盗賊ギルド、シテマス
※
「おい! アシナガグモ! 勝負だ!」
いきなり叫びながら飛び起きるナイン。
しかし、広場に張り巡らされたアシナガグモの糸は一本もなくなっており、街はすでに朝の支度を終えていた。
ロスト・レスの爺共は自分のねぐらへ、ウッゴ君達はすでに墓地へと帰っていた。
「アシナガグモさんなら、とっくに姿を消しましたよ」
ナインの横では牛追い男姿に戻ったイタチが、建物の壁に背中を預け座りながら、テンガロンハットで顔を隠しナインに向けて呟いた。
「ん? まさかおめぇが”消した”のか?」
「いいえ、姿をくらましたと言っておきましょう。あとナインさんへとこれを置いていかれました。
『宴の礼だ。これを”あいつ”のところへ持っていけば、少しは武器とやらの足しになるだろう』と」
イタチはナインの横に、二つの糸巻きを置く。
「これは……”足の足を洗った”って事か?」
「どうでしょうか? 僕が”あの方”の元へお持ちになってもよろしいのですが、”犬”と盗賊ギルドが接触したとあっては、別荘にいらっしゃる我が主共々、いろいろと面倒くさくなりそうですので……」
イタチの答えにナインはそれ以上なにも言わず、アシナガグモの糸巻きを自分の娑婆袋の中へと押し込んだ。
ヤゴの街は並みの都をも凌駕する規模であり、肥だめもフランが管理している八つ以外、街の各所に点在している。
大通りより一本路地に入ったところにある《盗賊ギルド、ヤゴ支部》の建物へ向かうナイン。
情報を仕入れる為、街の内外の盗賊が集い、
腕の立つ仲間を捜す為、盗賊の輪の中へと集まる冒険者達。
そして金庫が開かなくなった、屋根の上の洗濯物をとって欲しい、井戸に指輪が落ちてしまったと、仕事を頼みに来る街の住人で賑わっていた。
しかしそんな和やかな雰囲気の中でも、お尋ね者の影響なのかどことなく緊張が漂っているとナインには感じられた。
その”表”の顔を通り過ぎ、町外れの盗賊ギルド専用の肥だめへと足を運ぶ。
合い言葉を唱え重い鉄の蓋を開けると、そこは溢れんばかりの肥えで満たされていた。
しかし、ナインはそれにかまわず中へ飛び込む。
ナインは【ドエリャア姿変化 肥だめ仕様】を通り過ぎ、ほんのり明かりが灯された地下通路へと着地する。
そして、通路の奥にそびえ立つ大男の後ろに鎮座する、”裏”の扉へと歩を進めていった。
オクルスの別荘ほどではないが、豪華に彩られた盗賊ギルドの応接室。
半時ほどソファーの上で過ごしていると、艶な声と、裸体に黒と黄色の生地のみを纏った主、《ジョロウグモ》が長い黒髪をクモの糸のように辺りに漂わせながら入室する。
「待たせちゃったわね、ナイン」
「いいさ、美女に待たされるのは色男だけに許された特権だからな」
立ち上がるのは仰々しいとばかりに、ナインは座りながら挨拶を返す。
「”お尋ね者”について話があるって聞いたけど……」
チップとばかりに、ジョロウグモはスリットから覗く長く艶やかな足を妖艶に組みながらナインへ尋ねた。
無言でアシナガグモの糸巻きをテーブルの上に置くナイン。
「……殺ったの?」
ギルド長の中に”女”の成分を含んだ声でジョロウグモは、再び尋ねる。
「……さぁな」
不確かなことは話さない冒険者の掟。
ナインは素っ気なく返事を返した。
『お願いナイン! すべて話して!』
切羽詰まった声をナインに浴びせるジョロウグモ。
その声も表情もギルド長でのそれではなく、ただの女の願いへと変貌していた。
ナインは昨夜のアシナガグモとの出会い、宴、そしてイタチから聞いたことだけをジョロウグモへ淡々と話す。
「そう……」
ジョロウグモが発した言葉はそれだけだった。
わずかな安堵の息を含ませて……。
「これ、返しておくぜ」
ナインは一通の封書をテーブルの上へ放り投げる。
それはアシナガグモが書いた”足抜け書”だった。
「ありがとうナイン。手間とらせちゃったわね」
「なに、足抜け書を本部ではなく、”あんたに直接手渡した”のはよ、男としてあいつの気持ちもわからんでも無いからな。あと、もちっと腕の立つヤツを”本部へのお使い”へよこしたらどうだ。俺様から簡単にスられると、かえって怪しまれるぜ?」
「本当よね……お尋ね者の手配書を貼ってまでしてさ、馬鹿な”女”だね」
男は、殺されてもいい女に全てを託し、
そして女は表向き、その男を亡き者にしようと己の全てを行使した。
しかしその裏で女は全てに逆らい、目の前の男に己の命と一人の男の運命を託した。
「いいのか? 街の人間はともかく、あんたの部下は……」
「いいさ。”痴情のもつれ”で足抜けしてあたしを殺しに来るって部下には言ってあるからね。それに足抜け書は”行方知れず”だから、本部から見ればあいつはまだ構成員。”当事者”のあたし以外、手出しは出来ないさ」
そしてジョロウグモは、胸の谷間から娑婆袋を取り出すとナインの前へ置く。
ナインは無言でそれをつかむと、そのまま懐へとしまった。
「中を確認しないの?」
アデルにそう教えていたナインであったが、軽くにやけながら
「なに、美女に騙されるのも色男の特権だからな。あとイタチにもちょっと”色”をつけてやってくれ。なんだかんだであいつを説得してたんだぜ」
「そうね、あたしから”紅鼬の団”へ向けて付け届けしてあげるわ。あたしの体以外でね」
そう呟きながらジョロウグモの声は”雌グモ”へと変貌する。
「ねぇナイン……代わりに貴方が”艶”をもらってもいいのよ」
ジョロウグモはゆっくりと足を開きながらソファーの上で片足を抱え、”女”の部分をナインへとさらけ出した。
ほんの数刻、ナインは目の保養を行うが、やがてゆっくりと目をそらした。
「へっへ! 遠慮するわ。昔から言うだろ。
『雌グモを抱けるのは雄グモだけ』
ってな。あんたの”巣”に捕まっちゃ、”九官鳥”ですら喰われちまいそうだぜ」
雌グモを抱けるのは雄グモだけ。
それ以外はたとえ獅子であろうと喰われるのみ。
ナインの目の前に座るのは、一人の雄グモしか受け入れない一人の雌グモ。
そしてすでに”唯一の男”を受け入れ、今なおその男を求め続ける”女”
たとえ唯一の男より数多く抱いたところで、目の前の女は決して手に入れられない。
そして、そんな女から施される”報酬”には興味がないとばかりに、ナインはゆっくりと腰を上げた。
入って来たドアとは違う”出口”へと足を向けるナインの背中に、ジョロウグモが”女”として最後の言葉を投げかける。
「ねぇナイン教えて……。貴方の隣にふさわしい人は誰?」
ジョロウグモの頭の中には様々な女が思い浮かぶ。
それともこの男は、未だ見えぬ女を捜しているのか……。
「そんなの決まっているだろ……」
ナインは顔だけをゆっくりとジョロウグモに向けながら白い歯を見せる。
『神祖竜エルドルさ!』
音も立てず閉じられたドアに向かって淡い微笑みを向けながら、ジョロウグモは一人呟く。
「神祖竜エルドルか……。本当、あんたはあたし以上にドエリャアろくでなしだね……」




