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酔っ払い……シテマス

「よし! 本日はこれまで!」

 

 神殿の鍛錬場に息も乱れぬアルゲウスの声が響く。

 その足下には十人以上の聖騎士や聖騎士見習い、神殿兵が無様な姿を晒している。

 

 彼らの総力を挙げても、鎧を着けず固い木刀だけを振るった指南役の体にかすらせることもできず、体中”あおじ”が浮かんだ屍と化していた。


(やはりヴォルフがおらんと物足りんな……)

 床に横たわる屍達に対して気にもとめず、アルゲウスは鍛錬場を後にした。


 つい愚痴になってしまうのは、ここ最近、毎日のように卒業式の打ち合わせが行われた為、ヴォルフと剣を交えていなかったからだ。


(さてさて……あやつは今頃どうしているか。いきなり朝帰りしてきたら神殿中挙げて祝ってやろうかの……)


 そんなアルゲウスの鼻を、ある香りがわずかにくすぐる。

 人間には感じ取れないが、ドワーフ族の半分の血が、これは酒だと確信する。


「はて? 今宵なにやら宴の予定があったのかの? まさか早速ヴォルフが嫁さんを連れてきた祝い酒とか?」

 だがアルゲウスのつぶれた鼻は外から、神殿の裏庭から漂ってくると教えてくれる。


 裏庭の木の向こう側に腰を下ろしている男の姿を目にすると思わず

「またあの”ろくでなし”が! 儂に内緒でうまい酒を! たまには口止め料をよこさんかい!」

と怒気を含んだ声で呟く。

 

 だが木の陰から見慣れた礼服の一片を確認すると、その主が”甲斐性なし”だと確信する。


 片膝を立てながら背中を木の幹に預け、赤黒い顔を天に向けている男の姿を確認すると、アルゲウスは皮肉というスパイスをふんだんにまぶした言葉を浴びせる。


「これはこれは、真っ昼間に酔っ払いながら黄昏れているとは、結構なご身分ですなぁ。さすが聖騎士団長ヴォルフ様と言ったところですか?」


 ヴォルフの前にドカッとあぐらをかいて腰を下ろし、遊び疲れて横たわる子犬のような男を観察した。


 おそらく勧められるまま酒を飲んだのであろう。ブドウにリンゴにレモン……それにオレンジ。神殿の裏庭一帯に果樹園ができたかと思えるほどの芳香を、ヴォルフはたった一人で発していた。


(酒に関しても、”引く時は引け”と教えなかった儂の不手際じゃな……)


「これは……アルゲウス様……。まったくとんだ醜態をお見せしてしまって……」

 酒の香りの主は、己の”ぐでんぐでん”の、その姿に対して謝罪したが


(ふん! 儂に言わせれば醜態とは、女の尻の一つも触らず、おめおめ退却したおぬしの甲斐性じゃがのう!)


 アルゲウスの嘆きの想いも意に返さずといった様子で

「ああ……これ、余ったからとお土産に頂きました。よろしければ……」


 ヴォルフは脇に寝かせた酒瓶をアルゲウスに差し出した。アルゲウスは訝しげに瓶を手に取りラベルをみる。


「おお! 三年物の黒リンゴ酒を我に下賜(かし)されるとは……ありがたく頂戴いたします」

と剣を下賜される時のように恭しく受け取った。むろん正規の作法ではなかったが。


(3年が残るとはおそらく宴には5年物、ひょっとしたら7年物もでたかな? ……こんなことなら儂が行けば良かったかの。もっとも、そんな上等な酒は帝国のお偉いさんに真っ先に飲まれてしまうが……)


 酔っ払いに対して嫌みを言うのも馬鹿らしい為、アルゲウスの口調はいつも通りとなる。


「どうじゃ? 外に出て何か収穫はあったか?」

「そうですねぇ……舞踏ぅ・・ダンスを教わりましたぁ。これがまぁ~た、思いの外、奥が深くてぇ~」


 ヴォルフの緩んだ口から初めて聞くその言葉に、白い眉毛の帽子をかぶった目を思わず丸くする。


「恐れながら小生が……披露いたしましょう」

 その証拠にと、ヴォルフはゾンビのように立ち上がり、両腕を携え、ゆっくりと足を滑らす。

 それは、まるで目に見えない風の妖精と踊っているかのごとく……。


(ほう……)


 初めてにして、しかも酔っ払っているとは思えないほどのステップに、白髭の隙間から思わず息が漏れる。


 剣技の才がここで生かされるとはと感心するが、次の瞬間、足がもつれ無様に尻餅をつく。ヴォルフは思わず両手を広げ


「ははっ! ご覧の通り……まだまだ未熟者ですが……」

 せっかくの礼服も砂だらけになり、尻だけ払いながら何とか立ち上がった。 


(まぁこれならご婦人をときめかせるには十分じゃろ。問題はその先じゃが)

「もう今日は休め! インジェニ神殿長様には儂から伝えておく」


「ありがとうございます……。実はもう一つお願いが」

「ん、なんじゃ?」


「もしよろしければ、後日、私めに舞踏の稽古をつけていただきたいのですが……」


 だがそこは歴戦の勇士、二回目の不意打ちにも今度は難なく反撃する。

「ああかまわん! 偉大なる蒼き月の大聖堂譲りの足裁きを、文字通り一対一でおぬしの骨の髄に叩き込んでやるわ!」


「感謝……いたします」

ヴォルフは千鳥足のステップを何とか駆使しながら、聖騎士用の宿舎へと歩いて行った。


(儂から冗談で一本取るとは、社交界での修行もまんざらではなかったか……ん、まて?)

 アルゲウスは、自慢の顎髭に手を置きながら


(あやつは、少なくとも剣術や稽古に関して冗談を言う人間ではない。もしかしたら……)


 これまで浮いた話一つないヴォルフに対して、その疑問の回答をアルゲウスは瞬時に導き出した。


(あ、あやつめ、もしや”男”に興味がある……のか?)


 アルゲウスの脳裏に、礼服に身を包んだ己自身と聖騎士団長が共に手を取り合い、鍛錬場で華麗にステップを踏んでいる姿が浮かぶ。

 吟遊詩人の音色の中二人は見つめ合い時には頬を赤らめ……


 公然の秘密ではあるが蒼き月の教団に限らず、教団の神殿内では同姓同士の関係は確かに存在する。


 だがその相手は大抵自分より年少者と相場が決まっており、父親と言っても差し支えないアルゲウスに対しては……


(う~~~~くわばらくわばら!)


 飛竜(ワイバーン)と対峙した時でさえ一歩も退かなかった闘将は、嘆願の主に対し無様に背中を向け、毛の抜けた兎のごとく、震えながら駆けだしていった。

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