前兆前 16
いるのはわかる。だが、今どこにいる?あの黒紫雲の下にまだいるのか、とっくに移動したのだろうか?
不思議だ。あの場所に何故いるなど知る由もないのに、こちらに来る予感。それはとても嫌な予感
モトキは「ノレム・・・」と意識せず自然に言葉が溢れた。瞬時に浮かんだのは以前の仕返し目的、あり得なさそうだが謝罪、来る予感を破りたまたま偶然の3つ。できれば謝罪で済めば嬉しいのだが
「気づいてる?覚えある気配・・・でも、もう1つ。掴めなくて、今まで遭った事態なんて覆されてしまうような・・・」
「気づいてるさ。お前と、俺とタイガにも覚えがある気配と他に、特に1つ飛び抜けこれはやばいって、さっきから信号が継続に送られてくる。ノレムが発したものとは全然種類の違う、発さずともいるだけで漂わせてしまうもの・・・」
ベルガヨルも、殴れ蹴られた痛みなど上書きされてしまっていた。ミナールやキハネ、新しく入るやつには勝てるだろうという自信ではどうすることもできない存在
今まで悪いやつなどたくさん見てきたはずだった。悪いがかっこいいと勘違いする馬鹿な連中どころか、自分の行いが悪いと思っていないやつ、父に連れられ訪れた監獄に囚われている連続殺人鬼と目があった際とは比べものにならない
指先が動かず、足が震えていた。だが、そんなベルガヨルを両脇から付き人の2人が支え、立ち上がらせる。2人も異様さに気づいているが、ベルガヨルの立ちたいのに立てない状況を察して、怖がり嫌な汗を流す暇など振り切って彼の元へ急いだのだ
「モトキ、続けるのは不可能そうだな。ベルガヨルの方はどうするか聞くより、お前や俺はどうするかを考えるぞ」
「あぁ、逃げる・・・は、無理がある。こちらに来ず、何も起きず過ぎるのを願い待つしかなさそうだな」
モトキとタイガが話す後ろでキハネは黙ったまま、顔をしかめる。モトキ達の会話を耳にして3人が知る者だとすればエトワリング家の護衛にあたった時に顔見知りと誰かなのだろう。渦中に、また別の渦中が迫る現状だとすればなんと長い1日なのだろうか
キハネもすぐに退散と最初は考えたが、やはり今はこの町どこにいても変わらず無意味となる。己も、さっきから体感したことのない恐怖が手招きしていた
「こうして話し、考えていても・・・ですね」
胸の鼓動が、恐ろしく苦しい。モトキの表情の曇り、その顔でこの空気に耐え続けるのは辛いだろとタイガは彼の両頬を抓り引っ張ると縦に2回、横にも2回引っ張る。これで何か変わる、など特に効果など考慮も期待もしておらず、無意味に余計な嫌がらせ
欲しいのは無意味、無駄、余計だろうとわずかでもの変化、何しやがると抓り返してきたモトキの手を避けるが脳天へのチョップは受けた。様々な空気が混ざり合う
つい、2人は静かに笑った
「お前も気づいてるだろうけど、どうしようもない流れだ。受け入れるつもりさ・・・いつも強いな、タイガは」
「この現状に自暴自棄なだけかもしれねぇぞ」
素晴らしき絆だとキハネは称賛。数枚のお札を千切り、紙吹雪にすると2人へ投げ降らせる。どこから取り出したのか扇子を音立てながら扇ぐ
だが一間を置いてすぐ、モトキとタイガは目を尖らせた。舞い降り散る紙吹雪が燃え、その火は黒くて焦げ臭さなど存在せず
モトキはしっかり靴紐を結び直し、盾を右手に。タイガは紅い鉢巻を額に巻く。鼓動の速さに収まらず、だが数秒前よりずっとマシである
「ノレム・・・くるか!」
誰かなどわかり切っており、こちらに来ていることは察知している。そう教えてくれるのだ、ノレムともう1つの何かが
自然と垂れた一筋の汗が落ちる寸前の時、何もない空間から黒い巨大な右手が現れ、遅れて左手も。その2つの手が空間をこじ開け、その先に広がる世界はゆっくり渦巻く白と黒の世界。あの中に入ればどうなるのか、ちょっぴりの好奇心
開かれた裂け目より、一早く目的の顔を拝む為にそいつは飛び出す。地に足が着くと同時に、突如にして空は夜へ。まだ昼頃であったはず、だが月すら世界を照らす
月夜に、そいつが現れた。見覚えのある顔に、見覚えのある錆びて爪痕が刻まれた剣
モトキの顔を見つけ、どこか嬉しそうだ
「色々、かけるべき言葉に迷うが・・・見つけたぞ」
「見つかっちまったか・・・」
一触即発の雰囲気である。風が吹き止む。汗が一滴地に落ちる。手か足が動く。きっかけがあれば攻撃のぶつけ合い始めてしまいそうだ
ノレムは、久しぶりに胸の奥底から幼き子供の遠足気分に似たドキドキが走り踊る。ジョーカーに褒めてもらった時とは違う、初めてジョーカーに手合わせをさせていただいたあの日と同じ
呼吸はいつものリズムで、今すぐにでも戦闘開始といきたいところだが、つい勢いに始めようとするノレムを裂け目より続いて現れた頬に傷跡のある男性が髪に手を置き、乱暴めに撫で落ち着かせる
興奮しているわけではないが、邪魔をされた気分にはならずちょっと嬉しかった
「あとお二方が、なかなか出て来ませんね先輩」
「お前が先に入ってすぐ、煙が立ってな。大事でないが、いや状況だと大事より面倒か」
まだ片付けをしているのか、余るほど落ちている瓦礫の1つを手に持つと裂け目へ投げた。ハオンが投げてすぐ、瓦礫が裂け目から戻り顔に直撃
ノレムがオロオロしていると瓦礫が当たった箇所を撫でるハオンの顔を裂け目より現れた足が蹴る。泣きっ面に蜂とはこのことだとハオンは冗談口調に
「!!」
モトキも、タイガも他も、まさに異変へと変わった現状に身構え、心臓が震えるような感覚に襲われる
裂け目より現れたのは全身ボディースーツの女性、ハオンを蹴ったのもこの者であるがモトキ達はこいつは違うとすぐに気づく。まだいなくとも、禍々しく本能が警告する風がより一層に
3名が片膝を着き、頭を下げ今から現れる者を待つ。呼吸を忘れそうだった、恐怖すら湧くぐらい静かであった。苦しい、胸が、頭が、腹部が体験したことのない痛みに苦しまされる
渦巻く白と黒が黒一色へ、ついにそいつが姿を現わす。鼓動がはち切れそうで、失禁してしまいそうだ。どんなやつが現れるのか、どんな姿をしているかなど頭に回る余裕などない
緊張、恐怖、あまりよくない空気が漂う中で黒一色となった裂け目からガスマスクを着けたやつが現れたが、上半身だけを出したところでそれ以上動かず
「あ・・・挟まった。綺麗に、登場と同時に閉じてカッコよく登場するつもりだったのだがタイミングを間違えた」
よく挟まったり埋まったりするなーとハオンは愚痴を口にしながら、またジョーカーのガスマスクを掴み引っ張る。痛いを訴えるが御構い無しに引っ張り続け、続けたのだが微動だにしない状況に苛立ちを覚えたのか上司にのガスマスクに張り手
「なんで!?」とツッコミを入れるジョーカーに、大慌てで先輩と主に割って入るノレムだがすぐに投げ飛ばされた。かなり遠くまで投げられはしたが、急ぎ戻る。ロセミアは呆れの溜息
「せ、先輩!このような・・・後が怖いですよ!」
「いいんだよ、俺のが歳上だから」
いい加減飽きたのかジョーカーは普通に出てきたのだが、出てすぐ閉じ切る裂け目より何かが続いて次々に溢れ落ちる。柔らかくもあり、重いものが落ちる音、それは全て死体であった
着ている制服は憲兵のものであり、その者達が積み山となり鼻にツンとくる鉄臭いにおいがゆっくりと空気に滲み運ばれモトキ達の元へ
つい数秒前までのふざけた和気藹々な場面から一変、この光景により先程までの場面が考えられないぐらい怖ろしい
間違いなく、こいつである。強大な力等とはまた別物を感じていた者。只者ではないことが初見でわかる
「ネクタイはちゃんとなっているか?締め直したのだが。どうだ、ロセミア」
「問題なく・・・」
3名は数歩退がり、やつは数歩前に出た。やはり気になるのかネクタイを弄り、ガスマスクのレンズをモトキ達に向けてから、ようやくネクタイを弄るのをやめた
不思議な出来事であった。一瞬にしてこの者から感じ取れていた隠しきれない吐き気すら襲う邪悪な気配が消え去り、なんとも暖かなものへ
モトキ達は死体の山へ視線を向けれず、そいつに集中してしまっていた。血生臭い香りなど、忘れてしまっている
「皆様、こんにちは。私、世間ではジョーカーという名で通る身の者。これでも、五星をやらせていただいております」
深々とお辞儀、それに合わせて後ろの3名も頭を下げる。濁りと高い声の2種類が重なり合う、似たようでそれぞれが全く別物の声であった
声が地声なのか偽物なのかなど気にならなくなる衝撃に襲われる。敵国トップ、魔王帝の元に座する五星の内1人が目の前にいることに。偽者だと疑う、そうであって欲しいと願ってしまう、だが信じてしまいそうな空気がやつから流れていた
それに、モトキはノレムがいることで確信していた。彼の主はジョーカーだと知っており、彼は偽者を本人だと騙すようなやつではないことを
「敵国、俺達からすれば最大の敵である五星の方が何故にこの場所へ?」
タイガが切り出した。ごもっともである。戦争を仕掛けるつもりか、視察かと問い質してしまいそうだ
だが、他の五星より群を抜いて一番掴めないと言われているやつだ。本当の理由を答えてくれるのかどうか、適当に思いついた理由を口にするかもしれない。それに、目の前にいるのに実感が湧かずにいた
ジョーカーは2秒程、間を置いてから答える
「付き添い、こいつの」
ノレムを指さす。部下の付き添いだけで、五星が訪れるものなのかという疑問はいったん捨てよう
なら、ジョーカーの他にいる残り2名も付き添いなのだろうか?
「ついでに俺も付き添い、ジョーカー様に誘われたので寝る前だったけど飛んできたぜ!」
「私は・・・ジョーカー様の奥方様へ御実家からの御召し物を届けに参じ、帰ろうとしていたところを・・・正直に言いますが、蹴りの一撃でも入れたい所存です。断らずついてきた私自身も悪いですが」
「え、ごめん・・・」
味方、敵国も含め知れ渡り、恐れられながらもトップシークレットである五星の1人が、たった1人の部下に付き添いで己の敵国に乗り込む事態が信じられなかった
誰もが実感に皆無である。部下への偉そうな態度を匂わさず、不気味なガスマスクに似合わず意外に親しみやすそうな人物だが、後方にある死体の山のせいですぐ目を覚ませられる
だが、やはり突出する他3名とは全然違う溢れ出す隠しきれない邪の気。モトキは問いたい事がありすぎるのだが何故か入る隙が見当たらず、声が詰まってしまう。そんなモトキに、緊張で動けずにいたタイガ達に
ジョーカーから話を切り出す
「1つ予想をしてみようじゃないか。これからの、互いの国の未来を・・・例えば、ノレムはどう予想する?」
「自分ですか?そうですね・・・今と大して変化せず、まだ戦いや歪みあい続いていると考えてしまいます。変わるのは馬鹿に尾を振る輩が現れる流行と、生まれる命に亡くなる命。その未来に自分が生きているか、分からないより、そうならないよう精進できればと・・・」
「なかなか好きな解答だ。それがノレムの考え・・・なら、僕の考えは?ただ1人の、戯言に似た予想に興味あるかい?」
吸い込まれるように聞きたくなり、興味がすごくある。敵国の五星の1人がどのような思考で未来を考えているのか、たとえ予想できないと答えられても構わず、単なる好奇心で聞きたい
自然と、意識に関係なくモトキは頷いてしまっていた。ジョーカーは嬉しかったのか、ガスマスクをしていようが笑顔であるのが伝わる
「20年、30年後・・・どうなっているかというと、スペードが世界中を仕切っているさ。あいつは他とは違う優れた部分を持ち、漢気もある。糞真面目だが柔軟性もあり、他者の幸せを喜び、他者の不幸を理解するのだけではなく、悲しむことができる優しさもある。あいつが陽であるなら、僕は陰でいたいな・・・」
偽りを感じさせない真剣で、静かなものであった。ノレムとロセミアは驚きの表情を露わにしているが、ハオンは自分は知っていたと自慢するかのような顔
ジョーカーの解答は、モトキ達からすれば30年以内に自分達の国が敗北すると突きつけられたようなものである。昔に多くいた頑固な兵士ならば腹が立ち、剣でも振り回してきそうだがジョーカーを目の前にする恐怖が怒りを押し込める
ジョーカーは笑った。ただの予想に耳を最後まで傾けてくれるのは気持ちが良いものだ。モトキ達は後方にある死体の山を見せられずっと良い気はしないが
「自分達のいる側が光、未来を生きる為に国の為に戦う。希望と可能性、未来が数えられないぐらいにあるとするならば大間違いだ。いずれだ、いずれ・・・もしかしたらお前達側の光ある概念がひっくり返るかもしれないぞ。当たり前だが自分のいる側が全て味方とは限らずってやつだ・・・」
語りを終えた。はたしてジョーカーは何を伝えたかったのか、自分にあった経験からの忠告?もしかすればただ喋りたかっただけなのか、心底は解らず
敵であり、しかも五星、その中で最悪最凶と呼び声の高い彼の語りは、不思議と否定の入り刃する暇なく聞き入ってしまうものであり、まさか同じく五星であるスペードを尊敬していることにも驚く
偽りの言葉には聞こえず、Master The Orderの面々は聞いた噂とは違うジョーカーの一面を垣間見た
ひと段落のつもりか、右手に紅茶の注がれたティーカップを出現させ、香りを堪能し始めた。口にしようとするがガスマスクで飲めず半分以上溢してしまう
わかりやすいぐらいにショックを受けている。甲冑のようにはいかず、何故甲冑では可能でガスマスクでは無理なのかは疑問
「貴殿の予想が外れていることを願います。我々側が負けない未来を信じ持ち日々進ませていただきます」
「それでいい・・・予想するのは誰もが自由だ。僕のも勝手な想像含めての予想さ。うむ・・・考えるほど、貴様らの聖帝なり帝などよりスペードの方が想像がつく。僕があいつに勝る所といえば、残虐性とネクタイが似合う部分だけか」
キハネは勇気に任せ自分なりの捻り出せる意見を告げる。ジョーカーは否定せず、あくまでも予想であることを通し、少しの冗談を締めに
ティーカップを拭き、片付け、退がりノレムに次を託そうとするがタイガが「待ってくれ」の一声で彼の足を止める。質問したい、誰もが忘れかけていたが付き添いで来たなら、当のノレムはどのような理由でわざわざ敵国へ赴いたのか
大方察しがつく、エトワリング家の主人を守れはしなかったが、ノレムはモトキに負けたのだ。その仕返しとかだろう、モトキに見つけたと言っていた。彼から応えてもらっても変わりないがあえてジョーカーの口から聞きたい。部下1人に付き合う彼の口から
「僕に尋ねるのは構わないけどその前に、お前に確認したい。お前が、ゾックを討ち取ったタイガだな」
ポーシバールでの小規模な防衛戦、ゾックを討ち終わりの決めてをつくったタイガはすぐに頷く
不穏な空気が漂う、タイガであると確認させてゾックの仇と攻撃を仕掛けてくるかもしれないからだ
だがジョーカーは襲いかかる気配を見せず、少し顔を下へ向け、しばらくしてから顔を合わせると深く頭を下げた。それに続いて他の3名も頭を深く下げる
タイガも、モトキ達も戸惑う
「魔王帝様やスペードや、ゾックの親族、彼の部下達を代表して礼を言いたい。首を取らず、綺麗なそのままの死体で返してくれて・・・」
「あっ!あぁっ!へっ・・・!えと、これはご丁寧に。えぇっと、俺からもお礼を言わないと・・・あんたがモトキを指名するように記した脅迫の手紙、高く売れまして」
モトキとミナールは全く知らなかった。あの手紙が売られてしまっていたことを
高い身分の者達には敵国の手紙や所持していた品を欲しがる輩が多い、特に五星の誰かが書いた手紙は喉を突き破って手に入れたくなる品物。しかも滅多に渡らず出回らないジョーカーの手書き、彼が達筆であると知れる証拠満載の脅迫手紙。本来、五星等からの手紙は聖帝や帝などに届き、目を通すのだが馬鹿なやつがいるもので捨てたり保管せず、売りに出す者がいるのだ
五星ならば主にスペードやハートでありジョーカーの手紙は過去に2度あったのだが、1枚は自然発火してしまい、もう1枚は盗み出したやつが原因不明の死を遂げたので処理されてしまった。学園に届いたのは変哲も施しもされていない普通に書かれた手紙。それが、過去で一番の値がついたのだ
「ほう、さぞ懐が潤っただろ」
「俺の懐は避けたぞ、動物や自然保護に全額寄付してあげたからな」
「僕の書いた手紙がそう使われるなんて、嬉しくなってしまうじゃないか・・・」
徐に起こる。ジョーカーが左手でタイガに触れようとしたのだが、身の危険を感じなかったはずなのにタイガは気がつけば酷い汗に襲われ全力で退っていた
退がる足と地の接触部から火花を散らし、その勢いに風すら生じる。あのまま、触れられていたらどうなっていたことか、どこに触れるつもりだったのかわからず終いで終わった
ジョーカーはそっと出した左手を、空振りに終わり手が寂しそうであった。一言、すまないの言葉が発せられる
「お前はジョーカーだろ、俺達、この国全てからすれば最大で最悪の敵の1人だ。たとえ企み持たなくても、不意に触ろうとすれば警戒もしてしまう。どうするつもりだったか知らないがやめろ!」
心の底から、やめて欲しい感情。何故、自分はこうも焦ってしまうのか、彼への決めつけをしたことへ後悔すら芽生えていた。いや、ジョーカーに決めつけぐらいでは収まりきらないであろう。噂に、嘘だらけなのだから
息がおかしい、胸が痛い、タイガの様子にモトキも不安になってくる
ミナールも、キハネ、あのベルガヨルですらタイガの言葉に頷いた。それを見て、額から血管を浮き出させたハオンが重く右足を一歩踏む
「なんだと!お前、いやお前ら!よくもジョーカー様に失礼を。いいか、ジョーカー様を好きにならないやつらは邪魔なんだよっ!」
今にも襲いかかろうとするハオンをノレムは背後から羽交締めて抑えるが振り切られそうになる
ジョーカーは「嫌われちゃったよ」と左手を右肩に置き、背を向けハオンの元へ行くと右手で彼の左肩に触れた
置かれた右手から伝わるものはハオンを落ち着かせ、「見苦しい真似を」とジョーカーへ謝罪。その右手は次にノレムの左肩へ、ノレムは頷く
「さーて、目的へ移ろうか。ハオン、夜明けを」
夜となっていた空は突然、月が消え昼空へ姿を戻す。ジョーカーの入れ替わりでノレムが前へと出てきた、モトキもまた、何故か前に出る
2人の間に不思議な空気があった。彼の闇に、モトキの光が反応する。わかる、感じる、こいつが自分を求めていることを
沈黙、時間の経過すら忘却へ。だが、ほとんど時間など経過しておらず、陽の傾きすら始まっていないのだ。真剣に、空気がピリつく中で本当に気を散らさせる。後ろでジョーカーが布団を敷いていた
「あの日に、お前に負けた。悔しさは微塵も湧かなかったさ・・・」
ノレムに意識が戻る。エトワリング家の護衛、記念博物館前で彼と戦ったのはモトキもよく覚えている。日が浅いからなどとは違う
はっきりと伝わる。自分と戦いたくて、自分に再会できて嬉しいと。悔しさは湧かないと言ったが、本当はちょっぴりある。悔しさがあっても、負けは仕方ないことだ
「あの時、お前に負けて殺されても構わなかった。正々堂々に水を差すなと妹の気持ちを考えれば怒れるはずがない。でも妹が逃がしてくれて今ここで再び逢う・・・もう一度、再戦したいが為に」
ノレムの正々堂々とは、始まりから終わりまで自分と 相手だけの闘いを求む。自分の戦い方は自分の戦い方で、なので相手が卑怯な手を使おうがいっこうに構わない、全てが戦闘の一部であるのなら
負けたあの日から、頭から離れずにいた。ノレムは戦闘狂とは違うが、もう一度腕を試したくなる楽しい部分がモトキとの戦闘にあった
「あの日から、不思議に頭からお前が離れなかった。お前を倒すか、お前に倒されるか、死合いたい。だが俺の命はジョーカー様から頂いた命だ、自分勝手の我儘に行動して死ぬのは嫌だが、どうしても・・・頭を下げ、許しを得て、わざわざ俺に付き合ってくれて、ここへ訪ねた」
錆び、爪跡の刻まれた両手剣に闇が纏い、剣先をモトキに向ける。澄んだ風が吹き、嘘のようにピタリと止む。全身より、邪悪さを感じさせない黒紫の闇が溢れ漏れ始める
「モトキ、お前は戦いの途中だったようだが疲労はあるか?戦う気は失せているか?もう終わりでいいなら俺と戦え、今のお前は俺にとって踏みかけた階段だ。お前に勝ち、俺は上へ昇る!その力を、大切な者の為に使う!」
闇の威圧、荒々しくも気高さがある。気を抜けば押され、飛ばされてしまいそうだ。ノレムの覚悟に触れている、返しきれないジョーカーへの恩を捨ててしまうかもしれない怖さも
ノレムは、このまま戦闘開始をしてもよいのか悩んでいた。まだベルガヨルと戦っいる最中、ジョーカーが現れそれどころでは無くなってしまったので終わったと片付けていいのだろうか
まだ戦闘態勢に入らず、悩む。ノレムは勘付いたのか戦意を解き、武器を収め座り込んだ。悪いことしたかなと申し訳なくなるモトキに、タイガが声をかける
「よかったな、お前に御指名だぞ。もはやベルガヨルのやつとは戦いにならない、わざわざ敵国に訪ねてまで再戦しにきたのだから相手をしてやれ」
「お前、時々俺に厳しいよな。気にかけてくれてるが、甘いわけじゃねぇんだよなぁタイガは」
モトキとノレムとは別に、何故か布団を敷いていたジョーカーは枕が見当たらないのか上半身を開いた次元に突っ込み探す。どうやら忘れたようだ
しょうがなく革靴を脱いで敷いた布団の上で胡座をかき、じっと待つ。革靴を脱いだ足は素足であった
見守るのではなく寝始めたようだ。寝息を立てずこっくりと首を動かし、誰からでもわかる程の隙だらけであった
ベルガヨルは見逃さず、企む。たとえ隙を見せようともジョーカーなので舐めてはならないが、チャンスでもある。ジョーカーを守るように立つ、男女それぞれをくぐり抜けさせ、どこかへ一撃を叩き込めるかもしれない。一撃で叩きこむは一撃で仕留めなくては意味を成さず、ならば撃ち込み一瞬で体内の臓器、骨を全て鉄に衣構えさせてやる
余裕の隙見せを命取りにさせ、五星の1つを崩壊、そうなればもうキハネやミナールどころか、他のMaster The Order全てを眼中から蹴落とせる
付き人2人は、ベルガヨルの思惑に気づかずにいた。ただ、今はこの人を守ることへの集中
2人に守られる後ろで、シャーペンの芯のように細くした1本の鉄針を、付き人2人、眠るジョーカーの前に立つ2名に当たらぬ軌道を見定め、放つ
(そのまま目覚めなくなれ!ジョーカーーーっ!!)
ハオンが不気味な、目も口も引きつった笑みをこちらに向けていた。とっくに気づいていたのだ。ロセミアも同様に
そして、敢えて無駄であることを教える為に守る動きはせず、見送ったのだ
鉄針はジョーカーに刺さらず、何もしなくとも弾かれ黒カスになり朽ち崩れてしまった。ジョーカーはわざとらしく、異常な殺気を放ち始めた
全員が、その異常さに心臓を直接掴まれた感覚に襲われてしまう
「甘いな、甘すぎる。眠りの邪魔をするな、こちらは寝ずに来たのだからな」
ガスマスク越しだが、睨みつける眼によりベルガヨルは幻覚に捕われてしまう。血沼の世界に自分は見えない鎖に拘束されていた。薄汚れたピエロの面や骸骨の面を付けた黒衣の者達が鋸で少しずつ身を削っていく。咲く花は黒い花弁に、雄しべ雌しべとなる部分が口であり頭に響く笑い声
だが、景色はすぐに元に戻る。一瞬の出来事、付き人の男が自分の名を叫んでいた。額から脂汗、鼻血が出る。咳き込みそうになった時、付き人の女がベルガヨルを突き飛ばした
突き飛ばされる中で、彼女の胸から影みたいに黒い刃が貫き出す。先端から、突き出た影の刃は胴のほとんどにまで到達する
彼女の輝きが失われていく瞳に、口からの血反吐が地に落ちるの様をベルガヨルの瞳に映す
「なっぁっ!!」
脳に現状が追いつくより先に、右手全ての指を地に食い込ませ突き飛ばされた逆方向へ。膝から崩れて落ちず、顔から倒れてしまう彼女の体を急いで受け止めた。彼女の口と体からの生温かい鮮血がベルガヨルを汚す
空気にすら負けてしまいそうな苦しみの呼吸、彼女は輝きの失われた瞳で男に訴える。男は頷き、ベルガヨルにこれからの説明をしようとしたが、顔を伏せて黙り込んでしまった
「この状況で私に攻撃か、手段を選ばず向上心のあるやつだな。眠りの邪魔をしたのはいけ好かないが、噛みつこうとする心意気は素敵だぞ。挑む権利は誰にだってあるものだ」
影が地を這い、女性を貫いたものよりずっと巨大な刃がベルガヨルに襲いかかる。ベルガヨルは動けず、付き人の男が盾になる為、前に出ようとするが間に合うかの不安があった
影の刃は異常に素早く、先端がベルガヨルと女性ごと貫く寸前である
「させるか・・・っ!」
影のスピードより、モトキの速さが勝った。剣のフェラー部で影刃の先端を防ぐ。放射状に眩い光が接触部から放たれ、影を押す
険しい顔のモトキに対し、ジョーカーの顔に曇りなど浮かばず。ちょっと本気を出せば、モトキどころかベルガヨルも付き人2人こど消し飛ばせるのだが、やめた
消えた影、モトキはそのまま剣を振り切り巨大な光の斬撃を飛ばす。ハオンが構えるが、ジョーカーはから伸びた影、そこから現れたドス黒い煙が漏れる骨の拳が光の斬撃を殴り砕いた
砕く為の威力の加減を間違えたのか、気持ち大きめの一応なのか、殴った直後の衝撃が絶大なものであり、散らばる瓦礫が飛び、遠くの建物にまで衝撃や飛ばされた瓦礫により被害が
「せっかく、かっこよく守ろうとしましたのに。ジョーカー様ったら」
「そいつは悪かったな。昔から、日頃から、返し足りない程お前に助けられているからこれぐらいは気にかけなくていいさ」
影も骨も全て消えた。ベルガヨルはようやく顔を上げ、辺りを見回す。モトキの背がそこに、力が抜けてしまいそうになる
モトキの前に、ノレムが立つ。「勘弁してください」と、後方にいるジョーカーへ少し怒り口調に。ジョーカーはだからやめたのだと説明、ノレムは苦笑いを浮かべ、両手剣に纏う闇を液体のようにに振り撒き、構えた
始めようと顔で送る。モトキは剣と盾を手に一歩、それを合図に両者は走り一瞬にして距離を詰める。剣と剣の刃が触れ、モトキとノレムの額と額がぶつかり合う。ドーム状に光と闇が押し合いを始めた




