には美少女であることくらいなら俺にも分かった。
「ふわー。おしゃれなプリーツですね♪」
「うん、アイミー。そうだね♪」
プリーツ、とやらが分からなかったが、声が聞こえる以上はレイブに尋ねるわけにも行かなさそうだ。
「は、恥ずかしいから見ないでくれ。年相応ではないのは大目に見て欲しいが、な」
慌ててズボンを押さえつつ、ヘネは再び腰かけた。
(ズボンがプリーツ? 冥界用語かすら見当も付かねえぜ)
すると背後からバシッと腰を叩かれた俺。
何事かと見上げると、そこにはトリゴが。
「奴隷くん。見損なったよ……まさか可憐なレディの、おみ足を盗み見るなんて♪」
「でええっ。違う、誤解だ。断じてそっちじゃねえ!」
まあ気を抜いて、しゃがみっぱなしだった俺が今回は全面的に怪しかったけども。
「クライスだ。俺には名字などない。なぜなら俺はヴリトラの兄。魔神だからなァ!」
なんか急に、今度は剣士クライスが立ち上がった。
頭装備は面倒なのか装備してない。
そこは冥界人の謎の共通項だがな。
他に目を引くのは素材不明の緑色の、やたらカッコいい鎧。あと、素材不明の緑色の、やたらカッコいい剣だ。
(はいはい。完全に人間がお疲れ様)
クライスはきっと、キレ芸が得意な三枚目キャラ。
つまりは、ボケたのだろう。
そりゃヴリトラを知っていたのは驚きだが、アイミーやトリゴに聞き出せば俺に宿る魔神の名前くらい知るのは簡単だ。
「あ、あの、クライスさん?」
「ほう。早速、兄弟ご対面の段取りが来たか」
俺が話を振ろうとしたら、クライス氏から予想以上の電波な返事が来たでござる。
ご対面て。
しかも段取り組んでくれてる前提の構え、なんですねん。
オモシロいけども。
ちょっとオモシロすぎて冥界では今までツラかったろうな、クライスの兄貴は。
「お、お久しぶりヴリ」
ヴリトラもヴリトラで無理して語尾でボケなくてもね!
ニョニョじゃなくても良かったのかよ。
何らかの枷があるのかと今まで少しは心配してたよ、こっちは。
「おおっと、心配などしておらんぞ。干物の分際で人間など襲うからだ。当然の報いだぜ!」
「ヴリは割とそうニョニョねっ!」
兄弟ゲンカになってねえよ。
そんなにサクサクとテンポ良く認めちゃうんじゃ、仮に本当に兄弟でも、そりゃクライスひねくれるわい!
「あららのら。ドリェイの左腕が物を申したぞな」
うわっ。
そういえば俺、確かセバスチンには何気にヴリトラのこと説明してなかったな。
やっぱり王様だし、そういう甘さは気に入らなかったのだろうか?
「えっと、その、これには冥界に横たわる海より深い理由がありまして……」
ベタだけど、こんな言い訳をしてみた。
きっと「許してチョンマゲ」とか「すみま千年」とかよりはマシなはずだ。
「ドリェイ」
「は、はい」
「いや、キャズキ」
「えっ」
なまってるけど、それでもセバスチンは俺を名前で呼んでくれた。
「いや、やっぱりドリェイ」
「ええっ」
キャンセルされた。
でも名前を覚えてくれてるというのは、嬉しくないと言ったらウソになる。
「魔神をその身に宿すことは、冥界であれど修羅の道。ソナチャ、敢えてこれからも、その道を行く覚悟はあるか?」
「……それなら王様。答えはイエスに決まってる」
師匠の忘れ形見。
俺に強さをくれる神。
強者を引き寄せる便利グッズ。
どれを取っても離れる理由なんて無い。
どれか取っても離れる意味なんて無い。
俺はヴリトラをこれからも飼い慣らし、いつか完全に己の武器として冥府の頂きに君臨する。
「干物のカズキ。貴様ごときにイエスを言わせるほど、俺はヴリトラの兄として落ちぶれちゃいないぜ……」
つかつかとクライスが俺に歩み寄りながら、そう告げた。
剣を携え、ついに俺の所に来た。
「が、ワケあって今の俺は存在値9の干物の身。しばらく、その生意気な首は斬らずとしてやろう。ババアに感謝するんだな」
剣を喉元に突き付けてきたと思ったら、クライスはそんなワケわからん話をしてテーブルに戻っていった。
全く、ワケが分からないよ。
「えっと、皆さん。今、何の話をしてたんでしたっけ?」
なぜか俺がそんな感じで仕切り直し、みんなで議論の的が何だったかを思い出した。
(ただの自己紹介タイムだったとはァ~)
そうなのだ。
ただの、自己紹介タイムだったのだ。
「皆さん。そういえば、あれから泥棒たちはどうなりましたか?」
なぜかまた、俺が仕切り出した。
そしてみんなで、あれからレイグザークたちがどうなったか思い出した。
「うむう。俺は一切、知らん」
なんだよ~。
クライスよ、マジ何のためにレイグザークぶったぎったんだよ。
超、使えねえし。
「私は純然たるパワーだぞ」
ヘネ、それ昨日も言ってたね。
で、つまり何も知らないし興味もなかったのね。
「ト~リゴ♪」
「ア~イミー♪」
だよね。
だってバカップルなの知ってる俺だから、だよねってなった。うん。
「あららのら」
えっ、それだけ?
セバスチン、結構な見せ場なのに一言?
まあまあ期待してたのに。
ていうか、あとヴリトラとレイブしか心当たりねえよ。
「ニョニョ」
あ、はい。
それからレイブの全面的な情報提供と、駆けつけた兵士の報告によりレイグザークたちがどうなったかが判明した。
まず、レイグザークはアレで死には至らなかったらしい。
『クライス様の攻撃により重度の火傷を負った模様ですが、レイグザークは現在、ゴダエレット監獄に向けて輸送されている最中のようです』
コナンチャム国にある最大の刑務施設が、そのゴダエレット監獄であるらしい。
「空蹴りのキックスは善意あるキャラバンにより、安息地にあるウォドーン牢獄に輸送。ただ、無名の盗賊たちの多くと暗がり坊ヤモの行方は、――残念ながら不明です」
行方知れず。
ヤモの存在値で大したことなど出来はしないだろうけど、一抹の不安を残す結果に終わったようだ。
作者による元ネタ解説
・文字化け
一昔前まではメールやホームページに生まれる悲しみでしかなかった。
逆手に取った『モ○バケル』、お菓子売り場を盛り上げた☆
・暗号
最も簡単な暗号はアナグラム。
だけど答えを忘れると最も解けない☆
・魔法を教える学校
ホ○ワーツ☆
・優秀なブレインさえ見つかれば
アニメやドラマの中でなら、たまによく見つかる☆
・それを差し引いてもお釣りが来るほど
これくらいは暖かいフォローがあると、誰もが期待していた1990年代☆
・ごきげんよう
ねえ、このタイトルで一社提供で保たれてきた神番組はあったけど、気長でいいよ☆
・練りケシ
練り消しゴム☆
・キレ芸
カンニ○グ竹山さん、または江頭○:50分さん☆
・電波な
もしかしたら死語になりつつある☆
・ござる
某匿名掲示板群☆
・海より深い理由がありまして……
芸能界ではあるあるだった、懐かしの言い訳☆
・「許してチョンマゲ」とか「すみま千年」とか
昭和のギャグ☆
・なまってるけど
やっぱり関西はスゴいよ☆
・キャンセルされた
ピース○部さんの持ちギャグは「キャンセルで」☆
・全く、ワケが分からないよ
『魔法少女まどか☆マ○カ』のキュゥ○え☆
・だよね
昔、そんなラップがあった☆
・あ、はい。
某匿名掲示板群☆