二つの影 光
街から遠く離れ、鬱蒼とした森に橙の陽が射し込む。夕暮れに黄昏るような気分にはならず、もうすぐちゃんとした夜を迎える刻
川のせせらぎは耳と気持ちに癒しを与えてくれる、風景にさえ目を瞑れば。水死体が川の岩に引っかかっているのだ
いや、あれは水死体ではなくジョーカーである。川の流れを肌に感じたくてうつ伏せに浮かぶのだが、知らず発見してしまえば気が動転してしまいそうだ
ハオンは爆睡、ロセミアは休む自分のペガサスにもたれながら読書に入り浸り、ノレムは座りぼーっとしていた
「んあっ・・・?今、時刻は?」
起きたハオンに、ノレムは小さな声で「だいたい17時を過ぎた辺りです」と教える
起きたら偶然にも頬の傷痕辺りが痒かったので指で掻きながら大きな欠伸
この間にジョーカーが岸に流れ着いていた。ハオンはその背に乗ってみるが、重さで2人仲良く沈んでいく
「なにすんだーっ!!」
ハオンを持ち上げながら川底より飛び上がり、高所から水面へパワーボム
破裂音と膨大な量の水飛沫が上がり、ペガサスが翼でロセミアを水から守ったがノレムにはバケツをぶちまけられたかのように水をかぶる
3名の雄はずぶ濡れになってしまった
「このままだと風邪ひくな、俺達は人間と違い癌とかにはならないのに風邪はひく・・・」
狼に姿を変え、全身を震わせ水気を飛ばす。その水滴はジョーカーとノレムに当たりとても迷惑
ノレムの口には川魚が、大きくて新鮮である。ジョーカーは箸を手に「塩焼きだな」と呟きながらのっそり近づいて来ていた
魚を吐き出し、川へ帰す。ノレムの知らないところで川魚を食べ損ねたジョーカーはガスマスクのせいでわからないが表情は暗くなっている
「はぁ・・・」
ノレムのその溜息はさっきまでの騒がしさに一息ついたからなのか、川魚が生臭かった感想か、数時間前の敗北が脳裏に一瞬だけ流れたのか、全てを含めての溜息かもしれない
なんとなくであるが察したハオンはうざったいお節介になるかもしれないが、そんな彼の背を優しく叩く
「お前の闘いを止めさせたのは俺だ。水を差す真似をして悪いと思ったが、あそこで死なれて後日いなくなった空気に慣れようとするのが嫌だったのでな」
「いえ、そんな・・・命あって嬉しいと悦び感謝するべきです。ですが、助けてもらっておいて申し訳ありませんが、あいつが俺を本気で殺すつもりで戦ってくれて嬉しかった気持ちもあるんです。意識を保ってなくとも感じた、あの殺気が・・・」
ノレムが目を覚ましたのはジョーカーがモトキを殴り飛ばし、街から逃走して30分後のことであった。ペガサスの背で目を覚ました彼は、負けたや生きてる実感よりも、モトキはどうなったかの疑問が先に出る
だが、不思議とすぐにわかったのはモトキも他にいたやつら誰も死んでいない事
次に、自分の敗北した結果への悔しさがふつふつとこみ上げてきた
「どれだけ虚勢を張っても、負ければやっぱり悔しいです。てすが俺は敗北した結果からは逃避するつもりはありません。それが今の俺だったという証拠ですから。命あるなら、また次へ・・・」
「戦闘狂になりそうな前兆に片足を突っ込んでいるが嫌いじゃないな。数ある真っ直ぐな気持ちの中でも」
濡れた衣服を焚き火に近づきちょっとでも乾かそうとする3人。それでもガスマスクを外さないジョーカー。もちろんハオン、ロセミアにノレムも素顔は知っている
森に余るほど落ちている手頃な木の棒にマシュマロを刺し、焼き始めた。棒1本に贅沢にも10個ずつ刺し、ほどよく溶け始めたマシュマロの香りは個人差があろうとも気持ちを穏やかにさせてくれるだろう
「あいつがいたら、菓子類の甘味物が嫌いだから食えと押し付けてみたかったぜ。絶対にボディーブローしてくるだろうけど」
「されるとわかっていて何故するのですか先輩?」
「それはね、ハオンは相方との関係が歳をとるにつれて変わってしまうのが怖いからなんだよ。ずっといつもの調子でいたいんだ」
「本心をバラさないでくださいよジョーカー様、恥ずかしくなるじゃないですか」
ジョーカーとハオンは棒に刺さるマシュマロを食し、笑いながらお互いの肩を叩き合う。この2人とずっと付き合いのあるその者はきっと疲れる日々を送っていただろうと言いたいが、今日までジョーカーを見限ったりせずついてきたということはそれなりに変人なのかもしれない
「今日誘ったのに断られちゃった。用事でもあったのかな?それともまた幼馴染だった娘の名前を呟いてしまって背中を刺されたか?」
「単に、面倒だったのでは?ジョーカー様」
また背中を刺されたのなら、笑っていいのかダメなのか微妙なライン。2人は言葉が詰まってしまい、ハオンは苦笑い、ジョーカーもたぶん同じく苦笑いしているだろう
話と気持ちの切り替えとマシュマロの甘さによる口の中をリセットする為に紅茶を用意。茶葉はハートからいただいた物、高級品で勿体無いかもしれないが飲まない方がもっと失礼である
ジョーカーはぬるめが好きであった
「では、これからについて話そう。ここに長く居るつもりはない、まだ街から遠く離れた位置だ、捜索隊を派遣していれば範囲が届く可能性がある」
ジョーカーの声のトーンが、少し低くなった気がした
「対象はジョーカー様ですしね。ここでは逃げた犯罪者とはレベルが違いすぎます。必要以上の以上に血なまこになり、人数も動員するでしょう。慎重になりながら。明朝の新聞が楽しみですね」
「捜索隊を送っているなら返り討ちにして大虐殺の地獄絵図を描いてもいいが、まだ用があるので目立つ行為と余計な戦闘は避けたい」
「ノレム君の付き添いで来ましたのに、そこそこの事をしておいて・・・」
ロセミアは呆れた溜息
結局はジョーカーが1人でMaster The Order4人とモトキを片付けてしまった。時間がほとんど残されていなかったもあるが、横取りの形で終わった
タイガとモトキ以外に興味は皆無。くだらなくて、面白味も滲まず、ただ邪魔な存在共。なにがMaster The Orderだ、タイガ以外どうせ他も大したことないのだろう。まだ夜中に虫採りする方が手こずる
「そこそこで済んだならけっこうだな、まだまだ序の口にいる。ノレムについてきてのは、スペードが興味を持つやつらの顔を見ておきたかったもあるが、もう一つ・・・機会のタイミングがナイスだった。僕はもう少し、その用事を片付ける為に残るつもりさ」
「どれほどの期間を?」
間を置かず、ロセミアが訊ねた
「うーむ、余裕を持って1週間ぐらいかな?ハオンとロセミアは帰ってもいいぞ」
ジョーカーの言葉にそそくさと帰り支度を始める2名。そこは自分達も付き合いますとか言ってくれたらちょっと嬉しかったが、後日個人で別件があるのを把握しているので仕方ない事である
「ノレムも疲れが残るなら帰ってもいいぞ、無理に付き合う必要は微塵も考えるな。私の用事だ、お土産買って帰るからさ」
「いえ、基本1人にさせたらダメだとハオンさんが仰られていましたので。自分が指名されたのであれば、ジョーカー様に付き合います。今回わざわざ足を運んでいただいた件もありますので」
「そ、そうか・・・」
ハオンに顔を向ける。彼は分かりやすく口笛を吹きながら目を合わせないようにしていた
確かに1人にさせると何をしでかすか予測ができない、気まぐれでふらっと消息不明になる日もあれば、本当に何もせずぼーっとしている日もある
「ついてこなくていいのか?帰っていいのか?もしかしたら良い宿に泊まって、ノレムと2人でおいしい物を食べながら、ただ観光するだけかもしれないぞ」
「ご自由に・・・」
「ロセミアちゃんと同じく、美味いものを食べたり、観光を楽しんだぐらいで羨ましがったりしませんよ。一言、ついてこいと言ってくれれば喜んでついていきますけど」
ちょっと寂しそうな雰囲気を出すが嘘である。ジョーカーの頭の中では次の目的が終わったら、タイガ以外のMaster The Order全員を殺害するのもありだなと考えていた




