前兆前 4
商船から遊覧船、自らが所有する船等、数ある船が停泊する港は賑わいを見せていた。輸入、輸出、休日であったり休みを取っての船旅や釣りだけの目的。貴族達の集まりの会場として
1隻の巨大商船が数分前に港へと着いた。船員達が荷物を運び下ろしていくが、商人や貴族らは大切な商売道具だの落としてしまったならお前達の給料では一生かけても払えないだの脅しに近い声を受けるが、この仕事を続けていると嫌でも慣れてしまう
あらかた荷下ろしが終わりに近づいたところで、船内の奥で荷物に混じり棺桶が発見された。慣れた商人や貴族の厳重注意の言葉よりずっと怖い、出港前には確認されていなかったからだ
リストを見直すが、あった。棺桶1つの記載が
ベテランも新人も首を傾げ何度も見直すが記されている。ミスとして片付けたいが、リストに目を通した者全員が覚えていないのだ
「すみません、それ我々の物です。不気味ですけど依頼で作り上げた品なんです。よろしければ我々が自ら運びますが?」
女性の声だった。しかし、そこにいたのは1人だけでなく同じカーキ色のローブに身を包み、フードを深く被る者が3名。怪しい教団の儀式に使われる道具だと疑ってしまいそうだ
動揺しながらも船員は自分達が運びますと申し出たが、手が震えてしまう。重いせいで色々考えてしまい、なんとか丁寧に下ろすもすぐに棺桶から距離を置いた
「ありがとうございます。知り合いの親族に不幸があり、棺桶を作って欲しいと頼まれまして・・・サイズ合わせに使った木の人形を中に入れているのですが重かったですよね、お手数申し訳ありません」
中に木の人形が入っているのを聞き、安堵の息を漏らし嫌な汗を拭く。船員達へ多めにお礼のチップを渡すがチップのレベルを越えた金額であったはずなのに何故か喜び飛び跳ねることすらできずにいた
まったく喋らない2名が棺桶を持ち上げ、3名は東方面へと去っていく。姿といい、変わった客を運んだと船員達にとっては忘れられない日になったであろう
「慎重に運ぶ心構えは必要ない、乱暴に運び落としたって誰も怒らないでしょう」
港を過ぎ、東方面へずっと進んでいた。行く当てなど鼻から考えていない。最初にしなければならないことは、どこでこの棺桶を目立たない場所に置くかだ
ゴツゴツした足場の悪い岩が並ぶ海岸沿い、慎重に運ばずともよいと言われたがなるべく棺桶が揺れないよう心がけながら
ようやく、岩場が並ぶも安定した小さなスペースを見つけそこに棺桶を置く。海がけっこう近い、もし海が荒れていれば波にさらわれていた恐れもあったが今日の海は非常に大人しい。棺桶をゆっくりと開けた
中には白い布で包まれた何か、木の人形などであるはずがない。女性声の者がそれを持ち上げ、海面へと浮かばせ、花を添えてやるとゆっくり押した
「え?・・・え?」
起こった事態を理解するまでの僅かな間に、白い布に包まれた物体はどんどん沖へと流されていく。まるで聞かされていないと動揺する1人がカーキ色のローブを脱ぎ捨てる。モトキと変わらない年頃の少年であるノレムであった
ノレムが脱ぎ捨てた後、すぐに他2名もローブを脱ぐ。女性声だった者は肌に張り付くボディースーツを着用し、長い薄い黄土色の髪を潮風に靡かせ、冷静さを感じさせる切れ長の目で流れていく白い布を見送る
「うおおぉっ!!ジョーカー様!!」
海へ飛び込んだ。飛び込む際に右頬に刻まれた一文字傷がノレムの目に映る
潜り、下から海面の白い布を持ち上げるつもりだったのだが、まったく別の場所に出てきた。ジョーカーを包む布との距離は更に離されていく
ボディースーツの女性は布に向かって敬礼、ノレムは助けに行こうにも先輩を立てるべきか、もし彼女のしたことに意味があってだとすればに挟まれてしまい見守ることしかできず
だが、ほんの一瞬で状況が変わる。世間では確認されていないであろう、普通より規格外サイズの鮫がジョーカーを包んだ白い布を飲み込んだ
硬直する2人に、ボディースーツの女性は「あら・・・」と困った様子は見せず
ノレムは、どうすればいい?と項垂れてしまう
「ジョーカー様を死なせてしまったら、死なせてしまったら、自分はまだ恩を返し切れてないのに」
「思い詰めないの。あれぐらいで死なれたら、他の五星方どころか適当な種族長に首塚へ入れられている」
我が主の心配は無用とボディースーツの女性は優しく諭すが、ノレムは万が一を想定してしまう。有名な将でも武闘家でも、戦闘経験皆無である幼い子供のナイフにより殺された話を耳にしたことがあるからだ
自分の我儘に付き合っていただいておきながら、ジョーカーを死なせてしまったら他の皆様に申し訳程度では済まないと頭の中で悩んでいると、急に「とったぞーっ!」の声が響いた
右頬に傷のある男性が白い布に包まれている物を持ち上げてこちらに手を振っていた。喜びが顔に出ている彼は猛スピードで、海面を走り2人のところへ戻る
「ジョーカー様を救出!どうだノレム!」
「御見逸れしました、さすが先輩です。やはり最古参の方はすごいですね、自分など立てるべきとか意味があるのか余計な考えと迷ってしまい助けに向かえず」
「これからだ、これから」とノレムの頭を少し乱暴めに撫でる。後輩より尊敬の眼差しを向けられるのは嬉しいが、まずはジョーカーが飲み込まれずに済んだことがなによりである
中身は無事だろうか?男2名で白い布を破いていくが、そこにジョーカーの姿はなく、本当に何もない
驚愕するノレムだが、頬に傷のある男は昔からの付き合いのおかげか慣れている。確かに、重みは持ってここへ運ぶまでにはあったが
「私はここだ!」
声がした。男や女、数名が同時に発したような聞き覚えのある声。前か、後ろか、左右か、空か、地からか、と辺りを見渡すが姿を見つけられず
どこにおられますかとノレムが尋ねると、変化のない声量ですぐ近くと聞こえた
天より舞い降りるや、地を裂いて等のかっこいい登場もせず、普通に海面から岩場へと上がってきたジョーカー。その甲冑には海藻や貝類がへばりついていた
どう見たって頬に傷のある男が途中で中身を落としたとしか思えない
「ご、ご無事でしたか!」
「あの鮫、あまり美味しくなそうと瞬時に判断したのだろう。すぐに吐き出してくれて、吐き出された勢いで布から放り出されたが、潜ってきたこいつが僕じゃなく布の方を」
頬に傷のある男を指さす、男は「いやー」と後頭部を撫でながら照れていた。まさか、間違えたのかと聞きたそうな目をしているノレムとジョーカーの頭へボディースーツの女性がチョップを1回ずつ
チョップにより、ジョーカーの頭から花が咲く
「嘘はつかないでくださいジョーカー様、運ばれている間はちゃんと布に包まれていましたよね」
「あ、バレちゃいました」
甲冑の頭部に咲いた花は枯れ、種を落とし周りに花を咲かせる。こんな岩場でも咲く花々のなんと強く美しきことか、なんてそんなことはどうでもよい
包まれる布から抜け出した方法など、聞いたとしてもトリックなど存在しない
ジョーカーや他の皆からすれば普通に抜け出しただけであるのだから




