五星 6
甘ったるい、温め溶かしたチョコレートの香り
クローバーが鉄串に刺した通常の物より、成人男性の腕ぐらいの大きさをほこるバナナを狂ったように何度も金製で緑の宝石が散りばめられた器へ注がれたチョコの沼へと浸す
5つの椅子は全て埋まっている。その内の1つに座るスペードは生クリームがたっぷり入ったコーヒーを口まで持っていくが飲まず、静止した状態
「皆、揃った・・・で、よいのか?」
スペードが開口する。それをダイヤが否定
「いいわけないでしょ。ジョーカーが参じておらず、ですよ」
「だが、ジョーカー代理と襷が・・・」
ジョーカーの席に座る小さき者。黒と青の禍々しいマントで身体を包み、その上から「ジョーカー代理」と書かれた襷を掛けている
顔は頭部全体を覆う重そうに見えて非常に軽い黒の甲冑により素顔はわからないが、寝ているのか静かにして耳を澄ませば寝息を立てていた
「ジョーカーは縮んだのかい?クアンツよ」
ジョーカー代理の襷を掛けられた者の近くで、暗闇に溶けそうなタキシードに身を包んだクアンツに問う
彼はステッキで自身の手の平を軽く叩きながら、スペードからの問いには答えを出さない
「スペード様も、御冗談を仰られるのですね」
「ふ・・・」
全身の甲冑のせいで表情が掴みにくいが、彼は照れている。「ジョーカー代理」の襷に気づいておきながら、縮んだ、幼くなったのか?という自分から言っておいて恥ずかしくなる冗談発言
らしくないと、ダイヤはかつて人間老夫婦の脳厚なキス現場を見かけた時と同じような顔。ハートは珍しいこともあると言いたげにくすりと笑う
「ジョーカーが幼少化したのではないなら、そいつは誰だ?この席はガキが乳が恋しくて指をしゃぶれるような優しい場所とは言い難いぞ」
ダイヤは席を立ち、寝ているであろうジョーカーの代理の頭を突き押す。頭に被っている甲冑は、指で触れただけでもびっくりする程冷たかった
指で突かれ、起きてしまったのか泣きそうになる。慌てた様子のダイヤを突き飛ばし、ハートが抱き上げる
「よーしよしよし、悪いお兄ちゃんはバイバイしておくからねー」
壁に上半身が埋まるダイヤへ、クローバーが追討ち。ドロップキックを放ち、ダイヤは壁を破壊して広大な景色を眺める暇もなく、深い闇に誘われる谷底へ落ちていってしまった
クローバーはすぐにハートが抱き上げている小さき子に、鉄串に刺さるバナナを両手に持つとジャグリングを披露してあやす
スペードはこの光景をただコーヒーを飲みながら見守るだけ
「こほん・・・では、このクアンツが改め事の経緯のご説明を。本日はジョーカー様が朝から行方不明となられておりましたので、ジョーカー様御本人に代わり、ジョーカー様の御子息様を代理としてお連れしました。我々は欠席で良いのではと考えましたが、息子に出席させるようにと記された書き置きとこの襷が入浴場にございましたので」
さすがに、まだもの心のつかない幼い子が1人でこの場に赴くことは不可能なので、クアンツが付添いの役目を担うこととなった
ジョーカー代理と呼ぶべきか、ジョーカーJr.と呼ぶべきか、はたまたちゃんとジョーカーと呼ぶべきなのか、スペードのちょっとした悩みはどうでもいいものである
クローバーはハートが抱きかかえるジョーカーの子供の頭に被っている甲冑を取ってみた。スペードからはその顔はクローバーが邪魔で見えないが、たぶん彼女は幼い子の頬を指で弾力を楽しんでいることだろう
「はははっ!ちゃんと見てもジョーカーに似てないね。ね、ハートさん」
「そうかしら?瞳の奥の奥は似ているような・・・個人差?」
スペードは独り、静かに頷く。確かに母親似なのでジョーカーにはあまり似ていない、クローバーが邪魔で今は見えないが顔は知っている
甲冑を再び頭に被せ、ハートからクローバーに渡り、彼女は高い高いをしてみた。しかしまったく笑わないので、天井を歪ませ風穴を空けると天高く幼い子を放り投げる。ゴマ粒よりも小さくなり、やがて高速で落ちてきたところをキャッチ
これでどうだ?と目を輝かせ、自信たっぷりとした表情だがジョーカーの子は「うー・・・」とかなり不機嫌そう
生クリームをたっぷりのせたコーヒーを飲み終えたスペードが席を立つ
「テーブルにはそなたが手をつけたくなるような料理や菓子は見当たらずか?多種の果実もあれば、溺れてしまいそうなチョコの液体、マシュマロにクッキー類、ケーキも頼めば用意できるが?」
キョトンと、首を傾げるジョーカーの子に白い棒に刺さった野球ボールサイズのキャンディーを差し出しながら問う。答えれるはずもないが、ジョーカーの子は差し出されたキャンディーを受け取り、舐めず握り持つだけ
意外な物を持っていたので、クローバーは驚く
「スペード様はキャンディーを常時しているのですか?」
「いや、私のではない。一昨日の夜、ジョーカーに渡された物だ。濃いウォーターメロン味らしい」
一昨日の夜であった。湯上り後、外で風にあたり本でも読みながら、茶の氷出しを待っている際に空からジョーカーが落ちてきたのだ
彼曰く暇だったので訪ねてみたと、普通に来れないのかというツッコミは出ず。苺大福を土産に持ってきたので、氷出しで淹れた茶のあてにしながらくだらない雑談をしていたら、数時間も経過していた
夜明けが近くなり、ジョーカーは帰り際に何故か歩きながら外や内ポケットより大量のキャンディーを落としばら撒いたので、それらを捨てるわけにもいかず回収して日々自分が頂いたり、知人や部下、その子達に配りながら消費に勤しむ
「血のように真っ赤だねー」
イチゴ味ではない、その赤はスイカ味。ジョーカーの子はその飴をクローバーの口へと近づける
彼女は「くれるの?ありがとー」と礼を言い、抱えるジョーカーの子より差し出されたスイカ味のキャンディーを舌で舐め始めた
「うわぁ、濃い味だね。どこで売っているんだろーね?」
かき氷のシロップをそのまま直飲みしたかのような程、濃いスイカ味と甘さのキャンディーは唾液により溶け始めより香りを強くし、近くにいる者の鼻を通過する
ハートはクローバーに抱きかかえられているジョーカーの息子の腹部を身体を包むマント上から撫で、くすぐり始めるたタイミングで、空いた壁からダイヤが這い上がってきた
体のあちらこちらに、手の平サイズの褐色の鱗を持つドラゴンが噛み付いおり、落ちてきた獲物を逃さぬよう小さな牙の先は返し状になっている。目は深い深い谷底の暗闇に棲むので退化しており、翼は飛ぶ為ではなく、主に肉や硬い物に噛みつきながら羽ばたきを行うことでより噛み千切る力を加えさせる為に使われている
痛みなど感じず、ただ自分を突き飛ばし蹴り落としたハートとクローバーを睨みつけるが、2名はジョーカーの子に夢中であった
噛みつく小さなドラゴン達が煩わしい。己から気配を放出し、本能に恐怖と危険信号を与え逃げさせることで返しのある牙を無理矢理引き抜くより傷をつくらずに済む
ドラゴン達は必死で翼を使い、空いた壁の穴から深い谷底へと逃げていく
「おい!そこのお嬢様方!突き落としておいて謝りも無しか!?谷底に着くまでめちゃくちゃ怖かったぞ!まだ着かないのか?いつまで続くのかと、落ちながら寝転がったり独りじゃんけんしてしまった」
「けっこう余裕があるではないか」
スペードの言葉に返す気力もなく聞き流し、テーブルにあるチョコチップが散りばめられたスコーンを1つ手に取り、かじりながらクローバーが抱っこしているジョーカーの子へと近づく
甲冑を被った頭の額辺りを強く押し、わざと子供の不機嫌を湧かせる。「むー・・・むー・・・」と押す度にやめてと訴えているかの声
むっとした顔のハートが手で彼の手を払おうとする
「やめてあげなさい、かわいそうですよ」
「ガキはこうやって悪戯にちょっとくすぐったりして苛めてやるのがちょうどいい。よーいよい、お前はジョーカーみたいになるなよーっと」
しつこくなったのか、自分を突き押すダイヤの人さし指をその小さな手で握り180度にへし折る
「あれ?」と事態を理解するのに時間はかからなかった。ダイヤは怒鳴らず、折られた指をやれやれ顔で元に戻す
「ジョーカー様、お見事です!」
「代理だけどね」
クアンツは手から紙吹雪を投げ降らし、拍手を贈る。「素晴らしい!」の連呼。ただうるさい
「代理だもんねぇ」とジョーカーの子の顎を優しく擽り始めたクローバーの隣で、ダイヤは舌打ち
「ちっ・・・!ガキが、家に帰って母か乳母の乳でも吸ってろ」
「ジョーカー代理様はもう乳をお吸いになりませんよ。一応私の兄嫁等、数々の女性が乳母をしていましたが、基本は生みの母か限られた方のものしかお飲みに・・・」
「ちゃんと返さなくていいんだよ!クアンツ!」
もう関わるのはやめようと、ダイヤはジョーカーの子供から目を逸らす
クローバーが次は普通に高い高いをするが、まったく喜んでいない雰囲気。ハートがいないいないいないばあをするも反応せず
ダイヤにも、いないいないばあや高い高いをしてみたらと声をかけるが断られた
「・・・ねぇねぇダイヤさん、見て見てー」
「あぁ?」
「ほれっ」
突然クローバーは空いた壁へジョーカーの子を放り投げた
「なにしてんだ!?」と叫びながらダイヤはハートに突き飛ばされ埋まり、クローバーのドロップキックで谷底へ落ちる際にできた壁の穴から飛び出す
子を受け止めようとしたが、先にガラスのように透き通る椅子に座るハートが現れ、彼女がジョーカー代理を優しく受け止めるようにキャッチ
ダイヤは再び谷底へと落ちていく。小さくなっていく「ひえええええぇー・・・」の叫びと共に
「ほら、冷たいフリして本当は子供に優しいんだよダイヤって」
「落ちたことはいいのかい?」
壁に空いた穴から再び落ちたダイヤを見下ろすクローバーと、その隣で彼もまた、谷底を眺めるスペードはコーヒーをおかわりしていた
また、たっぷりの生クリームをのせて




