12骨! ウェルカム・トゥ・パワー
――永遠0年、コナンチャム国ルエップ城下町、ルエップ大教会前
俺はどうにか足掛かりになりそうなモノを探したが、見つかりそうにない。
教会の屋根なんぞでフラフラ揺れているところを殺される。――流石に耐えかねる屈辱だ。
「しゃあねえ。ちょっとだけ屋根、溶かします」
俺は《熱牙》で屋根を少しだけ溶かした。
ま、戦いが終わったら、もちろん修理は率先する。
それで大目に見てもらうとして、今はレイグザークの相手だ。
「待たせたな、馬鹿イノシシ!」
今度は分身せず、凛とを極めて再び存在値を上げる。
火事場の馬鹿力。
それと似たようなモンだ。
あるいは、無意識がかけるリミッターを外す。
「水召喚、フルバースト!」
水は食物召喚のレベルで可能な低レベル召喚だ。
そしてそれを、瞬間存在値200万から一時存在値200万にまで漕ぎ着けた俺の存在値で、後方に向けて全力噴射する。
加速する。
俺はレイグザークの居場所に、あっという間に接近した。
「オイラをまた、見てなかったやも」
俺はハッとした。
すぐ近くにまたしてもヤモが、レイグザークのお気に入りが潜んでいるようだ。
だが、――分からない。
気配だけはあるが具体的には、どこにいるのか見えないのだ。
俺は攻撃を諦めて水召喚フルバーストをレイグザークに向けて放ち、ヤツから急激に遠ざかった。
(くっ、もう限界だ)
せいぜい7~8秒。
一時的に存在値を高める集中力の限界。
今のところ俺が存在値を高めるには、そのくらいの時間制限があった。
潜水でたとえるなら息が苦しくて水上に顔を出し、少し呼吸の時間がないと再び水に潜るのは厳しいのと同じ。
つまりインターバルが必要だと感じた。
(それに、たまたま巻き込まなかっただけ)
遠ざかり、安全な所から俺を見守るアイミーやトリゴ、それにセバスチン。
トリゴやアイミーは、俺の全力水召喚が命中するだけで死ぬ。
今、俺は突発的にそんな戦いを始めてしまっていたのだ。
(危なかった。次からは周りをよく見ねえと)
一方、セバスチンは王様してるだけあり簡単には存在値が分からない。
だけどレイグザークに圧倒されていたし、避難している時点で10万もない存在値だと思われた。
その存在値で悪に立ち向かっていくあたり、いかにもセバスチンらしい。
するとそこでレイグザークがブギブギ唸りながら、俺に話し掛けてきた。
「ブギギ……。おいテメエ、名は何という」
俺は迷わず答えた。
「アンタに名乗る名前なんて持ってない!」
レイグザークはブギブギ言うのをやめた。
そして首をパキパキ鳴らし、その場で軽く何回かジャンプした。
「冥土の土産だ……」
「?」
「今すぐ死ねエ!」
レイグザークはそれだけ言って、両手を後ろに向けた。
俺が水を噴射したように、それからレイグザークは火を後方に噴射して俺のほうに突っ込んで来た。
ところで、当たり前だが火は食物じゃない。
冥界の魔法はゲームみたいな属性で成り立つ部分もある。
けど、冥界では火と水は非食物と食物という決定的な差がある。
(まだ無理だ。もう少し息をしないと凛としきれねえ)
レイグザークはもう、俺からほんの1メートルの所まで来ていた。
水は食物だから簡単に召喚可能なんだけど、まだしばらくはフルバースト出来ないから付け焼き刃のフェイントにも、ならなさそうだ。
「オラァ!」
仕方なく俺は《熱牙》を放った。
俺の存在値がピークだから、やっぱりそんなに強くはない。
存在値3万2000の《熱牙》。
レイグザーク相手に大したことはない。
光るわけでもなく当然、目潰しにもなりはしない。
「やめろっ」
意外。
レイグザークはダメージを負ったらしく、当たった腕を押さえながら飛び退いた。
(いや、意外というか、まさかプライド?)
ダメージではないかもしれない、と俺は思った。
レイグザークは言葉じりからしてプライドが高いに違いない。
だからイノシシ人間ならでは体を覆う毛を、焼かれたりするだけでイヤなのか。
もしそうなら、ダメージどころか体毛をちぎられたり剃られたりするだけでレイグザークのプライドは、ずたずたなのかもしれない。
(油断を誘うなら……それはチャンス)
今の俺は条件こそあるが、存在値を一時的に高められる。
その一方でレイグザークは油断しがちな高慢野郎のまま。
だったら油断させる手はまだあるというわけだ。
「俺は覚醒した。だからもう本気を出せば、アンタの全身の毛を焼き尽くすことは朝飯前だ」
「なっ、覚醒だと!?」
レイグザークは、俺の半分ハッタリの言葉に激しく動揺した。
覚醒なんて、現世で読んでたラノベそのままで中二病でしかない。
覚醒なんて概念が冥界にあるのかすら、俺は知らない。
でも今この局面に限っては、死ぬ前に読んでたラノベに感謝だ。
「チッ。……だ、だとしてもオレ様が遊んでやったおかげだろうが。ヤモや子分ごと、今回の件は見逃してくれねえかなァ?」
見逃す、それもまた決断だ。
だけど響きが良いだけ。
そもそも「今回の件は」などとヤツは、レイグザークは言っている。
それはほとんど確実に「次回もお楽しみに」と言っているのと同じなんだろう。
(捕まえないと。セバスチンやこの町の人たちのために)
俺は凛とするタイミングを探っていた。
ハッタリがバレれば、さっきの発言は裏目に出る。
そうなればレイグザークは存在値の足し算で、今度こそ俺を亡き者にする。
「見逃してくれ。なっ?」
同情すべき弱者を相変わらず装うレイグザーク。
とてもじゃないが、こんなのは強い人間がとる態度ではなかった。
ジリ、ジリと俺は判断を見送っていた。
今すぐか、まだ待つべきか。
チャンスはあるようで無く、無いようで、わずかにある。
俺は強い者との実戦が始めてなのだ。
そしてそれだけにどうしても、正しい判断とは何か、という結論が定まっていなかった。
「なあ、見逃すのか何なのか……テメエが決めて良いって」
「それ以上、近付くな」
「んだと、コラ!」
しくじり。
レイグザークは激昂し、両手に火の球を作り始めた。
みるみる内に、なんならさっきより火の球は大きくなってきた。
セバスチンですら軽い怪我で済むか心配なほどの、半径10メートルほどの火球になったのだ。
「ブッギギ……アイツらが死ぬと、テメエはまだ言い続けるかな。オレ様の全身を焼くなんて、まだ言い続けるかなァ。試してエ。たとえオレ様が負けるとしてもよ、もう好奇心が抑えきれねエ」
レイグザークは駆け出した。
アイツら、とはアイミーたちのことだ。
視線で分かる。
レイグザークは怒りや焦燥で狂いかけた視線をアイミーたちがいる方角にばかり向けていた。
「待ちやがれ!」
俺は叫び、後を追った。
一時存在値200万。
どうしても、それが今の俺の限界みたいだ。
俺の限界の中で、目の前の強敵をなんとかしなくちゃならなかった。
決断したレイグザークは、俺が思うより俊敏だ。
「ブギィギギイィイギッギ!」
「水召喚フルバースト」
追い付く。が、早くも1秒。
「全力を食らえ」
俺は《熱牙》をレイグザークの顔面に向けて放った。
ヴリトラは俺よりずっと本来の存在値が高いはず。
だから実質、存在値200万の《熱牙》がヤツの顔を直撃したはずだ。
加えて蛇印術だから俺は存在値をさほど消費しない。
だからまだ動いていける。
だけど、既に2秒だ。
「やもっ」
乱入者が来た。
いや、来るだろうとは思っていた。
だけどやはり、どこにいるかは分からない。
「ちっ、とっておきをくれてやる」
俺は開発中の新技を解禁した。
蛇印術《乱星牙》。
単体熱属性術が《熱牙》なら、《乱星牙》は俺を中心とした広範囲物理属性術だ。
まだ一度も全力では使ったことがなく、迷いこそあった。
やはり《熱牙》よりは負担があり、俺自身へのダメージがあるような気がしていたのだ。
「うっ。コイツ、やるやも……」
ヤモの気配は早々と消えた。
仕留めた気もしない。
むしろ、こちらが手の内を晒したのに逃げられた感じだ。
「がっ?」
急に体にガタつきを覚えた。
せいぜい7~8秒。
一度存在値200万の制限時間であるはずが《乱星牙》がいけなかったのか、ものの4秒で終わってしまったのだ。
(そ……んな……)
もう、間に合わない。
側近であるヤモを偶然に撃退しただけで、俺に出来ることは何も残されていなかった。
「キャアア、なんとかしなさい奴隷」
「アイミーは、ボ、ボクが守る」
「あららのら……」
もしここでアイミーが全力を出しても、存在値2000万。
それはせいぜいレイグザークの1200万を上回っているに過ぎない。
つまりアイミーでは、仲間を守れたとしても勝てはしない。
ましてセバスチンやトリゴでは尚更だ。
「こっちだクソ泥棒め」
「王様を殺せば死より重い罰ぞ」
「暴力なら、まず我らに向けんか腰抜け」
兵士たちが口々にそのような言葉を叫ぶが、レイグザークは変に冷静に狙いを一貫させていた。
「ブギィギギイィイギッギ!」
狂喜乱舞。
レイグザークの今の姿を表すにはピッタリな言葉だ。
「見つけたぞ、甲斐野カズキ」
「ブギィギギイィイギッギ!」
レイグザークへの一太刀。
「あれ、人違いでした」
そう言う割に、レイグザークへもう一太刀。
(誰だコイツ?)
俺の名前を呼んだソイツはアイミーでもトリゴでもない。
ましてやセバスチンでもなかった。
見覚えのない誰か。――そうとしか言いようがなかったのだ。
「ブッギィ……痛エんだよボケが」
「小賢しいぜ甲斐野カズキ!」
今度は刀身に雷をまとわせ、更に一太刀。
「あれ。人違いかな、やっぱり」
そう言う割に、レイグザークへもう一太刀。
「帰るか」
「ブギィギギギッギ!」
言葉にならない言葉で怒りをあらわにしたレイグザークは全身を炎に包ませ、踵を返した謎の剣士に体当たりをかました。
「ああ、もう。俺からしたら経験にならない干物なんざ甲斐野カズキなんだよ。レイグザーク。グリード・オークな。あと、とりあえず死ね」
剣士は全身から何かを発生させた。
それが存在値の爆発的な上昇なのか、何らかの広範囲魔法なのか。
俺には見ただけでは何も分からないが、ただ1つ分かることがあった。
「強い」
俺は呟いた。
「クハハハハハ。ウェルカム・トゥ・パワー!!!」
剣士は笑った。
「カスは自覚させて黙らせるに限るぜぇーッ」
剣士は消えた。
「龍剣・《ドラゴニル・チェック》!」
剣士はレイグザークの頭上で雷になった。
「デッド・アウトしろ」
剣士は呪詛と共に急降下した。
(なんだコレは)
ウェルカム・トゥ・パワー。
力へ、ようこそ。
ヤツがそう言ったのなら、確かに眼前にあるのは闇雲なまでの力。
レイグザークが黒焦げになるほどの力だ。
「ブ……ギ……」
衝撃音。
それはレイグザークが自らの全体重を地面に預けた音だった。
「さて、本物の甲斐野カズキ」
ウェルカム・トゥ・パワー。
まさかとは思うが……。
(俺にも言っていたのか?)
甲斐野カズキの名前を知る、知らない青年。
彼は俺に剣を向けていた。
「存在値3万2000の甲斐野カズキ……デッド・アウトしろ」
俺の存在値を、千の位まで知っている。
見知らぬ人間には有り得ないことだった。
存在値1200万より上の世界だとしても、――存在値把握は魔法とは違う。
(それとも、まさかそれほどの修行を?)
剣士は消えた。
「クハハハハハ」
剣士は笑った。
「いい加減にしろ、パワーオタク」
頭上で轟音が響いた。
そして、後方に何かが2つ落下した。
俺は振り向いた。
そこには先ほどの剣士と、また新顔らしき誰か。
(女の子)
剣士の隣にいたのは、銀色の長髪を風に流されるままにした少女だった。
「がふっ……。ぱ、パワーオタクはどっちだババア」
「私は純然たるパワーだ。お子ちゃまめ」
少女の全身から何かが放たれた。
それは剣士から放たれたモノと同じに見えたが、一言で表すなら格が違った。
幾つもの竜巻や局所的な発光を伴い、少女は自らのあまりの力にか少し宙に浮いていた。
「存在値8千億の味はどうだ」
「ふん。もし甲斐野カズキがもっとまともで、存在値の加算を学びさえしていれば俺とて……ごふぁっ!」
ぺらぺら喋る剣士の背中に情け容赦なく、少女は蹴りを浴びせた。
(いつ剣士の背後に回ったんだ? いや、それより存在値8千億だって?)
俺はそう思ったが、まずは命拾いしたことに感謝を示すことにした。
「どなたか知りませんが、助かりました。ありがとう」
「俺は助けてなど、ぐぬぅ!」
「甲斐野カズキ。ようやく会えたな」
少女も俺を知っていた。
一体、どうなっちまうんだよ!
作者による元ネタ解説
・フルバースト
モンスター○ンターの○ンランス☆
・火事場の馬鹿力
今どきキッズたちがモン○ターハンター由来と勘違いしそうなのは心配。
元々は「火事くらい大変なことが起きると、人は生きるために信じがたいほどの力を発揮することがある」という意味のことわざ☆
・無意識がかけるリミッターを外す
火事場の馬鹿力の応用としての現代のスポーツ科学。
たとえば、砲丸投げなどで大声を出しながらだと普段は出ないほど距離が出る、腕立て伏せで吐く息で腕を立てると回数をこなせる、など☆
・一時存在値
パソコンでアマチュア・プログラミングしてた時代に身に付けた、一時変数という概念が元☆
・やも
「なも」は名古屋弁☆
・お気に入り
パソコンだけでなくスマホのブラウザにもあって便利☆
・アンタに名乗る名前なんて持ってない!
ドラマなど。不良に絡まれた女子、あるいは悪党からさりげなく人助けしたナイスガイ☆
・意外
「意外!それは髪の毛!!」は『ジョジ○の奇妙な冒険』第一部☆
・プライド
アイス・ホッケーのドラマはアルファベット表記が公式☆
・覚醒
ありすぎるようであんまり見ない、この言葉の使用例。覚醒剤は法令違反であるし依存性があり本当に人生を壊すので、麻薬と共に絶対に使用しないで☆
・ハッタリ
忍者は○ットリくん☆
・乱星牙
ペガ○ス流星拳と月牙○衝が混じったみたいなネーミング☆
・ドラゴニル・チェック
アンサー・○ェックは『オール○ター感謝祭』☆
・デッド・アウトしろ
ドラ○ンボールの戦士って、たまにこれほどの意外な横文字を使う☆
・パワー
最近だと『チェ○ソーマン』。もう少し前だとパル○ティーン☆
・一体、どうなっちまうんだよ
ここだけの話、一度だけ美智子上皇后陛下がそう思っているような気がしたことがあるよ☆