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光ある概念の終日  作者: 茶三朗
違う輝き
52/217

前兆前 6

名を知り、覚えるすら不要なある静かな街。店は主にバー等の飲み屋が多く、全体的に見れば他とはあまり大差無いよくある1つの街なのだが、どこか暗の雰囲気が街全体に漂っていた

活気とかの以前に、街自体が来る人を歓迎してくれていない感じがする。住人達は、一度こちらへ目を向けるがすぐに顔を合わせるのをやめたり、店や住む家、路地裏へと逃げるように消える

向こうからこちらを見ておいて逃げられるのは、あまり良い気はしないだろう。このヤロー、何見てんだーと怒る先輩を後輩であるノレムは必死に宥める


「部外者を嫌う風習なのでしょうか?」


ボディースーツの女性は独り言に呟くが、ジョーカーがその言葉を拾う

ジョーカーは着替えていた。さすがにあの全身甲冑だと目立ち、知る者がいればバレてしまう危険があるからだ。濃いグレーのシャツに緑と黒のタータンチェック模様ネクタイを締め、燕尾服を着用。更に上に茶のロングコート羽織り、黒い革手袋をはめている。顔を隠す為に肌や髪を微塵も覗かせないよう布を巻き、ガスマスクを装着

元々、ジョーカーは着替えるつもりなど無かったのだが今回のノレム我儘に付き添ってくれた2名が用意してくれていた


「部外者を嫌う、秘境付近や人知れずにある集落や村みたいだ。古からのくだらない掟とかに絡みつかれた村とか本当に面倒だよなハオン」


「ほんと、あれは面倒でしたよね。生贄とか、村長とか・・・最後はジョーカー様が全て炭にしてしまいましたけど」


ちょっとだけ、昔話を。道中での出来事や、食べた物、村長や意味を成さない習慣を信じる古き者共を惨殺、最後は燃やして終わりの結末

良い思い出には程遠いが、ジョーカーと青い髪の左半分を左に流し、頸にかかる毛先がはねている男性は染み染みと昔話に花を咲かす

ハオン・リーハー。彼は数いるジョーカーに仕える者の中でも古参の1人である。五星になるよりもずっとずっと前より、ジョーカーのお側で喜ぶ姿、悲しむ姿、凶変する姿を目に映してきた。主の為に命を懸けて、逆に命を懸けて自分を助け守ってくれた時もあった。ジョーカーも彼とは風呂で背中を流しあえる仲である


「あぁっ!」



突然であった。ジョーカーには珍しく大声を

ノレム達だけでなく、物陰や窓から覗く街の住人達も驚く。ジョーカーがこれほどにまで声をあげるとは一大事なのだろうと、ノレムはすぐにジョーカーの前に立ち、身構え、精神を張り詰めさせる

ボディースーツの女性は表情を変えず、無言。呆れて物も言えないとはこのことである。彼女の思惑通り、ジョーカーの口から告げられたのは・・・


「トイレがしたい」


よろつくノレム。先輩であるハオンが右手で彼の肩を掴みよろめきを止めてやると次にジョーカーへ、そこら辺でひっかけてくるよう提案したが大きい方だと断られた

別にこの場でしてやっても構わないがモラルを見失うにはいかないので、ジョーカー達は遠くに見える一軒の西部劇映画に出てきそうなウエスタン・サルーンのバーへ向かうことにした


「マスター、いつもの・・・」


ジョーカーは木製のスイングドアを開かず、下を正座で滑りながら潜る。初めての店のはずなのに常連風を吹かせる一言、店のマスターは反応せず黙って皿を磨く。おかしな客など珍しくなく、嫌でも慣れてしまうものだ

反応してくれなかったので、ガスマスクをしていてもわかるどんよりとした雰囲気。「トイレ借ります」と聞こえてるか怪しい声量で告げ店奥へ

後から入ってきた3人はカウンターの席に並び座る。ノレムとハオンを挟んで空いてる1席はジョーカーが座る場所。店主はちゃんと1人分のお冷を、ハオンはすぐに水を飲み干すとジョーカーの分も飲んだ

時間帯のせいか、店内にいる自分達以外の客はボロい帽子を被った中年男性と老夫婦の3人だけ


「ご注文はお決まりですか?」


テンガロンハットを被った女性が注目を取りに、自分はけっこうと断るノレムの顔を見て頬を少し赤らめたが、注目ありますと手を上げアピールする隣の1つ挟んだ席に座るハオンのところへ

初めて訪れた店なのでピッチャーのままでビールと適当な肉料理3品を、ボディースーツの女性はちゃんとメニュー表に目を通してからベリーパイとコーヒーを注文

ジョーカーと注文したメニューを待つ間に、何もいらなかったのか?とノレムに尋ねる。彼はこれから挑むであろう相手に斬られて、食べ物が出てきたら嫌だからと答えた。自分の我儘で、自分で勝手に因縁付けた相手に失礼な姿を晒したくないのだ

普段はそういった心がけをしないのだが、あいつと戦ったことが一番濃く残り、こうして再戦に向かっているのを含めて不思議なものだと思う


「5分以内に料理が来なかったらー!店内の誰かを食べちゃうかもな・・・」


ハオンによる冗談に聞こえない独り言。「おーなかすーいたー肉食べたーい」をリズム良く歌う

お腹の音が店内に響く、力が抜け額をテーブルに打ち付けぐったりしたが突然、「肉食空腹交響曲第二章!」と大声で

顔を上げ、指でテーブルに備えてあったフォークを回しながら再び即席の曲を歌おうとした時であった。勢いよくスイングドアが開く。強めに押されたせいで開き切った扉が壁に当たり、カンッ!と音を立てる

入ってきたのは3人、全員黒服だが1人だけ帽子を深く被っている。この3人のせいで店内の空気が一瞬にして変わり、少ない他の客達は嫌な顔をしながらお代をテーブルに置き、そそくさと店から出て行ってしまった

帽子を深く被った男が手洗いに行くと告げ、残された2人は適当な席に座り「酒を出せ!」とだけ一言。足をテーブルに乗せ、タバコを吹かせる彼らを尻目にノレムは行儀の悪さと酒を頼むなら種類ぐらい言えと心の中で愚痴る


「マスター!ライスも追加で!ライスは大盛りでお願いしまーす!」


焼く肉の匂いにテンションが上がってきたハオンに、マスターは頷きながらボディースーツの女性にベリーパイをコーヒーと運び、彼女の前へ並べ置く

フォークを入れ、ベリーとクリームを過ぎた先には最初だけ大きく、徐々に小さくなっていく何層ものパイ生地が裂ける音は女神のハープに引けをとらないだろう。目も癒される、黄金色のパイ生地の上に黄白のクリームを挟んで鮮やかな紅色をしたラズベリーがぎっしりと

ちょうど良い甘さ、甘さ控えめなど下手なコメントを打ち破るしっかりと甘い。コーヒーとよく合い、苦味が口内をリセットし、また最初からパイの甘みを楽しめる


「きゃっ!」


突如として瓶が床に落ちる音、酒がぶち撒けられた。何事かと、ノレムは女性の声がした方を向くとゲラゲラ笑う先程の2人と、床の溢れた酒を拭くテンガロンハットを被った女性。察するに女性の手から落させる為、押したり受け取るフリでもしたのだろう

床を拭く女性の頭に足を置き、まだ酒が拭き取れてない床に顔をつけさせる。グリグリと動きを加えた踏みつけ、女性は抵抗も怒ることもできずされるがままであった

店主が調理を中断し、エプロンを脱ぎ向かおうとする時にはノレムが知らぬうちに向かっていた。女性を踏みつけている方の男の足首を掴み、靴底を頭からどかす


「誰だお前は?靴磨きは間に合ってるぜ!ぎゃははははっ!」


ノレムを蹴ろうとしたが、彼の右腕が防いだ。女性を守る形で出した腕は、こんなやつの蹴りなど痒くすらない

もう1人のやつが席を立ち、酒の入った瓶でノレムを殴ろうとするが、パイを食べるのに使っていたクリームが少し付着するフォークが手甲に刺さった

ハオンは「面倒に首突っ込んじゃって」とニヤついた顔で指をさす。ボディースーツの女性が言うにはそれがノレムの良いところらしい。コーヒーのおかわり、今は無理そうだ


「このガキーっ!」


女性を自分の背後へ、拳を握る寸前であった。店奥からの笑い声、ノレムからすれば聞き覚えのある笑い声。近づいてくる声は、おかしな部分が無いはずなのに店内にいる全員の動きを止めてしまう

トイレを終えたジョーカーが、帽子を深く被った黒服の男と肩を組んで仲よさそうに。だが、どうも様子がおかしい・・・

足を見ればすぐに異変に気づく。黒服の男は歩いておらず引きずっており、通った後に数滴落ちている血痕。ジョーカーに今のところ1番近いノレムは理解するまで時間はかからなかった


「ついさっき、トイレで仲良くなってさ・・・ね、お兄さん」


帽子を外す、男は最早生きている者の顔には程遠い。口から血を垂らし、額や頬に細かな傷、真っ白な瞳孔。ジョーカーは彼の顎を動かし、口を開閉させる動作をしながら「あぁそうさ、トーミーはとってもユーモラスな人ですぐに仲良くなれたよ。ちょっと女を好きすぎるのがたまに傷だけど、そんな悪いところもおもしろくしてくれてるから彼がいればきっと夜の墓場でも楽しくなるさ」とジョーカーが言う


「ははは、言ってくれるな。じゃあこれからも付き合いが続くのを願って乾杯でも・・・ん?うん・・・うんうん、お腹痛いのか?まったく、だからトイレの石鹸は食べちゃダメだって止めたのに」


衣服の下に手を入れ、腹部を探る。男から取り出したのは血痕のついた石鹸、次にまた次に石鹸が出てくる。これは空っぽになった内臓の代わりに、腹部へトイレにあった替えの石鹸を詰め込んだのだ

店員の女性は声が出ず固まっている。眼前で起きた赤い石鹸は少々刺激が強すぎたようだ

ノレムは彼女の目を手で隠し、ジョーカーは死体となった男とワルツを踊り始めた。店へ一緒に入ってきた残りの2人は頭の整理が追いつかず、しばらく間を置いてからようやく怒鳴り口調でジョーカーの胸ぐらを掴む


「きさまーっ!殺したのか!?死んでるのか!?誰を殺ったかわかってるのか!?」


焦りのある怒鳴り、顔には酷い量の嫌な汗。掴む手をジョーカーは己の手で握り、しっかりと握手をした。「はじめまして、彼の友達は僕の友達ですね」と現状では訳の分からないことを口にする

ジョーカーの手を振りほどき、尻餅をつく。ジョーカーは手を差し伸べるが、この手を取ってはならないと自身の本能が警告する。たとえ戦闘経験のない一般人だろうとも、ジョーカーから漏れる得体の知れない、まるで死の直面に立たされてしまったような。店主も酷い汗、店員の女性は瞳の輝きを失ってしまうがノレムが大丈夫と何度も囁く


「こいつが誰なのか・・・僕は知らない。教えてくれてもいいのにな、まだ知り合ったばかりたまからかな?じゃあ、お前が教えてくれるのか?」


「そ・・・その方は・・・我々、ドマフーロ・ファミリーの次期ボスとなるお方で・・・現ボスの息子様でいられ・・・」


力の無い声、ボスの跡継ぎ息子を死なせたら責任を取らされるのは目に見えている。ジョーカーに怯えている方かもしれないが

もう1人の男は椅子に座り、震えていた。かわいそうにとジョーカーは向かいの席に座り、手袋をする手で彼の頬を撫でた


「笑え、一時でも嫌なことを忘れるには笑うのが1番と紅茶愛飲協会会長が言っていた。ほら笑えよ、シャレにならないこのシャレにさ。笑えよー!・・・笑えよ・・・」


声のトーンが変わる。低く恐怖を植え付ける声に

備えにあったフォークを先端を上にテーブルへ立て、男の顔をそこへ叩きつけた。痛々しい悲鳴、それが収まるまで何度もテーブルへ顔を叩きつける

静かになった。テーブルは壊され血痕が飛び散り、顔にフォークが刺さり横たわる男を見て息を飲む。ジョーカーは彼の背後からゆっくりと近づき肩を掴んだ瞬間、漏らしてしまったようだ


「ひぃっ!殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで!お願いしますお願いしますお願いします!」


「嫌です・・・ロセミア!」


指を鳴らそうとするが手袋をしていたので鳴らなかった。決まらないなーと呟き男を連れて店の外へ

ジョーカーを追うノレムとハオン、ハオンは店を出る前にまたすぐ来るから注文した料理は置いといてほしいと頼み、ロセミアと呼ばれたボディースーツの女性はコーヒーを飲み切ってから食事代に壊したテーブルと椅子の買い替え費用、石鹸代、迷惑料を渡し余裕のある徒歩で追いかける





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