前兆前 23
モトキの拳をガードした両腕の骨から軋む音。こちら側からも力を入れ押し返し、拳を弾こうとするが、左手に持つ剣を振り下ろしてきた
ノレムは右足でモトキの腹部を蹴り、その反動で後退。剣先が触れるまで紙一重
(殴って来る際に、気のせいだと片付けられそうなぐらい一瞬見えたあの眼なんだ?思い出すだけで胸奥が気持ち悪くなってしまう・・・)
いや、この戦いにそういった感情は関係ない。「そんな眼をするな、気持ち悪い」など失礼であり、もし自覚無くそうなってしまったならば仕方のないことである。自身が再戦を望み、相手となってくれているモトキであることに変わりないのだから
以前とは違うものを覗かせたのは、相手から自分への感情、捉え、警戒等の変化があった証拠
「どうかしたか?再開と意気込んで言ってみたのに曇った顔をして。さっきの一連で実力に差があるとわかってがっかりしたなら謝るしかできないぞ。お前は今日までの短期間で実力が確かに上がっているからな」
「いや、そうじゃないんだモトキ。そもそも俺が実力をつけて貴様を圧倒できるようになっていたとしても落胆はしない。倒す事に意味があるからな・・・圧倒できるまでに実力がついていたら良かったのに、俺はまだまだだ・・・」
剣を振る挙動は大きく、闇の斬撃を飛ばす。モトキは
も剣を一度構えてから剣先を地面に突き立て周囲に光が発生。放出された下からの光が闇の斬撃を容赦無く襲いボロ切れのように小さくされてから消滅する
至る場所から光が噴き出すが、それらがこちらへ迫ってきているのは目に見てわかる。ノレムは突き出した右掌に闇のエネルギーを凝縮し、稲妻状に拡散させながら放つ
不規則な動きながらも確実に闇は光を破り、前方左右からの闇は牙が喰らいつくかのようであった
モトキは地に突き立てた剣を引き抜き、瞬時に引くと同時に右手に出現させた盾より光の波動を放つ。光は闇を硬直化させ脆く崩れていく
「良かった。俺の光が弱ければ闇に侵食されていたなっ!」
剣を鞘に納めその場に刺し立てておき、盾だけを手に走り始めた。踏み出すタイミングでノレムの自身と彼の周りの状況を確認してから狙う箇所を定め一瞬にして、吹き荒れた風に溶ける光となり距離を詰める
突然目前に現れたモトキは勢いをつけ跳びかかりながら左拳を放つ。握った光のエネルギーが閃光、光を得た拳による攻撃は槍の如く突きであった
モトキの動きにノレムは呆気にとられた顔はせず、対処の為反動的に動いた右手がその拳を掴んだ。光を受けた手の指と指の間から微量の闇の煙が漏れ流されていく
剣を振り下ろすことも可能だが、彼の片方の手には盾がある。剣で盾ごと砕く一撃をできるが相手は普通ではない、防御されてるを考えよりも先にモトキは瞬時に盾を薙ぎ払いノレムの左脇に撃ち込んだ
少し顔を歪ませるが、撃ち込まれた直後に左肘へ濃い黒紫のオーラを帯びさせ上から派手さのない重い一撃を落としモトキの盾を持つ右腕をへし折る
本来なら曲がらない方へくの字に曲がってしまった右腕に気をかけている暇を捨て、手から離して落ちた盾より光の波動を放出
ノレムは少しの驚きで声が出ない
「っ!」
右手からモトキの左拳が離れた。すぐに闇を纏った剣で咄嗟の防御姿勢とり光を防ぐ。強大な光の力が剣から指に、指から全身に衝撃として伝わり、少しでも気を緩めれば剣は手から弾かれ光に呑まれてしまいそうだ
互いに光に襲われる。自分の光にモトキはどうなったのだろうか?もし自滅覚悟で行い、これにやられてしまったのならば消化不良で終わってしまう
不思議な心配をしながら押し呑み込もうとする光の波動への防御をやめ、気合いと闇の力で剣を振り切る。鎌鼬の如くいくつもの三日月状の闇の刃が光を切り裂き、発生した風圧で盾は舞う
その盾は、切り開かれた光の障壁先で佇むモトキの手へと戻った
「お互いに、やられなかったな」
「当然だ。ん?折ったはずの腕が治っているのか?」
「まぁな。せっかくのダメージが無駄になって悔しいかい?」
「いや、まったく。やっかいだとは思う時もあるかもしれないが、個人個人の得たり身についていた力に卑怯と愚痴ったり嫉妬した時点で俺は三流すら踏めない位置に成り下がってしまう。才能、努力、戦闘術、武器、経験、属性エネルギーに魔法なり未知なる力なり、全てを相手にしてやる」
「・・・羨ましい」
ノレムの戦いへの意欲と純粋さに羨ましさが芽生えてしまう。モトキ自身、タイガに嫉妬を覚えた日が無かったかと言えば嘘になる
まだ小さき頃、稽古の一環で剣と刀を交えた際に嫉妬にまみれて振ってしまったこともある。案の定、嫉妬や負けん気を糧に勝てるようなやつではなく敗北したが
「羨ましがるなモトキ、これは俺なりの信念。スタートや才能が違うからと嫉妬をしたら今日まで教えや鍛えてくださった先輩の皆様やジョーカー様を否定することになる」
「あぁ・・・そうだな」
「俺は運が良かった。奴隷として売られそうになっていた俺と妹をたまたま救ってくれて、ジョーカー様の気分かもしれないがあの方の元で仕えるようにようになり、武器すら持ったことのない自分を0からご指導してくださった先輩方。時折ジョーカー様自ら武器を手に相手をしてくださる日もあった。俺は生まれや環境、才能に愚痴を言える立場じゃない」
「なら俺も、運が良い方だ。育った施設にタイガがいたこと、互いにエモンから基礎の教えを受けたという一般よりずっと良いスタート境遇だな」
モトキは静かに笑う、ちょっと昔の頃を思い出しながら
右手に光を、それを握り走り出す。ノレムも続き走り始め、右拳を握りしめ放つと闇が纏う
両者の光と闇の拳が、両者の顔に触れる寸前に動きが止まる。全身より滲む汗、異常なる強大な力を感じ取ってしまったのだ
空からの異変、痛みを伴うピリつく空気。知らぬうちに二人は同じ方向を向いていた
遥か上空より、黒と白の2つの巨大な隕石がその姿を近くごとに大きさを増しながら
「げぇっ!!あんな隕石を2つも落とすなんて正気か!?」
「ジョーカー様・・・」
「あれだと世界崩壊滅亡は免れないだろ。築いてきたもの、手に入れたもの、これまでの生きてきた時間を全て失うぞ。最後の手段・・・ってわけでもなさそうだ」
モトキに慌てた様子は皆無であり、ノレムも同だった。モトキはなんとなくの大雑把な憶測だがジョーカーという者の掴みづらい中にある人物像から、あれで終わらせるはずが無いだろうと
試す為、己が相手するタイガに信頼懸けてみた。それを不思議だが察してしまったモトキは、ジョーカーですら信じてみたならば、自分はもっと親友として、親友の弟であるタイガを信じている
ノレムはジョーカーのした行いに全てを受け入れるつもりであるから冷静でいられるのだ。モトキと同様に相手であるタイガへの試しと考えもしたが、もしかすれば意味なくやっている可能性がある。なにしろ、数日かけて救出した者を助けた直後に殺める方なのだから
「ジョーカーの相手はタイガだ、俺はタイガを信じる。だから、こちらはこちらで気にせずに・・・」
「俺もそれを言おうとしていた。お前があの紅鉢巻を信じるなら、俺はジョーカー様と自分への邪魔を入らないようにしてくれているハオンさんとロセミアさんを信じてお前に集中する」
一度引いた両者の拳、光と闇が正面より激突する。薄い白と黒の衝撃が豪風の如く2人より広がっていく
拳を放ち、接触してすぐ互いに大きく跳び後退。それぞれの武器を手に、それぞれの構えを行った
「さぁ・・・時間の限りを」
夜の大空より無数の細かい黒い雷がノレムへと落ちる。闇を纏う剣と左手にスパークが走り、左掌を突き出すことで真っ直ぐ伸びる極太の稲妻を発射
先の曲げを加えて様々な角度からの攻撃とは違い威力を高め一点狙い特化
モトキは剣を地に突き刺し、瞬時に引き抜く。今剣に送った光の属性エネルギー、それにプラスして地を突き破り噴き出すように光柱を発生させた際に地中へ残しておいた光のエネルギーを全て剣刃に集め薄く透き通ったを纏わせる。リーチが大幅に足された剣をクロス状に振り、光の斬撃によるバツ字が闇を受け止め、そこへ剣による一閃の突き
「くるか!」
突きにより放出された光に、白きバツ字の斬撃は闇を押し退けていく。ノレムは右手に持つ黒き稲妻が帯びる剣を振り下ろした一撃を放ち、黒い雷が発生
光と闇が弾けあい、阻む力が姿を失せた先にモトキの姿はなく。だがノレムは周囲を余計に警戒せず、振り向きざまに剣を振った。モトキの両手剣と、大して大きさの変わらない爪痕が残る闇を纏った剣が触れ鈍い音を生む。攻めながらも盾による防御と攻撃を交えた剣の攻めと、手数と力による攻めながらも時折受け流しを見せる剣による激しい打ち合いが始まる
(やっぱり、以前よりずっと・・・この短期間で経験に出逢ったか)
連続して生じる剣と盾が相手の剣とぶつかり、掠めたりする音。しかし刃の交じり合いの終わりはあっけないものであった
モトキは盾の面をノレムへ押し付けるよう投げ離し、彼はそれを左腕で弾いた。その直後に右足に風を発生させた回し蹴りが撃ち込まれ、「甘いっ!」と口にしながら盾を弾いた腕をそのまま使い防ぐ
防がれはしたが足からの風の力だけが旋風となり瓦礫の残骸等を吹き飛ばしていく
足を瞬時に戻し、剣で薙ぎ払うもノレムの剣が妨げたところに勢いをつけ彼の顔面へ頭突き
なんとも、泥臭い攻撃。幼少時にいじめっ子に馬乗りされ殴られながら砂を口に詰め込まれていた際に無意味に終わった抵抗の一手。痛がられはしたが怒らせてしまい余計に痛い目をみただけ
すぐに次の攻撃へ。顎下目掛けて左手で掌拳を放ち、続けて腹部へ強烈なアッパーカットによる一撃
上空へ飛ばし、ノレムが上がりきるより先にモトキは先回りすると彼へ盾の面を押し付け、そこへ蹴りを放つ。盾よりの光の波動と突き抜ける風のエネルギーが炸裂した




