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光ある概念の終日  作者: 茶三朗
それぞれの影が過ぎた道 別場
84/217

二つの影 揺るがぬ闇

深く、優しく闇へと誘ってくれそうな夜であった

ある一室にて、ガスマスクを付けた者が大理石調のプレジデントデスクにスキンヘッド頭のかなり肥満体である男の顔面を押しつける

肥満の男はもがくも、わざと手の押しつける力を緩めたり、強めたりを繰り返され机に唾液と鼻水を塗りたくるだけ

誰か来て欲しい、助けてくれとでも言っているのだろう


「そうだ、この部屋のショーケースに素敵なオモチャがあったんだ」


後ろ腰に引っ掛けていたのは医療用の弦掛け鋸。つい先程、ショーケースのガラスを殴り砕き、飾られていた物を拝借

自らの富をひけらかす為、過剰に装飾された品である。他にも切断ナイフやら弾丸抽出装置もあるが装飾に力を入れ過ぎたせいでどれも使い勝手が悪そうだ


「もがきすぎるなよ。誤って悪い部を切っちゃって、即死されたら嫌だから」


鋸の刃を首筋に当てようとするが一時停止、やっぱりうなじかな?後頭部からもありだろう。いや、スキンヘッドだから頭頂部からちょっとずつ?

やっぱりシンプルに、首筋にしようとガスマスクの者は最初の位置、脂肪がつきすぎて肉マフラーとなっている首の右側へ刃を当てる

チクリとした金属の感触に予感と察し、恐怖が肥満の男の全身を電流として流れ、尿を漏らす。もがきが強くなったが、御構い無しに躊躇いも猶予も無く、鋸を引き始めた


「よっこいしょーの一声と、3、2、1はい・・・!」


5回の引き。最初の1回は大きく痙攣し、顔をうつ伏せに押さえつけられているせいで、おかしな苦しみ唸りの1回だけ

2回は弱めの痙攣、3回目は更に弱くなり、4回目は微かに、ゆっくり長めに引いた5回目で動かなくなってしまった

ガスマスクと着ていた燕尾服には血飛沫が残忍さを物語る印として付着


「ジョーカー様、終わりでよろしいですか?」


扉のすぐ横の壁にもたれ、一部始終を見ていたのはノレムであった

濡れて焚き火で乾かした服はモトキとの戦闘でダメになったのか黒いシャツに、上には裾が少し長めである茶のボマージャケットを着ており、チャックは紫とグレーのストライプ柄ネクタイを隠さないよう途中で上げるのを止め、下にはダークグレーのスーツパンツを履いている

先輩2名と別れてから、ジョーカーからプレゼントされた。身に余る喜びであったが、申し訳なさもあり、しかし受け取らないのはもっと失礼になってしまうのでありがたく着用


「終わりでよろしい、後はこれをどう片付けるかだ。うむ、僕は放置してここの医師や看護婦を驚かせるのが醍醐味だと思うが、バラバラにしてゴミ箱に捨てるか、知人が飼っている馬鹿に巨大な鮫の餌にするのもありだな」


「では、片付けは自分が。そいつの始末も俺がやればジョーカー様の手をわざわざ汚させずに済んだのですが・・・」


デスクに伏せている死体に近づこうとした時だった。不意に、扉が開く

ジョーカーとノレムは顔をその方向へ、時間が止まってしまったかのような空気に襲われてしまうがやばいとつまみ食いがバレた程度の感覚


「医院長、大腸癌を患う患者ですが・・・えっ?」


咄嗟にノレムが看護婦の腹部へ肘打ち

意識を失い、顔から転倒させないよう体を支えゆっくりと寝かせる

しかし、部屋の外で他の看護婦や医者達が開いた口が塞がらない顔でこちらをみていた


「どうやら歓迎ムードとはいかなそうだな」


「ここはどうします?俺は逃げるのが最善かと」


「そうだな、逃げましょう」


閉まろうとしていた扉を蹴り砕き、医院長室からの逃走

騒ぎ、悲鳴、ドヨメキの様々が聞こえ、ジョーカーとノレムは病院内を走る


「医院長室の窓を突き破って脱出する選択肢は無かったのですか?」


「あったが面白い方を選んだ」


「面白い方?」


適当な看護婦を2人捕え、廊下窓に掛かるカーテンで自分を含めた4名を包み高速回転

回転するカーテンから出てきたのはナース衣装となったジョーカーとノレムであった。看護婦の2人はカーテンで簀巻きにされ転がっている

ノレムの顔は影が覆った羞恥の表情


「よし、変装完了」


「ガスマスクをしている時点で変装しても怪しまれるでしょうが!」


それもそうだなと、ナース服を丁寧に畳み簀巻きにされた彼女達の前に置き、元の服へ

「いたぞっ!」の叫び声が聞こえた。医者や看護師、患者では見慣れない服装から衛兵であり、槍を携え走り迫って来ていた

ノレムは身構えるが、構うなの一声で戦闘体勢を解きジョーカーを追いかける

階段をちゃんと上るなど馬鹿らしく、段差を跳び越えていき、衛兵との距離を圧倒的に離していく

途中で何故こうなったのかジョーカーを背負う形になりながらも、彼の指示どおりに病棟内を駆ける


「あの部屋で身を隠そう」


どこでもいい。急ブレーキをかけ、ジョーカーの指差す部屋の扉を開いた

中は真っ暗であり、大窓から映る夜景色からの光が視界の道標

微かに映るベッドがあり、2名は身を屈めながら歩行し扉から離れる。息を殺し、ベッドの反対へとまわり遮る壁として利用し座り込んだ


「ここで見つかったら血まみれの現場にするのもありだが、大人しく捕まって脱獄劇の一つでもやってみるのも余興だな」


「捕まったら捕まったで大ニュースは避けられないでしょうけど。俺はどうでもいいで片付けられはしますけどジョーカー様を救おうと部下の皆々様が戦争を起こすすら躊躇いませんよ」


とても余裕のある雰囲気である。ノレムも自分では気づいてはいないが、ジョーカーが近くにいてくれているという安心感に包まれていた

どれほどの時間、ここで座り身を隠していたのだろうか?1つ1つ病室の確認をしてくるだろう覚悟はしていたのに、一向にここは来ない

万が一来ても、ただ殺戮現場と化すか大窓を突き破って逃走すればいいだけなので部屋の灯りを点ける


「っと・・・!」


ここで、自分達以外にもう1人いたことを知る

ベッドの上には、灯りを点けたノレムを見つめる弱々しく少し痩せこけた子供。頭部には毛糸の帽子を被っており、男か女かは幼さもあって一目では分からないはずだが不思議と少女だとすぐに分かった

見られた、ノレム息の根を痛みも無く止めるかと一瞬浮かんでしまったが、力の無い瞳で少女は部屋に勝手にいる怪しさだらけの2名を前にして悲鳴の一声すら出ず、黙ったまま


「こんにちは、僕はサンタクロースだよ」


唐突なジョーカーによる雰囲気のぶち壊し。言い訳にしては季節外れもいいところである

少女は無反応であったが、ジョーカーがポケットから次々と手品なようにベッドを敷き詰める程のキャンディーやチョコレートを出すと一転して瞳に輝きが


「ホントに、サンタさん?」


「そうだよー。そしてこっちはトナカイさんだ。人みたいな姿をしてるけど、橇を引っ張って空を飛ぶ時にはちゃんと可愛いトナカイさんになるんだ」


「俺はハオン先輩と違って獣人族ではありません」


ノレムは普通にツッコミを入れた

そしたらジョーカーはガスマスクのレンズを光らせ、彼の口にキャンディーを投げ黙らせる。ソフトボールサイズの鼈甲飴を


「サンタクロースはクリスマス以外、こうやって子供達のいる場所を知っておく為に世界中を旅してるんだよ。この家に子供はいるのかな?いい子かな?って、そしてクリスマスが近づくとたくさんのサンタクロースが秘密基地に集まって、橇に乗って子供達にプレゼントや夢を配るんだ」


「そうなんだぁー。たくさんのサンタクさんかぁ・・・去年はどうしてここへ来てくれなかったの?」


痛い所を突かれた。この少女は、去年もこの病室でクリスマスや年を過ごしたのだろうか?


「ごめんね。去年は入ろうとしたら、ここの医院長という人に止められちゃって。だから、今年はちゃんとプレゼントを届けるよ」


「そっか!そうなんだ・・・でも病院じゃなくて、お家のベッドでサンタさんからのプレゼントが欲しいなぁ。もう一度お家でクリスマスを過ごしたい」


声は寂しげに、掠れ、泣き出す

泣く少女を、ジョーカーは優しく頭を撫でてあげるだけ


「サンタさん、プレゼントも何もいらないから・・・私、お家に帰りたい。帰りたいよぉ・・・」


なんて弱々しい手なのだろうか、なんて弱々しい命なのだろうか

しかし、この少女から取れる強く生きたい意思はジョーカーにはしっかりと伝わる

撫でる手、髪の毛を失った頭皮は毛糸の帽子越しでも少し冷たい


「いいかいお嬢ちゃん。奇跡を信じるかい?」


「奇跡・・・?よくママが、神様に奇跡が起きますようにってお願いしてる」


「そっか、お嬢ちゃんのママは奇跡に縋っているんだね。よく聞いてお嬢ちゃん、こうして僕とお嬢ちゃんが出会ったのは奇跡なんかじゃない、運命だったんだ。この世界に奇跡を探したってありはしない、あるのは運命だけ。未来が見えたのに、それが変わってしまうのも運命」


「運命・・・」


「そう、これから起きるのはお嬢ちゃんに訪れた運命だ。深く息を吸い、目を閉じて、10秒数えてから目を開いてみて・・・そこにはもう僕達はいないけど、きっとお嬢ちゃんがお洋服やお菓子を貰うよりも嬉しいプレゼントがあるから」


少女は頷き、鼻で深く息を吸ってから瞳を閉じる

ジョーカーは革手袋を外した両手で彼女の頬に2秒程触れ、離す

10秒経過した、言われたとおりに目を開けると部屋の灯りは消え、そこにはもう自分以外誰もいない

だが、ベッド上にあるお菓子と、部屋に漂う星空のような黄緑が美しく輝いていた。それらは、決して幻ではなかった証拠


「わぁ・・・!」


洋館の外見をした病棟の屋根で、風に当たるジョーカーは鼻唄は夜風に消えていく

その横でノレムはジョーカーに訊ねた


「あの少女に、何を施したのですか?」


「毒の力で病原を消滅させただけだ。殺す目的とは違い、こういう使い方は好きだな」


鼻唄を終え、もうこの国には用は無いと病棟の屋根より飛び降りる

ノレムも続き飛び降り、闇へと消えた

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