表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光ある概念の終日  作者: 茶三朗
それぞれの影が過ぎた道 別場
87/217

二つの影 揺るがぬ闇 4

旅館に戻り、部屋で少しの寛ぎ。その間、ジョーカーは手紙を綴っており、万年筆を動かす

ノレムはじっと、正座しながら微動だにしなかった。終わりまで、静かに待つだけ

手紙を数枚書き、1枚1枚を丁寧に便箋へ。その全てを手から落とし、ドス黒く濁り、消えた


「崩して結構なのだがな・・・楽にしてろと言っても、変わらなそうだ」


万年筆を小指の先端で回しながら煎茶を口に、蛇の被り物の口部分で飲んでいるようだが

お茶請けとして甘味処で購入した団子を被り口を引っ張り、隙間から入れて食べる

他に誰もいないのだから、部屋でぐらい脱いだら良いのに


「そろそろ、温泉にでも行くか」


手紙を書くのはこのぐらいにして、入浴準備を

とは言うものの、自前のシャンプーやタオル類など持っているはずもなく、浴衣ぐらい

3度目の一本松が目立つ玄関付近まで足を運んだがあの女将は見当たらず、仕方なく他の従業員に声をかけた

温泉の場所確認と入浴道具類を持ち合わせていない旨を伝えてると、どうやらタオル類の貸し出しはしているようだ

訊き、その場所へ向かい近づいてくるとジョーカーの鼻は仄かな湯の香りを捕らえた

オーソドックスに、男と女の分けられた暖簾


「男湯と女湯、どちらに入る?」


「どうして選択肢があるんですか!?」


冗談はさておき、のはずかと思われたがジョーカーはしゃがみ、女湯を暖簾下から覗こうとしていたのでノレムは彼の背を強めに叩く

「冗談だ」と言って男湯の暖簾を通過するが、どこまでかは本気だったのかもしれない


「ノレムよ、やはり頭に被るこれは脱いだ方が良さそうか?」


「お好きに、自身のこだわりやルールに反するのであれば脱いでよろしいのでは?」


蛇の被り物を脱いだがその下は素顔ではなく、顔へグルグルに巻かれた白い布。両眼すら隠されており、何故か後頭部辺りが盛り上がっている

白い布をも外していき、即座に大きめのタオル数枚を利用し、頭に巻いた

服を脱ぎ、いざ温泉へとジョーカーはハンドタオルを首に掲げて向かうもガラス窓に衝突した。どうやら最初に巻いていた布とは繊維が違ったので見えなかったようだ


「ラムネ様、やっぱりタオルだと見え難いですよ」


「大丈夫だ、この問題は心眼で打破する」


それは解決になっているのだろうか?

僅かに漂う湯気の出迎え。石畳に石作りの湯槽、かなりの広さであり見渡してしまう

外への露天湯に続く道、内より外へ無性に行きたくなる心の揺さ振りが起こっていた

かけ湯を行い、ジョーカーは迷いなく外の露天風呂へ。景色は川を挟んで森、全てが目の保養

檜作りの湯槽にゆっくりと浸かり、一息漏らす


「やはり、湯に浸かるは素晴らしいことだ・・・」


「そうですかね・・・」


偶然なのだろうか、時間によるものなのだろうか、今ここに温泉に入っているのは身体に傷跡が目立つこの2名だけ

特にジョーカーの左胸に刻まれている昔の傷跡が目立つが、湯が沁みることはない


「あぁ、そうだ。他に人のいない機会だ、何故私がまだ帰りもせず、残っているのかを話しておきたい」


「この場で、ですか?今はいないにしろ、いつ誰かが来てしまう恐れが・・・」


「別に聞かれても大した問題ではないはずだが、もしもの場合は自らの目で自らの横たわる身体を見るはめになるだろうな」


温泉の湯が一瞬、冷たくなったと勘違いしてしまう程の全身に悪寒が走った

頭に巻かれたタオルから漏れる黒に近い灰色の煙は空の色を変えてしまいそうだ。きっとその下の顔は、不気味な笑顔だろう

だが、数秒もせず何事も無かったかのように元に戻った


「っと、余計な真似だったな。ノレム、お前は勇者って存在を知っているかい?」


「勇者?テビーズ作、十二劇の第七幕、勇者と花姫に出てきた主人公の青年のことですか?」


「あの演劇物語のやつも確かに勇者だが、それとは違う。ちゃんと存在する血筋の者だ」


右肩に左手を置き、握り揉みながら首を左右に動かし終わるとジョーカーは腕を組み、胡座をかく


「俺についてきたのは、その者を訪ねる為に・・・?」


「そうだ。そして、その者を始末する為」


つい声をあげたり、言葉を失ったりはなかった。よくある事だ、驚きもなく、そうだろうなと予想はとっくにある

ただ静か、両者無言の時間がほんの一時だけ


「ノレムよ、勇者という言葉は教えられてもいないのに自然と知っていたものだろう。物語には付き物だからな。では、勇者はどうして勇者と呼ばれているか由縁を考えたことはあるか?邪や悪を撃つ者、女神からの加護を受けた者、不思議な剣に選ばれた者、どれも物語ではよくある設定だ。なら、現実にいる者はどうだ?」


「自ら名乗り、それに違わぬ働きを成したので称えとして定着したのでは?俺の今思いついた仮説ですが」


「うむ、それもありそうだ。実際に似たような者に覚えがある。他にも何が発端か。王が正義の国で、王の令に応える活躍をしたので民や周りがそう呼ぶようになった。強大な敵を討ち破ったから等もありそうだ。ただ強大な力を持って生まれた場所、そこの太古にあった文化により呼ばれるようになったのかもな・・・ふふふ、挙げるとキリがない」


左拳を握る。その手を見つめ、この手で、勇者を葬るつもりなのだろう

ノレムは、胸がそわそわし始めていた。突然に襲う、心臓を掴まれたかのような感触


「勇者を討つ理由は?」


「くだらない理由、スペードや魔王帝様からの令でもなく、私の独断だ。教えるのは、勇者を前にしてからにしよう」


ジョーカーは湯から立ち上がり、竹作りの垣根へと歩み始めた。ノレムは最初、別の湯へ移動するのかなと思ったが、すぐに嫌な予感が脳裏に走ったので彼を背後から失礼を承知で羽交い締め


「ジョっ!ラムネ様!ダメです!品性の欠損!」


「温泉で男女を遮る壁や柵があったなら、潜み、乗り越え、覗くのが醍醐味だと教えられたのでな。バレたらそれまでだ」


「誰の教えですか!もしバレてもラムネ様なら抜け出すのは容易いでしょうけど!大切な何かを失う気がします!」


「いいかノレム、私は雌の裸はそこそこ目に映してきたさ。だが覗くのは違う。家にあるエロ本より、河原に落ちてるエロ本を発見した時の方がドキドキしただろ」


「わかりませんよ!その例え!」


なんとかジョーカーを抑止に成功。この方は本気と冗談の振り子がどちらに行っているのか予測できない

この後、何事も起きずゆったりと温泉を楽しむ。ノレムはジョーカーより先に出てはいけないと、そろそろ上がろうかな?の気持ちを抑え、彼に付き合うが3時間も温泉にいるはめになってしまった

長かった。浴衣に着替え、ジョーカーは手にいっぱいのラムネを購入し部屋に戻る

夕食まで手紙の続き、ラムネを片手に万年筆を動かす


「やっぱりラムネは最高だな。好きな飲み物5本の指に入るだけはある・・・」


5本目を飲み干すと瓶を左右に振り、中のビー玉で音を鳴らす

長めに寛ぎの息を吐いてから、口を開いた


「明日の陽の昇らぬ早朝、ここを出る」


「承知・・・」


ラムネを7本残し、手紙を書き終えると入浴前と同じく、手から落とされ黒く濁り消えた

次の間へダルそうな足取りで移動、畳の床で座布団を枕に使い横になる。寝にくかったのか、頭に被っていた蛇の被り物を脱ぎ捨てた。蛇頭は戦場で討ち取られた首のように転がっている

ノレムは捨てた!と心で呟き、ジョーカーは座布団を数枚使い上半身をサンドイッチに

僅かにだが、モッサリとした影がはみ出す


(寝ましたか、ジョーカー様。寝込みを襲われぬよう、俺がしっかり見張っておかないと!くるならきやがれ!命に代えてもジョーカー様の邪魔はさせん!)


力んだ目開き、彼からの力を感じ取ったのか挟まれていたジョーカーは「心配無用」と座布団により篭った声で

しかしノレムは、ずっと警戒を解かず起きていた。退屈も湧かず、アドレナリンで少しの眠気すら訪れず

好きにさせておこうと、ジョーカーは眠る。夢は座布団に挟まれいるせいか、たくさんの猫に包まれている幸せな夢であったのだが、その暖かい世界は一瞬にして変貌

暗闇に包まれ、闇を蹴散らすように蹴ると広がったのは赤黒い空。体を起こし、どうやら棺の中で寝ていたようだ

自分を狙う無数の影の存在、喉から捻る呻き声、助けて欲しいのか、怨みをぶつけているのか、苦しみの声

。朽ち果て始めた身体は、鈍くジョーカーへ集まってきていた

面白そうだと、上半身が影に染まった悍ましい雰囲気のジョーカーは指の運動を始めたところで目を覚ます


「夕食の時間だ」


挟んでいた座布団を退けて寝起きの第一声、それは大正解である

ジョーカーの視点では、女将が夕食の準備をしてくれていた。座卓上に並べられる料理の数々


「あら、おはようございます。夕食のお時間をお報せに参ったのですが、お休みのところでしたので。また後程にと思いましたが、お連れ様が準備していれば起きると仰られまして・・・」


ナイス判断と親指を立て、ノレムもそれに親指を立て返した

次の間にいるジョーカーの顔を見て、女将はくすりと笑う


「そのようなお顔をなさっていたのですね。若い女性従業員の方々があなた様のお連れ様の噂をしていましたけども、あなた様も劣らず・・・」


「ふん・・・世辞でも嬉しいものだな」


本心からなのか、世辞か、それを答えてくれなかった。だが、それが良い

蛇の被り物を拾い、布を頭部に巻く作業の後それを被り、座卓へ移動。茶の革手袋を外すとおしぼりで手を拭く

座卓上に並ぶ料理を大まかに目を配り、数種類の小鉢、お吸物、定番と旬の野菜とこれも旬な鱚の天ぷら、鰹のたたきや季節魚の刺身等で彩られた舟盛り、鍋物、食前酒


(おぉ、アスパラの天ぷら。そうか、旬だったな。年中流通してるから忘れかけていた)


女将さんが鍋物の火を点け、刺身や天ぷらに使われている旬の魚や野菜を一通り説明

「ごゆっくり」と丁寧に、静かに去る彼女の声を耳は逃さず。もうちょっと女将さんの声を聞いていたかった、いてほしかったなぁなんて想うジョーカーはちゃんと手を合わせていただきますを一言


「フキの煮物や、天ぷらに蓮根や青葉があると安心するよね。僕だけか」


「あ、ちょっと同感できます」


ご飯物はかやくご飯であった。ほのかなミツバの香りが素晴らしい


「刺身の種類もけっこうあるな。旬のイサキにアジ、アオリイカ、鰹・・・む?ノレム、食べないのか?」


「いえ・・・先輩方達は帰られて、自分はこのような、いいのかなと」


「いいんだ。予めあいつらに、私はノレムと美味しいものを食べるかもしれないぞと言ったらいいよと返ってきたのだから。食べよう、せっかく来たんだ。明日のこともある」


「はい・・・」


昼と比べて食事時間は短かった

ノレムとジョーカーの両者、食前酒には手をつけず

食事を終え、数名の従業員が食器や鍋の片付けと座卓の掃除。布団を敷く準備はいつ頃を御所望かと聞いてきたので、今から土産を買いに外へ出るからその間にでもと頼んでおく

朝方言ったとおり、再びりんご飴を買いに街へ。土産屋前の小さな屋台、店番は老婆に代わっていた

もうすぐ店じまいらしく、残りあるりんご飴を全て購入

ついでにここで土産でも見ていけと老婆に言われ、断る理由も無かったので入店

朝にりんご飴を売っていた娘が店内を掃除していた。「いらっしゃいませ」とお出迎えの挨拶の後、入ってきたノレムの顔を見るなり、瞳を輝かせるがすぐ恥ずかしそうに顔を逸らした。彼女は頬を赤らめる


「やつら他4名だろ、よくしてくれた方々にだろ、女房達にだろ、部下達、バトラーメイド、配下領主・・・」


ノレムは誰に土産を買うのか、パッと浮かんだのが妹しかいなかった。先輩達や、自分によく突っかかってくるあいつにも買おうかとも考えたが、ジョーカーが全員分買いそうだ

自分からの土産は余計になるのでは?の不安

いや、気にしすぎだ。相手から何かを奪うわけじゃない、妹と、お世話になった方々には買っておこう


「こういうのは、菓子類等にして休憩とかに皆でシェアできる物にするのが無難だな。さすがに妻達や友人には個人別々に選ばないといけないが」


それでもかなりの量となる。袋紐を両手では掴み持ちきれないので重ね持つしかないが視界不良

大半がジョーカーのだが、折半して荷物を持ち店裏へ。裂け開いた暗闇の次元へと収納


「土産の買い物終わり、りんご飴も買った。また温泉に入り、一息ついてから、歯を磨いて、寝る・・・」


帰り際、人混みに紛れ小汚い男が杖をつく老人から財布をする現場を目撃したのでノレムは反射的にそいつの腹部に拳を放ってしまった

真っ青な顔、泡を吹きながら痙攣する男から落ちた財布を拾い老人に渡してから逃走

何故自分は敵国で人助けをしてしまったのかと嫌になりながら全力疾走。ジョーカーは置いてかれてしまう


「くっそ、つい反射的に・・・」


部屋へ先に戻っていた。湯呑み茶碗を手に、出かける前に淹れたのですっかりぬるい

深く溜息。敵国のやつらなので、あんな取り返してあげる必要などなかったのでは?反射的に、早まりすぎたと反省

ジョーカーを放置して逃げてきたので捜しに行かなければ。お茶を飲んでいる場合ではないと立ち上がるが、ちょうど彼も戻ってきた


「うぇーん!寂しかったじゃないか!」


「す、すみません・・・」


りんご飴を片手に、買ったお土産の整理でもしようかなと空間に小さな裂け目をつくり、開く

しかし、空間を開いたと同時に裂け目から何かが零れ落ちた。どうみたって、左腕である


「あ・・・」


「左腕、ですよね」


「弁明させてください」


「いや、そうしなくとも・・・」


「ノレムが殴ったおっさんいただろ、スリの。泡吹いて倒れいるのを放置しておくと通行人の邪魔になるかなと私なりに考えまして、おぶって運びましたが自分でも邪魔になってきたのでバラバラにしました」


「これ、さっき俺が殴って気絶させた人の左腕ですか!?」


血液が畳に、両者は一旦無言


「このままだと、旅館密室殺人事件だな」


「なにちょっと楽しそうに言っているのですか」


左腕を片付け、2枚分の畳に少量だが付着した血液を余分に濡らしたタオルを使い、染み込ませるようにトントン叩く

迅速に行ったので、血の汚れはほとんど目立たなくなった


「よし、なんとかなるものだな。カーテンについた牛乳の取る作業を経験しておいてよかった。念の為、畳は弁償しよう」


過ぎた事、何事も無かったかのように温泉へ向かおうとするジョーカーであったが、何かを思い出したのか立ち止まる

明日の朝、陽の昇らぬ内にここを出るので朝食は必要ないと伝えて置かなくては


「それ、俺が伝えておきますよ」


「そうか、では頼む」


布団を敷きに訪れた際に伝えるべきか?いや、来るのは女将さんとは限らないので捜して捕まえる方が手っ取り早いだろう

途中までジョーカーと行動し、玄関にて温泉とは反対の通路に女将さんの背が見えたので追いかける


「女将さん、お忙しい中すみません。少し、明日の朝において伝えておきたいことが・・・」


明日の朝、朝食の用意は必要ないと伝えた

勇者を倒しに行くなど言えるはずもなく、理由は急用ができたとだけ

伝え終えたので、自分もまた温泉に足を進める

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ