第2話『状況整理と決意』
「情報と状況を整理しよう」
旦那様やお嬢様が住む本邸より少しばかり離れた従業員寮にて。
僕とエマは部屋の端に置かれたテーブルをはさんで向かい合って座っていた。
お嬢様は帰宅後すぐに旦那様と奥様に呼ばれ、屋敷にいた従業員(僕たち含む)を全て寮へと帰して明日、旦那様たちからの通達があるまで待機を命じた。
その時間を使って僕とエマは、さっき思い出した情報と今置かれている状況を整理することにした。
「まず、僕は『玲央』。いつも瑛真の隣でこのゲームを攻略サイト片手に見てた。DESTINY♡PRINCESSでの推しキャラは遊び人のソティリオ・デ・サニクティス」
「私は『瑛真』。玲央の双子の姉で、デス♡プリ最推しはレイネシア・シュネーシュメルシュ・ロマノヴァ」
うん、とお互い頷きをひとつ。
「「やっぱこれ異世界転生してるよな~~~~」」
知ってる~~~こういう小説好きでいっぱい読んだ~~~読んだし妄想いっぱいした~~とテーブルに突っ伏したエマを見て僕は重い息を吐きだした。
「正直、死んだ記憶とかあんまり覚えてないんだけど…」
「私も…でも外見全然別物だし異世界転移とかではないでしょ?」
エマと僕はお互いを見る。この世界の住人に多い何の個性もない茶髪に、互いに持つ魔力を表すトルマリンとアップルグリーンの瞳。
そして何より、
「お嬢様と過ごした13年の記憶があるもん…」
「そうなんだよねぇ」
そう、前世を思い出したからと言って今まで僕らがこの世界で生きてきた18年が消えたわけではないのだ。記憶はありつつ、前世の知識が混じった感じとでもいえばいいのか、なんとも不思議な感覚だった。この場合、いまの意識や魂といったありかたは前世の『玲央』のモノなのかそれとも今の「レオ・スクワイヤー」のモノなのだろうか?
「レオ、なんか難しいこと考えてるでしょ」
「う…」
「やめときなよ私らあんまり頭良くないんだし、結論なんて出ないよ」
「うぅ…」
コホンと誤魔化すように咳をひとつ。
「で!やっぱりここデス♡プリの世界なんだよね」
「うん。登場キャラクターの顔と名前が一致してるし、デフォルトネームのヒロイン――アンナもいたからそれは確定だと思う」
『DESTINY♡PRINCESS~聖剣と運命の乙女~』―――通称デス♡プリ
内容としてはよくあるファンタジー学園もの。
ある日平凡な少女アンナのもとに一通の手紙が届く。それは、王立魔法学園・ソフィアへの入学許可証だった。ソフィアとは国の中で限られた上流階級…その中でも特に優秀な成績の人間しか入学が許されない名門学園である。それなのに何故、平民であるアンナのもとへ入学許可証が届いたのか。それは彼女が宿す魔力がとても貴重なものだからだ。
この世界には6つの属性が存在する。
火、水、風、土―――そして伝説上の属性とされていた光と闇。
主人公アンナは大昔に悪魔や厄災からこの世界を救ったとされる聖女と同じ光属性をその身に宿していたのだった。
そんなこんなで主人公は学園に入学して6人の攻略キャラと恋をする、という王道の学園ファンタジー乙女ゲームだった。エマが大好きでよくプレイしていた。
「とりあえずメインヒーローのエリアスとアンナはでてきたな」
「…んで私の推しのレイネシア様も…」
ずーん…と黒いものを背負いながらエマが力なく呟く。
そうだろうゲーム…ひいてはレイネシアが大好きでグッズも書籍もすべて集めていた彼女からしたら、この状況は悪夢以外の何物でもない。
「なんでレイネシア様の婚約破棄…断罪イベが起きてんのよぉ~」
「それな~~~」
そこがまったくもって意味がわからない。
エマの最推し、レイネシア・シュネーシュメルシュ・ロマノヴァ。
彼女はメインヒーローエリアスルートで婚約者として、主人公のライバルとして登場する。
国王になるエリアスを支えるために幼いころから厳しい教育を受けてきたレイネシアは平民であり、貴族間でのマナーや礼儀を知らない彼女を厳しく注意、叱咤する。そんなレイネシアを見返すため、エリアスに振り向いてもらうため彼女は3年間、勉強に魔法実技、夜会や茶会でのマナーを必死に学ぶ。定期試験ではレイネシアと点数を競い、時にはエリアスのファンクラブからの嫌がらせをはねのけ立派なレディへと成長。そして終盤、王子と平民という身分差に悩み、泣く泣くエリアスを諦めようとする主人公にレイネシアはこう告げる。
『背筋をしゃんと伸ばしなさい。貴方はわたくしのライバルなのだから』
そう言ってアンナの涙を優しく拭い、柔らかく慈愛に満ちた笑みでそっと背中を押すのだ。
「あのスチルのレイネシア様と言ったら…!!聖女、いや!まじ聖母!!!」
「エマ、エマ落ち着いて」
「それなのに!!それなのに!何でその神イベの代わりにあんな婚約破棄イベが起きてんの!!!!???絶許!!!!!」
「エマ~戻ってきて。あとうるさい」
どうどうとエマを宥めながら空になったティーカップに紅茶を注ぐ。
「起きたものはしょうがないから、今後のことを考えよう」
「…そうね」
すとん、と軽い音を立ててエマは椅子に座りなおす。
そして紅茶を一口。
「今後のレイネシア様の処遇はテンプレで言えば国外追放か没落ルート?さすがに死罪にはならないと思うけど…」
「う~ん、一応最悪を想定してどっちの可能性も考えておこうか」
「没落…は、いち従者じゃちょっとどうにもできないかなぁ。国外追放ならレイネシア様に着いていく気ではあるけど」
「今のうちにお父さん…執事長と旦那様にあてた辞表でも書いておく?」
「そうしよっか…」
ペンと紙…ペンと紙…と僕は立ち上がって近くにある引き出しを探る。
確かこの辺にまとめて置いてあったはず…
「―――レオ」
エマが真剣な声で僕を呼んだ。
振り向くとエマがトルマリンの瞳でまっすぐにこちらを見ていた。
その目には決意の色が宿っていた。
「私ねお嬢様に幸せになってもらいたい。いままで血の滲むような努力をされてきた方だもの。何よりもこの国を、国民を想って生きてきた方だもの。それを、シナリオじゃなくてこの目で13年間見てきた」
「―――うん」
「幸せになるべきだよ。…もしかしたらこれは私のエゴでお嬢様は望んでないのかもしれない。余計なお世話かもしれない」
それでも、
「それでも、幸せそうに笑うレイネシア様を私は見たい」
「…うん」
一度、目を伏せる。
思い出すのは数時間前のホールの中央、独りで立つレイネシア様の姿。
人々の無遠慮な視線にさらされ、婚約者に裏切られ、恥をかかないようにと本気で心配して注意していた同級生に断罪され、それでもなお気丈に振舞っていたレイネシア様。
でも僕にはとても悲しそうに見えた。
どれだけ冷静で顔に出さなくても、平気そうに見えても傷付かないわけじゃないのだ。
そんなレイネシア様をもう見たくないと思った。
あの人には笑っていてほしい。
幸せになってほしい。
ならば、僕がすべきことはひとつだ。
「エマ。一緒にレイネシア様を幸せにしてくれる人を探そう」
「レオ!」
「エリアスよりももっと格好良くて、レイネシア様を溺愛してくれる…そんな人を探そう!大丈夫、だってこれは乙女ゲーム!!カッコいいキャラなんていっぱいいる!ハズ!」
「メタい!!でもその通りだ弟よ!!」
探すぞ、レイネシア様の運命の人!
えいえいおー!!!
と、決意を新たにしたところでまずは…
「じゃあさっさと辞表書こうか!」
「やべー…前世でも書いたこと無いよ。なんて書くの???」