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往復ビンタ、シテマス

 素早い横飛び。

 同じ武器、同じ鎧。そして、双子であることを生かしたフェイント。

 これら全てがナインには通じなかった。

 

 幾度となく、二つの巨大な肉の固まりと、鉄の壁が生み出す激突音が闘技場内に響き渡る、

 

 だが、壁にぶつけられるたび、双子の顔はより”戦士”へと変貌する。

 額も、眉毛も、目も、鼻も、耳も、頬も、口も、そして、体中の筋肉や骨、爪の先までも……。

 

 双子の兄はバトルアックスを両手で構えると、幅の広い刀身を、まるで盾のように顔の前にかかげる。

 その真後ろに弟が立ち、同じように構える。

 そして二人は、右足を前に出すと、両膝を曲げ腰を落とす。


「ぐわっはっはっは! ”モグラ”かぁ。レベルはともかく、最前線で戦ってきたってのは、あながちハッタリじゃなさそうだな。ナイン! ”イノシシ”と”モグラ”。どっちが勝つかぁ?」

 ハイイログマの咆吼(ほうこう)といやらしい笑みが、ナインに向かって放たれる。

 

 それに呼応するかのように、初めてナインが口を開いた。

「ケッ! いいツラ構えになってきたじゃねぇかぁ? ……シナン、よく見ておけ。こっから、ちょこっと本気を出すからよぅ」

 

 師の言葉に返答はいらない。

 ただ、己の目と魂で、最後まで見届けるのみ。


(モグラ……。狭いダンジョンの先に数多くの魔物がいたときの戦闘態勢(シフト)。重量級の戦士が己の武器と肉体で後方の仲間をまもりながら魔物を粉砕し、力尽きるまでひたすら前進する、一点突破の戦法……)


 シナンの心の呟きが終わると同時に、二人は同時に足を出し、石畳の床を滑るかのように一歩前進する。

 すぐさま、ナインの猪玉が放たれる。


”ドォーン!”


 兄が構えるバトルアックスに猪玉が直撃し、号砲が轟く。

 衝撃で兄の体が後ろへ跳ばされるが、すぐさま後ろの弟が兄の体を支える。


”ドォーン!””ドォーン!””ドォーン!”

 

 ガレー船の大砲。

 城門を貫く大型弩砲(バリスタ)

 投石機(カタパルト)から放たれた大岩が、城壁を破壊する様。

 

 そんな光景を錯覚させるほどの轟音が、猪玉の直撃によって前方をゆく兄の肉体から放たれる。

 しかし半歩、後ろに押し戻されようと、二人は次の一歩を力強く踏み出す。

 そして、二人の体は少しずつ、線へと近づいていった。


「おおっ!」

 これはひょっとするのかと、団員達の空気が変わる。

 しかしナインは、むしろ楽しむかのようにその口元を妖しく歪めた。


(なにか……来る!)

 反射的に心の中で呟くシナン。


”パパカカーーンン!”


 これまでと違う音が二人の胸や腹ではなく、側頭部から放たれた。


 ”!””!”


 なにが起こったのかわからない二人。

 特攻隊といっしょにナインの遊びにつきあったシナンすら、初めて見る光景だった。


 その目も口も力なく開き、兄の体は左に、弟は右へとわずかに傾く。

”パパカカーーンン!”

 さらに追い打ちをかける音と衝撃。


 今度は体半分、二人は横へ移動する。

 すぐさまカウンターのように、今度は反対側の側頭部に同じ衝撃と音が、二人の頭に響き渡る。

 たたらを踏むように、横へバランスを崩す二人。

 

”パパカカーーンン!”

”パパカカーーンン!”

”パパカカーーンン!”

 

 さらに逆向きに、往復ビンタのように左右から猪玉を喰らう。

 何回も、何回も……。

 もはや武器を構えるどころか持つことすら出来ず、二つのバトルアックスは力なく床へと落ちていった。

 

 しかし、なおもナインは猪玉の往復ビンタを辞めなかった。

 その顔は徐々に歪み、悦楽に満たされる。

 まるで、遊びに夢中になる子供のように……。


 ”ドォーン!”

 ”ドォーン!”

 さらに、倒れるのを許さないかのように、猪玉は二人の胸と背中へも撃ち込まれる。


(いけない! このままじゃ!)

 もはや白目をむいて、風に揺れる草のように、”立たされている”二人。

 そこへ、ナインの顔に向かってなにかが飛んでくる。


”パキーン!”


 ナインの目元直前で跳ね返されたそれは、高速で回転し、ハイイログマの顔面へと向かう。


”ガシッ!”


 レンガ、いや、鉄よりも固い灰色熊の歯がそれをくわえ込む。

 シナンが見たのは、ショートソード並みの大きさの,刀身が極厚のダガーをくわえたハイイログマの顔だった。


 ゆっくりと前方に崩れ落ちる二人。

 地面に倒れた頭の半歩先に、ナインが書いた白い線があった。


「チッ! 邪魔しやがって。せっかくいい気持ちになってきたのによぅ」

「ぐわっはっは! 結構な拾いモンだからな。お前に壊されちゃもったいねぇ」


「人聞きの悪い。鍛えてやったんだぞ」

「ぐわっはっは! しかし珍しいな、お前が”曲打ち”を使うなんて。いつもは俺やクマデ相手にしかつかわねぇのによ。それに、金魚のフンのあの様子じゃ、初めて見せたのか?」


(猪玉の……曲打ち!)

 シナンの魂に、滝のような冷や汗が降り注ぐ。


 例え真似事でも猪玉を使えた自分は、よりナインに近づいたと感じたシナン。

 しかし、初めて見る技に、改めてナインと自分との、絶望的な距離を感じさせる。

(だからこそ……ナインさんのあとをついていく!)

 それは新たな決意の炎をシナンの魂に宿らせた。


「ケッ! しらけちまった。ほらよ。こいつらの武器と鎧の修理代。残った金でステーキをたらふく喰わせてやれば、すぐピンピンするだろう」

 愚痴を吐き出したナインは、ハイイログマに向かってダガネ金貨の入った娑婆袋を放り投げた。


「おう! えらく気前がいいな?」

「遊んでくれた礼だ。なぁに、すぐにお前からカードで取り返してやるからよ」


「ぐわっはっは! ところでナイン、こいつらは使えそうか?」

「そうだなぁ……。あと半年、クマデの下でしごかれりゃ、特攻隊のケツをまかせてもいいんじゃね?」


「半年かぁ。俺は三ヶ月ぐらいでいけると見込んでいたがな」

「ばぁ~か! 一年かかるのを、俺とのお遊びで半年に縮めてやったんだぞ。ありがたく思え、この糞野郎!」


「ぐわっはっはっは! おお、そうだ! 特攻隊に入れるんなら二つ名をつけてやらないとなぁ。ナイン、おめぇならどんな名前をつけるんだ?」

「……鈍足のお前らの中では動きが速かったからな。目の周りや耳が黒いし……《ネコグマ》はどうだ?」


「ネコグマかぁ。そう言えば、大陸には白い体に目の周りや耳が黒い熊がいるって聞いたなぁ。おうナイン! その二つ名、ありがたく頂いておくぞ!」


 返事をせず、片手をあげハイイログマに背を向けるナイン。

 そしてシナンのほうを振り向くと


”ついてこい”

と、無言であごをしゃくり上げた。 

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