転生者の良からぬ企み
『おめでとうございます。厳正なる抽選のもと、あなたは異世界に転生することになりました』
何もない真っ白な空間で男のような女のような子供のような老人のような声が聞こえたと思ったら、男は赤ん坊に生まれ変わっていた。
死んだと思ったら赤ん坊になっていたことに混乱する男だったが、しかし時間が経つに連れ落ち着きを取り戻し、魔法が存在するこの世界で第二の人生を歩める自分の幸運を喜んだ。
生前の男はどちらかといえば善良に位置する程度の平凡な男だった。波風が立たないように周囲との衝突を避け、嫌いな相手や気に食わない相手にもへらへら笑って媚を売り、当たり前のように自分のやりたいことを我慢して鬱憤を貯めながらも目立たぬように生きていた。なので、今生では前世では自分の好き勝手に生きることに決めた。
だが、ただ欲望の赴くままやりたいことをやりたいようにやるだけではすぐ社会のはみ出し者にされ生きにくくなることを彼は知っている。
ではどうするべきか。
考えた彼はことを起こすまで善人のフリをすることにした。
まず手始めに身近にいる両親を騙すためにいい子のふりをする。
するとどうだ。面白いぐらいに二人は彼を素晴らしい息子だと絶賛してくるではないか。実にたやすい連中だ。
そのまま自慢の息子として学校に入学した彼は優等生を演じ続けた。
勉学だけなんて中途半端なことはしない。運動にも力を入れ、級友たちとの交流を深め、周囲に馴染めぬ相手にも輪に入れるように手を引き、教員からの覚えがよくなるように積極的にまとめ役をかってでた。もちろん、私生活においても彼は本性をさらけ出すことはしなかった。
それは並大抵の労力ではない。しかし、何も知らず自分を称賛してくる愚かな周囲の人間たちがいずれ自分の本性を目の当たりにし、絶望に打ちひしがれるのを想像するだけで実に晴れ晴れとした気分にさせてくれた。
それから年月が経ち、十代後半に差し掛かる頃には学校始まって以来の天才を持て囃され、王宮からぜひ就職してほしいと声までかかるまでになった。
王宮勤めとなれば国民の税を着服するなり、国宝を盗み出すなり、様々なことができる。
彼は自分の明るく自由な未来を夢想したが、しかしとんでもない邪魔者が現れた。
なんと、魔王が復活し、人間たちを根絶やしにしようとし始めたのだ。
男は激怒した。人がせっかく欲望のまま自由で満ち足りた生活をおくるために頑張っているのに、それを台無しにされては堪らない。
彼は迷わず魔王を倒す討伐隊に名乗りを上げた。
討伐隊は彼以外にも国一番の騎士や、大陸で知らぬものなどいない魔術師や、恩赦目的で協力することになった盗賊など何人かいたが、誰も彼もが癖のある人物であり、衝突ばかりを繰り返してばかり。このままでは魔王を倒すどころではない。
連中を体よく使ってやろうと思った彼は、彼らの仲を取り持つ為に奔走し、いつの間にか討伐隊のリーダー的存在になっていた。自分を慕う連中を内申馬鹿な連中だと見下しつつ、魔王の元に向かう。
旅の道中には様々な危険がはびこり、仲間が死にかけたことも一度や二度ではない。しかし彼は決して仲間を死なせるようなことはしなかった。なぜなら、彼らは大事な戦力であり、それなりに使える手駒であり、いざという為の肉壁だからだ。
そんな彼の思惑を知らぬ仲間たちは彼に対する信頼を深めていき、ついに魔王城にたどり着くことができた。
魔王との戦いは熾烈を極めたが、なんとか討ち果たすことに成功し、彼らは英雄として讃えられた。
するとどうだ、なんと彼は国王から自分の娘と結婚し、ぜひこの国の王になってほしいと言われたのだ。
彼はそれを快諾した。国王になれば、この国のあらゆる財宝を手にすることができると思ったからだ。
結婚相手の王女は彼に随分と惚れ込んでいる様子であるから騙すのも容易かった。
こうして、国王となった彼だが、国のトップになった為に彼の周囲には人が絶えず、常に注目されてしまう。
やむを得ず、彼は自分の企みを隠すために善王の仮面をかぶることにした。
そして信頼を集めるために政治や経済の勉強もした。それだけではなく、戦争になったら面倒くさいから近隣諸国とも良好な関係でいられるよう努めたし、少しでも多く税を搾り取る為に国民が健康で長生きできるような政策を行った。自分の財産である国庫が無駄遣いされぬよう目を配り、不当に私腹を肥やす連中は軒並み牢屋送りにしていく。
その結果、先代の時よりも国は栄えさせることに成功し、何も知らない国民は彼を名君と称するまでになったのだ。
日々右肩上がりとなる税金に「これを全部持ち逃げしたら一生遊んで暮らせるな」と誘惑にかられながらも、「いやまだだ。もっともっとだ」と自戒する。
そのうち、子供ができた。この国の跡取りなので馬鹿に育つと後々面倒な為、躾はきっちり行ったのだが、その甲斐もあり、なかなか頼れる男に成長した。
やがて年月が過ぎ、彼は大きくなった息子に王位を継がせて引退することとなる。
周囲の目もなくなり、国を守らねばならない責務も消えた。
もはや待つ理由はどこにもなく、これでようやく行動を起こせると思った彼だが、一つだけ気になることがあった。
それはかつて姫であった妻だ。
彼女は自分のことを深く愛している。きっと自分がいなくなれば落ち込んでふさぎ込んでしまうだろう。
それは流石に後味が悪い。
考えた末、彼女も連れて行くことにした。
まあ、一人で好き勝手にやるのもいいが、誰かと一緒にやるのも楽しかろうと、そう考えてのことでもある。
しかし、それは叶わなかった。
彼女が病に倒れたのだ。
彼は国中から名医を集め、治療にあたらせたものの、彼女の病気は治ることがなく、発病から二年後、静かに息を引き取った。
「あなたと結婚できて幸せでした」
そんなふざけた言葉を残して。
彼は怒った。せっかくもっともっと楽しくて愉快な人生を送らせてやろうと思ったのに自分の厚意をすげなく突っぱねられた気分だ。
おかげで、もう気がかりになるような物は何もなく、気楽な一人になれたというのに何もする気が起きない。
「父上、母上が亡くなって辛いのはわかりますが……せめて何か口にしてください」
しばらくすると息子がやってきてそう言った。
だが食欲がないのだから、仕方がない。もう自分はやりたいことを我慢しないことに決めたのだ。
彼は結局そのまま、静かに息を引き取った。
『素晴らしい! あなたは転生先で多くの人を救い、導き、治めました。あなたのような方には是非もう一度転生していただきたい』
気づくと、例の真っ白な空間にいて男のような女のような子供のような老人のような声がまた聞こえた。
『今回は特別に、生まれ変われる世界や生まれつき使える能力を選べます。いかがいたしますか?』
その質問に、彼は少し考えて妻であった女性はどこに行ったのかと聞いた。
どうやら先程まで自分がいた世界の少し未来で転生するらしい。
それを聞いた彼は迷うことなく、彼女と同じ時代の、すぐ近くで転生させて欲しいと頼んだ。
だって自分が人生をかけてでもやりたかったことが何もできなかったのは彼女のせいなのだ。
これは一言言ってやらねば……いや、その人生をもって償ってもらわねば気が済まない。
こうして彼は、三度目の人生を歩むこととなった。




