二つの影 歪みかけの光 7
店内は薄暗い、客はカウンター席から離れた席にいる2人だけ。至る場所へ余計に並び置かれた観葉植物は誰も興味を示さない
血のように赤いスープからはみ出た骨を指で掴み、そっと口へと運ぶ。赤き泉から姿を現したのは煮込まれ味が染み込んだマトンである羊肉、滴るスープは口に到着するまでにテーブルに、口までに床と滴り落ちていく
行儀の悪い食べ方であった。ウッドチェアに胡座をかき、顔を上へ向けると同時にかぶりついた羊肉は染み込んでいたスープが飛び散り口周を、そしてテーブル等を更に汚してしまう
向かいに座る女性は気にせず、テーブルに広げた新聞に目を通しながらオレンジジュースの入ったグラスを回す
「ジョーカーねぇー・・・」
そう呟き、右手に持ち回していたグラスをテーブルに置く。新聞にオレンジともいえる赤い液体が数滴飛んできても怒りはしなかったが、突如として始まった音に苛立つ
パキキッ!メギッ!ゴリリュッ!
羊肉の骨を噛み砕く鈍くあっけない音、うるさいから耳障りへ、あえて沸点を低くして怒る
「うるさい!なるべくわざと音を立てながら食べてるだろ!」
「っせー!」
互いにうるさいとぶつけ合い、狭いテーブル上でギリギリと睨み合う
グラスは倒れオレンジジュースは溢てしまい、方や口周りにわずかな肉片と共に付着している唾液と混ざったトマトベースのスープが下品に垂れ落ちていった
「あんたのようなのと争って、いちいち無駄に体力を消耗してる場合じゃなかったっけ・・・」
頭を冷やそうと1人分テーブルから椅子を離し、相手に背を向け座り再び新聞に目を通し始めた
相手は勝ち誇った顔で口周りを袖で拭き取り、まだあるマトンの肉を骨ごと囓り食う。また、わざとなるべく音が出るように、挑発をするような、噛み砕いた肉と骨が開き噛む大胆な咀嚼毎に溢れる
テーブル上は汚くなっていた
「ノタプスはどう?ジョーカーがこの街に現れたのを信じる?あんたボスから下された時に真っ先に街は焼け野原かどうか訊いて、なってないと返されたらボスに対して怒鳴り散らしてたでしょ」
食事の手が止まる。露骨に不機嫌となり、カタカタとテーブルが揺れ、今にも当て場のない怒りをぶつけようと店内で暴れ出してしまいそうだ
ボスと呼ばれる人物に対し怒鳴り散らしたのは、そんなわけがなと否定したかったからである。出発してからしばらくして、自分は何故ボスにあんなことをと自分なりに猛反省していた
「あれは、つい感情的になったっつーか!」
「あんたねぇノプタス・・・もし朝の食事がボスの嫌いな調理の仕方だったら、マーマレードがパンと一緒に出されていたら、不機嫌の最中あんたから怒鳴り散らしをプレゼントされたあの時点で消し炭にされてたかも。ボスは他者がつくってくれた料理は好まぬ調理や食べ物であっても残さず食べる人だから」
「はぁ?不機嫌じゃなくてよかったねみたいな、痛いを通り越して死ぬ目にあわず済んだ慰めしやがって。まるでボスの前に立っていた俺の命糸にハサミを常に当てつけられているとでも?」
「実際にそうだろうに・・・」
「なんだ?なにか言ったか!?まぁいい!不機嫌なボスぐらいにチョン切られる俺じゃねぇっ!マスター!勘定!」
聞こえておらず、財布をテーブルに叩きつけ店を出ていってしまった。財布は肉だけを食べ、スープと野菜の残る皿にぶち込まれてしまい、ただでさえ食い散らかされたテーブルと床へ汁を撒き散らす
店のマスターはスープに浸かる財布を手で拾い、中身を確認すると鼻で笑う。全然、足りないのだ
先に店を出たノプタスを急ぎ追う為、彼の分の支払いもしようとするがお代は結構と断られた。マスターは「ボスによろしく」とだけ、彼女に伝えるとはやく追いかけた方がいいと促す
「時間が退屈になったら一杯ぐらい飲みに行けってボスに伝えておく。ボスにはコーヒーにラムレーズン5粒いれて出してあげて、ホフゥ・・・!って漏らしながら喜ぶから」
マスターは指でOKサイン。右手は散らかったテーブルからスープの残る皿底を支え、指でオレンジジュースの無くなったグラスを器用に挟み持つ。親指先と人さし指先を繋げリング状にしていた手はエプロンのポケットから桃色の線が刺繍された白い台拭きを掴み、汚されたテーブルを拭き始める
ノプタスの後を追い始めた彼女の尻から辿ってハーフパンツの左足襟からは白い布が覗いていた。上に着ている白いシャツのサイズが彼女より大きめであるからだ
「太ももからこんにちはしているよ」と教えてあげるべきなのだが、前にボスと呼ばれる者の元へ集合した時も同じだった
初めて顔を合わせる同士もおり、彼女にそれを親切のつもりで教えている女性がいた。彼女はありがとうと軽く礼を言い、折り畳んでハーフパンツの中へ詰めたのだが、その直後にニハという彼女が属する部隊の隊長であられるお方が、直してもしばらくしたらまた出ているから教えてやる必要はないと親切心で指摘した女性に告げていた。これぐらいのことで気にしていたらキリがないと
「じゃ、マスター。ボスからの任務が終わったら、迷惑かけたノプタスには徹底的に店の掃除なり仕入れの手伝いをさせるから。あとボスがいつ来ても寛げるようにコーヒーに入れるラムレーズンはもちろん、ボスの好きなものも調理できるように」
カウンターまで走り、並んでいる酒の瓶を1本手に取る。カウンターテーブルにメモと一緒に置かれていた鉛筆を拾いラベルに何かを記入。雑に書かれたのはボスと呼ばれる者の好きな料理である
酒の瓶を元の位置に戻し、カウンターを飛び越えそのまま扉へ。勢いよく開いた扉の先は階段であり、「待てーっ!ノプタスっ!」と叫び駆け上がっていく
あのまま、勢い任せにノプタスの胴に穴を空けてしまいそうだ
「せいやぁっ!」
駆け上がり切った階段終わりに、ノプタスはいた。先に出たが普通に待っていたのだ
彼女による背中からの急なタックルで胴に穴は空かなかったものの、向かいのゴミ捨て場にぶち込まれてしまう。跳ね上がったゴミ袋が、ノプタスを埋めていく
「うべぺっ!破けた袋中のゴミが口に!飲み込んじまった!生魚の皮裏みたいな生臭さとゴム臭もした!」
ゴミ袋の山から顔だけを出し、口を通過した不快な味に顔を歪ませ、何を飲み込んでしまったのかわからずペッペッと唾を吐き捨てるだけ
だらしなく舌を垂らし、自分を突き飛ばした張本人に視線を尖らせる
「そこで暮らすつもりなら止めはしないけど」
「ここが気に入ったから暮らそうと決意したかに見えるか?」
ゴミ袋を両手に1つずつ掴み彼女へ向け投げるが人さし指で突き返されてしまい、ノプタスの顔へ直撃と同時に破裂
中身は本当にゴミとしかいえない物ばかり、生ゴミが入った袋で無かったのが幸いか
「クソが、いつか痛い目を脳天に落としてやる!」
「あなたじゃ、私に報いを受けさせるのは無理な話」
ノプタスは舌打ちを、間を置いて2回。ゴミ袋を掻き分け出てくると、彼女から目を逸らし黙ったまま1人先に行こうとする
彼女は待てとは叫ばず、次は追いかけずに後をついていく。どうせ別々に行動したとしても現状は同じなのだから
とりあえず、まずはこういった場所から移動したい。単純に居心地が悪いのだ
「口内も気分も気持ち悪い。終わったらボスにはもう今後一切、こいつと2人で行動するのを断るよう抗議する!絶対にする!却下されても寝込みにまでお邪魔して耳元で呟き続けてやる!そうすりゃ、嫌でもなぁ・・・ボスからすれば大小支障も関係事だから楽になる方を選んで片付けようとしてくれるだろ」
「逆にそんな真似して殺されたら、あなたの遺体に指さしながら笑ってあげる。そんなことよりも・・・」
先程、店でジョーカーが現れたかどうか、その真偽についてノプタスの意見を聞こうとしたが途中ボスに怒鳴り散らしたについての話に移り途中で中断してしまった
「ジョーカーについてだけど」と彼女がそっと、柔らかそうであり静かな声で発し、遅れて耳に届いた瞬間に一変した雰囲気を曝け出す。ゴミ捨て場から大量に散らかり放置されていた空の酒瓶達を蹴り砕く
「あいつが!ここで戦闘を行うにしても!気まぐれで、単純に気に入らなかったり嫌いという理由だけで殺戮を執行したならよぉ!これだけ生きて、街もこれだけ無事なはずかない!あいつは敷き詰めた死体の絨毯上でバイオリンを弾くやつだぞ!」
「趣向を変えたとか?それがどうなのかを確かめるのが私達に与え、任された今件。戦闘が起こった痕跡にジョーカーを相手にした者への調査、できれば接触。もう相手は死んでいて、そいつの上でバイオリンを演奏した可能性もあるけど、ボスは絶対に生きているって・・・わかるそうよ」
はっきりと、ボスはジョーカーと対峙したのは少なくとも2名であること、その両者は勝ち敗けまではどうか知る術はないが生きていると曇りを寄せ付けぬ確信を表す目で、自信ある声で
「なにを根拠に、確信してるのだろ?」
そういえば自分が慕い、己を可愛がってくれるニハが先日、虹を受け取れるといわれる剣の回収に赴いた際にある者と対峙したという話を思い出す。ボスと似たものか、同じかはっきりはしないが力を持つ者がいたと
あの日ボスはニハからの話を聞いて、見せたことのない不気味な笑みを一瞬だけ覗かせたのを覚えている。回収しようとしていた剣のことなどすっかり忘れてしまっていた
そして、ニハに「やはり牙と牙で噛みつきあっていたのか」と、彼女と相手が戦闘を行ったのを知っていたかのような口ぶり。何故か?とニハが訊いてボスは答えてくれた
(やっぱり、今回ジョーカーと一戦した方はボスと同じ力を持つ・・・でも、誰?どれ?ニハ隊長と戦ったやつ?それならボスと今回増えた1人合わせて3人、違ったら4人になるけど・・・)
中指と薬指を側切歯と犬歯に当て置きながら考えている最中、ノプタスは自分が砕いた酒瓶の破片を足で掃いていた
歩くのに危ないや、ここを通る人に迷惑がかかるからとかではなく、踏んでしまった際のバリっという音が耳障りになりそうだからである
ジョーカーについて訊かれ、一度中断された歩行は再度動き出す。また彼女を放っておくつもりで
「あっ!こらーぁっ!」
追いかけ、すぐにノプタスを追い抜いた。食事をした店と向かいゴミ捨て場を挟んでの道を真っ直ぐ、店の階段を出てから右の道へ進んでいる。そもそも右へしか進めず、左に行けば別店の裏壁が道を遮った行き止まりとなっているからだ
けっこう深い所まで来ている実感はあった。ここに革命軍のメンバーが店を開いていると耳にしたので来たのはいいが空気が悪い。店は悪くなく、むしろ好きな雰囲気であったが
本当に、この街に着いてからの空気とは違う。今立つ道を直線上に奥まで目を通せば営業しているのかどうかわからないものから、本当に廃墟となっている店、割れた二階窓から力なく垂れ下がった右腕、顔を真っ赤にしながら小さめのウォッカの入った酒瓶を片手に横になっているヨレヨレのドレスを着た女性、白目で舌を垂らし壁にぐったり身を預けている小太りの中年男性
道先にいくつもある小さな十字路、その左右を曲がればこれと似たまた別の風景が広がっているかもしれないのか?彼女はあまりそういったものを見るのは不快である
(いずれ先、ボスがこの街を征服するようなことがあれば、真っ先にここらを焼き払おう・・・)
最初に十字路に差し掛かった時だった。「追いかけてモトキ君!」の声が聞こえ、思わず足が止まってしまう
次の瞬間、自分から人1人分ぐらい距離が空いた目前で誰かが走り過ぎていこうとしたが、濃い茶髪をした者がスライディングで足を引っ掛け転倒させる




