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花売り、シテマス

 言い終わらないうちに頭から手を離したナインの手は、すぐさま拳を握りアデルの頭へと振り落とした。

 ”ゴン!”という音が空き地に響く。


「こんの馬鹿たれ~! てめぇが歓楽街のことを語るなんて百年早いわ~!」

 アデルに向かって怒鳴るナインの声と、殴られた音の大きさにエアリーはびっくりし、


「だ、大丈夫? アデル君?」

 あわてて頭を抱えるアデルに駆け寄った。

 アデルの目の前にある二つの丘と一つの浅い谷間。そして汗の中に混じる女の子の香りは、麻酔のように頭の痛さを少し和らげてくれた。


「てめぇにはまだレベル十早いけどな!」

 ナインは怒鳴りながら、歓楽街のルールを説明した。


「まず店に入りたかったらエアリーみたいな花売りから花を買うんだ。これがいわば入場料だ。目の保養だけして帰る奴がいるからな。次にそこでいろいろな酒を飲むんだ」


「ナインさんの御用達は”谷間酒”ですね!」

 エアリーは茶々を入れ、ちょっといやな顔をしてナインは講義を再開した。


「そしてな、もしお気に入りのお姉ちゃんがいたら、店の前で買った花でちゃっちい花束を作ってもらうんだ。でもこれがべらぼうに高いんだ。当然花束代は店に払うんだけどな。そしてその花束をお姉ちゃんに渡して”しっぽり”するってことさ」

 さらにナインは社会の裏事情も話した。


「歓楽街とはいえ、直接”買う”ことは人身売買になって帝国の法に触れる。あくまで客はお姉ちゃんに花束を渡すだけ。お姉ちゃんも花束をもらったから”まぁうれしい”と花束をくれた相手を”気に入り”しっぽりする。帝国と歓楽街を仕切る盗賊ギルドとの、まぁお互いの妥協点ってとこだ」


 何か大人になった気がしたアデルは、ナインが話す歓楽街のルールを学園の講義より真剣に聴いていた。


「もう一つオマケに教えてやる。花売りが立っている店はだな、逆を言えば盗賊ギルドの息がかかっているから、ぼったくられることはまずないんだ。わかったか!」


 アデルは”は、はい!”と返事を返すと、慌ててエアリーに謝罪した。

「あ、ごめんなさい! その、変な目で見ちゃって……でもなんで男の子の姿で?」


「俺が指輪を渡したんだよ。いくら歓楽街がそういった事情とはいえ、どこにどんな奴がうろついているかわからないからな」

 そんな危険な場所ながら、エアリーはうれしそうに話す。


「でも、なぜか人気が出ちゃって薔薇がよく売れるんですよ。お店の店長さんや、その店にお花を卸している黒薔薇の団の団長のイザヨイさんにも褒められたんですよ」

 何となく理由がわかりそうな気がしたアデルは、ナインにこっそり耳打ちする。


(エアリーさんの男の子の姿を、アルドナさんには見せない方がいいんじゃないですか?)

(もう遅い! 既に毎日のように【ささやき】の魔術で俺に居場所を聞いてくるんだよ。噂では魔導研究所の奴らにも探索クエストを出しているらしい。あと見つけたら何か知らんがおめぇと”からませる”とも言っていたな)


”どうしたんですか?”

と尋ねるエアリーに慌てて二人は

”何でも!”と手を振る。


「そ、そうだ、エアリーさんのお体は、もうだいじょうぶなんですか?」

「もう大丈夫だよ。そうだアデル君、改めてお礼を言わせてね。フランさんから聞いたんだけど、私の屍を回収する時、アデル君が魔物を追っ払ってくれたんだってね。おかげで今、私はこうして生きているんだ。ありがとう! アデル君!」


 エアリーはアデルに一点の曇りのない笑顔を向けた。

 エアリーの屍を回収した時、達成感も高揚感もない、まるで葬送行進と思っていたアデルであったが、今、目の前には生きて微笑むエアリーがいる。

 そしてエアリーを回収した時のナインとフランの顔を思い出す。


(ナインさんもフランさんもまっすぐ前を向いていた。屍回収はうつむいて悲しむ葬式じゃない。エアリーさんを助ける為に、もう一度笑顔を見る為に、魔物のいる危険地帯で、命を賭けてまで行う価値があることなんだ! そして……僕の体も役に立ったんだ!)

 そう思うアデルの心に、学園の教官の声が聞こえてきた。


     ※

『お前達、冒険者にとって一番栄誉なことは何だと思う?』

『強力な魔物を倒すことですか?』

『すっげぇ財宝を見つけること!』


『どれも違う! いいか、冒険者にとってもっとも誇らしいことは、どんなことでもいい、依頼を達成し、依頼者や街の人たちから


《笑顔でお礼を言われる》ことだ! 


 どんなに強くても、財宝を手に入れても、街の人たちから煙たがられれば、ならず者の夜盗や山賊と何ら変わりはないんだ』


     ※

 屍回収を終えた時から、氷のように固まっていたアデルの心が今、目の前のエアリーの微笑みによって溶かされた。

 依頼を完了した事による達成感と高揚感。そして生まれて初めて味わう


《冒険者としての誇り》。


 そんなアデルの心境を読み取ったナインは、目の前の”坊主”を一人前の冒険者として”名前”を呼んだ。


「んじゃおっぱじめるか。エアリーも俺とばかりじゃどれだけ上達したかピンとこねぇだろ?”アデル”を案山子にして得手不得手を知れ」

「はい!」

 エアリーが元気に返事を返す。


「”アデル”! エアリーはレベル三だ。胸を借りるつもりで遠慮なくぶつかっていけ! なんなら胸をもんだり押し倒してもかまわん。俺が許す! レベル一にやられるエアリーが悪いんだからな」

「はい!」

「え? えぇ~?」


 どちらがどちらの台詞を言ったか定かではないが、ナインは先が丸い刃をつぶした練習用の剣を二人に渡すと、


「準備はいいか? では始め!」

 ナインが声を掛けると同時に、二人の若き冒険者の剣の音が空き地にこだました。

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