二つの影 揺るがぬ闇 5
海が少し泣いている。なんてクサい喩えができぬほどの荒れ模様
吹き荒れる暴風、黒雲からの落雷。嵐の中、中型の遊覧船は航海していた
船の舵を握るのは、浴衣からスーツに着替え、蛇の被り物からシンプルながらも着ける者によって威圧さが変動する目部が柵状の鉄仮面を被ったジョーカーであった。ノレムは操縦室の扉近くに座り、爪の傷跡が刻まれた剣を携える
「航海は順調。ノレム、着くまで楽にしておけ。私達以外、誰もいないのだから。にしては、広すぎる船だが」
「いえ、俺が船を操縦できないばかりに。せめて、令を下すまで護衛として側にいさせてください。しかし、ジョーカー様が船を操縦できるとは・・・奴隷商船より救われ、妹と共に仕えてから数年経ちますが初めて知りました」
「そうだな、僕もこう上手く操縦できるとはおもってもいなかった。案外なんとかなるものだな」
「はい?船の操縦経験があって舵を握っているのでは?」
「いや、勘。幼少時に海賊船で雑用させられた経験はあるが、舵を握らせてもらった覚えはない」
なんとも言えぬ空気が流れた
だが、この先の心配は微塵も無い。ジョーカーだからだろう、ハオン等の昔から彼をよく知る先輩方もよく口にしている
彼への信頼もあるが、忠誠心によるものもあるだろう
「大丈夫ですジョーカー様!ここまで問題起こらず航海できたのですから心配はありません!いざとなれば、俺が小舟を引っ張るか、ジョーカー様を背負い泳ぎます」
「貴様は昔のハオンと似たようなことを言うな、今もそうだけどさ。安心しろ、泳がなくとも辿り着く方法は無駄にある」
嵐と荒波による船の揺れ。しかし、ノレムとジョーカーは船酔いとは無縁である
旅館を出たのは午前の2時になる数分前だった。本当は陽の昇らぬ朝に出発のはずだったのだが、目を覚ますとまだ夜中であり、二度寝する眠気も無く
灯りの消えた本間では、夜の暗闇に呑まれたジョーカーの影があった。被り物を脱いでいるが真っ暗でわからず、横顔のシルエットだけ
何をしているのだろう?そう考えていると自分が起きているのに気づいた彼は部屋の灯りを点ける
明るくなった視界に、ジョーカーは今の鉄仮面をいつのまにか被っていた。彼はこれ以上居座る理由もなく、暇を過ごすだけになるので予定より早く出発することを提案
ノレムは迷わず二つ返事で、急いで浴衣から着替え支度を済ませてから大した荷物も無かったおかげか5分もかからずに旅館を出た
去る前に利用させていただいた部屋の座卓に、ジョーカーは置き手紙と宿の代金、畳の弁償代を余分に置いて
宿を出てから影へ溶けるように姿を眩ませ、トワオダマキから港町へ辿り着くとそこで停泊していた並ぶ遊覧船の1隻を強奪して今に至る
「うーむ、必要以上に船が揺れるな・・・」
航海は順調と言ったが、天候は最悪である。雷の閃光が数分に1回、甲板に撃ちつける雨と風の音が酷い
「ジョーカー様、西の方角より黒い何かが迫ってきていますよ」
「飛んでいるならドラゴン、泳いでいるなら鮫、馬鹿みたいにでかいのは見慣れている」
「海面から、天まで一本っといった感じです。こちらに近づけば近づく程、規模と大きさが・・・」
船全体が悲鳴を挙げているようだった。軋む音、今にも壊れそうなガラスの音は普通ならば不安を掻き立てるものだが、こいつらは全くそんな感情が湧かず
寧ろ、感情に変化無し
迫っていたのは、近年では最大クラス規模の竜巻であった。死を誘ってきそうな黒は夜によるもので、目前にした時の絶望感には非常にマッチしている
ベキッ!!と大きな音の後、一瞬の静寂。ノレムとジョーカーが同時に首を傾げた次の瞬間、そこそこの大きさを誇った遊覧船は少しも耐えずにバラバラにされてしまい、海の藻屑と化した
暗い海に消える、1つの叫び声
「ひえぇぇーっ!!」
そして、夜が明けた。海は嘘のように静まっており、水平線の果てまで波は緩やか
しかし、ある2名の姿は無かった。荒れる海の中、竜巻に呑まれて以降行方不明に
なっておらず、普通に無事である。とある街にて、ノレムとジョーカーは潜伏中
「一時はどうなるかと。でもまぁ、目的の国には到着できてよかった」
朝の陽射しが届かない薄暗く、ジメジメした場所でぶ厚いローブに全身を包み、身を潜める
トワオダマキとは違い、鉄仮面を被り顔を隠していたら怪しまれ、見回りをしていた衛兵に止められてしまった
あっというまに数人の衛兵に囲まれており、質問と仮面を取れと命令されたので、逃亡
怪しまれるのは仕方なしにしろ、ピリついた空気。警戒が強い
かなり、しつこく追いかけ回されてしまう
「この街、どこもかしこも兵だらけですね。いつもこのような風景なのでしょうか?」
「今日はいつも以上なのかもしれないな。勇者が勇者となる、16の誕生日だからだろう」
「誕生日、ですか?」
「そうだ。勇者の血は流れているが、まだ使命と目覚めを得ていない。その者が今日、齢16を迎える日に城にて儀式が執り行われる。ここ何十年、強い勇者の血は生まれなかったがようだが・・・」
「1人の者の為に国が・・・」
いや、おかしい話ではない。1人の友人の為に国家兵力全てを使い一国を滅ぼしたり、1人の美女を巡って五つの国が滅んだ例もある
勇者とは、そうまでして価値のある者なのだろうか?そうだとしたら、ジョーカーは勇者を始末すると言っていたのでこの国中を敵にまわす意味となる
勇者を亡き者にすれば、次はこの国の兵力。もしかすれば王や総大将が討ち取られ、兵達が武器を捨ててしまう戦闘意欲の喪失と同じようなってしまう可能性もある。しかしその中にも、最後まで戦おうとするやつはいるものでどの道、戦闘となりそうだ
「勇者よ、首を洗って待っていろ。せっかく洗った首を、ねっとり生温かい己の鮮血で汚してやる」
看板は無く何を取り扱っているのか営業すらしているのかすら分からない店の物陰から遠くの方に視線をやる
街を越えた先、この距離からでも規模の大きさが目立つ城が威風堂々たる姿を誇っていた
「おっと、見回りの兵がこちらに来ているな。隅々まで熱心な心がけだ」
「すぐ、移動なさいますか?」
「いや、今は逃げる気分にはなっていない」
見回りをしていた衛兵の2人は、建築物の裏や物陰も目を配らせるつもりで勤しむ
仕事熱心だが、運がなかった。一軒一軒、建築物の裏と物陰、店周りを確認していき、ついにジョーカーが潜む営業しているのか不明な店へ
店周りを一周したはずだが。2人は姿を見せなかった。次の瞬間、悲鳴もなく、尋常じゃない量の血飛沫が店を汚す
「さーて、儀式にお邪魔させていただきに行きましょう」
「始まる前、終わる前、終わってから、どのタイミングが望ましいですか?」
「どれでもけっこう・・・!」
返り血は一滴も付着せず、フードを深く被り行き交う人混みに紛れて城に向かう
途中、通り過ぎた中央広場に銅像がたっていた。左手には盾を持ち、猛々しく右手の剣を天へ掲げた者の像。髪は無く、オーソドックスに人型に作られた者の両手に持つ武器はあいつを思い出す
(モトキのやつは剣と盾の持ち手が逆だったな・・・)
足を止め、あいつは生きているのだろうか?と敵であるのにおかしな心配をしていると突然、大砲の砲撃音が響いた
街の民衆、衛兵、そしてノレムも音がした城がある方角に顔を向ける
ジョーカーだけは、もし本当に砲弾が放たれたのであればその行き先を予測し、目を向けた場所は海であった。目立つのは、一隻の船
その船は砲撃音から数秒後、空気を揺らすような着弾際の破壊音を奏で、水飛沫に呑まれてしまい無惨にも木っ端微塵となり海の藻屑と化す。まるで数時間前に自分達が乗っていた遊覧船と同じ結末
砲弾は質量、速度で対象を破壊する運動エネルギーの弾だったようだ




