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光ある概念の終日  作者: 茶三朗
それぞれの影が過ぎた道 別場
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二つの影 揺るがぬ闇 3

歩みを遅らせるといった庭園の景色を楽しもうとはせず、ただ通り過ぎるだけの道としての利用

朝陽の位置が数分前より昇った頃、入口となる瓦屋根の下屋が見えてきた

落ち着きが感じられるが、入母屋の屋根を支える太い木の柱が逞しい

あとは暖簾をくぐるだけだがその前、ジョーカーはネクタイを締め直し、ノレムもそれを真似る

次にスーツの襟を確認してからようやく暖簾を通り旅館内へ

出迎えてくれたのは巨大な一本松であった


「貧困から富を得たやつが陥りやすい、馬鹿な成金のする内装を全て金ピカにするやつと違って、こういった思い切りは好きだな」


「先日、なにかあったのですかラムネ様?まるで最近目にしたかのような・・・」


「いや、特に」


かなりの広さを誇る玄関ホールの一本松に見惚れていると、着物に身を包んだキリッとした目つき

の女性が少し慌てた様子だが重心をブレさせない駆け足で

ジョーカーはすっかり一本松に興味は失せ、着物の女性に見惚れてしまう

着物姿に、映える美しき黒髪は触れたら指熱で溶けてしまいそうだ


「申し訳ありません。出迎えが遅れてしまいまして」


「いや、こちらこそ。事前に予約の便りすらできない迷惑な旅客だ」


「まぁ・・・旅のお方がわざわざ当旅館をご利用に」


「街で大変素晴らしい宿は何処かと聞いてまわり、結果行き先がここになりまして。綺麗な女将もいると口揃える者が多く、これは行く選択肢しかないと・・・」


蛇の被り物をした者が何を戯言を口にしているのだろうか?

ノレムは何も口出しをせず、黙っていた。聞いてまわってもいないし、綺麗な女将がいる情報も掴んでいない

ジョーカーによる咄嗟の嘘と一目見て、本心から


「それはそれは、大変喜ばしく、余る想いです。では、改め、当旅館へよくぞお越しくださいました」


凝視していたら思わず触れてしまいそうな桃色唇は、己の記憶にいる1人の女性を連想させる

いや、今はいいと浮かんだ女性を振り払い、前にいる女性の黒髪や雰囲気に見惚れなければ失礼だ


「お部屋の方はいかがいたしますか?」


「一番良い部屋を頼む」


間髪入れずに答えた

せっかく訪れ、こんな素敵な方と出会わせてくれたのだ。最を頼みたい


「大変申し訳ございません。松のお部屋は今日の夕刻に来客していただきますお方が御予約なさっておりまして、竹か梅のお部屋でしたらまだ空きがございますが・・・」


「けっこう。元は得体の知れない旅の者だ、雑魚寝は日常茶飯事なもので部屋を用意してくれるだけでもありがたい。ぜひ、竹でお願いします」


案内が開始させる。女性の後に続けばいい、美しい後姿を見失うはずがない

途中、ノレムがジョーカーに問う。本当に自分もよかったのかと、ジョーカーは「今からテメェは外で寝ろと非道な真似するかよ」と笑う

「楽しそうですね。御友人での旅ですか?」と女性が聞いてきた

ジョーカーの口から「そうです。良い友人です」の返答に、ノレムは少し驚いた顔

次にジョーカーは、唐突に女性へ問う


「怪しまないのですか?こんなセンスのあるおかしな被り物をした客に」


「来るお客様の全てが、普通ばかりとは限りませんから」


あの被り物を本気でセンスがあると思っているのだろうか?というノレムの内心疑問は置いておこう

この女性は肝が据わっていそうだ。これは脅しても自分のものにさせるのは難しいだろう。それでいい、それも美しい


「こちらになります」


髪、頸、着物、背中、腰、尻、脚に見惚れていたら着いていたのは冗談である

開かれた襖扉、畳の良き香りが鼻を擽る。入室したそこは2人で使用するには充分すぎる広さの一の間

竹でこれとは、もう一階上の部屋にある松はどれ程なのだろうか?

座卓の机上台は広く、落ち着きがあるも高級感が漂う作り。掛け軸に押されている印も知っている者の名

なにより縁側からの庭園と街並みを一望できる。街は夜になれば提灯等の優しい灯りで別景色を楽しめるだろう


「御食事の方ですが夕食は17時と30、朝は7時と30からになります。温泉は24時間、いつでも入浴できますので」


ノレムはやる事がなく、ただ畳の上で正座をしているだけであった

ジョーカーは座卓に備えで置かれている菓子に手を伸ばし、包みを開く


「では、ごゆっくり・・・」


菓子はきんつばであった。口にはせず、何故かジョーカーは食べ渋る

包みを開いて捨てたり放置は御法度、しかしつぶあんが大嫌いなのだ。その気になれば食べれないことはないが、なるべく口にしたくない

こしあんはとても好きなのに


「ノレム、頼みがあるのだが・・・」


「はいっ!ラムネ様の御頼みとあらば!」


きんつばを渡された。大人しく、事が起きるまで待機のつもりであったがジョーカーからの頼み事

主から頼られるのは嬉しいのだが、きんつばを渡されただけ


「食べてくれ。素直に、頼む。つぶあんが、ダメなんだ。紅茶あるぞ、煎茶も抹茶も」


裂けた次元からティーカップに茶碗、壊した物とはまた別の茶釜等、器具を取り出す

ノレムは、黙々と渡されたきんつばを食べ始めた


「おぉ・・・っ!このきんつば、うまいですよ!」


「そいつはよかった」


煎茶を淹れるジョーカー、好みは薄め

ノレムに濃さの好みを訊ね、彼はお任せと答えたので自分の好みの濃さを

2人は煎茶で、一息つく


「お昼、蕎麦が食いたい。麺類はいつもうどんが基本

だからたまには他も。以前ダイヤと昼食に行った際に、またうどんかって言われたばかりだからな」


「あ、いいんじゃないですか?俺は賛成ですよ。ざるより温かいのが望ましいです」


「私もざるの蕎麦は嫌である。ざるうどんなら大歓迎なのだが」


ここ辺りに良い店はないかと、旅館の人に聞いてみるかと部屋を出た。聞かず調べず、初めての場所や新しい店を自らの足で探すのも好きだが

玄関に向かい、先程接客をしてくれた女性の忘れるはずがない、まごう事なき美しき後姿を見かけたのでジョーカーは声をかける


「すまない女将さん、少々尋ねたいのだが・・・」


「あら先程の。女将さん呼びをなさるとは、私が女将だと確証は?」


「あるさ、自信もありますよ。貴女は綺麗ですから」


「綺麗な女将のいる噂ですか?もし、私が女将だとしたならば、噂どおりでしたでしょうか?」


「噂と想像以上でしたよ」


このスーツ蛇頭は何を言っているのだろうか?

噂も適当な思いつき、女将であるかどうかは賭けの直感による女性への褒め言葉

もし、この光景にいるのが自分ではなく奥方の誰かだったなら悲惨な結末が待ち構えていただろう


「話の腰を折ってしまいましたね。私に御用とは?」


「すすめの蕎麦処に覚えはありませんか?」


「お昼にお蕎麦ですか、良いですねぇ。偶然にも私の昨夜はお蕎麦でした。昨日行った店でよければ紹介をと言いたいのですが、自分で茹でた物ですので・・・トワオダマキで有名な蕎麦処といえば蕎麦屋ひろをよく耳にしますね。私は行ったことありませんが」


「蕎麦屋ひろ、ですか・・・」


店の場所を教えてもらい、さっそく赴くことにしてみた

街は朝方よりも人の数と密集率が増えており、進むのが困難となる程ではないが賑わいにより煩い

途中、ノレムが何度か浴衣姿の女性に声をかけられていたがジョーカーは全く助けようとせず、ノレムもまた、先に先に行ってしまう彼に着いていく為、声をかけられようが無視を通す


「お尋ねしたいのですが、お蕎麦屋でひろという名のお店を存じておりませんか?」


女将に教えて貰った場所の近くに着いたが、詳しい位置は知らない。見渡し、少し歩けば見つかりそうだが、たまたま甘味処にて床机に座る老夫婦に訊いてみる。返答してくれず、仲良く茶を口に

邪魔をしたと詫びながらも、内心は団子の串を目に突き刺してやりたかったジョーカーとは別に、ノレムは甘味処の袴を着た若い女性の店員に店の在処を聞き、彼女は親切に、茶や菓子を運ぶ盆で少し赤らめた顔を隠しながら指をさし、店を教えてくれた

もうかなり、目と鼻の先だったようだ


「ラムネ様、あれ全部蕎麦屋ひろ目当てのお客ですよ」


「みたいだな」


白字でひろと書かれた青い暖簾、そこから長蛇の列、人が溢れていた

隣の店への出入りに邪魔にならないよう、カーブし、蛇行並びをしてスペースをつくってはいるがこれでも邪魔は邪魔である


「佇まいから高級店のようですが、こうまで並ばれているとは。お昼限定のサービス一品か御膳でもあるのでしょうか?」


「ギリギリ、高いが払えるお代範囲なのかもな・・・ノレムはここで食べたくは?」


「並んでまで食べたくは、他の店にするのが賢明でしょ」


「だよな、僕もそう思う」


他に蕎麦を食える店を探そう、その前に店を親切に教えてくれた甘味処で団子を購入

これは全部、スペードやハートにあげよう

店を探し始め、そろそろ昼時にはちょうどいいあたりの時刻に差し掛かった頃、着物屋と土産屋に挟まれた道の奥に、赤字で食と書かれた暖簾の店を発見

覗いてみるではなく、あそこでいい心構えで。暖簾の先には丼物の香りが広がっていた

店内に客はそこそこ、爪楊枝を咥え新聞を広げたり、土汚れの付着した頑固そうな親父と同じく土汚れのつく若者数名、店員は中年夫婦の2人だけのようだ

カウンター席に並び座るジョーカーとノレムはお品書きに目を通す


「わかめ蕎麦、カツ丼と親子丼も。全て大盛りで」


ジョーカーの注文が早かった。ノレムは慌て、注文を決めようとするが、横から「食事に急ぎはいらない」と優しい声で諭す


「えぇと俺は・・・」


食事時間は割と要した。米粒一粒も残されず、それぞれの席のテーブルに幾つも積み重ねられた器が食べた量を物語っている

ジョーカーは最初に注文した3品では物足りず、ノレムもまた食べてる最中に追加注文。きっと揃って育ち盛りなのだろう

食いっぷりを見て、店員の小太りのおばさんは子を見守るような暖かい目でニコニコしていた

あの蕎麦屋ひろに行くより、ここで正解だったようだ


「ごちそうさまでした」


お冷やを飲むノレムの隣で、ちゃんと手を合わせて作ってくれた人と食材に感謝

チラリと何度か彼を尻目に見ていたが、被り物をしながらもちゃんと食事をし、少し目を離せば平らげていた原理がやはり解らない。素顔で食べればいいのだが、「被り物を脱いで食べないのですか?」とは聞かず、自由にさせておこうとノレムは片付けた

お勘定を済ませ、店を出るとジョーカーは身体を伸ばす


「ラムネ様、ごちそうさまでした。良かったのですか?宿代といい、俺なんかに昼代まで出していただいて」


「いいんだよ、礼の一言をちゃんとくれれば。これも仕事、任務上の出費さ。細かく気にするのは親しい女性が髪型を変えた時か、香水を変えた時にしろ。でも髪をバッサリ切っていた際は触れてやるのは控えるんだぞ」


旅館に戻る前に、蕎麦屋ひろを覗く

まだ長蛇の列は途絶えられず、少なくなった様子も無かった。さっきの店で食事して、やはり正解である

戻りの途中、ジョーカーの足が止まっていた。装身具屋の店先に並ぶ商品の中で、簪を手に取る。華やかなガラス製の紙風船が付いた丸簪

その商品を購入し、紙袋に包まれた簪を懐に


「土産は夜にするつもりだったのでは?」


「これは別だ、良いと思ったからな」


ノレムは、誰に渡すのだろう?なんて予想するのはやめておいた

良い物を見つけたと、機嫌良さそうに鼻唄が聴こえる。どこからともかく、緩やかな風にが吹き、気流の乱れ、まるでジョーカーに寄せつけられているようだ

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