前兆前 10
規模の大きな学園なので貯水槽が3つ並んで設置されている。その上で胡座をかき、折り畳まれた新聞に目を通すベルガヨルは1つ大きなあくびを
彼の付き人である男は貯水槽の影に座り、先端に返しのついた三日月のように、必要以上に反るナイフを磨く
ベルガヨルは怠そうな声で烏龍茶を所望するが無視、笑いを堪えているのか閉じた口から空気が音を立て漏れていた
「反応を楽しもうとしてんじゃねーよ!」
「はっはーははははぁ・・・あれだけ飲んだ烏龍茶を一回飲めないぐらいで、そうカリカリしないでくださいよ」
磨いたナイフは光沢を帯び、光を反射する。人さし指でナイフを回し上へ投げ、落ちてきたところをまた指で回し投げるを繰り返す
14回目で、勢いとタイミングを間違えたのかナイフはベルガヨルへ。意味もなく空を眺めていたベルガヨルの視線に落ちてきたナイフ、慌てず騒がず、それすらする暇もなく迫ってきたが歯で噛み止めた
男は「刺さりましたか?」と軽い口調で、ベルガヨルは歯に挟むナイフを同じように指で回す
「お前、主従関係だと忘れてやがるだろ」
「馴染みに免じて許してくださいよ。ご不満であらば、罰するのはご自由に。ですが、お婆様にチクるのはご勘弁ください」
身体を起こし、軽く頸を揉んでいる最中に突然爆音が耳に響いた。男はすぐに貯水槽の上に跳び乗り、ベルガヨルの間近で辺りを警戒するが、彼は心配するまでの事態じゃないと男の背中を足で押し貯水槽から落とす
男が着地すると同時に、貯水槽の上へ次は女の方が現れた。手で担ぎ持つ濃い緑の布に包まれた何か、更に鉄線が巻かれているが捕食虫に捕らえられた芋虫の抵抗みたいに動いている。大きさは、担ぐ女と大差ない
「お・・・まさか、都合良くか?」
「えぇ、お待たせしました。ベルガヨル様」
鉄線を雑に引きちぎり、布を破き開くとそこには1個人の女性が手足を鉄線で縛られ、口には重ねた包帯を噛まされていた
踠く声は捻ろうが出ず、目の前にはMaster The Orderのベルガヨルの姿があり、眼の瞳は消えてしまいそうな程に小さくなってしまうが、女性は恐怖に塗られそうな目から屈しないを表す目つきに切り替え、睨みつける
その姿が無様に見え、ベルガヨルは笑う
「くっははっ!この女はちゃんとミナールの付き虫達の中で見覚えがある。寄生しちまいそうなぐらいの1番覚えのあるひっつき虫ではないがな・・・」
「彼女の場合、少々手こずる可能性がありますので。それ以前に学園内では見当たらず・・・」
「OK!OK!逆に、良いチョイスだ。お試しにだとすれば・・・な。知ったことじゃねぇとミナールがほざくなら、あいつはその程度で、ならあいつが動くやつに換えればいいだけの話」
さて、どの手段でミナールを誘き出すかである。磔にするのは彼女の目に留まる次第なので却下、手っ取り早くあなたの取り巻きの命が惜しければお越しくださいと紙に書いて届けるのが一番だろう
悪戯と片付けられたら嫌なので、渡す役は自分の付き人2名のどちらかに頼むとして、仮に誘き出しに成功してからどのように彼女から襲い掛からせようか
考えるベルガヨルの前にいる、攫った娘の身体を這い、絡む鉄線が有刺となり、傷をつけないギリギリで食い込ませる。必要以上に動けば激痛に、怪我をつけ、それが広がり、傷口に棘が食い込み更なる痛みへとなるだろう。娘は自身に絡む鉄線が有刺鉄線となった際に理解したのか大人しくなった
「紙とペンを、やっぱりベタだが攫いましたと書いて渡すのがいいだろ。念の為、家のサインを書いといてさ・・・で、誘き出してから、どうやって攻撃させるかだ。煽るにしても、平常心に我慢されたら面倒に続くだけだな」
「簡単ですよ、1つの方法に過ぎませんが。ミナール様の前で、彼女の頸動脈なり頭なりに刃物でも突きつけ、じんわり刺し込んでいくんです。ほら、はやくしないと、これ以上刺し押すとこ途切れますよと脅しながら」
男のアドバイスを採用すべきか、悩む理由も却下する理由も見当たらないので方法の1つとして試してみよう。もし、うっかり刺して彼女が死んでもミナールがブチキレて襲ってくれば結果オーライ
娘の両頬を抓り、しっかり人質の役割を果たせよとミナールが乗るかはお前の立場次第だと何度も言い聞かせる。ここで、口に噛ませている包帯を一度ほどき、彼女の声を出させてみるものだが舌を噛むや、ミナールの為に囮人形にはならないと言われたら煩いだけなのでそのまま大人しくさせておくことにした
「それでも見捨てるようなら、彼女の評判に影響しそうだな。それはそれで、精神的に追い詰めるのもあり?繰り上がりになるのは好きじゃないが」
用意された紙とペン。短文で済むのでスラスラと書き終え、最後に自分の家のサイン。貴殿の顔見知りを捕らえた事と場所の指定、急かすような内容が書かれた手紙を付き人の女に渡す
主から頼むの一言に女は承諾を受け、手紙を手にベルガヨルの前から消え去る。もう遠くにまでいる彼女を見届けてから、付き人の男が娘を担ぎ移動を開始
うっすらと、ベルガヨルはほくそ笑む




