第3話『通達』
「レイネシア・シュネーシュメルシュ・ロマノヴァ公爵令嬢を廃嫡し、その身柄を『エクスピアシオン・フォレ』へと送る追放刑と処す。これは王命であり何人たりとも逆らうことは許されぬ」
朝日が昇り、窓から入ってくる光が屋敷全体を蜂蜜色に染めていく。
使用人たちは洗濯に朝食の準備、広大すぎるこの屋敷の掃除に勤しんでいて、いたるところから慌ただしい、でも不快ではなく、爽やかな一日の訪れを知らせてくれるような音が響いている。
――――はずだった。
普段ならあちこちから使用人の足音、執事長が本日の予定を読み上げる声、まだ眠い~と甘えた声を出すレイネシア様のご兄弟たちの声が響いているはずだったのに。
誰もが足を止め、信じられない気持ちで玄関ホールに立つ国王の使いを見ていた。
「ロマノヴァ公」
使いの一人…お嬢様の令状を読み上げたことから今いる使いの人たちでは一番偉いのだろう。
ロマノヴァ公――旦那様へと声をかける。
旦那様は痛ましげに顔を歪め、目をつぶる。
しかしゆっくりと瞼を開けた時、そこにいたのは―――
「王のご意向、委細承知した。我が娘、レイネシアは本日この時を持ってロマノヴァ家から廃嫡。すぐにエクスピアシオン・フォレへと向かう準備をさせよう。…出発はいつかね」
そこにいたのはレイネシア様の父親ではなく、当主としての男だった。
その目に悲しみや痛みは何もなくあるのは忠臣として王に従う心のみ。
誇り高く、気高く、この世の何よりも美しい色。
「出発は3日後だ。それまでに別れを済ませておくように」
そういって使いの人たちは邸を後にした。
去り際に、こちらを痛ましいものを見るような視線を投げかけて。
「…シア」
「はい、お父様」
「準備をしてきなさい」
「かしこまりました」
軽く頭を下げお嬢様は自室のほうへと歩いて行った。
その背中を見送ってから旦那様は執事長を伴って執務室へと向かう。
私たちはというと。
「エマ、レオ。お嬢様の支度を手伝って差し上げなさい」
バシン!と勢いよく背中をたたかれて振り返る。
そこにいたのは家政婦長である母だった。
ニカッ!と豪快に笑って「ほら!さっさと行きなさい。働かない子はうちにはいりませんよ!」とやや強引に私たちの背中を押してお嬢様の部屋の前へと連れていく。
「しっかりしなさい。アンタたちが暗い顔してどうするの。こんな時だからこそ、お嬢様の傍に笑顔でいてやりなさい。幼いころから一緒だったんだから、アンタたちがいるだけですこしは安心することもあるでしょう」
優しく頬を撫で、最後に私たちの背を優しく押す。
ああ、きっと母には解っているのだ。
私たちがしたいこと、しようとしていることが。
「…家政婦長、ミラ・スクワイヤー様」
「ありがとう、ございます…!」
笑った母の目が少し滲んでいたのを気付かないふりをして、私とレオは前を向く。
細工が凝ったドアを4回ノックする。
「…どうぞ」
入室の許可が与えられ、失礼します!と元気に言ってお嬢様の部屋へと足を踏み出す。
ああ、どうしよう。緊張で手の震えが止まらない。視野が狭まる。
私は今、ちゃんと笑えているだろうか。
「!」
左手にあたたかいものが触れる。
同じく震えているソレは私の手に、体温にどうしようもなく馴染んだ。
ああそうだ。一人じゃない。
私の半分に大丈夫だという意を込めて握り返す。
震えはもう止まっていた。
「レイネシアお嬢様。どうか、我らも一緒にエクスピアシオンへお連れください。」