前兆前 8
口笛の奏で、先導するジョーカーに続く3人は手摺を主に金で造られた長い螺旋階段を急ぎ走らずゆっくり時間をかけて上がる。ジョーカーの右手には札束を詰めるには一回り大きいアタッシュケースを持つが、留め具は片方だけ錠を止めず少し開いたケースから右腕が覗く
4名が訪ねている場所は、数分前にバーで存在を教えられたドマフーロファミリーのアジトである。王族や貴族ではなく、マフィアが支配するこの街での目立つ豪邸はやつらの力の象徴を表してるといったところだろう
「良い趣味してるじゃないか。僕なら住むのは勘弁だね、手摺に金を使っているのが気に入らない。こんなとこでダイヤへの悪巧みしても面白い案が浮かばなそうだ」
ジョーカーにうんうんと頷き同意するハオンの衣服や顔にはべったりと鮮血が彩られていた。ちゃんと正門から、見張りをしていた2人にお邪魔しますと挨拶もしたのに攻撃されたから歯で喉笛を食い千切ってやったのだ
ジョーカーとハオンは正当防衛と片付け、豪邸へと入ると当たり前だが他のやつらもいたのでとりあえず一階で向かってくる全員を皆殺しにしてやった
騒ぎを聞きつけ、増援などもあったが微塵も問題なく、ようやく落ち着き階段を上がりボスのいる部屋へと足を進める
「私は畳のある部屋が好みです」
「お、気が合うなロセミア。僕も暇な時は畳のある部屋で、猫と戯れながら寝るのが好きだぞ。起きたら夕方で、縁側に移動して庭の鯉を眺めながら漬け物に七輪で焼いた鮭と冷やしたラムネをさ・・・」
ジョーカーの休日など、どうでもいい
螺旋階段の終わりが見えてきた。ノレムが駆け足で一足先に登り切り安全を確認する
ボスの部屋は知っている。ジョーカーが聞き出していたからだ。命は助けてやるからと言いながら聞き出してすぐに始末してしまった。「約束を破ってしまわれて」とロセミアに言われたがジョーカーは「約束は守る方さ、味方なら・・・」と返していた
「階段を登ってすぐ、通路真っ直ぐ、突き当たりを右に一番奥です」
「だったな・・・ふむ、ジョーカーはさすがにまずいからバーでのトーミーを名乗ろうか」
「トーミーではなく本名をお使いに・・・いや失礼、お好きになさってください」
ノレムはジョーカーに任せることにした
本名でいこうかなとジョーカー自身も選択肢として浮かんだが、なんでもよかったのでトーミーを選ぶ。トーミーの名はパッと頭を過ぎった知人の名前を適当に組み合わせただけである
さて、ノレムが言っていたボスの部屋へ。急ぐ必要はない、追い詰めるも逃すも、どちらだろうと面白い。マフィアの頭に逢うのだ、ネクタイを締め直し身嗜みをロセミアに確認させ、ちゃんとプレゼントも用意した
先を行き安全を確かめながら進むノレムに道を譲るよう命令し、ジョーカーが先頭へ
「突き当たりで待ち構えられているかもしれませんし、扉を開けた瞬間に襲ってくるかもしれませんよジョーカー様」
「ふはっはっはっ!ノレム君よ、繰り返してきた今さらな注意だぜ、無駄だ無駄。しつけのしてない猿に、このぶどうを食べるなよと警告するのと同じぐらいだ」
馬鹿にしてるだろこのヤローとジョーカーは肘でハオンの胸をぐりぐりと、何故か照れながら笑う
そんなことないですよとジョーカーの背を叩き、ジョーカーもまた肘のぐりぐりから肘打ちへ、ハオンは軽く肩へはたき返し、そこからはたき合いに発展
ついには掴み合いとなり、慌てふためくノレムが止めようとするが、ロセミアが関わらないでおきなさいと彼を止め、2人で先に進む
突き当たりを右に曲がる時、掴み合うジョーカーとハオンが転がってきて2人を追い抜いた。ぶつからず、ちゃんと曲がりそのまま一番奥に見える他より明らか大きい扉を突き破る
「ジョ、ジョーカー様!先輩!」
「わざわざ入るのに、下手で大袈裟な茶番だこと」
数人の女性の悲鳴が聞こえた。ジョーカーとハオンは掴み合い転がりながら突撃したが、部屋に入ってすぐ跳ねると宙で離れ綺麗に2人並び着地
遅れてハオンとロセミアが部屋へ、最初に目が留まったのは広い部屋を約4分の1"占める巨大な円形のベッド。その上で驚いた顔の大柄だが小太りの男1人に、下着姿の女性が10と2人
男の口から火の着いた葉巻が落ち、服の着ていない出た腹へと落ちた。熱がりながら慌て、手で腹を払う
「あつつつぅっ!うぐぅ・・・き、貴様ら!まさか!あの数を抜けてきたのか!?あいつらは何をしている!!」
「素晴らしい余裕と自信ですね、ドマフーロ様」
ジョーカーはにっこり笑顔だろうが、ガスマスクをしているので顔が分からない。拍手を贈り、ハオンとの茶番で置いていったはずのアタッシュケースをロセミアから受け取ると一歩前へ
右手が覗いていたはずだがしっかりと閉じている。彼女がしっかりと閉めておいてくれたのだろう。一言、ロセミアにお礼を述べてからアタッシュケースを差し出した
「これ、お近づきの印です。つまらないものですが御納めください」
小太りの男は、女の誰かに取ってこいと荒い口調で言うが誰もが怖がって近づこうとせず。男は激怒し、一番近くにいた女性の首を絞め始めたのでジョーカーが洒落にならないぞとアタッシュケースを置き慌ててベッドに跳び乗り、女の首を絞める男の手を振りほどいてやると女性を優しく担いだ
離れた位置まで移動し座らせ、背中を撫でてから羽織っていたロングコートをかける
ノレムが自分が渡そうとアタッシュケースを持ち上げたが、相手がマフィアの頭ならこの中では頭のジョーカー自身が渡さないと失礼だろうと少年からアタッシュケースを譲り受け、丁寧に両手で持ち運びベッドに置く
「女をたくさん侍らせて、羨ましい限りですね」
「ブーメラン、ブーメランですよ」
ハオンの揶揄いに気に留めず、アタッシュケースの留め具を外し、開く。まだ向こう側に中身を見せておらず、中身はジョーカー達側にしか分からない
中身は金か?と相手に聞かれ、ジョーカーはあなたの好きで大切な物ですよと、開いたアタッシュケースを相手側へ向けた
マフィアのボスは眼の瞳孔を縮小してしまい、女性達は甲高い悲鳴と、声が出なくなる者に吐き気に襲われる者。中身は3人分の遺体であるがアタッシュケースへ詰める為、バラバラにしてから大雑把に肉塊にしている。形に残っているのは覗いていた誰かの右手と足の指に顔半分、破れた衣服の布や髪の毛が混じる肉塊
は見るに耐えない
「あなた様が、趣味や所有物を把握しているならば誰かお分かりになられるはず・・・」
破れた衣服の中に見覚えのある柄があった。それは5年前に歳が20となった息子へ、らしくなく贈った派手な模様は施されていないが、こだわりの高級品である黒一色のネクタイ
いずれドマフーロファミリーを継いでくれるはずだった息子の物、つまりこれは息子の成れ果て。しかし、彼は息子を喪ったことへショックに襲われているのではない。継ぐ血の繋がりがいなくなったことに悲しみと怒り込み上げてくるのだ
「こっ!このっっ!このヤローがっ!!」
今にも破裂しそうな血管が額に浮かび、無我夢中でジョーカーに掴み掛かろうとするが次の瞬間であった。血も出ず指先が全て崩れ落ちたのだ。まるで、豆腐を指で千切るかのように柔らかく
この世のものとは思えない激しい激痛が指先から全身へ走る。女性達に当たりながらもがき苦しむ姿にジョーカーは笑う。でも、すぐに飽きたのか閉じた左指のピースサインで喉をほじくりトドメを刺した
「ハンカチプリーズ」
「私のは汚れるから嫌です」
「あちゃー・・・」
ロセミアには断られたが、では自分のをお使いくださいとノレムは胸ポケットからハンカチを差し出す。感謝の言葉と、ちゃんて洗って返す約束を述べひとまずハンカチはジョーカーのポケットへ
残された女性達は震えていた。転がる死体を目の前に、殺したやつが眼前にいるのだから無理もない。こいつらは街からマフィアの力を使って無理矢理連れてこられた者達ではなく、チラつかされた金に尻尾を振った女共である。ボスが死ぬとすぐに態度を変え、死体への罵声をジョーカーに告げ命乞いをしてきた。ジョーカーは静かに、何も口に出さす指をさす
女性達が向けらた指先の方へ視線をやるとハオンがいた。いや、元は首を絞められ救い出された女性がいた場所。だが女性の姿はなく茶のロングコートと女性の下着が落ちている
床には血だまり、下着が赤に浸かるがロングコートは汚さないよう別の位置に、そしてハオンの口まわりには真っ赤な生温かい液体が付着していた
「めちゃくちゃ痛いかもしれないが、優しくしてやるから・・・」
その笑い声は静かで、優しかった。だが、ドロドロで禍々しくドス黒い得体の知れないものがガスマスクから煙となり漏れていた
ここへ来たのは街を救いたいからだとか、ノレムが首を突っ込んだからなどの理由はなく、ただなんとなくの気まぐれ。こんなことに付き合わせた3名に少々申し訳なく感じながら、今度の給料増加と何か粗品をやろうと。帰ったら何か欲しいものでもあるか?と3人に聞くとすぐにノレムはアスパラのベーコン巻き、ハオンは猪肉、ロセミアは濡れおかきと答えた
また優しく笑うジョーカーの手が、まず最初の女性へ




