前兆前 12
いざ向かうという前に、モトキは1人だけ先に学園から出て待たされた。応援を呼ぶのか、こういうことがありましたと事前報告でもしに行ったのだろうか?
学園の校門から出てすぐ、学生達の服を修理や洗浄をしてくれたり、制服やシャツ、靴を取り扱っている店の壁にもたれ待つ。制服だけでなく私服も修理洗浄をしてくれるので、以前モトキも革命軍のニハとの戦闘によりシャツとジレに破れ箇所や血汚れができた際にはお世話になった
靴は校則では自由なのだが、入学してから急にローファーや革靴で合わせたくなる学生もいるからだとか、制服や靴を急な成長期で着れなくなったり、紛失した時でも安心である
少しボーっとし始めたところで、タイガの声が聞こえた
「待たせたな、学園長室に手頃なのがあったから拝借させてもらった」
そんなに待たなかった。3人揃ってきたのだが目を疑う。タイガはサングラスにマスクを口に装着、ミナールはレモン色の爽やかなスカーフを首から鼻まで巻き、キハネは能面の面を顔に
変装のつもりなのだろう、手抜き感が歪めないが。タイガとミナールはまだ良いとして、キハネは変装のつもりでも目立つ。どこに行けばそんなのが売っているのだろう?
「うーん・・・やっぱりサングラスは好きじゃねぇ!うっとおしいんだよ!」
サングラスを外し、モトキに向け投げる。モトキは避けず、サングラスは彼の右頬ギリギリに店の壁にぶつかると砕けてしまった。細かいサングラスの破片はモトキに1つも当たらず
学園長室から拝借してきたであろうサングラス、良かったのか?とタイガに聞くと自分はバレようが構わないと答える。質問と答えの意味が違うのだがこれ以上は気にせず、触れないでおこう
「さっ、行きますよ!場所は忘れてませんか?心の準備は?緊張があるのでしたら取り除きはできませんが御呪いぐらいでしたらしてあげますよ」
無関係なのに、キハネが一番やる気である
ミナールは、スカーフで変装できているつもりでいるが瞳は真剣であった。勝手に慕い、勝手にそばにいたがり、普段は鬱陶しい金魚の糞みたいな取り巻きの1人を救いたい彼女の気持ち、見捨てはしない姿勢がモトキには輝いて映る。なんとも羨ましく、逞しく優しが手に取るように感じていた
表に出さないが、本当に一番やる気なのはミナールなのだ
「すみません、サンデー4つで。アイスはバニラで、ナッツにクッキー、チョコレートのソース、ホイップクリームもたっぷりでお願いします」
目を離すとキハネはアイスクリームパーラーの店内へ、能面をつけているので2人いた店員の片方はつい手からワッフルコーンを落としてしまった。だが、声が怪しい感じではなかったのでもう片方の店員は彼女が注文したサンデーを4つ、手際良く作り上げた
両手に2つずつ持ち、店を出たキハネ。能面を着けた巫女服がスキップする姿はとても不気味である。モトキはともかく、タイガもミナールも彼女を問い詰めない、四の五の言われる前に3人へ押し付けるようにサンデーを渡した
「こ、これからって時に・・・」
リラックスですよミナール殿、リラックス。出発前に冷たいもので気分切り替えですよ」
濃厚なチョコレートの味と香りが濃くもさっぱりなバニラと絡め合い、砕かれたクッキーとナッツが食感に楽しみと芳ばしさを与えてくれる
ミナールは舌が肥えているので良いナッツが使われているのがすぐにわかった。ソースのチョコもバニラも普通ではない。冷たさと甘さが、どこかホッとさせてくれているような気がした。外の気温が高めなのも一役だろう
「うーぅまいなぁーぁーっ!」
モトキは思わず声が溢れた。初めての美味しいは、これからよりもずっと美味しく感じてしまうものだ
キハネがこれを買った店へ目をやる。ウィンドウの張り紙にはこのサンデーと同じ絵が。ストロベリーやチェリー等を選べるらしいが、それよりも値段で血の気が引く
一気に外の暑さなど忘れてしまった。小さい不安を溜めたバケツを、頭上からひっくり返され浴びせられたかのような
「うわぁーっ!高いなァ!」
モトキは普段、必要以上にお金を持ち歩いていない。財布の中なんて覚えておらず、足りるのか焦り始めた。モトキをよそにらタイガとミナールは代金を支払おうとするがキハネはそれを断る
奢りの一言に、モトキは安心と申し訳なさが湧く。彼の顔を伺い、タイガは良かったねと揶揄うように笑っていた。せめてモトキは空になった透明プラスチックのカップを回収し、その4つを重ねゴミ箱へ捨てに向かう
「さぁっ!行きますよ!ベルガヨル殿をけちょんけちょんにしてやりますよー!」
Master The Order同士で争うのは御法度のはずだろとモトキは心の中でつっこむ
我先にとキハネは走り出す。モトキもつい反応してしまい後を追いかけてしまった。ミナールは顰めっ面で2人に続くが、タイガだけはのんびりと
4名とは変わり、ミナールの取り巻きを人質に午前中にいた所有地の廃墟で待つベルガヨルと付き人の2人。地下ではなく、掃除などされていないかつて使われていたであろう廃れたテーブルや椅子、資材等が転がる広い空間で彼は地べたに座り、まだ空けてない烏龍茶の缶を転がしていた
「渡してから来るまでの予測時間が過ぎているな。これは、そんなものだろと待つか、彼女は見捨てられたか、渡せてないのに渡したと嘘をついたか・・・」
付き人の女性の方はむっとした顔で右足をベルガヨルの背に着け、グリグリ動かす。冗談だよと、他のMaster The Orderからしてみれば信じられない程の優しい声で咎めず女の足を払ったり切り落としたりすることはなかった
烏龍茶は、とても冷えていた。氷水に長く浸からせ、水気を拭いても生む水滴は見てるだけで涼しく、火照る身体に飲めば芯まで伝わり、天国へ昇る気分となるだろう
「まだかなーっと・・・」
ゆっくりと、烏龍茶を口にする




