寒気呟く白き橋にて 3
入学式の際に通った道は覚えているはずのモトキであったが、木々に囲まれ、右も左もわからぬ状況に陥っていた。
「迷っちゃった・・・」
夜の刻に、深い森で迷子はもう遭難である。
場所が記されたあの白き鉄骨橋の大きさから、目立つからすぐに見つかるだろうと浅い気持ちで森に入ったのがいけなかった。
戻るにしても、見渡せば同じ景色しかない。
「やっぱり上から見渡すべきだったかもな」
そう呟くと見上げ、周りの木々を見渡す。視線が届く中で1番高い木を選ぶと、その木の幹を2回蹴って頂きへ登った。
風が強い。吹かれる風により、葉の海は同じ方向へ揺れ波打つ。
「あそこだな」
見えた、割とすぐに見つかった。場所は進んでいた方角とは全くの別方向である。
初めからこうすればよかったと後悔しても仕方がない
。
深い谷底に架けられた崖と崖を繋ぐ縦100メートルと幅200メートルの白き鉄骨の橋。
いったい、誰がここまでの規模のものを造ろうとしたのだろうか。
すぐに目的地に到着し、橋に踏み入れば冷たい鉄の音に変わる。
誰かいるようには思えないぐらいに、夜風が吹き抜ける鉄橋は不気味な光景であった。
「・・・遅れたことに痺れを切らせて帰ったのかな?じゃ、俺も帰るか」
誰かいないか大して確認もせずにこの場から去ることを即決したその時、突如としてモトキの足元に30センチほどの電撃を発する3本の棘が刺さった。
行くなという警告だろう。
「夜分にこの場にまで足を御運びいただき、感謝します」
風に溶けそうな感謝を述べる声は、少し怒っているのを感じられる。勝手に帰ろうとしたのが原因だろう。
白き橋の上にて、モトキの視線の先に10名の女性達。全員が同じコートを上に着用していた。
「俺に何か用か?わざわざこんな時間、こんな場所に指定するなんて、あまり喜ばしい誘いじゃないのは確かだろ?」
彼女達からの返事はない。
呼び出した理由をとりあえずは知りたいのだが、どうも訊ねてみる雰囲気ではなさそうだ。
他に人気なんて皆無な時間と場所であるせいで、もしかして、この場で始末され、処理されるんじゃないかと思えてきた。
だったら、何をしでかした?自分が知らぬ内に彼女らの誰かに何か失礼な行いをしてしまったのだろうか?
やった記憶はないのに、やったんじゃないか?と錯覚してきてしまう。
「怖気づいてるじゃないの・・・」
不安に呑まれてきたモトキだったが、その声が聞こえてすぐに気温が上昇したのを感じた。
それを合図としたのか、寒さが和らいですぐに10名いた女性達が半々に分かれて左右に列を作り、並ぶ。
橋の奥から足音が聞こえ、その間を歩く者の姿は、入学式際に見覚えのある女性であった。
風が強いせいでスカートの中が見えそうになったが、すぐに近くにいた取り巻きの2名がスカートを押さえに向かい、今度は彼女達のが見えそうだ。
「いえ、けっこうよ。ありがと」
手を2回叩けば10名のとりまき達はすぐさま離れ、更にずっと後方へと移動。
彼女は右手を腰にあて、モトキの顔を見つめる。
「ふーん・・・」
まじまじと見定めるているかのように、ただじっと見つめながらながら一歩、また一歩と徐々に近づくその足取りはタイガとはまた違う重みがあった。
彼女より滲み出る威圧だけではない、他にも何かがその一歩に込められている。
普通ではない。普通に面と向かい合っている状況なのに心臓を撫でられているかのような不思議な何かに襲われてしまう。
「ど、どうも・・・あ、あの・・・」
「ここへ来させた理由ね・・・教えてほしい?その前に、私が誰だか知ってる?」
そんな問いを投げてきた彼女は、モトキに背を向け、少し進む。
彼女のことなんて、もちろん知らない。
「置かれている位だけは知っているけど、名前までは・・・申し訳ない」
普通の生徒ならば名を知っていてほぼ当然のことであり、その者らに期待、憧れ、敬い、妬みのどれかの眼差しを向けるものだが。
「どうせ、タイガ以外の名なんて知っちゃいないでしょ」
図星なのか、モトキはごまかすように苦笑いを浮かべる。
彼女は、彼のそういったところが少し好感触だったのか、小さく笑った。
「8人いるMaster The Order・・・そのフィフス(Fifth)、ミナール・マニオン。それが、私!」
名乗りを終えれば、彼女の後ろの方で取り巻き達がキャーキャーと黄色い歓声を贈る。
「Master The Order・・・!先代帝達の頂がおつくりになった学園で実力に見合った者につけられる称号だろ?」
Master The Orderとは学生でありながらも、一般の将を容易に越える実力や素質があるのを認められた者に与えられる制度であり、称号。
それに認められれば、まずは学園内での地位は約束されるものとなる。
許可なく外出ができたり、一般生徒の寮とは別の特別寮が用意され、授業の個室希望、長期休暇の課題免除から毎月支援金が支給される等、優遇される。
選ばれる人数に限りはないが順位があり、彼女が5番目でタイガが8番目の位置となる。
「そんなあなたがわざわざ俺を呼び出して・・・いえ、話を戻させてもらうが、理由を教えてはくれないのか?」
「理由なんて、必要ないじゃない」
「えぇ・・・」
膨れっ面となったミナールに、どうしたらいいのかモトキは困り顔に。
「なんてね・・・」
自分にしてはしょうもない冗談を言ったなと、ミナールはくすりと笑った。
「理由を前にちょっと・・・Master The Order同士なんて、トップ2であるFirstとSecond、それから優しい優しいForce以外は嫌いあうばかりなのよ・・・」
「そうですか・・・」
「私ね、その中でもタイガがとてつもなく嫌いなの」
「そ、そうですか」
とてつもなくを付けられるなんて、あいつは何をやらかしたのだろう。
心当たりがあるとすれば、ちょっと戦闘狂な部分と、弱者はどうでもいいみたいな態度を時々出してしまうこと。
自分と他の関係者とでは、見せる顔が違うのかもしれない。
「あんたは・・・タイガと仲が良いみたいで?」
「え?まぁ・・・仲良しというか、幼馴染というか・・・」
それを聞き、ミナールは「そう・・・」と、ちょっぴり羨ましそうに呟いた。
「あいつ、何かしたのか?少しデリカシーに欠ける時もあるから」
「してきたもなにも、Master The Order同士の仲の話はさっきしたでしょ!」
「うん、そうですよね。普段から仲悪いなら今さらですよね・・・」
申し訳ない顔をするモトキの表情に、本当にこいつが?とミナールは少しだけ疑いを持った。
今の所、一瞬でも戦慄が走ったことはない。
しかし、間違いないだろう。あのタイガと共に戦うことを許された者は、彼自身の話からこいつだ。
ミナールは「ふぅ・・・」と、静かに色っぽさのある吐息を吐いてから訊ねた。
「前回の一件について、タイガと足並み揃えて戦ったのはあんたでしょ」
空気が、一変した。
重苦しい気配と、こちらを刺すその眼は違うと否定しても無駄だろう。
ならば、正直に答えるべきだ。
「そうだ・・・だけど、一緒に戦っただけだ!お前も、後ろにいるお前を慕ってくれるあいつらを連れていて戦闘場面になったら、余程自分しか対処できない相手でもなければ、共に戦いに臨んだりはするだろ?」
「そうね・・・そうかもしれないわね。でも、あのタイガが誰か一緒に戦ったっていうのが信じられなかったの。あいつは、弱者に己が獲物を分け与える真似なんてしないから・・・」
そうだろうなと、モトキにも覚えがある。
「もしあたしと、あたしと仲良くしてくれているあの娘達がタイガを追い詰めてたら、あんたはきっと助太刀するでしょうね・・・」
「するだろうな」
「そう、迷いもなくね・・・」
突然に彼女は着ているコートをゆっくりと掴み、脱ぎ捨てた。
そのコートが落ちて汚れてしまわないようにと、取り巻きの1人が急いで受け取る。
「ならば、知るべきね!いずれタイガを打ち破る日に、あんたも私の障害となるかどうか!」
「えっ!?」
驚きながらも、モトキの顔つきが険しくなり始める。
戦闘の匂いが漂いだす。
明日にでも彼女は、タイガと戦うつもりでいるのを察した。
自分がタイガの力添えになるかもしれないのを念の為に防ぐ為、そしてもしかしたら動揺の材料になるかもしれないと踏んで。
「ここであんたを打ちのめしたら、タイガはどんな反応をするかしらね!あいつに味方は必要ないわ!」
緩やかな風が吹き始め、彼女の周りを囲むよう円を描く水が走り、円の内より小さな光の球体が幾多も浮き上がると空へと消えていく。
彼女の両手に光が包み弾け散ると、その手には独鈷杵という槍状の刃が柄の上下に1本ずつ付いた武器を持ち、下を向く刃が空色で透明感のあるものとなっていた。
「じゃ、先手を・・・!」
彼女は右手首をわずかに動かし、独鈷杵の透明感のある下刃が振られることで彼女の足元から噴き出した水が、橋道を這う蛇の如く動き、モトキへと迫る。
「水の属性エネルギーによる斬撃破か?」
2メートルほど手前で大きく方向を変え右側から攻撃を仕掛ける。
後方へ大きく跳び、回避するが水の走った跡には切れ目が入り、分厚い鋼鉄など容易に切断できてしまうものだと知らされる。
「当然に躱せるわね。入学したての普通の生徒なら、今ので呆気なく即死よ!」
その場から一気に高所まで跳び上がり、上空から距離を詰めるように、ミナールは跳び蹴りを放ってきた。
モトキは躱そうとせず、彼女の突き出す右足の首を狙う。
迫る一瞬を見極め、同じ右足で回し蹴りを彼女の足首へ打ち込んだ。
彼女の足先は左へ逸れ、轟音を立てながら橋に穴を空ける。その際に発生した細かい鉄橋の破片がモトキを襲い、顔を防御する為に持ってきた左腕と防ぎきれなかった一部が身体に刺さる。
「受け身はけっこう!けど、反撃しなきゃダメージを蓄積していくだけよ!それともできない!?」
刺さった破片が抜け落ちるよりも速く、橋を貫き刺さった右足を橋を抜く前に、左足でモトキの鳩尾を突き、蹴り飛ばした。
鈍く痛々しい音の後、彼の口内に鉄臭い味が広がっていく。
「あっはは!胃の中の物をぶちまけてみたら!?」
右足を橋から抜き、すぐに蹴り飛ばしたモトキを追いつき、両手に持つ独鈷杵で猛攻をしかけた。
最初の一振は、少し身を低めることで微量の髪を切られるだけで済んだが、次から手数とスピードが増していく。
モトキは武器を持たず、反撃もせず、ただ彼女の猛攻にの手首に手の甲を打ちつけて軌道をずらしたり、躱し、なんとか捌くだけ。
徐々に追いつめられているのが実感できる。完全に避けることができなくなっていき、頬に小さな切創が一つ刻まれ、次に紙一重で肉には届きはしなかったが、衣服に横一線の切れ目を入れられてしまった。
「届くわよ!」
更に攻撃は増していき、身体中に切創だけが刻まれていく中でモトキは、突如として瞬時に彼女の右腕を掴む。
「むっ!!」
そのまま力を込めて、彼女を投げ飛ばす。
しかし、その程度ではミナールはを橋に叩きつけられるはずもなく、ゆっくりと着地されてしまうだけ。
ダメージなんて微塵もない。
「掴んですぐ、一撃殴るぐらいはできたのに・・・!あんた馬鹿にしてるの!? 」
「馬鹿にしてたら、ここまで斬られちゃいない・・・」
風がじんわりと、切り傷口を痛みを刺激する。
「ふん・・・!ただ箒に掃かれる大量の塵ゴミ共ってわけじゃなさそうね」
今ので、他の生徒達と違うのは明白である。
タイガめ、こんな友人がいたのかと感心を覚えたミナールは、少し付き合い方を派手にしてみようと、右手の人さし指をモトキへ向け、その先端に光の力を凝縮。
「これはどう?」
人さし指からの光は、夜の優しい闇に走る一線の輝きとなって発射され、モトキには当たらずに左頬ギリギリを通過した。
光の一線は橋を抜け、長々と広がる森の奥へ。木々の隙間を通過し、ようやく1本に着弾した瞬間に半径50メートルほどの光がドーム状の爆発として発生。
「うおっ!あぶねっ!」
直撃しなくて安堵している暇などない。ミナールは指先より、絶え間なく光線を連発してきたのだ。
モトキは情けなくも、相手に背を向けて逃走を開始。運が良かったのか、ワザと外されているのか、レーザーが当たることはなかったが、、進むべき先である森の木々や地形が破壊されていき、地獄絵図と化している光景を見て足を止めた。
攻撃が止む。そして佇むモトキの目に映る光景を前にして、彼の目元に影が覆う。
すぐに腹を括って振り返ったが、ミナールの指先は天を指し、光のレーザーは空を突き抜けていった。
その指で、広範囲の薙ぎ払いを行う。橋の鉄骨も、森の木々も切断していく。
その攻撃を躱そうと伏せる動作に入った瞬間、細かった光のレーザーは手前で急に極太化した。